チカチカ山

右左上左右右

(ベリショーズ掲載作品)

『……参ったね、こりゃあ……』


確か、うっかり道路に飛び出した所を車に轢かれた……と思った。


雨の夜、確かにオイラは腹を空かせて食べ物を探しに出た所を車のライトが照り付けた……筈だった。


気がつけば、見知らぬ匂いの林の中。しかも季節も違う。


空の高さ、紅葉した葉、キノコ。うん、秋だ、これ。梅雨寒で冷えた体も落ち葉の布団でぬくぬくだ。


『参ったねぇ、こりゃあ』


盛大に腹を鳴らしつつ落ち葉に潜り込むと、どこからか笑い声が聞こえた。


「お前、狸だね。腹を空かせてるのかい。何かやろうか」


落ち葉から顔を出してそちらを見れば、婆さんがキノコや木の実の入った籠を持って手招きしている。


『ああ、そうかい? かたじけねぇな』


「言葉が喋れるのかい! お前、変な狸だねぇ」


もそもそと落ち葉から出ると婆さんの隣に並ぶ。




「やぁ、婆さん。お帰り。今日は狸鍋かい?」


婆さんに誘われて家に着くなり、爺さんが目を細めた。


『そいつぁいただけねぇなぁ』


「やだよ、お爺さん。言葉を話すもんを食らえるかね」


「な、な、な、喋った!」


アニメみたいに腰を抜かす爺さんをひょいと起こす。


「なんじゃあ! 怪力狸か!」


『違ぇよ。腰のここんとこを押すと軽い力でもひょひょいと行くのさ』


「あんれまぁ、物知り狸だこと。こら神様に違ぇねぇだ」


「あんれまぁ、鍋にするとか言わんで、許してくだせぇ」


『あんれまぁ、は良いから、気にしてねぇから飯をください』


芋とキノコの粥で腹を満たしたオイラは、眠くなったので部屋の隅を借りて丸くなった。


婆さんの撫でる手が気持ちいい。


と、


《コイツはココでヤらなきゃダメなのー!》


ヒステリックな叫び声で目が覚めた。


《このままじゃお婆さんが!》


声の方を見ると、ウサギ……ロップイヤーがお婆さんに必死で訴えかけている。


て言うか、ロップイヤー可愛いな、をい。


だけど、ウサギの訴える声は、人間にはわからない。


「困ったねぇ。迷子だろうけど、こんな生き物初めて見たよ」


「何にせよ丸々していて鍋にしたら旨いんでねが?」


爺さんの言葉に震え上がるロップイヤー。


『爺さん、爺さん。やめてやれって。そいつは食用じゃねぇよ』


「おや、たぬ神様」


なんじゃそりゃ。


《こんの腐れ狸め! お婆さんを婆汁にするつもりだろう!》


バタンバタンと足を鳴らして怒るロップイヤーに、首を傾げる。


『なんでそんな不味そうなもんを?』


《そりゃ、狸汁にされる仕返しだろう!》


『って言ってます』


ウサギの言葉を理解しない爺さん婆さんに通訳してやる。


「とんでもねぇだ!」


《ナンデヨー!》


『まぁまぁ、何があったか話してみねぇ』


一匹で怒り散らすロップイヤーを宥め、大根の葉をすすめる。


《こっっ、こんなモノで絆されたりしないんだからー!》


大根の葉を抱き締めたまま、ロップイヤーが叫んだ。




ロップイヤーは【マカロン】と名乗った。


《マカロンは知ってるの。ここはカチカチ山の世界》


ほう。そりゃ大変だ。


《マカロンが気付いた時にはここにいたの。でもね……》


妹(人間)にカチカチ山の絵本を読んで貰って寝て起きたらここに居たと言う。


妹(人間)の年がかろうじて絵本を読める程度と言うから5才くらいか?


話によれば、飼い主が独身の頃から飼われているようだし。


《マカロンはウサギだから狸をやっつけるのよ!》


なるほど?


《狸は言葉が通じてるのになんでマカロンの言葉は通じないの?》


外国のウサギだからじゃないか?


ショックを受けたらしい様子のロップイヤーを宥めてみる。


『オイラは婆汁なんか作らねぇし、爺婆はオイラを狸汁にもしねぇ』


《でもそれじゃ!》


『いいんじゃねぇか?』


どうやらここはあの世で、やっぱりオイラは車に跳ねられて死んだし、コイツは恐らく寿命だろう。


《じゃあ……じゃあ、マカロンはどうしたらいいの?》


知らねぇよ。とも言いづらい。


がっつりとペットとして生きてきたコイツなら、寂しくて死なないまでも悪霊位にはなりそうだ。


爺婆にロップイヤーの面倒を頼む事にする。


「たぬ神様はどうするね?」


『オイラは元々はぐれよ。群れは性に合わんのさ』


オイラは礼を言って爺婆の家を後にした。


空は高いし、木の実や芋を齧って腹を満たせる。あの世にはハンバーガーは無いみたいだけど、まぁ悪くはない。


山へ戻ると川を探し、そこから遠くない所の大きな木の根の隙間に腰を落ち着かせた。


生きても死んでも色々あるもんだなぁ。なんて思いながら。




1年も経っただろうか、ボロボロの毛玉がオイラの前に現れた。


『お前、マカロンか? 爺婆はどうした?』


《……白々しい!》


バタンバタンと足を鳴らして怒るロップイヤーに、首を傾げる。


《マカロンはね! 狸はアンタしか知らないの!》


『ああ、そう言えばオイラも他の狸は見てないな』


《山に行くわよ!》


『ここは山だけどな?』


《じゃあ、海に行く!》


『なんでぇ、なんでぇ。ウサギはわけがわかんねぇなぁ。大体、海がどっちか理解ってんのかい?』


愕然とした表情を浮かべるロップイヤー。


『まぁまぁ、何があったか話してみねぇ』


ぽつりぽつりと話し出した内容をまとめると、春頃、家の周りに狸が一匹現れ始めた。すぐに逃げてしまうが、きっとオイラに違いないと爺婆もロップイヤーも思って、野菜や食い物を置いておいた。


ある日、爺さんが帰ると婆さんが「今日は狸汁だよ」と言う。驚いた爺さんに「嘘だよ。婆汁だよ」と婆さんの着物を着た狸が逃げた。


この時、ロップイヤーはタンポポを探して家には居なかった。


嘆き悲しみ爺さんは床に伏してしまった。ロップイヤーは裏切られた怨みからオイラを探していたと。


『なるほど? だがなぁ……』


見た事がないのは居ないのとイコールではない。


と言おうとして、突然の衝撃に目の前に火花がチカチカと散った。


倒れ様に振り返ると爺が櫂を再度振り下ろす所だった。


これじゃ、チカチカ山だ……と思うのと、鈍い音と闇が同時に襲ってきた。




《マカロンはね、マカロンはね、アンタの事を信用してたし、アンタはヒーローなんだと思ったし、アンタのお嫁さんになってあげても良いと思ってたのに……》


一匹のロップイヤーがぐしゃぐしゃの泣き顔で、爺さんの手によって叩き潰された狸が皮を剥がれ、肉団子にされていく様を眺めている。


《アンタが迎えに来るのをずっとずっと待っていたのに》


《アンタもお婆さんも居なくて、お爺さんもこんなんで……》


《何で今更こんな事を……じゃあなんであの時優しくしたの……?》


わぁわぁと泣き喚くロップイヤーの傍らで、爺さんによる狸汁がくつくつと煮えていく。


呪いだ。呪いなのだ。やはり、カチカチ山の物語は変えられないのだ。


そう思いながら、ロップイヤーは泣きに泣いた。自分がウサギだから。アイツが狸だから。運命はこうなってしまったのだと。




数日後、山麓の村ではイタズラ狸があちこちに現れ畑の作物を食い荒らすので、狸汁祭が村を上げて行われ、その傍らでひっそりと海で溺れて死んだ狸が砂浜で見つかった。


その少し前、櫂を担いだ白兎の後ろ姿を見たとか見ないとか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

チカチカ山 右左上左右右 @usagamisousuke

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る