第49話 石持て追われた京の出立





 こうしてわたくしたちは、石で追われるようにして夏の京をあとにしました。


 敢然と、黙然と、前方を見据えて歩を進められる一遍上人さま、それに付き随う8人の弟子たち……。もはや上人さまのお気持ちに迷いはなかったと存じます。


 因幡堂で手きびしい拒絶を受けてから数か月。地方から流れて来た極貧の人びとに混じって軒下や縁先で起居し、ひたすらに念仏賦算をつづけてまいりましたが、一般の民衆には決して受け入れていただけないことを痛いほど感じることになり、京を拠点にして布教活動を行うという夢は諦めねばなりませんでした。

 

 一遍上人さまの胸におありになったのは、ほかならぬ信濃国でございました。


 若いころ、善光寺に参籠され、塔頭で寝泊まりしながら懸命に「二河白道図」を模写されたときの新鮮な感懐を思い起こし、熱く念じられたのでございましょう。

 

 ――あの爽やかな風の吹き渡る国、みすずかる信濃へ再び赴かん。

 

 信濃はまた、承久の乱で敗軍に就いた伯父上・通末さまや通政さまが配流され、佐久伴野荘や伊那羽広でご無念の最期を遂げられた因縁の地でもございます。


 ――かねてより念願の、伯父上たちの墓参りをいまこそ果たすのじゃ。


 ご傷心の上人さまは、ご自分を奮い立たせるように決意なさいました。

 さびしい旅立ちを、異形の者たちだけが合掌して見送ってくれました。

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