第24話 巨人
「協力を、取り消すだと?」
男が心弥へと問いかけた。
意外そうな表情をしているが、別に心弥の心変わりについてではない。
心弥が思った以上に間抜けな発言をしたことを意外に思っているだけだ。
「今さら何を言うかと思えば、既に君に協力できることなど何も無い。最早魔術は起動し、発動は時間の問題だ。つまり君も含め、この場にいる者達は皆用済みなのだよ」
既に用済みな者達の一人――心弥に抱きかかえられているリリが、ゆっくりと体を起こした。
左手に呼び出した刀を地面に突き刺し、震える足で立ち上がる。
魔方陣の周りにいた者達は皆、魔力を限界まで吸い取られて意識を失い、そのまま魔方陣に取り込まれてしまっている。いずれ肉体ごと命を吸い取られてしまうだろう。
彼らの中でも特に保有魔力量の多かったリリだけは、なんとかまだ取り込まれずに動くことができているようだ。
「……昔、姉さんに言われた通りね。私は、本当に愚かだわ」
残り少ない残存魔力を使って背中に黒翼を召喚する。
あまりにも無駄で、無謀な行為。
しかし、構わずに刀を構えた。
「おや? どうしたのかねリリノワール君。刀など構えて」
「決まっているでしょう。この魔術を止めるの」
「止める? なぜ?」
「私は、全ての人が救われると思っていたから協力した。それが間違いだったのなら、正さなくてはならないわ」
「別に間違ってなどいないさ。救われるとも」
「そうかもしれない。けれど、フェアではないわ」
そもそも、この魔術の行使はひどく一方的なものだ。
世界中の人間にアンケートをとったわけでも、意識調査をしたわけでもない。
勝手に、押しつけがましく幸せな夢を押しつける行為。
それでも、結果として全ての人間が幸福な人生を送れるならと、沢山の悲劇を無かったことにできるのならと、それだけを想ってリリはこの魔術に加担した。
「完全な平等を実現できない以上、この魔術は許されない」
「なるほど、確かに間違いなく君は愚かだな。どうしようもなく愚かな理想家だ。ありもしない完璧ばかりを追い求めている。まるで鼻先に餌をぶら下げられた動物だ」
届くことない理想へと手を伸ばし続ける夢想家。
男はリリを蔑むようにそう評価した。
なにより。
「君がどう思おうと既に魔術は起動した。魔物何体分の魔力がこの術式に込められているのか君も知っているだろう? 最早、誰にも止めることなどできんさ。それこそドラゴンでも連れてこない限りはね」
元ビルだったモノは既に歪な姿の巨人へと姿を変え、天に向かって巨大な咆哮を上げる。
屋上――今や巨人の頭部となった場所に立つリリには、巨人の唸り声だけでも体の芯に響くような痛みが生じた。
「それでも、止めるのよ」
リリはそう呟くと同時、片翼をはためかせて空へと跳び上がった。
いくつもの小さな魔方陣を連鎖させて、夜空に大きな魔方陣を描いていく。
「
限界ギリギリまで絞り出されたリリの魔力が魔方陣により増幅され、刀に注ぎ込まれた。
月にむかって青い閃光のようなものが伸びる。
それは、数十メートルにも及ぶ長大な魔力の刃。
「かふッ!?」
リリの口から鮮血が漏れる。
無理矢理に魔力をかき集めた為に、体が悲鳴を上げているのだ。
しかし、そんなことに構わずリリは巨人の首筋あたりへと視線を向け……。
「はああああぁぁぁッ!!!」
全霊を込めて光の刃を叩きつけた。
が。
パリン――。
「ッ……」
巨人へと衝突した刃は、まるでガラスが砕けるようにあっさりと消失した。
「だから言っただろう? 愚かだと。もう、君も休みたまえ。幸福な夢の中で」
こうなると分っていたからだろう。男は何もすることなく、リリの攻撃をただ見ていた。
リリの背中から翼が消える。
完全に魔力が尽きたのだ。
(…………私は、一体、なんの為に……)
真っ暗な地面へと吸い込まれるように落ちていく。
リリの意識も同時に消えようとしていた。
そうなれば、目の前の巨人によって幸福な夢へと誘われるだろう。
地面に叩きつけられて死ぬまでの僅かな時間、やっとリリに訪れる安息。
(そんなこと、許されるわけ……)
約束された幸福を拒むように、歯を軋む程食いしばる。
そんなリリの落下が、途中で止まった。
「あ、あの、ごめんっ。でも見てない、がっつりは見てないんで」
「…………?」
飛び降りてきた心弥が空中で抱きとめたのだ。
が、何故か必死にリリの体から目線を逸らしている。
「あ~。リリっちのドレスって魔術で構成されてるから、魔力が完全に尽きると消えちゃうのか」
シノの言葉通り、リリの纏う黒衣はボロボロと崩れ落ちて、今や下着しか身につけていない。
こんな状況でそんな事に必死になっている心弥がなんだか可笑しくて、リリは泣き笑うようにして小さな小さな声を漏らした。
「あ、あははっ。ごめんね、シンヤ。あんなに手伝ってもらったのに、こんな風になっちゃった。でも、貴方は何も気にしなくていい。私のことも忘れていいから、夢の中で幸せに――」
「あ、いや。俺的にもこの魔術はちょっと困るんで、申し訳ないけど止めさせてもらおうかなーっと」
「……え?」
リリを抱えたまま、地面へスタッと着地した心弥。
見上げると、月を背負った巨人の頭が遙か頭上に見える。
「誰も不幸にならない、その上で皆幸福になれる。そういうことだったから協力することにしたわけだけど、微妙にニュアンス違うみたいだし。そうなると、ちょ~っと俺には責任取れないっていうか、そういう重荷背負うの無理なんで」
「……はぃ?」
魔力切れで頭がぼーっとしているせいもあってか、リリには心弥が何を言いたいのかイマイチ理解できない。
すると、シノが呆れた表情で説明を付け足した。
「つまりぃ。心弥は難しい問題には関わりたくないんだって。皆で簡単にハッピーになれる! ってことならよかったけど、そうじゃないなら自分に責任のない形でどっかの誰かが勝手にやってほしいなぁ、みたいな感じ」
「あんまり的確に俺の心を代弁しすぎるなよ。思っててもそこまで口にするつもりはなかったぞ……」
リリの様な義務感や正義感ではない。
ただ単に、自分がややこしい責任を負う立場にいたくない、というだけの理由。
それだけの為に、心弥は目の前にそびえる巨人を止めると言っているらしかった。
「心弥は、凡人だからねぇ」
正義のヒーローでもなければ、世界を救う救世主でもない。
ただのコミュ障気味の一般人。
それが、心弥という少年の本質で、更にダメ押しをいえば。
「まぁそれにさ、推しがこんな必死に止めたいと思ってるんなら、そりゃもう止めないとだから」
「……おし?」
「あ、いや、なんでもないっす」
この男は、推しが頑張る姿にすこぶる弱いのだ。
「じゃ、ちょっと止めてきますんで。シノ、リリさんをよろしくな」
「はいはーぃ」
「え? あ、ちょっ」
リリを地面に寝かせると、心弥が巨人の頭へ向かって飛び上がっていく。
「だいじょーぶだよ、リリっち。心弥は確かに凡人だけど、それなりに良い奴だし、だからこそ頼りにしていいよ」
「な、何を言っているのっ。いくらシンヤでも無理に決まってるでしょ! あの巨人には魔王級数十倍以上の魔力が内包されてるのよ!?」
焦るリリに対して、可笑しなモノを見るようにシノが笑う。
「あはは、何を言ってるのはリリっちの方だよ。数十倍って、そんな程度で心弥がどうにかなるわけないじゃない」
「……へ?」
地面から見上げるリリの眼前で、巨人の大きな体がくの字になってぶっ飛んだ。
「――せめて、数千倍くらいじゃないとね」
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