第23話 「世界平和ですか?」
「は、はぁ。ここが」
リリさんと、えっと、名前は知らないけどなんかリリさんの上司みたいな男の人。
二人についていったのだが、やたらあっちこっちを不規則にウロウロした挙句にたどり着いたのは町外れの郊外に建つ廃ビルのような建物だった。
結構な巨大さで、月に照らされつつも静かに鎮座している。
「なんか、なんつーの? 秘密の組織っぽい割にこんなデッカイ拠点を堂々と使ってたんだな」
「心弥とかウチには精神干渉系の魔術が効いてないからね。ここに来るまでに通ったルート、それ自体が隠蔽用の魔術になってたから。普通はこの場所に気が付かないっていうか、意識ができないようになってるんだよ」
「へぇ~。学校での俺みたいなもんか」
「……なんていうか、やっぱり心弥専属の守護神にでもなろっかなウチ」
肩に乗っかったシノがふわりと浮いて頭を撫でてくる。
死ぬほど同情されてるっぽいけど、情けないと思うべきなのか素直に甘えておくべきなのか。シノが一体何から俺を守護ろうとしているのかはよく分らんが。
まぁとにかく、普通の人はこの場所に来られないってことだな。
「流石は魔法使い殿。その通りです。とはいえ、異能者たちの感知を誤魔化すのにも限界があるのでね。本当に間に合ってよかった」
男の背を追ってビルの中に入った。リリさんは俺らの後ろからついてきている。
すると、中は壁一面に模様の様なモノが刻まれていた。しかもぼんやりと光っている。恐らく、魔方陣的なやつなのだろう。
まさか、ビル全体がずっ~っとこうなってるんだろうか?
「うげぇ、何この魔力濃度。これじゃ普通の人が入ったらそれだけで発狂しちゃうよ」
「マジか。俺はなんも感じないけど」
「心弥にはそーだろうね」
そんなおっそろしい空間だったのかこのビル。
俺自身はなんともないとはいえ、そんなことを説明されるとあんまり良い気分はしないなぁ。
「確かにこの中はちょっと息がつまるけれどね。これから行くのは屋上だから、多少は開放感があるんじゃない?」
こちらの気分を察したのか、後ろからついてきていたリリさんがフォローしてくれた。
なるほど、屋上へ向かっているのか。
驚くべきこと、なのかどうかはよく分らんが、電気もついてない癖に普通にエレベーターが動いたのでそれに乗って最上階まで上がった。
扉を開けると、だだっ広い屋上へと出る。
屋上には巨大な魔方陣の様なものが描かれていて、周りを十数人の人間? が円形に囲んでいる。
リリさんのお仲間なのだろうか?
「じゃ、私も行くから。……今までありがとう」
リリさんは俺にそう一声かけると、魔方陣を囲む人たちの方へと歩いていく。
あっさりとした言葉だが、一瞬見えた彼女の横顔は随分と感慨深そうなものに見えた。
「あぁ、いや。こちらこそ」
俺はその礼になんと返したらいいのかよく分らなくて、やっぱりあっさりした答えだけを返してしまった。
リリさんは魔方陣を囲む人たちの一部となり、陣の真ん中には例の男の人が立つ。
なんだか蚊帳の外な感じがして居心地が悪かったが、男が俺に声をかけてきた。
「心弥君。では、最後の協力をお願いしたい。この魔術を発動するトリガーとして、巨大な力を流し込む必要があるのだ。本来なら我々が長い時間をかけて起動させる予定だったのだが、恐らく君なら短時間で可能だろう。やり方は魔法使い殿に聞けば分るはずだ」
「あ、はい」
なるほど、あの魔方陣を取り囲んでる人たちは本来なら魔術を起動させる為に集っていたのか。
しかし力を流し込むって言われても、そんな器用な真似できるかな俺?
「シノ、どうしたらいいんだこれ」
「んっとね、魔方陣の端っこ……え~っとあの辺か、あの辺りまで行って」
「了解」
シノの指示に従い、デッカイ魔法陣の端っこにはみ出た掌サイズくらいの円、その目の前まで行く。
「んでね。そうだなぁ~。んー……起動させる為に力を注ぐ感覚かぁ。心弥の力で攻撃系のイメージ持つとぶっ壊しちゃいそうだし……。あ、そだ。この円を、リリっちかココナっちのおっぱいか何かだと思って手を置いて」
…………なんて?
「なんつった今?」
「推しのおっぱい揉むつもりで手を置けっていったの」
おいこらてめぇ。
「そっ、そんな不埒な考えを推しに対してだなぁ」
「そーゆーの今はいいから。恥ずかしさとか諸々が相まって多分丁度良くなるから。ほらほら早く」
くっ、この破廉恥女神め。
しかし、現状この場には知らない人間が沢山いて、俺の仕事待ちをしている。
こんなプレッシャー空間からはなるべく早くおさらばしたいので、仕方なくシノの言うことを素直に聞いて円に手を置く。
………………リリさんとココナちゃんのおっぱ……胸……ねぇ……。
「よし、いくよ心弥!」
色々な意味で葛藤しつつ脳内で禁断な状態の妄想をしようとしていたら、シノが俺の頭の上に乗っかって何かしらの力を発動させたっぽい。多分、これも魔法ってやつなのだろう。
俺の体の中にちょっとした熱さ? を感じさせるような流れが生じて、それが手から出ていったのが分った。
――瞬間。
「んなっ!?」
今までぼんやり光っていただけだった魔方陣が激しく発光し、ほんの少しの間だけはまるで昼間のような明るさになる。
次第に光りが落着くと、ほどほどの光量というか、なんか割とカラフルに光っているのでイルミネーションみたいになった。或いはゲーミングパソコンでもいい。
なかなか綺麗な光景ではあるのだが……。
「ふっ、ははっ、ふはははははは!? 素晴らしい! まさか一瞬で起動まで持っていくとはっ、凄まじい力だ! これで――ようやくだ、ようやく完成した!!!」
綺麗な光景の中心で、今まで落着いたダンディーだった人がアホみたいに狂喜乱舞しているので、なんか素直に「綺麗だな~」みたいな感想が出てこない。
どっちかというと、なんか怖いまである。
「さぁ!! 革命の時だ!! 世界はこれにて完成し、完結する!! 恒久の平和! 真なる平等! 安寧と幸福の時代よ来たれ! 理想はここにある!!!」
なんぞ一人で叫び倒している男の声に呼応するように、ビルがグラグラと揺れだし、地響きのような振動が聞こえてくる。
まるで地震だ。
次いで、ビルそのものが発光するように全体から光が漏れ出した。
どうやらビル中に描いてあった魔方陣がすんごい勢いでイルミネーション状態になってるっぽい。
「だ、大丈夫なのかこれ」
「あー、これは……あれだね、ビルそのものを一種の魔法生物に変質させるつもりっぽいね」
「はぃ?」
シノが詳しく説明をする前に変化はおきた。
ビルがぐにゃぐにゃとまるで柔らかい粘土のように波打って形を変えていく。
確かに有機物っぽい動きだ。
「え~っと。ふッ!!」
何が起こっているのか把握したくて、屋上からジャンプしてみる。
十数メートルか跳び上がると、ビルの現在の全体像が見えた。
「ひ、人の形……?」
ビルは今や手足の様なものが生え、屋上の辺りが頭の様な形になり、妙に猫背をした不気味で巨大な人型になりつつある。
しかも全身が魔方陣で発光しているので、なんだかとっても派手だ。
「この魔法生物が世界中に魔術を行使する本体ってことだろうねぇ」
「ま、マジかぁ。なんか全人類の命運を預けるにはちょっと不安になる見た目だけど……。大丈夫なんだよな?」
「う~んっと。術式をざっと見た感じ、確かに間違いなく精神干渉系、いわゆる幻術にかけるようなタイプの魔術で構成されてるね」
シノがそう言うのならそうなのだろう。
俺は上空からゆっくりと屋上へ落ちていって着地する。
その頃には、真ん中に立つ男以外の魔方陣を囲っていた人たちは皆、気絶するように倒れ込んでいた。
というか、リリさん以外の人たちは体が溶け込むようにビルに食い込んでいっているように見える。まるで木の傍に立っていて飲み込まれたお地蔵さんみたいだ。
「リリさん!?」
倒れている彼女へ思わず駆け寄る。
抱き起こすが、意識がない。
呼吸はしているようなので、やはり気絶しているような感じだ。
「リリさん、大丈夫っすか。リリさん!?」
「んっ……」
ゆっくりと目が開く。
「シンヤ……ここは、まだ現実?」
「えーっと、そっすね。まだ現実だけど、でも魔術は発動したっぽいかな」
「そう、ならこれで、全ての人たちが、幸せに――」
リリさんが、今まで見たことのないような穏やかな表情で微笑んだ。
心臓がわしづかみにされる、という言葉はまさにこういう時の為にあるのだろう。本当に胸のあたりがキュッ! ってなったわ。
こんなに可愛いことある? って感じだ。なんならこの表情を見れただけで俺は今まさに幸せまである。
「んぁ? あれれ? ねぇねぇ心弥心弥」
「なんだよ。人が現実で味わう最後の幸せに浸っているのに」
リリさんの微笑みの余韻に浸っていると、シノが俺の髪をクイクイと引っ張ってきた。
「あのさぁ。この術式、発動過程でかなり人が死ぬと思うけど、いいの?」
「………………は?」
「だからぁ。確かに幻術系の術式だけどさ。この魔術じゃ世界中に効果を及ぼすにはまだ規模が足りてないっぽいの。だから、足りない分は普通に生きてる人間とかを食い物にして効果を無理矢理持続させるように設定されてるみたいよ?」
なんだって?
「シノ……それ、本当なの?」
今まで穏やかな様子でいたリリさんの雰囲気が急変する。
「本当だとも、片翼のリリノワール」
魔方陣の中心にいた男――既に下半身がビル、つまり魔法生物と一体化し始めていた――がとても満足そうな表情で語り始めた。
「魔力を持たない存在は、この魔術の餌になるように設定されている。それによってこの魔術は本当の意味で完成し、十全の効果を及ぼす。だが心配はいらない、死ぬ者たちも苦痛なく、幸福の感情と共に逝くだろう。そういう魔術なのだから」
あ~……そういう。
この魔術、端っから本当の意味で全人類の人生をカバーするつもりなんてなかったのか。
「なぜ、なぜそんな……」
リリさんが、唇を震わせながら男に問いかけた。
「魔力を持った人間は魔術に対する抵抗力も高い。幸福な感情を与えてやることが難しいのだ。だが、こちらの世界の一般の人間共は簡単だ。一瞬の間に幸福な夢をみて、そのまま死んで貰えばいい。そして彼らから回収した生命エネルギーを魔力に変換し、魔力を持った人間もまた幸福な夢に浸らせることができる。これこそが――」
語る男からは、悪意のようなものは全く感じられない。
恐らく、本当に心の底から、善意だけで喋っている。
「そう、これこそが、世界平和だ」
狂気のような善意。
そういうものも存在するのだと、今初めて実感した。
「話が、違うじゃない! 誰もがっ、皆が幸せに生きられる魔術だって……!」
「だから、そうなると言っている。ほんの少し生きられる長さが違うだけだ。世界中の人々が幸福な夢を見ながら逝くことになんの違いもない」
幸せになる洗脳。
それを受けた人間が、多少長く生きようが短く生きようが誤差でしかない。
だって、どっちみち結果は決まってるんだから。
幸せに死ぬ。
それだけはもう決定してる。
ならばそれでいいじゃないか、と。
まぁ、そういうことだろう。
確かにそう言われてしまえばその通りだ。
俺だって不幸になるか幸福になるのか分らない人生を長い間ダラダラ生かされるより。
多少短かろうが一瞬だろうが、確実に幸福に死ねる人生の方がいい。
合理的で、効率的で、理想的で、理性的な人類の滅び方。
………………だけど、なぁ。
「あ~、あのさぁ」
声を上げると、リリさんと男の視線が集中する。
やだなぁ、この状態でこんなこと言うの。
「俺は全員が平等って聞いてたから協力してきたけど、これくらい条件が違うってなるとちょっと話が違うかなぁ~って。やっぱ協力取り消しでもいいかな?」
リリさんと男から一瞬、唖然とした空気を感じる。
ほら、だから嫌だったんだよ。
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