第22話 達成
「ねぇねぇ心弥~。もう一週間経つよ~? ってか、このやりとりもういい加減慣れてきちゃったよもう」
こんもりとした布団に向かって問いかけるシノ。
布団の中身は、色々あったせいで推しに向かって饒舌になりすぎてしまい後になって『あぁ嫌われたかなぁ?』だの『不快にさせちゃったよなぁ絶対』だの思い悩んだ挙句に人と会う為の精神的エネルギーが枯渇したコミュ障である。
「わ、分ってるよ。でも一応魔物は倒してるし……」
「いくら倒してても、あの張り紙作戦は正直どうかと思うよウチは」
「うぅ……」
張り紙作戦とは、シノが感知したら誰よりも早く魔物の元に駆けつけ、瀕死も瀕死まで追い詰めてぶっ倒れた魔物に『ご自由に回収してください』という張り紙を貼るだけの作戦である。
リリやココナと顔を合わせるのが気まずいということで出てきた苦肉のアイディアなのだ。
「きっとココナっちもリリっちも何事かと思ってるよアレ」
「だよなぁ。はぁ……いい加減、またちゃんと協力していくようにしないとなぁ」
「そこはどっちでもいいと思うけどなぁ。義務感でどうこうとかじゃなくて、心弥のしたいようにするのが一番じゃない?」
「義務感って……シノだって最初は世界を救え~だのなんだのと言ってたじゃないか」
「ん? ん~。ずっと一緒にいるせいか、最近は心弥に妙に愛着湧いてきちゃったからね。取りあえずは心弥を見守ることを優先してこうかなぁ、みたいな?」
「……段々、シノが神様に思えてきたよ俺は」
「神様なんだってば。ま、今は心弥専属の神様って感じだけどね」
神頼みのしがいがある神様だぜまったく。
などと思いつつ、ようやっと心弥は布団から這い出した。
シノが傍にいるお陰でかなり精神的に楽なのは確かなのだ。
引きこもっている一週間の間にも、二人でゲームをしたり動画を見たりしつつ(かなり怠惰に)過ごしたことによって、心弥の対人コミュニケーション用精神エネルギーは結構回復してきていた。
「それにしても、昨日張り紙貼った魔物もかなり強力な魔力を持ってたけどさぁ。もしリリっちがアレを回収してもまだ足りないんだとすると、一体どれほどデッカイ規模の魔術を編んで――」
ぴんぽ~ん
「あ、お客さん。っていうか、ココナっちかリリっちかな」
「うぉおマジかっ心の準備が」
シノが心弥をおいて玄関の方へと飛んでいく。
「ちょ、シノさんっ?」
「どーせ心弥はすぐに心の準備できないでしょ。ウチが対応しておくから、その間に準備しときなよ~」
「お、おぅ。さんきゅ」
シノが玄関の方へ行っている間に、布団から出て居間の方へと移動する心弥。
お茶菓子を用意したりお茶を淹れたりと準備をしている間に、一週間ぶりに人と会う覚悟を固めていく。
(よし……少し安定してきた今の精神状態ならココナちゃんともリリさんとも会える、はずだ。正直ココナちゃんの方はちょっと、いやかなり気まずいけど……)
前回、二人が衝突した際に心弥は明確にリリの計画を支持すると表明した。
決してココナ自身のことを否定したわけではないのだが、それでも一時意見の食い違いは存在したのである。
結果として、普段なら絶対にしないであろう長広舌をふるってまで自分の考えを語ってしまった。
ココナがそれで怒ったりしたわけではないのだが、心弥としては色々と気まずいのも確かなのだ。
(でも、このまま会わないっていうのはな。ココナちゃんのことだ、そんなことしたらきっと色々と気にしちゃうだろうし。ここらで俺が覚悟を決めないと)
お茶も茶菓子も準備が終わり、バッチリおもてなし態勢が整った心弥は居間の扉を前に緊張した面持ちで待つ。
果たして、入ってくるのはリリか、ココナか――。
「心弥~。あのさぁ。お客さん、なんだけどさぁ」
「こんにちは心弥君。おや、思った以上に若いねぇ。いや、若くて大変結構なのだが。おっと、先にお邪魔します、と言うべきだったね」
――知らないおっさんが入ってきてめっちゃフランクに喋りかけてきた。
(………………ナンデ!? ダレ? ナンデ?!)
突然のよく分らない来客に心弥の脳内もよく分らないことになってしまっている。
まぁ、対人スキルが壊滅している人間にとって酷な状況であるのは間違いがない。
何しろ明らかに日本人じゃないナイスミドルなイケメンおじさんが突然話かけてきたのだ。これで外国語なんか話されようものなら大抵の日本人はパニックである。
もっとも、この相手は言葉が通じないということは全くなかったが。
「突然訪れてしまってすまない。彼女から、君と話がしたかったら直接家に出向いて会った方が早いと聞いてね」
男の後ろから、ひょっこりとリリが顔を出した。
どうやら、リリがこの男を連れてきたらしい。
「急に来て悪かったわね、シンヤ。こいつが急ぎで会いたいって五月蠅くて。どうしようか迷ったんだけど、まぁ一人で勝手に行かれるよりはマシかと思って連れてきたわ」
「は、はぁ。大丈夫ですけど、えっと、この人は……?」
本当はあんまり大丈夫でもないのだが、リリの手前平静を装う心弥。
リリは嘆息しつつ答えた。
「一応、私の所属する組織を纏めている男よ。名前は……別に覚えなくていいわ」
「ははっ、随分な言われようだね。でも確かに僕の名なんてどうでもいいことだ。今はそれより、心弥君にお礼が言いたくてね」
「お礼?」
心弥の肩にぽんっと手を置きながら、男はあらたまった声でしゃべり出した。
「心弥君。君の協力のお陰で、我々の悲願は達成されることとなった。最早魔力は十分に回収が成功し、残すは魔術の起動のみ。当初の想定を遙かに上回る速さとスムーズさだ。感謝してもしきれない」
「い、いえ……別に俺は、そんな大したことは」
どうやら、リリの言っていた『世界中の人たちに夢を見せる計画』が大詰めに入ったということらしい。
本来なら魔力の回収にはもっと長い時間がかかるはずだった。
例えば魔王級とそれ以下の魔物とでは、保有する魔力の量も純度も桁違いなのだ。
しかし、魔王級とまともに戦って勝つのは非常に難しい。挙句、魔力を回収する為に弱らせたり拘束したり、となったら更に難易度は上がる。
しかも、正義の使徒が邪魔をしてくる可能性が非常に高かった。
リリたちの組織が潜伏している場所はまだ正義の使徒には発見されていないが、時間をかければかけるほどに見つかる危険は増す。
もし発見されて全面対決になったりしたら、魔術を完成させるどころではなくなってしまう。
それらの懸念を、心弥の存在がまとめて一蹴してくれたというわけだ。
「それでね、心弥君。最後の詰め、魔術の起動なのだが、それにも立ち会って欲しくてね」
「魔術の起動、ですか」
「そうだ。これほどの大規模魔術となると起動するだけでも大変な力が必要となる。君はこの魔術が作る世界を望んでくれていると聞いた。是非、見届けると共に最後の協力を願いたいのだよ」
「はぁ。いい、ですけど」
心弥はあっさりと気の抜けた返事を返した。
彼の感覚からすれば、別にそこまで大した労力をかけて手伝ったわけでもない。
推しの尻を追いかけていたら今に至った、みたいな感覚の方が強いのである。
とはいえ計画自体に賛同なのも事実なので、最後も手伝えというのなら素直に手を貸そうと思ったのだ。
「ありがたい。では、早速行こうか。あまり長くは異能者共の目を誤魔化しておけないからね」
男はそう言うと家の外へと歩いて行く。
その後を、リリと共についていく心弥たち。
「……いいのね、シンヤ」
「え? いいって、何が?」
抑え気味の声で、リリが心弥へと問いかけた。
「あの、ココナとかいう異能者。あの子とのことよ。私の知ったことではないけど、あなたは随分親しそうだったでしょ。でも、彼女はこの魔術に反対していた」
「それ、は」
「ま、どうせ魔術の起動に成功してしまえば、もう何も考える必要はなくなるんだけどね。あの子が何を考えてどんな結論に至ろうが関係ない」
「……そうですね」
魔術が発動してしまえばココナもまた、夢の中で勝手に幸せになってくれる。
幻の中で望み通りの人生を送っていくはずだ。
そういう意味ではココナがどう思っていようが実のところ関係はない。
心弥の夢の中にも、心弥にとって『都合のいいココナ』が出演してくれるだろう。
それくらい強制的に人を幸せにする手段だからこそ、心弥はこの計画を支持したともいえる。
だが――。
(なんか、なんとなくモヤモヤしないでもないな。多分、ココナちゃんがこの計画に反対するのもこれに似た感覚ではあるんだろーけど)
だからといって、計画に賛同する意思は変らない。
自分のモヤモヤの出所も冷静に考えていけば分らないでもないのだ。
つまり、ココナという存在と本当の意味でわかり合って、その上で自分の意思を認めてほしいという願い。エゴ。
しかしこれから起動する魔術は、そんな人間同士のエゴのぶつけ合いを必要としない。
実に合理的で、卑怯で、非の打ち所がない幸福を強制的に与えてくれる。
(一時のモヤモヤなんかどうでもいい。皆で幸せに生きられる道があるのなら、それに越したことないもんなぁ。常識的に考えて)
心弥は、リリに隠蔽用の魔術をかけてもらいつつ、共に家を出た。
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