第21話 正しさ
「は、放してくださいっ。シンさん、どうして……ッ」
「どきなさい。それとも……あなたも、私の敵になるの?」
腕を掴んでいる少女から左右同時に問いかけられて、心弥は答えに窮した。
どうしてって言われても……どっちも可愛いし尊いからどっちが負けても世界の損失だし、どっちか選べとかどっちも美少女すぎて無理だし! っていうかどっちも推したいし!
などということをこの場で全部言ってしまってもいいものなのか?
多分いいわけがない。
「お、落ち着け二人とも。えっと、そのなんだ。話せば分かる? 的な」
「そうならなかったからこうなっているのよ」
「そうです、私も戦いたいわけじゃないですけど……でも、この人たちの計画を認めるわけにはいきません!」
だからといって、ありがちな説得セリフを口にしても二人には全く響かない。
そもそも口にした心弥自身も『話せば分かりあえる』などという理屈を信じてなどいないのだから。
「あ~、確かに拳で語る? みたいなのもあるよね、うん。でもさ、俺の目から見ると二人の目的意識にそこまで差があるようには思えないっていうかね?」
「どういう、ことですか?」
「……なんですって?」
心弥の言葉にリリとココナがお互いを横目で睨みあった。
意外とか心外という意味合いの目線だろう。
しかし心弥からすれば寧ろ当然のことを言っているつもりである。
リリもココナも、結局は自分以外の誰かの為に、自分以外の人々の平和と安寧の為に戦っているのだ。その精神性に大きな違いは感じられない。
違うのは、手段に対するイメージのようなものだけに思えた。
「ココナちゃんはさ、リリさんのやってる計画をちゃんと知ってるのか?」
「はい、正義の使徒のメンバーは皆知っていますよ。魔物から回収した魔力を使って、全世界の人間を幻術に閉じ込めてしまう計画だと。結果、人類は滅びるって……。以前に会った時、この人――リリさんですか? にも聞いたけど、同じように言ってましたし」
心弥がリリに目線をやると「まぁ、言ったわね確かに」と、あっさり頷いた。
(その説明じゃー、そら誤解も招くって……)
リリが口下手なのか、翻訳魔術が上手いこと働いてなくて細かなニュアンスが伝わり辛いのか。何にしてもイメージが悪く伝わりすぎている気がする。
もっと言いようはあるはずなのだ。
心弥はようやっと握っていた両者の腕を解放すると、ココナと正面から向かい合った――あと、すぐにそっと視線を逸らした。
残念ながら、推しと視線をがっつり合わせて会話をする機能がまだ心弥には実装されていない。
「心弥さん?」
「あ~、あのさ、ココナちゃん。リリさんのやろうとしてる計画って、人類全体が幸せになることを目指してやってるんだよ。幻術の中に閉じ込めるっていうより、幻術の中なら皆幸せになれるよね? みたいな感じ」
「それは、でも所詮幻じゃないですか」
ココナは怪訝な表情になって答えた。
「まぁね。でもさ、本人も幻だと気が付かないくらいの幻なら、現実と変らないと思うんだよ。その幻の中には今まで通りの現実があって、でも本当の現実よりもなんだかうまくいく。それが人類全員におこる。これこそ、誰も不幸にならない平等で素晴らしい状態だと思えるんだけど……」
心弥の慣れない長台詞を黙って聞いていたココナ。
しかし、納得の表情はしていない。
「平等で、幸せ、ですか。でも、全員が幻の中で一人ぼっちで実際には誰とも繋がっていないんですよね? だから、人類は結果として滅びてしまいもする。それが正しいこととは、どうしても思えないんです」
「正しい、かぁ。でも、正しさで人は救えないしなぁ」
「――え?」
頭を掻きながら殆どぼやくように出た心弥の言葉。
それに、ココナは心弥が思っていた以上に強く反応した。
「結局さ、正しさって状況によって変るし。しかも正しい存在とセットで、正しくない存在を作り出すじゃん? そうすると、その人間は正しくないって理由で大抵の場合不幸になる。例えば俺らがいつもぶっ殺してる魔物にも、もしかしたら何かしらの正しい行動原理があったのかもしれないし」
「そ、れは……」
ココナの視線が地面へと沈む。
話を横で聞いていたシノは『いや、基本的には魔物に意思とかないし、自然現象みたいなものだけどね』と内心で思っていたが、話の流れ的にそういうことを心弥が言いたいわけではないのだろうと察して黙っていた。
「競争で勝つ奴と負ける奴がいて、限られた資源を受け取れる奴と受け取れない奴がいて、偶々幸運に恵まれる奴もいれば偶々不幸に見舞われる奴がいる。細かいことから生死に関わること、産まれた瞬間から死ぬ寸前まで、この世界はどうにもならない格差だらけだ。それから逃れる方法なんてない」
心弥は、ある意味でいえば不幸でもあったし幸福でもあった人間だ。
親に捨てられた。けれど、祖父の家に住み込めた。
体が病弱だった。けれど、死ぬほどの重症ではなかった。
イジメを受けていた。けれど、殺されるほどの状況ではなかった。
その時々の自分主観でいえば世界一不幸な人間にも思えたが、同時に世界中の人間と比べるのならば幸福度ランクは相当高い順位にいるのだろう、とどこか冷静に判断してもいたのだ。
だからこそ、それなりにフラットな目線で心弥は考えることができていた。
「この世界はさ、人間全員が救われるような設計にはなってない。だから、リリさんのいうような方法が有効だと思ったんだよな。強い奴や正しい人には分らないかもしれないけど、少なくとも俺みたいな人間には……例え幻だろうと救いがある世界の方がいいってさ」
心弥の語った考えを聞いて、ココナは黙り込んでしまった。
その表情に浮かぶ感情は、苦悩、と呼ぶのが一番近しいかもしれない。
「強い奴にはって、心弥以上に強い人間なんてそうそういないと思うけどな~」
「いやいや、分るだろ? 腕力的な意味じゃなくて、心とかそういうのの強さだってば」
心弥は今でも自分がただの一般人だと思っている。
確かに強い力を得たかもしれないが、それに見合うだけの精神力など持ち合わせてはいないからだ。
「――心弥さんは、今の現実よりもリリさんの作る世界の方が、好きってことですか?」
少しの間黙り込んでいたココナが、絞り出すように心弥に問いかける。
「言ってしまえば、そういう感じかな」
「私は、誰かを救えてはいなかったってこと……ですか」
「はぃ? いや、そんなわけないでしょ。ココナちゃんくらい人の救いになってる人なかなかいないと思うけど」
「……え? でも、だって」
ココナの脳内が混乱でかき乱される。
目の前の相手が何を言いたいのかよく分らない。
自分の行動を否定したいのか、それとも肯定したいのか、どちらなのか?
「ココナちゃんは何も間違ってなんかいない。ココナちゃんを初めて見た時からずっと思ってた。この世界に、こんなに真っ直ぐに優しい人が本当にいるんだなぁって。だからずっとそのままでいてほしい、けど」
心弥の視線が、黙って事の推移を見守っていたリリへと移る。
「リリさんも、同じくらい間違ってない。やり方っていうか、たどり着いた手段が違うだけでさ。だから、俺はどっちも応援したいと思ったんだ」
あと、一番重要なのはどっちも最高に可愛いからなぁ。
と、口にはしない心弥である。した瞬間に多分色々終わる。
もっとも、言ったところで今のココナには届かないかもしれないが。
「……正しさ……人を救う、正しさ……?」
ココナは思索の世界に入り込んでしまったのか、心弥の方を見ていない。
「ココナ、ココナよ。今日のところは退こう。今のお主では、どの道戦いは無理じゃ」
「……ミミ……。分かり、ました」
ミミを肩に乗せたココナが、心弥に背を向ける。
「……心弥さん。取りあえず、今日は私を止めてくれたこと、ありがとうと言っておきます。もっとよく考えて、ちゃんと次までに答えを探してきますから」
「え? いやっ、これって別に答えがあるようなことじゃ」
「では、また――」
心弥の言葉を最後まで聞くことなく、地面を強く蹴ってココナはその場を去った。
その場に残された心弥に、後ろからリリが声をかける。
「シンヤ。言いたいことは色々あるけど、あなたの考え、私は嫌いじゃないわ。今日は色々ありがとう。また連絡するわね」
そう言い残して、リリもその場を去った。
後には、立ち尽くす心弥とシノだけが残っている。
「…………あー、俺。なんつーか、今日」
「あ~。ハイハイ、なんも言わない言わない。今になって喋りすぎた~とか色々感情爆発しそうになってるだろうし、今夜あたり後悔とかぶり返して寝れなくなるんだろうけど、その時になったらゆっくり話せば? どうせ暇だし、一晩中聞いてあげるからさ」
シノの呆れた様な物言いに、心弥は妙に深い安心感を覚え。
「――あぁ、頼むわ」
それだけを呟いた。
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