第20話 衝突
ココナが連絡にあった魔物の出現ポイントに到着すると、既に大蛇のような姿が地に横たわっている。
かなり強力な魔物の反応を捉えた、と通信で聞いた時には焦ったものだが、致命的なことにはならないだろうとも思っていた。
心弥が自分の元に現れなかったからだ。
つまり、心弥はより強い魔物の出現を感知して先にそちらを倒しに向かったに違いない。自分なんかより確実に魔物を倒して皆を守ってくれるだろう。
そう自然に考えるくらいには、ココナは心弥のことを信頼していた。
何度も共闘を重ねた成果ともいえる。
事実、周りに被害を全く出すこともなく魔物は沈黙していた。
――が、しかし。
「流石、心弥さんです。……でも、なぜ、あなたまでここにいるんですか?」
この場にいたのは心弥だけではなかった。
もう一人。漆黒のドレスに身を包み、不揃いな瞳と翼を持つ、人外めいた美貌の持ち主。
リリが刀を構えて立っていた。
「なぜ? 魔物がここにいたからに決まっている」
「また魔力の回収とやら……ですか」
「えぇ、そうよ」
「そうですか。なら、仕方ありません」
答えを聞いたココナが、拳をリリに向けて構える。
「今日こそ、あなたを捕えます」
ココナの体からオーラのようなものが迸り、完全に戦闘態勢に入ったことが否応なく分った。
応じるように、リリも体の周りに魔方陣をいくつか展開させる。
二人の間の空間が圧縮されていくような緊張感。
「あ、あの~?」
そんな空気に耐えきれなくなったように、男が割と間の抜けた声を上げた。
心弥だ。
「お二人って、知り合いだったりしましたでしょーか?」
思わず敬語だ。
いきなり推し同士が険悪を通り超して『殺伐!』といった感じのムードになってしまい、どうしていいのか分らない。ちょっとしたパニック状態である。
「心弥さんこそ、この人と知り合いなんですか?」
「シンヤ。なんでこんな連中と知り合いなの?」
異口同音に尋ねられ、心弥の混乱が更にます。
え? 知り合いだとまずかった? と口に出す余裕もない。
「あ、あの、知り合いっていうかお手伝いしているっていうか、応援を……」
しどろもどろになりつつ答えるだけで精一杯である。
その答えを聞いて、ココナとリリの表情が険しさを増した。
「お手伝いって……心弥さんはこの人たちが何をしようとしているのか知っているんですか?」
「えっと、魔力を集めてある種の世界平和を目指している、みたいな?」
「違います。人類を滅ぼす計画です。世界中の人々を幻術の中に捕えてしまうつもりなんです」
まぁ、見方を変えればそういう言い方もできるわな。
心弥はココナの言い分を聞いて素直にそう思った。
事実、リリたちの計画が実行されればそういう結果が訪れるはずなのだから。
ただ、それを『救い』と捉えるのか、或いは『滅び』と捉えるのかの違いでしかない。
そして、心弥は救いだと個人的に思っているというだけの話である。
「だから、この人たちを野放しにしておくわけには――」
「シンヤ、あなたは正義の使徒の仲間なの?」
ココナが喋っている途中、それに構うことなくリリが心弥に語りかけた。
「え? い、いや、どうなんだろ? 一応そうなってるのかもしれないけど、ココナちゃん以外の人と行動したことないし。なんなら他の人はぶっ飛ばして半殺しにしたことしかないっていうか……」
心弥のオロオロとした心情が透けてみえる受け答えに、リリが小さくクスリと笑う。
「半殺し、それはいいわね。でも、この子とは共闘してたってことか。事情はよく知れないけど、今日限りになさい。こいつらは私たちの計画にとって邪魔よ」
「え? いや、でも」
ココナちゃんとは一緒にいたいですけど。
という素直な欲望を口にしていいものか? 心弥が迷っていると、ココナが声を張り上げた。
「何を勝手な! 心弥さんは、私の大切なパートナーです!」
「シンヤの力を正義の使徒がこのままにしておくはずがないわ。どうせ碌でもないことに利用するつもりに決まっている」
「私は心弥さんを利用するつもりなんてありませんっ。それに、心弥さんのお陰で沢山の人が救われているんです。これからだって」
「強力な魔物の脅威から民間人を救うだけなら、私とシンヤで十分可能だわ。あなたたちにはその先がない。世界を変えることなどできやしない」
「あなたたちの変える世界には未来が――希望がないじゃないですか!」
「希望、ね。それは、人を苦しめ続けるだけの言葉だわ。そんなモノで人は救えない」
「違いますっ。人は、心に希望があるから前に向かって生きていけるんです」
「……言葉を交わすのは、やはり不毛ね」
「……本当は、話合いで解決したかったですけど」
リリとココナから、戦いへの覇気が強まる。
一触即発の空気。
「ねぇねぇ心弥。どーすんのさこの状況」
「――へっ? あ、ココナちゃんの私のパートナー宣言が感動的すぎてちょっと意識飛んでた。なんだって?」
「はぁ……。だからぁ、ココナっちとリリっちのこと。あの二人戦うつもり満々みたいだけど、どっちの味方する気なの?」
「ど、どっちのって言われてもなぁ」
少なくとも「どっちも頑張れ!」とかいう場面でないのは確実である。
運動会や試合みたいなものならまだいいが、これからここで始まるのはそんな生やさしいものではない。
「早く決めねば、どちらもの信頼を失うかもしれんぞ? 心弥殿」
「あ、ミミさん」
いつの間にか、ココナの妖精であるミミが心弥の傍にふわりと浮いていた。
戦闘態勢に入ったココナの傍から退避してきたらしい。
「信頼、かぁ。そもそも俺って信頼されてるんかな?」
「何を今更。ココナはパートナーだと叫んでおったではないか」
「そ、そうだった。パートナー……パートナーかぁ。いやぁ~」
「……どういう感情の表情じゃそれは?」
恐れ多さと嬉しさと照れが変な風に入り交じった表情なのだが、元々コミュ障気味の心弥にはそれを上手く表現する表情筋は備わっていなかった。
「あ~、ごほんっ。ココナちゃんのパートナー、リリさんの相棒、どちらかを優先とかはできねーかなぁ。俺は」
「そうか。なら、お主はこれから先の戦いを黙って見ているといい」
心弥の見ている前で、ココナが地面を強く蹴った。
猛烈な速度で迫る拳を、空中に跳び上がることで躱すリリ。
だが、一瞬のうちにココナが動きに追従してくる。
ココナの動きは挙動一つ一つが爆発的に加速するため、リリは反応が追いついていない。
強烈なアッパーがリリの腹を捉えた。
「ぐふッ!?」
空中で殴られ、更に上空へと吹き飛ぶリリ。
しかし、吹き飛ばされながらも魔方陣を多重に展開していく。
ココナが地面に着地した時には、四方を魔方陣に囲まれていた。
「ココナ、避けるんじゃ!」
「あっ!?」
魔方陣から飛び出してきた大量の鎖がココナを追いかけ回す。
どうやら、以前魔物にやられた魔術をリリが自分なりにアレンジしたものらしい。
ココナの超人的瞬発力を持ってしても、全ての鎖を避けきることはできなかった。
脚に一本の鎖が絡みつき、ガクンとスピードが落ちる。
そこからは、あっという間に四肢を鎖に捕らえられてしまう。
「くっ……」
「いいザマね。偽善者」
「ぎ、偽善?」
ココナの前にふわりとリリが降り立った。
先の一撃は強烈だったものの、実はそれほどのダメージは受けていない。リリのドレスはそれ自体が魔術兵装の一種であり、かなりの防御力があるのだ。
もっとも、ココナの変身した姿にも同じような耐久性があるのだが。
「あなたたちの言う正義は偽物だって言ってるの。正義の使徒とか名乗っても、最終的に救うのはあなたの世界の人間だけでしょう」
「そんなことはありませんっ、私は」
「あなたはどうであっても、組織としての方針は違う。この町には私たちの世界の人間も住まわせて何かしらの実験をしてるみたいだけど。どうせ最後には――」
「違いますっ! 正義の使徒がどうとかは関係ない、私が……私はっ、目に見える人を全員助けたいって!」
「……それが、偽善だって言っているのよッ」
拘束された状態のココナに対し、リリが強烈な後ろ回し蹴りを放った。
蹴り脚の先に小さな魔方陣がいくつも連なり、強制的に加速された打撃がココナに突き刺さる。
「ぅあ゛ッ!?」
拘束していた鎖を引き千切ってココナが吹き飛ぶ。
地面を水切りをされた石ころのように跳ねた後、造成中の崖に激突した。
崩れていく崖の中にココナの姿が消える。
「中途半端な正義のヒーローなんて、見ていて胸くそ悪くなるだけなのよ。私は、本当の意味で全員が救われる世界を作る」
トドメを刺すつもりなのか、リリがふわりと空中に浮いてココナの方へと進んでいく。
と、その瞬間。
「あああああああぁっ!!」
ココナが叫ぶと同時、崩れた土砂が全て上空に消し飛んだ。
「例え偽善と言われようと、目の前にいる人たちの……大切な人たちの日常を、繋がりを、私は守りたい! だから――あなたを止めます」
リリを睨みつけながら、再度構えるココナ。
「私は、止まらないわ。この狂った世界を変える――その為に」
ココナに向かって、刀を構えるリリ。
互いに、必殺の意思を込めて技の発動態勢に入った。
「いきますッ!」
「覚悟なさい」
両者の間に存在した間合いが破滅的な速度で消失していく。
ゼロになった瞬間、どちらかが――。
「――えッ!?」
「――なッ!?」
しかし、その瞬間が訪れることはなかった。
リリとココナ、二人の間に割って入る者がいたからだ。
「な、なんで止めるんですかっ!?」
「あなた……なんのつもり?」
「え~っと、あれだ、二人の言うことはどっちも正しいとは思う。だが二人が戦うのはその、間違っている。俺的に」
必死に格好付けて、というか真面目なノリで喋ろうとしたけど美少女二人に挟まれている影響でどうにもキョドってしまっている男。
――心弥である。
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