第16話 「脳が停止寸前なんですけど?」
「妖精さんのお名前、シノさんっていうんですか~」
「そだよ! どっちかっていうと神様だけどね。へへぇ、心弥が付けてくれた名前なんだ~」
「心弥……あ、シンさんの本名ですね! 私は本名そのままで、ココナっていいます。本当はひらがなで、ここな、なんですけどね。それでこの子はミミです」
「の、のぅ。いいのか? 主の本名など勝手に口にしてしもうて? お主の主人がさっきからえらく静かじゃが……」
はっ!?
ちょっとあまりの事態に意識が飛んでた。
なんかガールズトークみたいになってたし、普通にフェードアウトしてたわ。まぁガールって言っても一人はミニサイズで一匹は人外だけど。
現在、突如訪ねてきた女子高生(マスコットキャラ付き)を居間に案内してお茶をお出ししてからしばらく経ったところだ。
改めて来客を見てみよう。
セミロングくらいの黒髪で、俺もよく知る制服――っていうか俺が通っている(不登校だけど)高校の制服を着用していて、俺の推しとほぼ同じ容姿をしていて、ちょっと恥ずかしそうに首を傾げながらこちらを見ている。
はい、どう考えても変身前のココナちゃんですね。
あああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!
どうすれば、俺は今いったいどうすればいい!!!?
推しと対面して座っているこの状況!
冷静に考えてみれば、とてつもない幸運ではあるのだ。
いつまでもフリーズしている場合ではない。ここで「私は、あなたのファンであり、応援者である」ということをしっかり示しておくべきじゃないかっ。
いや、しかしまて……?
推しに認識されればいいというものなのだろうか?
推しに健やかかつ幸せになってもらうことことこそが大切なのであり、俺自身が推しにどう思われているか、などということは些末なことなのでは……?
いやでもしかししかし。
「あ、あの。シンさん、いえ、心弥さんはどうしちゃったんでしょうか? なんか、虚空を見て固まっちゃってませんか……?」
「あ~。あのね、ココナっち。心弥はこう見えて色々な、それはもう色々なことを頭の中で考えてるの。だからそっとしといたげて」
「そ、そうなんですねっ。流石心弥さんです!」
何が流石なのかさっぱり分らないがそれで納得してくれるココナちゃんが愛おしい。
はああああぁぁぁぁおちつけ。
落着くんだ、俺。
「ごほんっ。あー、すまん。いや、すまない。ちょっと今後のことを考えていた。いました」
なんとか取り繕ってしゃべり出すことに成功した。
推しにどう認識されるにせよ、ずっと固まってるだけの奇人変人と思われるのは取りあえずよくないだろうしな。
「あ、今後のことですね! 実は私もそのことでお邪魔したんです。あと、私には敬語とか全然いらないですよ」
ココナちゃんが両手をぽんっ、と合わせてから鞄をごそごそとあさる。
ちょっとした仕草も可愛いなぁ……なんか至近距離でそういうの見られるだけで泣きそうになってきた。我ながら末期感あるわ。
「正義の使徒の偉い人……主任って方なんですけど。その人に指令を受けまして、心弥さんのサポート役って言ったらいいんですかね? それを私が担当することになりました!」
主任ってあの怖そうな女の人か。そうかそうか。よく分らないけどココナちゃんが家にきたのはそのお陰なのか。
ありがとうございます主任さん、足を向けて寝ないようにします。
「サポートって、具体的にはなんなのー?」
「簡単に言えば、一緒に戦ったり、正義の使徒からの連絡を伝えたりじゃよ。聞くところによれば、心弥殿はあまり大勢で群れるのを好まぬ一匹狼気質なのだとか。そこで、ココナ一人にサポート役を限定すると言っておったかな」
あれ? 俺ってば「群れるのは好かん」とか一っっ言も発した記憶ないよ?
もしかして俺がコミュ障なことが主任さんにはバレてる? バレてる上で気を遣われてる? だったらちょっと死にたくなるんだけれども。
「あ~、まぁ心弥ははたから見るとそう見えるかもねぇ。挙句に規格外に強いから、なるべく刺激したくないってことでそうなったんだろうね。ココナが連れてきた以上、ココナがサポート役ならまだ安心できそうみたいな感じで」
え? そうなの? 俺って一匹狼に見えてるの? いやある意味間違ってねーけどさ。ものすっごい好意的な言い方をするとそうなるかもだけどさぁ。
「えと、かっこいい、ですよね。心弥さんのそういうところ。この一週間の間にも、誰にも言わずに強力な魔物を倒していたって聞いてますし。そういう誰かに評価されるためじゃない活動って、凄く尊敬してますっ」
あ、そういうノリになってたんだ。俺のひきこもり生活の評価。
実情を考えると推しに褒められているの素直に喜びきれないけど、でも嬉しい。どうしよう、泣いちゃう。
さっきから泣きそうになってばっかりだな俺。お陰で言葉がなかなか発せないんだが。
「東堂さんは、その、色々言ってましたけど。人それぞれ理由があって戦っているわけですから。心弥さんが最近まで戦ってなかったことにも理由があるって私は思ってます。だから、あの時のことは気にしないでくださいね?」
ん? あ、あぁ。なんか言ってたなそういえば、あのイケメン。
確か『なんで今まで隠れてたんだ?』みたいな質問だっけ。
「あ~、えっと、まぁ確かに色々理由はあるかな。あの時のことは全然気にしてないっていうか。寧ろ、怪我をさせてしまってすまなかったと思ってる」
ただ単に力を得たのが最近なんです。というだけなのだが。そのまま言うのもなんか恥ずかしいのでここは勘違いしているココナちゃんの好意的解釈に甘えよう。
東堂という奴にも申し訳なく思っているのは一応本当だ。イケメンをぶっ飛ばせてちょっと気持ちよかったという思いもなくはないけど。
「ありがとうございます。東堂さんにも伝えておきますね。……なんか、よかったです」
「んぇ? えっと、何が?」
ココナちゃんは、こちらに向かって薄く微笑んで。
「私、心弥さんのこと、凄く強くて凄い人なんだって思ってて。実際にそうだったんですけど、でも今日こうやって話してみて、強いだけじゃなくて優しくて穏やかな人なんだなぁって。なんだかちょっと安心しちゃいました」
そんなことを言った。
ウぁカワイイ……………………。
「心弥。しんや~?」
…………………………ハッ!?
「あ、あぁ。えっと。うん、安心! 安心だよねっ」
あれ? 今俺なに喋ってる?
自分でもよく分からなくなってきた。
「はい、安心ですっ。これなら私も全力で心弥さんのサポート役ができます! あ、その為に連絡用の専用通信機を渡さないとなんでした。こちらになりますね」
耳にも装着できるくらいのサイズの端末を机にコトリと置くココナちゃん。
「え、あ、はい」
「ねぇ心弥、今ちゃんと意識ある? 脊髄反射で喋ってなぁい?」
シノが耳元で小声でなんか言ってるが、頭に入ってこない。
取りあえず目の前のココナちゃんの微笑みを画像として記憶保存することに全力を尽くしてた。
「では、長居をしてしまっても失礼なので、今日はそろそろお暇しますね。お茶とお茶菓子、ごちそうさまでした」
「うむ、チソウになった。では今後はよろしく頼むぞ。シノ殿、心弥殿」
立ち上がり、礼儀正しくお辞儀をするココナちゃん。
「あ、あぁ。こちらこそ、今後ともよろしくです」
「よろしくね~、ココナっち、ミミっち」
立ち上がろうとしたら足が震えそうになるのを必死に堪えつつ、返事をする俺。
推しの笑顔が膝にクルっていうのは、今日初めて知った。多分、もっと至近距離でみたら腰にクル。
こうして、ココナちゃんとの予想外の一時は終わった。
「正直、何が起きたのか今だに脳内で整理できていない」
「嘘でしょ。ただココナっちが来て、これからよろしくって言って帰っただけじゃん」
「そうなのか。そうなのかぁ……これからよろしく!!?」
そうだ、そうだった! なんかそんなこと言ってた!
ココナちゃんが帰って一時間以上経ってからようやく実感が追いついてきた!?
「つまり、これからもココナちゃんと定期的に喋れるってことかよっ」
「いや、どっちかというと一緒に戦うって方を重視しなよ」
「戦うなら全力でサポートするに決まってるだろ! でも、話すってなると意識しすぎて難しいだろっ!」
「あ~、そりゃまぁ心弥なら戦う方は楽勝だろうけどさー。会話だって、同い年くらいなんだから別にふつーに話せば……」
ぴんぼ~ん
シノと喋っている途中で、また玄関のチャイムが鳴った。
「ん? 本当に珍しいな。日に二度も来客なんて」
「ココナっちが忘れものでもしたんじゃない?」
「えー? いや、部屋ん中には何も……」
「ま、出てみれば分るっしょー」
ちょっ、待っ!?
俺が部屋の中を探している隙に、またもやシノが玄関に一人で行ってしまった。
「開いてますよ~」
だからお前勝手に――ッ。
「やはり、ここにいたわね。
玄関に駆けつけると、そこには。
黒いキャップに黒っぽいパーカー姿と銀髪とのギャップが凄いことになっている、人形めいた美しさの少女が立っていた。
推しが二回も自宅に……もしかしたら、俺は今日死ぬのかもしれん。
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