第174話 人形師の仕事

 ————その人形は魔石を核として作るのだと言う。


 詳しい作り方は流石に教えられないけど、と前置きをした上でオルフェさんは人形の作り方を教えてくれた。

 人形のパーツの一部を素焼きした陶器で作り、依頼主の好みによって肌色などを着色していく。瞳にも魔石を使い、体の中心部分に大きめの魔石を核として設置し、術式を込めるのだとか。


 そして体が作り終わったら、洋服を作り、基本的には絹糸で髪を作る。カティア将軍が作った私に似せた人形の髪は、将軍が自分の髪を提供して作ったそうだ。

 どおりで私の人形は将軍と同じ髪色なわけだ。魔法石を使ってもここまで似せられないのでちょっと不思議に思っていたのだ。


「まあ、でもあまり人の髪は使わないかな」

「そうですよね。せっかくの長い髪がもったいないです」

「だってお揃いにしたかったんだもの〜」


 将軍の言葉に私は苦笑いを浮かべる。そもそも一体いつの間にあの人形を作っていたのだろう?私が知る限り、将軍の髪の長さは今と変わらない。

 つまりもっと前から作られていたはずだ。


「お姉様はいつから私の人形を作っていたんです?」

「ルーちゃんがうちの国に来た当時から兄上に頼んでたの。でも順番待ちだから作りあがるのに時間はかかったけどね」

「私がラステアに来た時って、五年前から……ということは五年前は髪の毛もっと長かったんですか?」

「うんん〜今と同じくらいよ」


 つまり五年で今の長さまで伸びたのか。私に似せた人形は魔力を流さなければ腕に抱えられる大きさ。50cmぐらいだろうか?つまりその人形の背中ぐらいの長さまで髪はいるので結構バッサリいったことになる。


 ファティシアでは女性の髪はとても大事なものという認識だが、ラステア国では違うのだろうか?でもみんな髪は長い。ちょっと考えて、将軍が特殊だと言うことにしておこう。


「昔はねぇ、人形を形代と言って身代わりにするのに使っていたから人毛を使っていたけど、今はそういうの危険だから使わないんだよ」

「危険、ですか?」

「そう。下手に誰かに盗られてしまうと呪具に使われてしまうからね」

「呪具?」

「人を呪う道具にするということ。身代わりにできるぐらい似せるわけだから、逆を言えば本人に見立てて呪うこともできるんだ。今はそんな技も廃れているとは思うけどね」

「えーそんな話初耳なんだけど?」


 将軍の言葉に「言っても聞かないでしょう?」とオルフェさんは言う。それに作る人形が私の人形だったこともあって引き受けたそうだ。

 自分そっくりであるならば危険だが、作る人形は全くの別の人。それならば問題ないと判断したらしい。


「それに顔はそっくりにしたいけど、瞳と髪の色はうちの色にしたいって言うし……それなら、呪具としては使えないからね。形代にするにはそっくりに作らなきゃいけないから」

「あ、じゃあ……私そっくりの髪色で作ったらやっぱりまずいですか?」

「人毛で作らなければ大丈夫だよ」

「人毛だとそんなに危険になるんですか?」

「体の一部だからね。もっとも、呪いに関しては姿を写した人形に呪いたい相手の体の一部を入れれば良いだけだから髪じゃなくても平気だけど」


 それってものすごく危険なのでは??私はものすごく危険なものを作ろうとしているのだろうか??大丈夫なのかなって不安になってくる。


 するとそれを察したオルフェさんが「呪うには呪い方を知らないとダメだから」と笑いながら教えてくれた。いや、それって知ってたらできるってことじゃ……全然安心できないのですが!?だって危険って言ったじゃない!!


「もう兄さん!ルーちゃんを怖がらせないの!!あのね、今は呪いを使える人間がそもそもいないのよ?呪いって繊細な術らしいし?」

「呪いを使う人ってどんな人なんでしょう?」

「そうねぇ……古の魔術の一つなのよ。魔術式も人の役に立つものもあれば、逆に傷つける物もあるでしょう?それと同じよ。使う人次第」


 ステラさんが簡単に説明してくれるが、古の魔術には人を害する側面が強いと言うことだろうか?知っている人間は少ないというが、その側面が強いのなら危険ではないのかな?


「その……やっぱり、古の魔術はそういった側面が強いのでしょうか?」

「白い魔術と黒い魔術、と呼ばれていたようだけど……うちの国は古の魔術は残っているけど、どちらかに特化してというわけもないし使える人間はごく僅か。だから人を害する魔術はきっともう残っていないわね」


 そういえば、ランカナ様が魔術を使えたが……あんな風に使える人が稀と言うことか。確かに訓練風景を見ていると、ラステア国の人は物理的な魔術の使い方が多い。


 炎を出すとか、風を起こすとか、岩を砕くとか。もちろんファティシアも魔術だけを使うとそうなるが、それを補うための魔術式であり魔法石がある。

 ラステアで魔術が物理的な方面に特化し出したのは何故だろう?一つの仮説をたてて聞いてみる。


「あの、魔術が物理的な面に特化したのって魔力量が多いからですか?」

「そう。古の魔術は扱いが繊細なのよ。それぐらいなら身体強化して、物理攻撃に特化した方が早いじゃない?」

「魔物が多いから繊細な魔術より、物理特化の魔術の方がやりやすいのは確かだよねぇ」


 国によって環境が違うから使い方も変わるのだろう。ファティシアとラステアの魔術の使い方の違いはそこにある。


 しかし、呪いは人形を使う物もあるのか。ふと人形を欲しがる人、それはどんな人だろう?と興味が湧いた。


「オルフェさん、人形を欲しがる人はやっぱり自分の姿を写す人が多いんですか?」

「どちらかというと、自分のと言うよりは娘の姿を写す方が多いかな。上流階級のお嬢さんとかね」

「何かあった時の身代わりに?」

「そう。怪我をしないように、とか病気をしないように、とかね。ちょっとしたお守りみたいなものだよ」


 人形にそんな力があるのか、と目を瞬かせると「実際には魔石に余計な魔力が吸い取られ安定して力が使える」とのことらしい。子供の頃は魔力の量が多すぎて体調を崩す子供が多いそうだ。


「あ、それって……魔力過多の状態だ」

「魔力過多の状態?畑と同じってこと?」

「そうです。リオンお姉様。カーバニル先生が前に言ってました。魔力がからになったらポーションを飲めば治るけど、逆に飲み過ぎると魔力過多になるって。それを治すには魔力を使うしかないらしいんです」


 興奮状態になるらしい、と教える。実際に自分がなったことはないので、らしいとしか言えないが。流石に自分で試せないものね。魔力が暴走したら大変だし。


「興奮状態なら熱とかも出るわね。そうか。それなら確かに魔石が余分な魔力を吸い取ってくれれば体調を崩すこともなくなるか」

「でもその溜まった魔力はどうなるんです?」

「人形の持ち主がすごく可愛がっていると、怪我を肩代わりしてくれる……って話だけど、どうかなあ?僕は実際に見たことないけど」

「呪う道具に使えるなら、肩代わりもあるのでしょうか?」

「かもしれないね。僕が作った人形では今のところその報告はないかな。ただ人形師はそこそこ人数がいて、商業ギルドに属しているからそこならわかるかも」


 その話を聞いて、ちょっとだけ商業ギルドに行ってみたくなった。本当に身代わりになってくれるのか気になる。それに、もしかしたら呪いの原因もわかるかもしれない。


 ランカナ様はウィズ殿下の呪いを物理的な呪いだと言った。しかしサリュー様の呪いは精神的なもの。その二つの違いは呪いの種類が違うから。

 前者は自らの命を使って成し遂げ、後者は呪いの出どころがわからない。もしもサリュー様にサリュー様の姿を写した人形があったら?誰かがそれを入手したのなら……それは呪具になるのではなかろうか?







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