第166話 日光浴という名のお茶会

 三日間の引きこもり生活はランカナ様達の乱入により、強制的に終わりを告げた。あまりにも引きこもっているので、中で魔力切れを起こして倒れているのではなかろうか?とアリシアとシャンテが心配した結果なのだが……

 コンラッド様まで一緒になって引きこもっていたので、カティア将軍が危うくコンラッド様に斬りかかるところだった。


 ランカナ様は止めるどころか、笑って見ていたのでハラハラしたのは私達だけらしい。オルヘスタル魔術師長は苦笑いを浮かべながら、巻き込まれたら大変とばかりに直ぐにいなくなってしまったし!

 こうなると代表してランカナ様と話をするのは私しかいない。


「えっとそのぉ……ポーションを飲みながらやっていたから、魔力切れは起こしたりしないし、大丈夫ですよ?」

「ルーちゃん!!そういう問題じゃないのよ!!人はね?日光にあたる必要があるの!!そして体を動かさないと体がバキバキになっちゃうのよ!?」

「そうさの。書類仕事ばかりでは体が固まるしなあ」


 ランカナ様と将軍の二人に言われてしまうと、そもそも反論できるわけもなく。後ろで見ているアリシアとシャンテは、ウンウンと頷いているので味方にはなってくれない。チラリとカーバニル先生を見上げる。先生は明後日の方向を見ながら片付けをしていた。酷い。


「さて、片付けも終わりそうだし、外で茶会でもしようかの?コンラッドもそれで良いな?」

「……はい」

「承知しました」


 今回ばかりは完全にこちらの分が悪い。コンラッド様は両手をあげて降参のポーズを取っているし、私は両手を将軍に掴まれてしまった。もう言う通りにするしかないのだ。


 半引きずられるように、私達はランカナ様の執務室に連れて行かれた。途中で先生とアリシア、シャンテとは別れてしまったので、この場にいるのは部屋の主人であるランカナ様とコンラッド様、将軍、そして私だ。


 ————そこは木が生い茂り、日差しも穏やかな場所。


 さわりと風が通り抜け、ランカナ様が手ずから淹れてくださったお茶からはとてもいい香りがした。

 ポーションではない飲み物が目の前にある。いい香りだけでなく、ポーションとは違う飲み物!というだけで更に気分が上がってきた。


「いい香り……」

「これは杏の香りよ」

「杏のお茶ですか?」

「ふむ。味もまろやかで良い。これには点心がよくあう」

「点心!私も好きです!!色々な味がたくさん食べられて美味しいです」

「そうであろう?さて、運んでくるがよい」


 パンパンとランカナ様が手を叩くと、侍女達がワゴンに乗せたセイロを持ってくる。それを机いっぱいに広げて置かれ、私とコンラッド様は勧められるままに食べすすめた。


「この中から肉汁が出てくるの美味しい……」

「甘いのも疲れた体に沁みますね……姫君もどうです?」

「いただきます!」


 言われるがままどんどん食べていく。そして気がつけば、テーブルの上のセイロは空になっていた。我ながらよく食べたと思う。ちょっとお腹がキツイ。


「少し休んだら今度は運動よ?」

「お姉様、運動とは……」

「もちろん体を動かすのよ!」


 思わずお姉様と呼ぶと、将軍はものすごく嬉しそうな顔になる。その表情に私も嬉しくなった。これから弟か妹は新しくできても、お姉様やお兄様はできないものね。まあロイ兄様が結婚したら義理のお姉様はできるだろうけど。


 でもどうせお姉様になってもらうならアリシアが良いな。他の令嬢よりも私のやることに付き合ってもらえそうだしね!!

 そんなことを考えていると、将軍がとてもいい笑顔でコンラッド様を指名する。


「ひとまず先に王弟殿下に見本を見せてもらいましょうかね!」

「あー俺も食べたばかりはちょっと……」

「平気平気。まさかルーちゃんと研究室に引きこもっていただなんてなんて羨ましい!!とは思ってないわよ〜?私だって一緒に引きこもりたかったけど!!」


 そういうと将軍はスラリと、腰の剣を抜く。そんなコンラッド様の側に、ササッと侍従の人がコンラッド様の剣を持ってきた。つまりはランカナ様の許可があると言うこと。コンラッド様はチラリとランカナ様を見たが、ランカナ様は口元を扇子で覆っているが目だけはニヤニヤと笑っている。


「はあ、わかりました。お手柔らかにね」

「それはーどうかしらあ?」


 ルーちゃんを独り占めした恨みー!!と叫びながら将軍はコンラッド様に斬りかかった。それはそれでどうなんだろう?と思いながらランカナ様を見る。

 ランカナ様だってサリュー様の呪いが早く解けた方がいいと思っているはず。それなのに私達の研究を中断させた、ということはそれなりに理由があると言うこと。


「ランカナ様、ランカナ様は……サリュー様の呪いに心当たりがあるのですか?」

「ない。が、我が国唯一の王太子の妻ともなればそれなりに恨まれるであろう。たとえ番いであってもな。まあ1番の問題はウィズがサリューのことを番だと気が付いていないことにある」

「え?」

「ウィズはサリューを一目見て、彼女が将来の妻だと宣言した。それ故、わらわはサリューをウィズの婚約者としたのだ。サリューは自己肯定感の低い娘ではあるが、よく学び、努力をした」

「そうなんですね……でも、どうして番だってわからないのですか?」

「当たり前の存在すぎて、どうもその辺りに考えが及ばぬらしい」

「でもサリュー様はウィズ殿下の番だって自覚があるんですよね?」

「サリューにもなかろうな」


 その言葉に私は驚く。番とはお互いが認識し合うものではないのか!?それに本人達が気が付いていないと言うことは、本当に番と呼んでいいのかも謎だ。

 思わず口を開けて驚いていると、ランカナ様はおかしそうに笑う。


「今はそうさな、龍の血が薄くなっているせいもあって気が付きにくいのよ。妾の夫も半信半疑であった。だが妾の夫はあの者しかおらぬと、妾には一目見て気が付いた」

「つまり、人によりけり、なんですか?」

「そうなるな。龍の気性とでもいうのであろうか?それが強いとわかりやすいのかも知れぬ」


 なんだかわかったような、わからないような話だ。ファティシアにはないことだから理解が及ばないのかも知れない。でも素敵な話だな、とも思う。

 それとは別に、ランカナ様の口からとても気になる言葉が出てきた。サリュー様の自己肯定感が低い、とはなぜだろう?

 そりゃあ、色々言われるかもしれないけど、ウィズ殿下が一番大好きなのはサリュー様のみ。番相手だとわかっていなくても、行動はまさにそうではなかろうか?


「あの、ランカナ様。サリュー様はどうして自己肯定感が低いのですか?」

「あれだけウィズに愛されておるのに、なぜか低いままだな」

「それは周りから色々言われるからですか?」

「それもあろうが、妾はあの子の能力を買っておる。それが上手く伝わらぬ故歯痒くはあるな」

「うーん素直に受け取ってくれない?」

「そう。お世辞の類だと思われてしまう。そんなことはないのだがなあ」

「それってウィズ殿下が、サリュー様に番だよ、って教えたら改善するものですかね?」

「どうかな?そんな言葉で惑わすなと拒絶する可能性もある」


 うーん……なんとも難しい話だ。サリュー様に自信を持ってもらいたいけど、どうすればそうなるのかわからない。サリュー様自身はそんなに気の弱い方ではないと思うのだけど。


 そこでふと、魔術師長の言葉を思い出す。サリュー様にも呪いを手助けしている何かがあるのではないか、と。それはもしや、サリュー様自身が抱えている悩みなのではなかろうか?


 でもこの悩みを解決させる術を、私は持っていないのだ。

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