第165話 引きこもりは体に悪い
さっそくサリュー様にデュシスの鱗を持っていこう！と意気込むと、襟首を引っ掴まれカーバニル先生からストップがかかった。
「え、なんでダメなの！？これがあれば、サリュー様の呪いの進行が遅くなるのに……」
「それはそうなんだけど、いきなりこんなの持っていって「どうぞ」って渡してごらんなさい！下手したら、アンタが呪ってるんじゃないかって言われちゃうわよ？自作自演、ってやつね」
「どうして？そんなことしないわ！！」
「そりゃあね。アンタの性格を知ってる人からすればそうよ？でも……こう言っちゃなんだけど、ここも一枚岩ではないの」
そうでしょう？と先生がコンラッド様を見る。問いかけられたコンラッド様は苦笑いを浮かべながら頷いた。特に、サリュー様をよく思わない人がいる、と。
そして私は、サリュー様の代わりの妃候補の一人なのだ。
私はサリュー様とウィズ殿下がすれ違いの末に、とても仲良くなったことを知っている。ウィズ殿下はサリュー様一筋だし、他人の入り込む余地なんてない。それにあそこに割って入れる猛者がいるとも思えないしね。
確実にウィズ殿下が排除すると思うの。
実は————私がサリュー様の元にお茶をすると言う名目で、部屋を訪れると毎回ウィズ殿下が出迎えてくれるのだ。
そしてサリュー様がお仕事している間、ウィズ殿下も側で仕事をしている。つまり忙しいはずなのに、自分の執務室ではなく、私とサリュー様を二人っきりにさせない為にいるのだ！！
そんな愛妻家のウィズ殿下からサリュー様を引き離せるわけがない。私はコンラッド様に、番相手であるサリュー様をウィズ殿下が手離すことはないでしょう？と確認した。
「そりゃあ、もちろん。俺達にとって番相手はとても大事な存在だからね」
「なら大丈夫じゃない？私が側にいたって、絶対に目移りすることはないわ。今だって、私とサリュー様を二人っきりにさせないように一緒にいるのよ？」
「でもそれってーサリュー妃が番だって知らない人からすれば、アンタを次の妃にする為の場所を設けているように見えない？」
「えっ……」
「こう言う場合、理由なんてなんでも良いんだけどね」
肩をすくめる先生は、「もう少し待ちなさい」と私に大人しくしていろと言う。でもこうしている間にも呪いは進行してしまうのに。
きっと私から渡した、と思われるのがまずいのよね。そしたら私以外の人から渡して貰えば良いのでは？でもその人がサリュー様の味方とは限らない。
もしかしたらサリュー様に害を成そうとするかもしれないのだ。そうなると、私が渡した鱗が悪用される可能性もある。証拠品とかそんな感じで。
その場合、両国間の間で国際問題に発展してしまうだろう。それはとても困る。
「ひとまず、このまま渡すよりは加工してから渡したほうが良いんじゃないかな？それにこの鱗に入れた魔力がいつ切れるかわからないし……」
「そうよねぇ。色々調べてみないと、いくら聖属性の力が発動しているとはいえどの程度の力かは詳しく調べないとわからないわ」
「でも先生、今鑑定したでしょう？」
「鑑定ではそこまでわからないの！ひとまず、同じものを幾つか作ってもらうわよ。ポーションも用意しないといけないから……まずはポーションよ！」
「私も幾つかポーション持ってるから大丈夫じゃない？」
「それは取っておく。もしもの時のためにね」
そう言われると私としてはそれでも使って平気よ！とは言えない。もしもの時って、本当に急に来るのだ。先生の言葉に大人しく頷くと、またしても研究室に引き篭もることになった。
＊＊＊
今度はオルヘスタル魔術師長とコンラッド様も一緒に引きこもりだ。
魔術師長はサリュー様の呪いのこと、ウィズ殿下の呪いを解除したことを知っている人でもある。
流石に魔術師長に呪いの解除を奇跡が起きた、の説明だけで納得させることはできなかったらしく、滞在中に先生立ち会いのもと再度説明したのだ。
なのでラステアで私の力を知っているのは、ランカナ様、ウィズ殿下、サリュー様、コンラッド様、魔術師長の五人。知ってる人が増えてしまうなあと思わなくもないけど、必要に迫られてだから仕方がない。
それはそれとして、魔術師長の興味は魔術式が入れられる鱗の方にあった。実はラステアでは、道端の石や安価な宝石に魔術式を入れられなかったらしい。魔術師長によると、魔力量の多さが問題ではなかろうか？と。
だから龍達の鱗に魔術式が入るのは大きな発見なのだ。魔術師長とコンラッド様は興味津々で先生と私の実験を見入っている。
ひとまず、各属性が入りやすいのは各々の龍の鱗だった。皇龍と飛龍の鱗は複合の術式が入りやすかった。ただ飛龍よりも皇龍の方がより複雑な術式が入るそうだ。ただ皇龍の鱗はそう手に入るものではない。だって今現在、王宮にいる皇龍はデュシスだけなのだから。
だから飛龍の鱗を中心に複合の魔術式を入れることになった。デュシスの鱗は聖属性のみいれている。サリュー様に渡せるようにね。
「こんなに色々はいるなんて不思議」
「魔力を貯める術式を考える必要があるかと思ってたけど、その必要もないなんてすごく便利だわ」
「でもファティシアでは魔力は外部から与えているでしょう？」
魔術師長の言葉に先生は頷く。そして魔法石と鱗では術式の発動状態が違うのだと説明した。
「確かに外部から魔力を入れているけれど、貯めておけるわけじゃないの。魔力を込めると、それと同時に使われていくから」
「ふむ。それだと使うたびに魔力がいるわけだな？」
「ええ。でも逆にこの鱗は貯めておけるけど、発動させたら止めることができない。つまり停止させる魔術式は必要になるわね」
「一長一短だな」
そうね、と先生はため息を吐く。そして、横に置かれていた初級ポーションをグビッと煽った。もうなんだか、ポーションがお茶がわりのようだ。
ラステアでは魔術式を使える人間が少ない。そして高度な物になると誰も使えないのだ。そんなわけで私と先生で術式をたくさん入れていく。
術式を入れると魔力を持っていかれるわけで……ポーションは必須となった。
でも術式を入れた鱗に魔力を入れるのは、術式を入れた本人じゃなくても大丈夫と判明したのでそこは手伝ってもらっている。
飲み物はポーションのみ。だって他の飲み物を飲んだら、ポーションがお腹に入らなくなりそうなんだもの。でもそろそろ飽きてきた。別の飲み物が飲みたい。
「先生、そろそろダメなのかしら？」
実はサリュー様の元へ行くのは一旦取りやめ、すでに三日ほど経っている。この間にも呪いが進行していると思うと気が気ではない。ウィズ殿下も研究室まで来ようとしていたらしいが、それはコンラッド様が押し留めたそうだ。
それもあってサリュー様の様子は気になるし……でもまだ先生から許可がおりないので行けないでいた。あと本当に別の飲み物が飲みたい。
「そうしたいのは山々だけどー実際どうなのかしらねぇ」
「どうって……？」
「呪いを押し留めることはできるわよ？でも、呪いが解けるわけではない。でもおかしいのよね。前回は解けたわけでしょう？」
「ええ。私が呪いの解除を確認しましたからね」
魔術師長も呪いは解けていた、という。だが今回は解けない。私は魔術師長に呪いについて質問してみた。
「呪いの種類ってたくさんあるの？」
「そうですねぇ……ウィズ殿下のように、命を使った呪いの場合は物理的な呪いと言えるでしょうか。逆にサリュー様の場合は呪いが微弱すぎて……」
「微弱な呪い……？」
「ウィズ殿下には身体的にかなり問題のある呪いだったのはわかりますか？あのまま何もしなければ腐り落ちてしまう。上級ポーションですら、日に何度も飲まねばならないのです」
「進行が早いってこと？」
「それもありますが、ウィズ殿下の魔力量が多かったことが幸いしたとも言えます。呪いを跳ね除けるだけの量があったので、ポーションが効いた。もし呪いの力が上回っていたら即死です」
即死、と言われてゾクリと背筋が粟だった。そんなに危険な状態だったのか。ということは、ウィズ殿下の言っていた「痛み」はポーションで死にかけた体を再生させる痛みだったのだろうか？
確かに物理的？と言えるのかも……それに比べると、サリュー様のは目が見えないこと、それと体調が思わしくないこと、だ。
微弱と言われるのも頷ける。ただかけられた本人からすれば、とんでもない呪いであることは確かだろう。
「サリュー様の呪いは、どうして微弱なのかしら？」
「たぶん、かけた術者が生きているのでしょう。それに殺せるだけの呪いではない」
「でも衰弱していけば、そのまま死んでしまうこともあるわ……私のお母様がそうだったもの」
「そうですね。ただなんというか、私からしてもあの呪いには違和感があるのです」
「違和感？」
「ええ、これは術者としての勘のようなものなんですけどね。呪いを手助けしている何かがあると思うのです。サリュー妃の中に」
その言葉に私は目を丸くしてしまう。だって、目が見えないと困るし、体調が悪くても困る。それはサリュー様が一番よく知っていることだ。
それなのに呪いが持続していた方が良いなんて、おかしくないだろうか？
「それって、その……「皆の者！！そろそろ日光に当たるが良い！！」
バターン！と研究室の扉が開き、ランカナ様とその後ろにカティア将軍、それにシャンテとアリシアが見える。
引きこもりすぎな私達に対してみんなが強硬手段に出たのだ。私達はお互いに顔を見合わせると、研究室の片付けを始めた。
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