第164話 皇龍の鱗

 なんだかゴッソリと魔力が抜き取られてしまった。そう。まさに取られた、なのだ。私の意思を無視して持って行かれた。こんな経験は初めてだ。

 高度な術式を入れた魔法石に魔力を入れた時は、こう自分で押し込んでる感じだった。でもデュシスの鱗には何もしなくても勝手に持って行かれてしまうのだ。


 これは一体どういうことなのだろう?


 魔力が大量に持って行かれた、体ではうまく考えがまとまらない。目の前では心配そうな顔をしたコンラッド様が私の名前を呼んでいる。

 早く返事をしなくちゃ、とは思うのだが億劫でなんともできない。私はゆっくりと腕を上げて、腰につけていたポーチからポーションを取り出す。


 コンラッド様は私の意図にすぐ気がついてくれて、ポーションを飲むのを手伝ってくれた。手持ちの初級ポーションを一本飲み切る。それでようやく言葉が発せるようになった。


「ううっっ……すっっごく魔力が抜けた……」

「ルティア姫、大丈夫か!?すぐにオルヘスタルの元へ連れて行こう」

「いえ、それは大丈夫です」

「しかし……」

「魔力が大量に抜けただけなので、ポーションを飲めば治ります」


 とはいえ、初級一本だけでは全く足りない。仕方ないので、中級を取り出してグッと煽る。中級を飲み終わると、ようやく一息つけた。身体中に魔力が行き渡った感覚にちょっとだけ安心する。


 コンラッド様が持っている鱗は、先ほどよりも白くなったように見えるが……この鱗にはちゃんと魔術式が入って、私の魔力に反応しているのだろうか?


「コンラッド様、デュシスの鱗はなんだか魔法石とは違うみたい」

「デュシスの鱗が?」


 私の言葉にコンラッド様は鱗をジッと見つめる。そして軽く首を傾げた。


「この鱗、術式を入れる前と違うな」

「色は完全に違うと思うの。銀色だったけど、白っぽく見えるもの」

「そうだね。並べてみると全く色が違うな。これは、聖属性の術式が入ったと思って良いのかな?それに、この鱗から魔力も感じる」

「魔力が入っているとわかるものですか?」

「なんとなくね。魔力溜まりを見つけた時と似た感覚かな」


 なるほど。ラステアの魔力過多の畑は魔力溜まりを見つけて加工していた。でもその溜まっている場所をどう探してるのかな?と思っていたら、魔力感知しているのか。魔力量の差もそうだけど、使い方とか、ファティシアとラステアではだいぶ違いがあるようだ。


「ひとまず、この鱗の鑑定を先生にしてもらわないと」

「そうだね。それにそろそろ我々がいないことに気がついたんじゃないかな?」

「そうだと良いけど……先生も集中すると周りが見えなくなるみたいだし」

「ああ、まあ研究者はみんなあんな感じだよ。オルヘスタルも集中すると周りが見えないみたいだし。周りはちょっと困るけどね。研究室に引き篭もっちゃうから」


 コンラッド様は軽く肩をすくめてみせる。私はその仕草にちょっと笑ってしまった。研究熱心なのはいいが、やっぱり周りを見れるぐらいの余裕は必要らしい。


「さて、立てるかい?立てなければ抱えていくけれど……」

「あ、大丈夫です。もう立てます」


 キッパリと断れば、コンラッド様は残念そうな表情を見せる。だけどこの間みたいに抱き抱えられたまま移動するのは心臓に悪いのでやめてもらいたい。

 だってなんかこう!!言葉にできない何かがあるのよ!!


 私が差し出された手を掴んで立ち上がると、デュシスが鼻でそっと私の頬を撫でた。どうやら心配させてしまったみたいだ。


「ありがとう、デュシス。心配かけてごめんなさいね」

「本当に大丈夫かい?」

「はい!この通りです!!」


 そう言ってその場でピョンピョン飛んで見せる。中級ポーションのおかげで魔力も元通りだし、全く問題はない。でもコンラッド様の手にある鱗を持つのは勇気がいる。もしかしたら持った瞬間にまた魔力が持って行かれるかもしれないからだ。仕方ないのでコンラッド様にそのまま持ってもらうことにした。


 やはり勝手にやってはいけないな。カーバニル先生がいる場所でやるべきだった。軽率な自分の行動を反省しつつ、コンラッド様と一緒に龍舎を後にする。


 龍舎の外に出ると、ラスールが大人しく待っていた。喉のところを撫でてあげると、クルルルと喉を鳴らす。


「ごめんねラスール、一人にして……それで、先生はどこかしら?」


 そう尋ねると、ラスールはついっと首を動かし先生のいるであろう方向に視線を向ける。私はその視線の先を見たのだが、どう見ても先生は見えない。

 つまり、先生は私達がいなくなったことに全く気が付かず鱗拾いをしているということだ。


「研究熱心なのは良いけど、どれだけ拾うつもりなのかしら?」

「量が溜まるとそれなりに重くなるんだけど、大丈夫かな?」

「あ、それは大丈夫。先生すっごく力持ちなの」


 ポーションの入ったケースを三つぐらい重ねて一気に持てるのだ。あれだけ持てたら、上着いっぱいの鱗だって平気で持てるだろう。むしろ鱗の方が軽いかも?


 ひとまず先生を探すべく、私達はラスールに別れを告げて先生を追いかける。しばらく歩いていると、地龍と対峙している先生がいた。

 地龍は火龍と一緒でイタズラ好き。大丈夫かな?と見ていると、地龍がカパリと口を開けた。大きな口だ。先生は、ちょっとだけ後ずさる。


「こーら!それ以上はダメだよ!」


 コンラッド様の声に、そのままパクリとやりそうだった地龍の動きが止まった。そしてちょっとだけバツの悪そうな表情を見せる。先生はその地龍の動きに、ササッと距離を取った。やっぱり先生もパクリとやられるのは避けたいみたい。

 そして先生の手元にはものすごーく鱗で膨らんだ上着がある。どれだけ拾ったのだろう?というか、そんなに落ちていたのか、とちょっとビックリする。


「すごい量……」

「ここはたくさん龍が集まるからね。でも龍の寝所にはもっとあると思うよ」

「え!?それ本当!?」

「先生、そんなにいっぱい集めてどうするの?」


 そろそろとこちらに戻ってきていた先生は、コンラッド様の言葉にすぐさま反応する。今だっていっぱいあるのだ。これ以上集めてどうするのだろう?そう苦言を呈すると、たくさんあればあるだけいいと言うのだ。


「実験するのよ。それに各属性しか入れられないのか?とか諸々研究して、実生活に使えるようになったら良いでしょう?」

「その場合、ラステアから鱗を輸入するの?」

「それも良いわね!そうしたらもっと色んな実験ができるわ!!」


 先生はいいことを聞いた!とばかりにものすごくはしゃいでいるけれど、それって先生の一存で決められることではない気がする。色々と話し合いも必要だ。

 コンラッド様も苦笑いしながら聞いている。


「鱗の輸出かあ……それは考えたことなかったな」

「これ加工できるなら、大きい鱗は分割して双子石みたいな役割もできるかもしれないじゃない?夢が広がるわよねぇ」

「それはそうだけど……でも鱗を狙った人間に龍が襲われたら困るわ」

「あーそういうリスクも考えないとダメね。つまり鱗、として輸入はダメってことね……」


 先生がブツブツと何かを呟きだす。私はそんな先生の目の前に、先ほどのデュシスの鱗を出してもらった。何も入ってない鱗と、術式と魔力が入った鱗。


「先生、この鱗……同じ龍の鱗なの。片っ方は私が聖属性の術式と魔力を入れて、もう片っ方はなにもしてないものよ」

「アンタねぇ……勝手にやらないの!」

「うっ……それはもう、はい。反省してます」


 私がそう言うと、「珍しく素直ね」と先生は呟きながら白っぽくなった鱗を手に取り、鱗を眺め手から鑑定と呟く。


「……どうかしら?」

「アンタ、これ……かなり魔力を持って行かれたでしょう?」

「え、どうしてわかるの!?」

「わかるに決まっているでしょ!!このおバカ!!」


 先生はベシッと私の額を叩く。それから鱗をコンラッド様の手に戻し、私の顔を両手で掴んでマジマジと覗き込まれた。

 何かおかしなところがあったのかな?と聞きたい気持ちでいっぱいだけど、真剣な顔の先生に問いかける勇気はない。下手に聞くとまた額を叩かれそうだ。


 しばらく私の顔を見回した後、先生はようやく私の顔から手を離した。そして体調は大丈夫か確認されたので、ポーションを飲んだことを伝える。


「この鱗ね、聖属性の術式がするりと入ってしまったの。それに魔力を入れられるって先生が言っていたから、入れてみたら物凄く持って行かれたわ」

「そう。確かにこの鱗には聖属性の術式が入っているわ、それにアナタの魔力もね。元の鱗と色が違うのは魔力が入って動いている証拠ね」

「動いてるって、聖属性の術式が発動してる状態なの?」

「ええ、でもこの鱗ってどの龍の鱗なの?」

「これは皇龍デュシスの鱗よ」

「龍の王様ね。なるほどねぇ……でも次からは絶対に勝手に入れちゃダメよ?何が起きるかまだわからないんだから」


 強く念を押されて、私は何度も頷く。確かにあの魔力の持って行かれ方は今までになかった現象だ。もう少し色々分かってからやった方がいいだろう。

 でもひとまず、この鱗は聖属性の力が発動している状態。それならばサリュー様に早く届けた方がいい。少しでも呪いの進行が遅くなれば……その間に犯人を見つけられるはず。

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