第163話 皇龍デュシス

 カーバニル先生に言われるがまま、私は落ちている鱗を拾っていく。コンラッド様の言う通りよくよく見れば地面には結構な枚数の鱗が落ちていた。

 もしかしてこれ全部拾うつもりだろうか?かなりの量になるのでは?と見ていると、先生はバッと上着を脱ぎ、それを袋がわりに鱗を集めている。


 その後ろ姿に、私は普段の「アタシは淑女なんだからね!」と高笑いする先生の姿は一切見えなかった。どちらかというと、魔力過多の畑を初めて見た時のロックウエル魔術師団長と同じに見える。


「えーっと、そんなに拾わなくても掃除の時に出たのをあげるんだけどな?」

「えっと、たぶん聞こえてないかも?」


 隣に立っているコンラッド様を仰ぎ見て、私はゆるく頭を振った。だってどう見てもあれは自分の世界に入っている。きっとアレが、研究者フォルテ・カーバニルの真の姿なのだ。


「それにしても、龍の鱗に魔術式が入るとはな」

「私も驚いたけど、でもよく考えたらその辺の石にも魔術式を入れられるから硬度のある鱗なら入れられてもおかしくないのかも」

「なるほど?」

「複雑な魔術式は宝石とか、魔石とか高価な石にしか入れられないけど光とか炎とか風とか一つに特化した術式は普通の石に入れられないとみんなの生活が困ってしまうもの」

「つまり直接火を起こしたりはしないんだ?」

「場所によってはするって聞いているわ。でも街中だと家が隣接しているから火事があったら困るでしょう?」


 直接火を使うことももちろんあるにはある。野宿したりとか、焼畑といって農業に使ったりとか、あと乾燥して何かの拍子に山火事が起こる時もあるらしい。


 基本的にファティシアでは魔法石文化が根付いているから、街中で火を起こすと言うことはあまりないのだ。もしあるとすれば貧民街の人達だろうか?

 彼らはその日の生活にも困っているから、魔法石を買ったり、石に魔術式を入れてもらうことができないのだ。


 神殿で炊き出しもあるけど、あそこはどうなのかな?直接見たことがないからなんともいえない。


「魔法石が根付いている国との違いかな。うちは火を起こすのに魔力は使っても、薪とかに火をつける方だからね」

「そうなのね。魔力の属性もあまり気にしたことがないってランカナ様が仰っていたし……なんだかとっても不思議な感じだわ」

「そうだね。違うから、知りたいと思うのかもしれないよ」


 そう言われて確かに、と頷く。知らないことを知るのはとても楽しいものね!そのおかげで鱗に魔術式が入れられるってわかったし。


「そういえば、先生は魔力が入れられるって言っていたけど……ラスールの鱗にも入れられるのかしら?」

「試しに入れてみたら?」

「うーん……でもせっかくの鱗が壊れたら嫌だし、それにどんな術式を入れていいいかわからないからやめておくわ」

「ラスールの鱗はたぶん、この数日はよく取れると思うよ?」

「え!?」

「龍の鱗にも生え替わりの時期があるからね。多分この数日はポロポロ取れてくるんじゃないかな?」


 そんな時期があるのか!!私は手元の鱗をジッと見る。でもやっぱり初めてのラスールの鱗だものね。初めてって特別なのよ!

 これを壊すのは嫌だから、服のポケットに入れておく。いや、別の鱗ならいいと言うわけでもないのだけどね!!


 ふと前方に目をやると、いつの間にか先生の姿がだいぶ先の方に行っていた。あんなに熱心に拾い集めている先生を見ていると、私も拾うのを頑張らなければ!!やっぱり壊すかもしれないと思うと、予備はたくさん欲しいし。


「ルティア姫」

「はい!」


 急に呼ばれて、勢いよく返事をすると隣にいたコンラッド様が笑いだす。そんな笑うことないじゃないかと、ちょっとだけ睨んでしまうとコンラッド様は「ごめんね」と謝ってくる。


「急に名前を呼ばれたら誰だってこうなるんです!」

「うんうん。そうだね」


 あまり反省の色のない答え方にジトリと睨むと、コンラッド様は両手をあげて更に謝ってきた。そして「デュシスが呼んでるからついておいで」と言って、龍舎に来るように言う。

 私はチラリと先ほどよりも先に進んでいる先生を見る。あれはもう、完全に自分の世界に入っている。私のことなんてすっかり忘れ去っているに違いない。


 少し考えてから、立ち上がり裾を払う。そしてコンラッド様について龍舎に向かった。龍舎の中は相変わらず広いのに、龍にとってはちょっとだけ手狭に見える。なんとも不思議な空間だ。


 その一番奥に銀色に光る、とても美しい龍がいる。


 皇龍 デュシス


 ラステアの王族がいなくなったら、次代の王を選ぶ、そんな不思議な存在。天窓からの光が銀色の鱗に反射して、キラキラと光り輝いている。


「こんにちは、デュシス」


 私がそう声をかけると、グルルルルとデュシスの喉がなった。機嫌が悪いわけではなく、その逆で機嫌が良いのだそうだ。そっと側に近寄って手を差し伸べれば、首を下げて頭を私の手の届く位置まで持ってきてくれる。


 デュシスを撫でていると、コンラッド様が私がいない間の話をしてくれた。


「そういえば、シャンテくんがデュシスにパクッとされて倒れたらしいよ」

「え!?」

「本人的には挨拶したつもりだったみたいでね、まさか気絶されるとは思わなくてちょっと落ち込んでた」

「そ、それはごめんなさい?きっとシャンテも悪気があったわけじゃないの。ビックリはしたのだろうけど」

「まあ、龍にパクッとやられて倒れないのはルティア姫ぐらいだからね」

「そ、そんなことは……」


 ないと思う、と言いかけてコンラッド様がちょっとだけ残念そうな表情を浮かべてから左右に頭を振った。そう、そうか……結構ビックリするものね。

 仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。私も初めてパクリとされた時はとってもドキドキしたもの。今は親愛の意味を込めてしてるんだなーとか、ちょっと驚かそうとしてるんだなーとかなんとなくわかる。


 火龍と地龍はイタズラ好きでからかい半分でやるのだ。デュシスや飛龍達は親愛の意味を込めてする。だてに龍好きを公言していないので!!最近はなんとなくわかってきたんだから!!だから火龍と地龍が側にいる時は、ちょっとだけ警戒するようになった。


 デュシスの大きな顔が私の頬を軽く撫でる。こうして力加減も考えてくれているところが、優しいと思える所以だ。龍はすごく利口で、下手すると私よりも思慮深い。とても大切な友人なのだ。


「それで、デュシス。ルティア姫を呼んだのは何か理由があるんだろ?」


 コンラッド様の言葉にグルルルとデュシスが鳴く。会話ができる、とのことだが私にはさっぱりわからない。カティア将軍も話してる意味はわからないけど、なんとなくわかる、と言っていたからラステアの人達は龍と気持ちが通じ合っているのだろう。


 デュシスとコンラッド様の会話を聞きながら、ツヤツヤした鱗をそっと撫でる。銀色の綺麗な鱗。そういえば前に、魔石は魔物の属性によって入れられる術式と入れられない術式があると言っていた。

 それに擬えれば、龍の鱗にも入れられる術式と入れられない術式があるのだろうか?そうなると聖属性を入れられる鱗ってないのでは??


 そんな考えに至ってしまい、私はちょっと悲しくなる。あ、でも魔力は入れられるから、魔力だけ鱗に入れて、術式を入れられる良質な石を見つければいいのかな?なんでも一気には解決しないものね。


 一人でそう納得していると、ベロンとデュシスに顔を舐められた。


「デュシス?どうしたの」

「デュシスが自分の鱗も使って欲しいって。たぶん、自分の鱗なら聖属性の術式が入れられるって言うんだけど……」

「え、そうなの??」

「すごく昔に、ルティア姫と似た力を持った人間に鱗をあげた仲間がいたらしいんだ」

「そうなんだ……じゃあ、もしかしたらファティシアの聖なる乙女か、聖人はデュシスのお友達に助けてもらったかもしれないわね」


 ありがとう、とお礼を言って首に抱きつくとグルルルルと機嫌のようさそうな鳴き声が聞こえてくる。


 そしてデュシスがバサリと羽を広げ、その下にコンラッド様が潜り込む。ドキドキしながら見ていると、すぐに銀色の鱗を数枚手にしたコンラッド様が戻ってきた。


「ラスールのよりも大きい!」

「地龍の鱗が一番大きいよ。そして一番硬い」

「鏃に加工するのが大変そう」

「でも綺麗に研いで加工すると、包丁とかにもなるんだよ。切れ味抜群の」

「龍の鱗は色々な活用法があるのね」


 切れ味抜群、と聞くと私なんかじゃ手を怪我しそうだ。それにしても色々な用途に鱗は利用されているのね。なんとも不思議な感じだ。


 私はもらった鱗の一つを指でつまむと聖属性の術式を試しに入れてみる。すると宝石に術式を入れるのとでは全く感覚が違う。宝石に入れる時は力加減を考えなければいけないのに、鱗にはそれがない。

 感覚としてはするり、と術式が中に入っていくのだ。


「あ、はいっちゃった」

「入れられたの?」

「はい。すごく簡単にはいったわ」


 驚いて持っている鱗をジッと見てしまう。あいにくと鑑定の魔術式は複雑でまだ使えないから本当に入っているかどうかは、魔力を注いでみないとわからない。

 私は鱗に魔力を注ぎ込む。すると何故か、どんどん入っていくのだ。まるで吸われているかのように!!


「ルティア姫!!」


 あ、まずいな。と思ったら手から鱗が奪い取られる。そして鱗がなくなった拍子に、私はその場にぺたんと座り込んでしまったのだった。

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