第162話 鱗
進まない研究に私はカーバニル先生と一緒に一息つくことにした。と言うより、シャンテやアリシアが研究室にこもっている私達を心配して息抜きをするように言ったのだ。
半無理やり研究室を追い出された私達は、プラプラと散歩に出かけた。
「まあ、この長い年月、唯一良質な魔石にのみ聖属性の術式が入れられるってことと、その魔法石を発動させられるのは聖属性を持っている者のみとしかわかってないものね。そう簡単にできっこないんだわ」
先生が両腕を上に伸ばし、グッと伸びをしながらそんなことを呟く。とはいえ、今まで必要とされていなかった可能性もあるし、研究することは大事だと思う。
ただ根の詰めすぎは良くないわよね。私も同じように体を伸ばし、大きく深呼吸をした。
「先生は聖属性が誰でも使えるようになったら嬉しい?」
「そうねぇ……確かに使えれば便利なのでしょうけど、その分、聖属性持ちは酷使されるでしょうから、それを考えると秘匿しておく方がいいかしらね」
「どうして酷使されるの?」
「あら、だってスタンピードが消し飛ぶくらいの力なのよ?ポーションと違って、時間が経っても欠損した体を治したりできる。そんな魔法石、誰だって欲しいじゃない?」
「そうか。ポーションじゃ魔物は消せないものね。魔力だって込められるだけ込めておけば、その分、色々できるし」
でしょう?と先生は笑う。なるほど。ということは今まで必要とされなかったんじゃなくて、そうなる事態を懸念して研究しなかった?過去の研究者達がどういう結論を出したのかはわからないが、なかなかに難しい問題だ。
「実は聖属性の力って、研究してこなかったんじゃなくて研究対象からわざと外してきてたんですかね?」
「どうかしらねぇ。自分で持っていたら研究したい、って研究者はいるでしょうし……もしも身内に一人でもいたら協力させると思うのよね」
「じゃあ何で魔術式が一つしかないんです?」
「魔術式が一つしかないのは、それが最も効率のいい術式だから、と聞いているわね。初代の聖なる乙女が使っていた術式らしいのよ」
「つまりすごーく年代物?」
「そうなるわね」
初代から使われていた術式とは知らなかった。でも最初から変わらない術式なんて珍しい気もする。大体途中で改良が加えられるしね。
うーんと唸っていると、クエッと声が聞こえる。顔を上げると、散歩から帰ってきたと思しき飛龍達が広間に降りてくるところだった。
上空を見上げると、飛龍が何頭も飛んでいる。そこにラスールを見つけて、小さく名前を呟くと、ラスールは私の声が聞こえたのかそのまま降下してきた。
「ラスール!お帰りなさい!!」
クエッと鳴くラスールの喉元をよしよし、と撫でる。そんな私を見て、先生が空の散歩にでも行ってきたら?と言ってきた。
「先生は行かないの?」
「アタシは行かないの」
「もしかして……高いところ……いたーい!!」
苦手なの?と聞こうとしたら先生の指が私の両頬を左右に引っ張る。
「あーらよく伸びるお餅ねえ!」
「しぇんしぇえいたい!!」
「痛いように引っ張ってるのよ」
「ひどい!!」
ペチペチと先生の手を叩くとようやく手を離してくれた。苦手なのを知られるのがイヤなのかしら?それにしても酷い!!
頬をさする私にラスールが心配そうに鼻で私の背中を撫でる。
「大丈夫よ、ラスール。先生にちょっと意地悪されただけだから」
「意地悪じゃないわよ。女の秘密というのはねぇ、そう簡単に話しちゃダメなのよ!」
ビシッと指さされたが、結局のところ高い所が苦手なだけではないのか?それは秘密に当たるのか?アリシアとシャンテも飛龍に乗れるように訓練しているのだから、先生も乗れるようになった方が良いんじゃない?と言おうとしたが、また頬を伸ばされたらたまらない。
仕方ないから今度言う時は距離を取ってからにしよう。
そう心に決めると、ラスールにちょっとだけよりかかる。するとラスールの首元に抜けかかった鱗があった。
「ラスール、怪我したの?鱗が取れかかってるけど……」
「あら、本当ね」
「どうしよう。龍が怪我したらポーションで治るのかしら?」
「あーそれは試したことないわねえ」
先生と顔を見合わせてどうしようかと話していると、タイミングよくカッツェに乗ったコンラッド様が降下してくる。コンラッド様は私達に気がつくと軽く手を振ってくれた。
「やあ、ルティア姫、カーバニル殿も研究室に引き篭もるのはやめたのかい?」
「やめたと言うより、成果が上がらないから研究室から追い出されたのよ」
「君を追い出すとかすごいな。中の者から研究熱心で声がかけられないと聞いているけど?」
「あら、それは嬉しいわね。でも残念ながらアタシ達を追い出したのはアリシアとシャンテよ」
「ああ、あの二人ならね。それは仕方ない」
コンラッド様は面白そうに笑う。研究熱心といえば聞こえはいいけど、先生の場合尊敬とかそう言う意味での言葉じゃない気がする。きっとここにロックウエル魔術師団長がいたらかなり酷いことになっていただろう。
先生だけで良かったと思うべきか、もう少し自重してもらうようにお願いすべきか悩むところだ。
「あ、そうだ。コンラッド様、ラスールが怪我をしているみたいなの……この喉の下の部分なのだけど」
「どれどれ?ああ、これは怪我ではないよ。生え替わりなんだ」
「生え替わり?鱗が生え変わるの??」
「うん。定期的に鱗は生え変わるよ。だからこれも、ほら、ちょっと引っ張ると取れるんだ」
そういってラスールの喉の鱗を軽く引っ張ると、ポロリと鱗が取れてしまう。どうぞ、と言われて手を差し出すと、私の手のひらにラスールのとれたての鱗が置かれた。薄い鱗は、湖の底のような深い緑色をしている。
「鱗って、薄いけど硬い」
「そうだね。結構硬いと思うよ。加工して
「やじりって、矢の先っちょ?」
「そう。これだけ龍がいるからね。掃除してると結構溜まるんだ」
「こんなに綺麗なのだから、ペンダントとかにもできそうなのに」
そういって空にかざすと、陽の光を受けてキラキラと鱗が光った。まるで水の底から空を見上げているかのようだ。
よし。これは後で加工方法を聞いて、ペンダントにしよう。ラスールの鱗ならきっと素敵なペンダントになるはずだ。
「この鱗って、まだたくさんあるのかしら?」
「ああ、あるよ。その辺に落ちてたりもするし」
先生は、そう。と頷くと、何か考え込んでいる。どうしたのかと見ていると、先生がジッと地面を見つめ始めた。
「先生?」
「ちょっと待ってなさい。できるかどうか試したいのよ」
「試したいって?」
「鱗、硬いんでしょう?」
「とても硬いけど……?」
ふらふらと地面を見ながら歩き出す先生を、コンラッド様と二人で後ろから見守る。そうしていると、鱗を見つけたのか先生が地面にしゃがみ込んだ。
そして何か術式を入れている。硬いけど、鱗に術式が入るのだろうか?
しばらく眺めていると、先生の体がぴたりと動かなくなる。
「先生、大丈夫?」
「ちょっときて」
「え、はい!」
呼ばれてすぐに先生の元へ行く。しゃがみ込んでいる先生に合わせるように、私もしゃがみ込むと、先生の手元には赤い鱗があった。
これは火龍の鱗だろうか?
「いい?ちょっと見ててね」
そういうと先生はその鱗に魔力を注ぐ。そしてポイっと少し先に投げたのだ!するとその投げた先で、鱗が燃え出した。
「せ、先生!燃えちゃってる!!」
「ええ、燃えてるわ。アレは今、火の魔術式を入れて魔力を中に注いだ状態なの」
「それはわかるけど」
「よく見て、燃えてるのよ」
「それは見ればわかるわ!」
早く消さなきゃ!!と焦っていると、その火はプツリと消えたのだ。今まで小さなロウソクぐらい燃えていた火が……それも何処にも燃え移ることなく消えた。
「ほんの少しだけしか魔力を注いでないから、魔力がなくなってすぐ消えるのよ」
「えっとつまり……?」
「龍の鱗には魔石と同じだけの硬度があるのよ」
「魔石と同じだけの……?」
「そう。だからどれかの龍の鱗には聖属性の術式が入れられると思うの!しかもこの鱗、魔力を注いで蓄積できるみたいね!!」
それはもう嬉しそうな顔で先生は私に告げる。それよりも、ほんの少しの間でそんなことまでわかってしまう先生の方に驚いてしまう。
流石、ロックウエル魔術師団長と張るだけの研究者なだけある。そんなことを考えていたら、先生はさっそく鱗を拾って帰りましょう!!と嬉々として鱗拾いを始めた。
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