第129話 クリフィード領 3

 ファティシア王国の王侯貴族の葬儀は大体十日程かかる。遺体を魔法石で保存することができるのと、故人との別れがきちんとできるように、との配慮からだ。

 別れが終わったら、遺体は神殿に運ばれ、大神官様から故人への別れの言葉とお話を聞く。そして讃美歌を歌い、火葬場へと運ばれる。その後は燃やされた骨を骨壺に入れ、お墓に納め、後はみんなで食事をしたりして故人を偲ぶ。


 庶民になると大体半分くらいの日数で終わる。王侯貴族の葬儀が長いのは、遠方から知り合いが来ることが多いからだ。付き合いの少ない貴族であれば、この限りではないだろうけど……


 そして葬儀に出る時の服装は大体黒、もしくはグレー、ネイビー等あまり派手ではない色合いを選ぶ。女性だと黒いベールを頭に被ったりもするが、必須ではない。

 アクセサリーは華美ではないもの。故人から指定があった場合のみ、指定の品を身に付けたりもする。

 そして神殿に入る時に胸元に故人をしのぶ花を挿し、別れの時にその花を棺の上に置くのだ。


 王侯貴族になると、葬儀も社交の場。つまりは出会いの場でもあるわけで……葬儀の場なのに、と思われるかもしれないけどお互いに故人を偲ぶために訪れているのだ。話が盛り上がることもある……というのが、主な理由といわれている。


 葬儀ともなれば、茶会やパーティーには顔を出さない人も顔を出す可能性もあるから、社交場として使われるのも仕方ないのかも……?

 私は今回の葬儀が初めてだからなんともいえない。いや、正確には出たことはあるけれど、三歳の頃の話だし覚えていないのだ。


 眠っているお母様に、お花をあげたような?そんな記憶が薄らぼんやりとあるだけ。お父様から「お母様にさようならをいいなさい」といわれた気もするけど……あの時の私はなんと答えたのだったか?


 兎も角、それ以降、葬儀に参列することは一度もなかったのだ。


 打って変わって、ラステア国の葬儀。

 大まかな流れはファティシアとそこまで差はなかったが、身につける色が違う。ラステアでは白を基調にした、ガウンのようなものを羽織るのだ。白が葬儀で使われるなら、結婚式はどうするのだろう?とネイトさんに聞いたら「紅色」を使うといわれた。ちなみにファティシアだと白が結婚式によく使われる。


 多分、ファティシアの葬儀に白色で出席したら顰蹙を買うだろう。

 葬儀の連絡があって直ぐにラステアの外交官に相談され、それを受けてカーバニル先生が助言していたから黒い服で参加できたけど。

 文化の違いって面白いけれど、知らないと怖いこともあるのだな、と学んだ。


 そんなわけで、私は今、ものすごーく暇だ。


 葬儀の手順はクリフィード侯爵家から説明があり、更には私達用にと、紙に書き起こしてくれていたので何度も見返すことができた。

 その確認が終わると、社交の場に顔出しをしなければいけないのだろうけど……今回の葬儀は侯爵の亡くなり方に不審な点があるためか、あまり社交的なことはしていないようだった。


 しかも私はただの侍女。カティア将軍が「社交場はコンラッド殿下がどうにかするさ」といって行かないのに、私が勝手に行くわけにもいかず……

 館の仕事は館の侍女がするしで、全くやることがないのだ。やることがないのはとても困る。暇な時間が多いと余計なことを考えてしまうし。


 どうしようかと考えていると、将軍が「鍛錬をしたいから場所を借りに行こう」と提案してくれた。

 それからは毎日、将軍の鍛錬を見学し、私の鍛錬を見てもらい、龍の世話をしに龍舎まで行く。私の仕事はその繰り返しだ。


「なんだかすごい拍子抜けです。お姉様」


 将軍がどうしても、と譲らず馬に相乗りしながら龍舎に向かう。その道中で私はそんな一言を漏らした。


「まあ、監視はついてるけどね。初日もいったけれど、やる気のない監視だから……そこまで気にする必要はないかな」

「私、物凄いお仕事する気満々できたんですよ」

「基本的に私が社交場に出ないからねえ。ルーちゃんは行ってみたい?」


 行きたい、といえばきっと将軍は私を連れて行ってくれるのだろう。でも、私も社交場が得意なわけではないし、下手にボロを出しても困るから首を横に振る。


「社交場よりも龍の世話の方が楽しいです」

「龍達もルーちゃんに懐いてるものねー」


 ルーちゃんが龍のお世話してる所も可愛いわ〜と将軍は嬉しそうに呟く。一応、仕事らしい仕事が龍のお世話だけってどうなんだろ?と思わなくもないが、他の人達からすれば、私が下手に動き回るよりも龍のお世話に精を出してた方がいいらしい。


 それに————あの王都から来ている文官連中!!口は悪いが、アイツらと顔を合わせなくて済むのも助かっている。

 将軍の前で「ハッ!女の将軍?舞の練習でもしておいた方がいいのでは?」とかいったのだ。他国の!しかも弔問に訪れている将軍に対して、なんて失礼な!!

 思い出しても腹が立つ。


「ルーちゃん、ほっぺたが膨らんでるよ?」

「……あの失礼な文官のことを思い出してしまったので」

「ああ、あれねぇ……大丈夫、私、剣舞得意だからぁ。次は目の前で披露してあげるね?」

「剣舞……?」

「剣を使ってね、舞を舞うの。戦に勝った時とか、あと新年行事とかでもやるかな。ブンブン剣を振り回すから、迫力あるよ?」

「へえ……それは見てみたいです!きっと凄くかっこいいですね!!」


 そういうと将軍は「お姉様頑張っちゃう〜!」と嬉しそうにいった。まさかこの時の一言が、あんなことになるとは思いもしなかったけれど……




 ***


 龍舎に着くと、将軍が先に馬から下り、そして私を抱き下ろしてくれる。

 入口に立っている門番さんに挨拶をすると、彼らも軽く手を上げて挨拶をしてくれた。


「こんにちは。龍のお世話をしに来ました」

「いらっしゃい、お嬢さん。お姉さんと二人で仲が良いね」


 将軍はその言葉に嬉しそうに頷く。


「ええ、もう目に入れても痛くないくらい可愛いんです!」

「よかったね、優しいお姉さんで」

「はい!とっても優しいお姉様です」


 そういいながら馬を預けて龍舎に入ると、中の龍達に挨拶をしていく。龍は頭が良く、こちらのいっていることを理解しているらしい。用意してもらっている野菜を一番偉い龍から順にあげていく。

 龍の中にも序列があるらしく、間違えた順番でやっても食べないのだ。


「いっぱい食べてね」

「そうだぞールーちゃんがあげるんだから残すなよー」

「いや、残すのは別に……」

「私なら残さない!」

「そこは張り合わないでください」


 二人で龍のご飯をあげて水を新しくする。一日に二回、この仕事があるわけだけど、朝の当番が私と将軍で、夕方は別のペアが当番制でやっていた。

 朝は兎も角、夕方は何が起こるかわからないから、とのことだ。


「ま、私がいれば何が起こっても平気だけどね」

「でも下手に騒ぎが起きて、ラステアの人達が悪くいわれたら嫌です」

「うーん……まあ、あの文官達じゃ公平性に欠けるものね。こちらが悪いとか一方的にいってきそうだわ」

「そうですね。残念ながら!彼らに公平性は期待できません」


 またしてもプクッと頬を膨らませると、私を乗せてくれる飛龍のラスールがペロンと私の頬を舐めた。


「ひゃわっ!」

「あんまり怒らないで、っていってるのかもね」

「え、そうなんですか?」


 思わずラスールを見ると、クリッとした可愛い目が私を見つめてくる。確かにこの目を見ていたら怒りもおさまってきた。だってとっても可愛いのだもの。


「龍は人の気持ちに敏感だからね。ラスールは特にルーちゃんと相性がいいから、心配してくれてるんだよ」

「そうなんだ……ありがとう、ラスール」


 よしよし、と首の辺りを撫でればラスールはクルクルと喉を鳴らした。なんだか気持ちが通じあったようで嬉しくなる。

 それから龍舎の中を軽く掃除して、また明日、と龍達にいうと龍舎の外にいる門番さんに声をかけた。


「終わりました。ありがとうございます」

「お疲れ様。偉いね」

「こっちにはお姉様のお手伝いできたのですけど、お屋敷ではお手伝いできることがなくて……龍達のお世話が唯一のお仕事なんです!」

「それでも偉いよ。うちにもお嬢さんと同じぐらいの子供がいるけど、親の手伝いよりもまだ遊ぶ方が楽しいみたいでね」

「妹は頑張り屋さんなんですよ」

「いやあ、いい妹さんだ。お姉さんも鼻が高いね」


 そんな会話をしつつ、今日はどうだったか?とか物流が滞っていると聞いたが、まだダメなのか?とか将軍が色々と聞いていく。私はそれを大人しく聞いていた。


「そういえば、侯爵様がお亡くなりになってもう二ヶ月くらいでしょう?次の侯爵様はまだ決まらないの?」

「あーファスタ様が次の侯爵で間違いないとは思うんだけどな」

「ああ、とても優しそうな方ですね」

「そう。侯爵様に良く似て、とても良い方ですよ。気さくだし、困ったことがあると直ぐに人を寄越してくれるし」

「なら、ファスタ様が侯爵になればまた元の街に戻りますね」

「……そうだと良いんだけどな」


 そういって門番さんは口を濁す。私が首を傾げると、大きな声ではいえないが……と「ここだけの話」といって話してくれた。


「侯爵様の亡くなり方がおかしかっただろ?だから中央から派遣された役人が、ファスタ様が爵位を継いだ後も居座るんじゃないかって……」

「居座るって……何故です?」

「どうもアイツら何かを探しているらしいんだ」

「探している……」

「二ヶ月前に、姫殿下がレストアに入る前で襲われてね。その犯人に逃げられちまってさ。多分そいつらじゃないかって話だ」

「……そうなんですね」


 その犯人、たぶん今頃はトラット帝国で幽閉されている。だからいくらクリフィード領を調べても出てくるわけはないよ。といいたいけど、いえるわけもなく……

 私達はその話に大変ですね、と相槌を打つ。



 派遣された者達が探しているもの、それは本当に犯人なのだろうか————?






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