第128話 クリフィード領 2

 ひとまず私はカティア将軍とネイトさんと一緒に、カウダートの街に出ることにした。クリフィード侯爵の館の様子がおかしいのもあるけれど、街の様子もチェックしておいた方が良いというのが将軍の意見だ。


 こういっては何だが……やはり、歴戦の将軍は目の付け方が違う。

 私は館の空気がおかしいのは、フィルタード派の文官のせいだと思っていた。だから彼らを見張ればいいのかと思っていたけれど、きっとそれだけではないのだろう。


「さ、ルーちゃん行きましょうか」

「はい。お姉様」


 侍女服から、一般的なラステアの衣装に着替え、将軍とネイトさんと共に街に繰り出す。街の中はラステアの衣装を着ていてもそこまで目立つことはない。と、思っていた。だってこの街はラステアとの交易の要所。異国情緒あふれる街なのだから。


 でも、今、私の目の前に広がるカウダートは、王都で見るような光景だった。この二カ月ほどの間に、一体何があったのだろう?

 それはネイトさんも感じたのか、私にこそりと耳打ちする。


「……ルー嬢、二カ月前からこうでしたか?」

「いいえ。二カ月前は、もっとこう……私達がいても違和感のない状態でした」

「なるほど」


 そういうとネイトさんは顎に手を当てて考え込む。将軍もチラリと周りを見回した。そして私の肩に手を置くと、他にも見て回ろうと先を促す。

 私もそれに頷き、カウダートの街の中を見て回った。


 結果として、カウダートの街の違和感が強くなった、と思う。お店自体は以前のまま営業されていたけれど、前はラステアの色が強くあった場所が、今は全くなくなっている。

 

 この二カ月の間で一体何が起こったのか?


 以前にも来て買い物をしたことのあるお店に立ち寄り、お店の人に声をかける。こういう時は子供だけの方が良いだろうと、将軍とネイトさんは私が見える位置で待機だ。


「……あのぉ」

「はい、いらっしゃいませ」

「あの、このお菓子頂きたいんですけど」

「あ、……はい。ご準備しますね」


 声をかけた瞬間は普通に対応してくれたのに、私の顔を見た途端、お店の人の声がトーンダウンした。軽く首を傾げると、お店の人はキョロキョロと辺りを見回す。

 そして小声で私に話しかけてきた。


「お客さん、ラステアからの人?よく中に入れたね」

「えっと、そうですけど……どうしてです?」

「今、この街では他国からの人間の出入りが規制されてるんだよ。品物自体は検閲で許可が下りれば入ってくるんだけどね。人は難しいみたいで、品物も滞るし……ちょっと大変なんだ」

「そうなんですね。それっていつからです?私、侯爵様のお葬式に出るために今日来たばかりで……」


 そう伝えると、一カ月ほど前からだといわれる。半月前にクリフィード領の騎士達が、ラステアまで侯爵の訃報を知らせに来た。つまりはそれよりも前、ということになる。


「侯爵様の、亡くなり方がおかしいって中央から役人が来ていてね。その役人どもが、カウダートの街に文句をつけてきたのさ」

「文句、ですか?」

「以前のカウダートを知っているかい?」

「ええ。異国情緒あふれる素敵な街でした。ラステアとファティシア、その両方の良いところが混ざっていて……」

「そうだろ?それなのに、あいつらときたらカウダートはラステア国の属国にでもなったのか!っていちゃもん付けてきたのさ。ファスタ様はまだ爵位を頂いていない。そのせいであいつらやりたい放題だ!」


 余程うっぷんがたまっていたのか、店の人は中央から派遣された役人の文句をいい続けた。それにしても、侯爵が亡くなっているというのにまだファスタさんは爵位を継げていないとは……?


 普通なら亡くなったことが分かった時点で、爵位継承の手続きに入る。私達がラステアに向かい、その後、侯爵が王都に向かう途中で亡くなった。

 亡くなって直ぐに手続きに入ったなら、一カ月後には爵位を継げているはず。現在は侯爵が亡くなって一カ月半は経っているだろう。

 

 状況が状況だったから、手続きに時間がかかっているのだろうか?お菓子の入った袋を受け取り、お礼をいうと私は将軍とネイトさんの元へ戻る。

 そこでお店で聞いた話を簡単に話して聞かせた。


「なるほど。そんなことが……」

「はい……」

「コンラッド様にも一報を入れておきましょう。それでは帰りますか」


 ネイトさんの言葉に頷く。あまり遅くなっても館の人達に迷惑をかけるだろう。


「ルーちゃん、荷物持とうか?」

「これぐらい大丈夫です。お姉様」

「お姉様だって大丈夫だよ?」

「私も元気です!」


 たわいもない会話をしつつ、侯爵家の館に戻る。そしてその足でコンラッド様の元へ向かった。部屋の扉を叩けば、コンラッド様付きの従者であるリトゥル・スタッドさんが対応してくれる。彼もまた、私がルティアであると知っている一人だ。


「お忙しいところ、申し訳ございません」

「いいえ。殿下も一息つかれているところなので大丈夫ですよ。さ、将軍。どうぞ」


 まず最初に将軍を、と中に案内する。館の人に不審に思われないためだ。そしてネイトさん、私と続く。中に入ると、私はポケットの中に入れていた秘密の話をする為に使う魔法石を取り出す。


 小さな円錐状に加工されたそれをテーブルの上に置き、魔力を流せば一瞬にして部屋の中の音は外には聞こえなくなる。例えば部屋の中で将軍が大暴れしても、外の人にはわからないのだ。


「————それで、どうでしたか?」


 コンラッド様の言葉に私達は顔を見合わせると、ネイトさんが代表して話し始めた。その内容に耳を傾けていたコンラッド様は、小さくため息を吐く。


「状態は、あまり芳しくないな」

「そうですね。ラステアを排除しようとしているのが見えます」

「ラステアを排除、ですか?」


 確かにラステアの色、と呼べるものは減っていたけれど……なぜ排除しなければいけないのだろう?ファティシアにとってラステアは友好国。

 排除する理由がない。


「たぶん、ラステアと近い領地があると困るのではないでしょうか?できれば仲違いさせておきたい、と」

「……そうか。フィルタード派でしたら、そう思うでしょうね。彼らはトラット帝国と近いので。彼らが幅を利かせているのであれば、そういった行動に出ると思います」


 たとえどんなにファティシアとラステアが友好関係を結んでいても、今、カウダートで幅を利かせているのはクリフィード侯爵家ではなく、中央から派遣された役人。

 その役人の思想がラステアを良しとせず、トラット帝国寄りの思想であれば……排除しようと動くのも頷ける。


 カウダートの人達は中央からやってきた役人に腹を立てているけれど、クリフィード家は未だ爵位を継承できていない。現時点でのカウダートの力関係は、中央から派遣された役人の方が上。

 文句を言いたくてもいえない状態なのだろう。


 その不満は何れ、クリフィード家へと向かうかもしれない。何故、爵位を継げないのか?その原因は何か?何か不正でもあったのか?と————


「それと、物流も若干滞りつつありますね。近いうちにファティシアと交易している商家から情報が上がってくるでしょう」

「物流が……?」

「他国からの入国が厳しくなっている、とお店の人がいってました。品物自体は検閲で許可が下りれば入ってくるみたいですけど……」

「その許可も今までよりも時間がかかっているのでしょうね」

「なるほどね。それで、検問で我々も止められたか」


 コンラッド様はふむ、と頷く。本来なら弔問に来た他国の王族を検問で足止めするなんて失礼なことしない。それでも止めた。ということは、役人の力がそれだけ強いということ。


「でもどうして他国からの人を入れないのでしょう?」


 私が首をひねると、ネイトさんが「ラステアからの人間が多いからでしょうね」という。その言葉にコンラッド様も頷いた。


「どうしてもラステアとの仲を悪くしたいんだろうな」

「人が入れないことで仲が悪くなる、ということですか?」

「国のトップが仲が良くとも、民間での交流がなくなれば、絵に描いた餅でしかないからね。でもラステアだけ排除するのは体裁が悪いから、他国からの人間全部にしているんだと思うよ。割合でいえば他の国は少ないだろしね」

「なるほど……」

「カウダートはラステアとの交易の要の場所です。ここで排除されると、他の場所でラステアとの交易が盛んになるとは考えづらいですしね」


 ネイトさんも同意するように、そう教えてくれる。私はその言葉に情けない気持ちでいっぱいになった。

 今まで仲良くしていても、理由もわからず排除されればラステアの人達はいい気はしないだろう。例えこの先、ファスタさんが爵位を継いでも不信感は拭えない。


「……すみません。私が、もっと力があれば……こんなことにはならなかったかもしれないのに」

「ルティア姫、貴女のせいではない。愚かな者はいつの時もいるものです。それに、国同士の仲の良さは上に立つものによって変わる。商人たちもそれはわかってます」

「でも、私はラステア国の人達と仲良くしていきたいです」

「きっとアイザック陛下もそう思ってくれているでしょう。トラット帝国は仲良くするにはリスクが高いですからね」


 だからこそ、姫君が我が国にきているのですから。といわれ、私は小さく頷く。そうだといい。お父様もラステアと仲良くしていきたいと思ってくれるといいなって。

 もちろんトラット帝国と喧嘩をしたいわけではない。お互いに節度ある距離感をもって、国を運営することが大事なのだから。


「ところで、先ほどから黙っているが……カティア将軍からは何かないのかな?」

「そうですね。我々が外出している時に、三人。今も外で様子を伺っているのが一人、といったところでしょうか」

「え……?」

「なるほど。監視がついてるか」

「ええっっ!?」


 将軍とコンラッド様の言葉に私は驚く。監視がついている、とは!?

 目を白黒させていると、ネイトさんとスタッドさんが笑う。今の状態なら普通のことですよ、と。


「ふ、普通なんですか!?物凄く失礼なことをされているのに!!」

「友好国相手にするのは失礼にあたるんですが、トラット帝国よりの者達にとってみればラステアは敵国認定されてますからねえ」

「えええ……そんな……」

「大丈夫。別に陛下の意向でやってるなんて思っていないしね」

「それは、そうだと思うのですが……かさねがさね申し訳ありません……」


 穴があったら入りたい。それぐらい恥ずかしいことだ。

 お父様がそんなことを命じるとは考えづらい。きっとフィルタード派の役人達が勝手にやっているのだろう。


「ルーちゃん、大丈夫。何かあってもお姉様が守るし、それにこんなやる気のない監視は今まで見たことないから!」

「やる気のない、監視……ですか?」

「普通の監視は見つからないようにやるものだからね。まあ、それでも私なら見つけるが……館を出た時からわかりやすく着いてきてたしね」

「わ、わかりやすい……私、全く気が付きませんでした」

「いや、監視は騎士達がしてるでしょうから……姫君に気付かれるようではダメでしょう」


 気が付かなくても仕方ないんですよ、とネイトさんに慰められたが、きっとネイトさんも気が付いたのだろうなと感じた。

 私だけのんきに買い物をしていたなんて……なんだか情けなくなる。


「ルーちゃん、そんなに気にしないで?後でコツを教えてあげるから、ね?」

「お願いします……お姉様……」


 そう告げると、将軍は満面の笑みで頷いてくれた。


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