第127話 クリフィード領 1


「————出立っ!」


 バサリ、と飛龍の羽音が辺りに響く。


 先頭の飛龍にはラステア国の国旗が旗めき、それに続くように順番に飛龍達が空へと飛びたった。私はカティア将軍のすぐ近くに場所をもらい、飛龍のラスールと共にその隊列に着いていく。


 ラスールに騎乗するのが決まった時、なぜか将軍は物凄い残念そうな顔をしたけれどね。更には「お姉様と同じ飛龍に乗らない?」ともいわれたけど、丁重にお断りした。

 これは私にとっても長距離を移動する訓練になるのだから、将軍を頼るわけにはいかないのだ!


 飛龍から下を見下ろせば、私の格好をしたリーナとアリシア、それにユリアナ、シャンテ、カーバニル先生が手を振ってくれている。思わず振り返しそうになるのを我慢して、私はまっすぐ前を向いた。


 見送りにはファティシアから同行している人達もいる。迂闊に手を振って、仲が良さそうに見えてはいけない。ラステアの一員である私が狙われたりしたら、それこそ両国の間で問題となる。


「ルー、大丈夫?やっぱりお姉様と同じ飛龍の方が良かった?」


 ルーと呼ばれ、私は将軍の方を向く。そして「大丈夫です、お姉様」と返した。それでも心配なのか、将軍は私から視線を外さない。すると、その後ろの飛龍に乗っているネイトさんがゴホン、と咳払いをした。


「姉妹仲が良いのは結構ですが、移動中ですよ」

「私のっっ!!可愛い可愛い妹に!!何かあったら困るだろ!!」

「ルー嬢はちゃんと飛龍を操れますのでご心配なく!ちゃんと仕事に集中してください」

「お姉様、私は大丈夫ですから!お仕事頑張ってください!!」


 そういうと将軍は一瞬だけしょんぼりした表情を見せたが、次の瞬間にはキリッとした顔に変わる。流石に大勢の目がある前では、いつもの調子にはならないらしい。そのことに少しだけホッとする。


 私と一緒にいることで将軍の威厳がなくなったら、なんかこう……申し訳ないからだ。そんなことを考えながらネイトさんに視線を移すと、ネイトさんは残念なモノを見る目で将軍を見ていた。


 付き合いが長いと、そうなるのか……ちょっと笑ってしまいそうになったけれど、私も同じく気を引き締める。


 ルー・カティア


 それが今の私の名前。ルティアだから、ルー。安直かもしれないが、下手に全く違う名前にすると咄嗟の時に反応できないだろうとの配慮でもある。

 私は今、将軍と同じ炎のような赤い髪に、黒い瞳。そしてラステア国城仕えの侍女服を身につけている。これならファティシアに戻っても、ラステア人に見えるだろう。多分。


 実は弔問部隊に合流する時、バレないだろうかと、すごくドキドキしていた。

 だが実際は全くバレていない。どうやらカティア家は炎のような赤い髪色が生まれやすい家系らしく、私が将軍と同じ髪色をしていることで、カティア家の子と直ぐに認識されたのだ。


 説明を省けて、尚且つ後ろ盾がしっかりしている、と思われるのは将軍やカティア家の功績のおかげだ。コンラッド様が将軍を私の護衛として任命してくれた理由もここにあるのだろう。


 暫くの間、飛龍に乗っていると前方に小さくカウダートの街が見えてきた。


 クリフィード領と外の国を繋ぐ要所。カウダート。

 ここを何度、出入りしたことだろう。いつもクリフィード侯爵が見送りに来てくれた。その侯爵がもういないことに、気持ちが落ち込んでくる。

 私は、何ができるだろう?クリフィード領の人達から大切な領主を奪ってしまった私に……


「ルー嬢、大丈夫ですか?」


 ネイトさんの声にハッと顔を上げる。私は「大丈夫です」とネイトさんに告げた。今は、余計なことを考えてはいけない。ラステア国の弔問隊の一員として、任された仕事をしなければ!




 ***


 先頭の飛龍に乗っている人が旗を振った。

 高度がどんどん下がり、カウダートに入る手前で一度、地上に降りる。

 これからカウダートの街に入るのに検問を受けるのだ。とはいえ、ラステアは友好国、簡易的なものになるはずだけれど……


 街に入る前で待機していると、先駆けで向かった人が飛龍に乗って戻ってくる。すると直ぐにコンラッド様の元へ走り寄ってきた。


「申し上げます!カウダートの街に入るのに、弔問隊の人数と品物の検閲をと先方から申し出があるのですが……」

「検閲?」

「はい……」


 先駆けに行った人は困った顔をしてコンラッド様を見上げている。それはそうだろう。ファティシア国では通常、友好国の弔問隊を検問で止めることなんてない。もちろん武装していれば別だけれど……私達は武装しているわけでもない。


 しかも今回の弔問部隊の責任者はコンラッド様だ。ラステア国の王弟であるコンラッド様が率いているのにも関わらず、足止めするなんて……

 何だかおかしいな、と胸の奥がザワザワする。


 コンラッド様は少し考えた後、相手の要望通りにするように、と伝えた。


「弔問に来ているのに、相手と揉める気はない。きっと向こうも侯爵が亡くなってピリピリしているのだろう」

「はっ!直ちに伝えて参ります!!」


 そういうとその人はもう一度、城門まで向かい、私達も少ししてから飛龍に乗り城門へと向かう。城門の前では、クリフィード領の騎士達が申し訳なさそうな顔をして私達を出迎えた。


「王弟殿下御一行様には大変申し訳なく……」


 責任者と思しき騎士が直ぐにコンラッド様に頭を下げる。コンラッド様は構わないよ、と騎士を労った。

 そしてつつがなく、検閲が終わると街の中に入る。飛龍は城門近くの龍舎に預けて、領主の館までは馬車で向かった。


 街の様子を馬車の中から眺めると、皆、一様に喪に服し、悲しい表情をしている。これだけでも侯爵が領民に慕われていたか、わかるというものだ。

 そして領主の館に着くと、館の中の空気がおかしかった。


 言葉にすると難しいのだが、以前とは全く違う。前は侯爵の人柄を表したかのような、穏やかな空気の流れる館だったのだ。

 それが今は、冷え冷えとして、何だか怖い。


「ルー嬢、こちらへ」


 そっと袖を引かれ、私はネイトさんの直ぐ側につく。側を離れないように、と耳元で囁かれ、私は小さく頷いた。

 何だかおかしい。


「おやおや、これはラステアの王弟殿下ではありませんか!」


 屋敷の階段上からまるで見下ろすように、ファティシアの文官が立っている。他国の王族に対してなんて失礼な対応なのだろう!私は思わず眉を顰めた。

 それは他の人達も同じだったようで、ピリッとした空気が流れる。それを止めに入ったのは、侯爵の息子であるファスタさんだった。


「コンラッド殿下、お越しいただき誠にありがとうございます。父もとても喜ぶことでしょう」

「久しぶりですね、ファスタ殿。この度はお悔やみを申し上げます」


 そういって握手を交わす二人。コンラッド様は無礼な文官をまるっと無視することに決めたようだ。

 無視された文官はワナワナと震えている。しかし、礼を尽くさぬ相手に尽くす礼はない。そのまま話を始めるコンラッド様とファスタさんに、文官はフン!と鼻を鳴らすと何処かへいってしまった。


 その姿を確認してから、ファスタさんはため息を一つ。


「申し訳ありません、殿下。アレはどうも自分達が特別だと思っているようで」

「いや、わかりやすくていい。ああいった手合いには近寄らないに限る。品が下がるからな」


 バッサリと切り捨てたコンラッド様にファスタさんが吹き出した。そして、侍女を呼ぶと、私達を部屋へと案内するように申し付ける。きっと喪主として色々と忙しいのだな、と思いながら私達は割り当てられた部屋へと向かった。


 部屋は私と将軍との二人部屋。姉妹と伝えたことで配慮してくれたらしい。


「ルーちゃん、飛龍での移動は大丈夫だった?」

「ええ、お姉様。大丈夫です。まだまだ動けますよ!」

「そんな動き回らなくてもいいからね?ルシアンがいるから……」

「ちゃんと仕事しないとダメですよ。お姉様」

「でもぉ〜〜〜」


 将軍はもう少し休んでていいんだよ?と私を部屋から出すのを躊躇っている。確かに下手に動き回ってバレたら大変なのだけど……一応、一応侍女としてついてきているのだから仕事はしないと拙いと思うのだが。


 どうやってこの妹に激甘な将軍を宥めようかと考えていると、部屋の扉がノックされた。私はこれ幸いと、扉を開ける。


「はい!今開けます!!」


 そういって開けると、扉の前にはネイトさんが立っていた。もしかして何か仕事だろうか?それならとても助かる!この激甘お姉様を止められるのはネイトさんぐらいしかいないのだから。


「カティア将軍、ルー嬢、コンラッド様から「皆、夕食までは休むように」とのことです」

「え……お仕事じゃないんですか?」

「こちらの館でする仕事はあまりないですかねえ」

「そ、そんな……!!」

「そもそも将軍に用のある方っていないでしょうし。うーん……仕事。そうですね。ひとまず、ウロウロせずに、出かける時は将軍と一緒に行動してください」


 それは仕事じゃなくて、小さい子が迷子にならない教訓のようじゃないか!!と内心で思ったが、私は頷くしかなかった。

 下手に一人で動き回ってボロを出すわけにいかない。私はラステア国の一員としてここに来ているのだ。いつも通り振る舞ってはいけない。


 それを心の中に刻み、ネイトさんの言葉に頷いた。後ろで将軍が満面の笑みを浮かべていたなんて知る由もなく……


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