第126話 ファティシアに戻る前夜 

 ネイトさんにラステア国の決まり事や、侍女としての仕事を教えてもらい一週間が経った。付け焼刃だけれども、なんとかラステアの人っぽい感じにはなれてると思う。

 たぶん余程のドジを踏まない限りは、バレないと思うけれど……まだまだ不安は残る。そうネイトさんに告げると、我々もサポートしますからと笑って言われた。


 出立は明日の早朝。


 最初にクリフィード領へ向かい葬儀に参列する予定だ。飛龍で向かえば、葬儀の前日に着くことができる。ラステアだからこそできることだろう。

 葬儀の間は、クリフィード領で大人しくラステアの侍女として振舞う。カティア将軍とも打ち合わせしているから、まあ何とか姉妹に見えるのではなかろうか?


 それが終わったら、私はコンラッド様と将軍と共に秘密裏にファティシアの王城に戻る。コンラッド様と同じく、将軍も姿隠しの術が使えるのでこの人選らしい。

 本当は二人だけで戻る予定だったけれど、何かあったらどうするのか!と将軍からの強い要望があったのだ。


 当然といえば、当然だろう。コンラッド様はラステアの王弟殿下。いくらファティシアに自由に出入りすることが許されていても、今回は秘密裏に向かうのだ。

 普通なら、国同士の問題になりかねない。私は自分の意志を通すことで、下手をすれば両国間に問題を残すことになる。


 それが、————怖い。怖くてたまらない。


 お父様は理由を知れば、理解して不問にしてくれるだろうけど……それも誰にも知られないことが前提になる。

 特に、フィルタード派には気取られてはいけない。彼等もまた、クリフィード侯爵の葬儀に訪れるのだから。


「ルティア様、そろそろ休まれては?」

「ユリアナ……そう。そうね」


 この二カ月ほどで住み慣れた部屋。その部屋の窓から外を眺めていると、ユリアナが控えめに声をかけてくる。私はその声に頷きながらも、窓際から離れられずにいた。


 真っ暗な空に、雲に隠された細長い月。私の心の中の不安を映し出しているようだ。


「ルティア様……」

「うん。わかってる。明日、早いものね」

「そうですよ。明日からは私はルティア様のお世話をできません。ご自分でしていただかなければならないのです。あまり遅くなると、出立に間に合いませんよ?」

「そんな寝坊助じゃないわ」

「あら、そうでしたか?」

「そうよ!ちゃんと起きられるわ」


 クスクスと笑うユリアナに私は頬を膨らませながら抗議する。そんなに寝坊助じゃないもん!ちゃんと起きられるし、それに、それに……自分のこともちゃんとできる。


「ルティア様、今はどんなに考えても答えは出ません。それに見合うだけの情報がないのですから」

「うん。それを集めないとね……」

「ええ。ですが、一人で頑張る必要もないのです」

「でも……コンラッド様達にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないわ」

「城に戻ればロイ様やロビン、それにアッシュもいます。侍女長には……もしかしたら怒られるかもしれませんけどね」


 侍女長の名前が出てきて、怒って仁王立ちする彼女を想像してしまう。最近はそこまで怒られることも少なくなったけど、やっぱり怒られるのは怖いのだ。

 もちろん、私のことを考えて怒ってくれてるのはわかるんだけどね。


「侍女長にも見つからないようにしないとダメね」

「侍女長に秘密にしておいて、後でバレた時の方が更に怒られると思いますが?」

「————そこは、絶対にバレないようにするのよ!」

「年の功には逆立ちしてもかないませんよ?」

「うっ……」


 正直に話しておいた方が良い、と暗に告げられ私は口ごもる。どちらかといえば、良いことをしているわけではない。確認したいだけとはいえ、自分の身を危険に曝すなんて!といわれるだろう。


 懇々と諭されるだけならいいけれど……いや、よくないな。侍女長のお説教は長いのだ。いつもならちゃんと聞いていられるけど、今回はそこまで時間ないし。うん。

 やっぱり次回持ち越しにしよう!


 そんなことを考えていると、ユリアナが笑っているのが目に入った。何か笑うようなことがあっただろうか?首を傾げると、何でもないですよ、とユリアナはいう。


「ちゃんとクアドを呼ぶ笛も忘れずにお持ちくださいね」

「うん。大丈夫。ちゃんと首に下げて持って行くわ。クアドに先に行ってもらえば、きっとお父様も驚かないものね」

「そうですね」


 まだ不安はぬぐえない。でも、ユリアナと話すことでちょっとずつ気持ちが落ち着いてきた気がする。これなら眠れるだろうか?そんなことを考えていると、部屋の扉が控えめに叩かれた。


 ユリアナが扉を開けると、扉の陰からアリシアが顔を覗かせる。


「アリシア!どうしたの?」

「あの、その……眠れなくて、ですね……」


 その言葉に、私一人の行動でみんなも不安にさせているのだな、と感じた。もしもアリシアが私と同じことをしたら、私だって不安になる。

 大丈夫かな?怪我しないかな?って、側にいられない間、ずっと不安を感じ続けるのだ。私はアリシアの側によると、彼女をギュッと抱きしめた。


「心配してくれて、ありがとう」

「ルティア様……ごめんなさい。わた、私が……全部、ルティア様に背負わせてしまったんです」

「そんなことないわ。私は私の意志でやっているの。あの日、アリシアが話してくれたからこそ未来は変わったんだから」

「いいえ。いいえ……本当なら私が自分でやるべきだったんです。それなのに……」

「いいのよ。一人より、二人の方が出来ることが多くなるもの。それに、みんなでやったからポーションだってこんなに広まったわ」


 アリシアの瞳からポロポロと溢れ出る涙をそっとハンカチでぬぐってあげる。そしてニッと笑うと、アリシアの口角に指を押しあて上に持ちあげた。


「笑って見送って?私は絶対に無事に戻ってくるわ。そして、ラステアですべきことをする。そして次にファティシアに帰る時はみんなと一緒よ?」

「は、はい……!はい!!ルティア様!私、ルティア様の不在がわからないように、リーナちゃんと一緒に頑張ります!!」

「そうね。リーナは表情筋がちょっと……ね」

「はい……一週間特訓しましたが、ひきつった笑い方しかできなくて……」

「アリシアに特訓してもらってもまだ駄目なのね……」


 そういって表情の乏しい、私の従者であるリーナを思い浮かべる。リーナ自身は存在感を薄くしているので、他の人達から見かけないな?と思われても問題ないが、私が長期部屋に引きこもっているわけにはいかない。


 ただでさえ侍女の勉強している間、クリフィード侯爵が亡くなって部屋で塞ぎ込んでいることになっているのだ。

 これ以上はちょっと拙い気がする。だから、明日の弔問隊の見送りに『私』が出ることで、いるかもしれないフィルタード派にちゃんと印象付けなければ……


「リーナのことは我々にお任せを。ちゃんとルティア様がいらっしゃるように振舞ってもらいます」


 ユリアナのいい方に、ふと私らしい振る舞いって何だろう?って疑問に思ってしまった。まさか元気に走り回ってれば大丈夫とかいわれないよね?思わずユリアナの顔をジッと見てしまう。


「どうかしたんですか?」

「う、ううん……なんでもなくは、ないんだけど……私らしい振る舞いってどんなのかなって」

「ルティア様らしい、というなら畑にでて土いじりとか?」

「あとは飛龍にのる練習もされてますね。それに体術の練習も」

「他には……あ、ラステアの植物を調べたりもしてますよね!」


 アリシアとユリアナの言葉に私は、どれもこれもお姫様らしくないな、とちょっとだけ落ち込んでしまう。

 まあ、学びに来てるわけだし。お茶会とかパーティーとかに出る必要もないわけだし!!リーナをお茶会とかパーティーに出すのはハードル高いし!!


 きっとこれでいいのよ。


 そう自分を納得させる。リーナにとってみれば、私ぐらいのお姫様の方がきっとやりやすいはず!


「戻ってくるまでに、リーナちゃんの表情筋をもう少し柔らかくできるように頑張ります!」

「アリシアに教えてもらうと、私らしいというより「お淑やかな私」が出来上がりそうね」

「そうでしょうか?」

「そうよ。アリシアは淑女として完璧だもの!」

「ルティア様も、アリシア様を見習っていただけると良いのですけどね……」

「それこそ私らしくないじゃない?」


 ユリアナのダメ出しに、笑いながら私らしくないわよ!と反論する。そんな私に二人とも苦笑いを浮かべた。


「確かに、そうかもしれませんね」

「ルティア様は、ルティア様らしさが一番の魅力だと!私は思います!!」

「ふふふ。ありがとう。さ、もう遅いし……そうだ!アリシア、今日は一緒に寝ましょう?」

「い、良いんですか?」

「うん。ね、ユリアナ。いいわよね?」

「そうですね。もう遅いですし」


 そういうとユリアナは直ぐに準備をしてくれる。私とアリシアは布団の中に潜り込むと、眠りにつくまでにたわいもないことを話しながら過ごすのだった。





 そして早朝————私は、ファティシア王国へと旅立つ。




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