第115話 一路、ラステアへ

 あれから三日ほど経ち————


 私を殺そうとした人たちが逃げてしまった、ということで予定通りラステア国へ向かうことにした。


 本当なら犯人を見つけてからラステアに向かう方が安全だし、一度戻った方がいいこともわかっている。それでも私がラステアへ招かれている以上、国同士の問題にで戻るわけにはいかない。と、お父様には説明の手紙を出すことにした。


 そう易々と逃げ帰るなんてできるものですか!と添えるのも忘れずに。

 それだけ書いてあれば、まあ、お父様もこちらの事情を察してくれるだろう。クリフィード侯爵は快く、私の手紙を預かってくれたけれど……事情を知ったとしても、侯爵は罰を免れない。多分。


 王族を害そうとした者たちに逃げられたのだ。例え理由があるとはいえ、それを大っぴらにいうわけにもいかない。カウダートを出立するその日も、私は申し訳なくてクリフィード侯爵に頭を下げてしまった。


 あまり下げるものではない、といわれたけれど。それでも申し訳なさが先に立つのだ。クリフィード侯爵と何も知らずに犯人を探しているレストアの騎士たち。彼らには不名誉極まりない思いをさせてしまうわけだし。


「姫君、今回のこと……負けだと思いますかな?」

「そうね。私は……私たちは今のままでは彼らに敵わない」

「過程で見れば、我々は常に劣勢に立っている。本来なら中立でなければいけない立場の者が私欲に塗れると、こうも愚かになると見せられているわけです」


 クリフィード侯爵の言葉に私は項垂れる。それは翻せば、私たち王族にもいえることだ。たまたま今回、国の膿となったのがフィルタード侯爵やその派閥の貴族たちだったというだけ。


 ライルがあの小さい頃の暴君王子のまま育って王位に就いていたら、私たちも同じ道を辿るのだ。ただし相手は、フィルタード侯爵たちではなく虐げられた多くの民衆や、心ある貴族たちから————


「私、ライルが小さい頃……どうしてそんなに横柄なのかしら?ってずっと思っていたの。でもそれってライルが見ていた世界がそうだったのよね」

「ええ。ライル殿下の世界ではそれが正しかったのでしょう。ですが今は違う。そして姫君も人のフリを見て我が身を正そうと考えられるお方です」

「人のフリを見て……?」

「間違ったことをしている者を反面教師にし、自分はそうならないということですな」

「……私は、正しいことができているのかしら?」


 正しさなんて、あやふやで、絵空事のようにも感じる。

 公正で、清廉で、誰に対しても平等なことができないのと同じように。人が、立場が変われば正しさなんて、すぐに変わってしまうのだ。


「姫君、気負いすぎれば失敗するのもです。もちろん失敗することが悪いことではありません。時には失敗も必要ですからね」

「失敗も必要なの?」

「失敗のない人生と失敗のある人生、どちらがより壁にぶつかった時に強いと思われますか?」

「……失敗してる方、かしら?」

「ええ、失敗するということはそれだけ試行錯誤するものです。道は一つではない。例え一つしかないように見えても、実はたくさんあるのですよ」

「最終的に同じことになっても?」

「ええ。結果が同じでも過程が違えば得るものもありましょう?」


 確かに、そうかもしれない。


 今、私の歩んでいる道が危うい物であったとしても、同じことを繰り返させないことはきっとできる。失われた命は戻らないけれど、今度は亡くさない努力をしなければいけないのだ。


「彼らを負かすということは、今後同じような者が出ないように法を整備することもできるのです。今のままでは難しくとも、いずれそんな日が来るでしょう」

「本当にできるかしら……」

「その辺はまあ、姫君の父上であらせられる国王陛下にお任せしましょう。そこまで全て姫君がされる必要はないですからね」

「お父様はただでさえ忙しいのに大丈夫かしら?」

「はっはっは!なあに、可愛い姫君のためです。失礼ながら馬車馬の如く働いていただきましょう!!それにこの問題をクリアにできれば、さらに良い国になります」


 その言葉に王都の執務室でグッタリとするお父様と、ハウンド宰相を思い浮かべて笑ってしまった。初級ポーションだけでなく、中級ポーションまでもが執務室に常備される日も近いかもしれない。


「姫君、御身の周りに頼れる者が少ないのも確かでしょうが、中立派である我ら侯爵家はフィルタード派の行動を良しとはしません」

「ファーマン侯爵家はわかるけれど、ローズベルタ侯爵家も?」

「我々が中立であるというのは、それなりに理由あってのことです。それにレイドール伯爵家もそろそろ重い腰をあげても良い頃でしょう」

「レイドール伯爵家……お母様の生家……お祖父様は、手を貸してくれるかしら?」

「いいえ、もう随分と前から姫君たちを見守られています」


 クリフィード侯爵はそう言って笑う。私は軽く首を傾げると、そっと耳元に囁かれた。



「姫君の宮にいる者は皆、レイドール伯爵の元で鍛えられた者たちです」



 きっと他の宮にいる者たちもそうでしょう。とクリフィード侯爵に言われ、そういえばみんな最初から仲が良かったような気がする。

 もしかして、出掛けにロビンがリーナに話しかけていたのはそのせいだったのだろうか?


 それにしても鍛えられた、とは?


「さあ、姫君。そろそろ出立のようですよ?」

「え、ああ。そうね。……クリフィード侯爵、嫌な思いをさせてしまうけれど、お父様によろしく伝えてください」

「いいえ。大事の前の小事。このルカン・クリフィードしかとお受けいたしました」

「無事に、王都に向かってくださいね」

「はい」


 にこりと微笑むクリフィード侯爵にカーテシーを披露すると、私は準備の整った飛龍の側に行く。飛龍の側ではコンラッド様が待っていてくれた。


 本来行くはずの人数がだいぶ減ってしまったこともあり、ラステアから飛龍を追加で呼び寄せ荷物を全て飛龍に積み替えて行くことになったのだ。

 これは陸路を行く馬車の旅よりも、空路の方が安全であると判断した結果でもある。道中また襲われないともかぎらない。しかし空路なら襲われることもないとのことだ。


「コンラッド様、よろしくお願い致します」

「お任せください、ルティア姫。ラステア国龍騎士隊が無事に姫君方をラステアへお連れするとお約束しましょう」


 そういうとコンラッド様は私の手を取り、指先にキスをする。なんというか、とてもむず痒い。しかしこれは、フィルタード派がまだいること前提でのパフォーマンスのようなものだ。


 流石に空までは手を出せないだろう?と牽制する意味があるらしい。このぐらいで牽制されてくれれば良いけれど、他国にまでフィルタード派の手が伸びていたらと思うと少しだけ怖くもある。


 いや、怖がっている場合ではない。


 そんなものにはなんの価値もなく、私の歩みを止める理由にはなり得ないのだ。今の私にできるのは、お父様から任された仕事をこなすこと。例えそれがトラット帝国へ行かないための口実だったとしても、砂糖の件はファティシアとラステアのためになるのだから。


「ルティア姫、さあこちらへ」

「ありがとうございます」


 飛龍の上に乗せてもらい、私の後ろにコンラッド様が騎乗する。他の飛龍にも一緒に行く人たちが乗せてもらっていた。そして周りを確かめると、コンラッド様の号令で飛龍がふわりと空へ飛び立つ。


 ぐんぐんと見えなくなる地上。


 下ではクリフィード侯爵たちが手を振っている。私もそれに手を振り返した。

 そしてカウダートの城門が見えなくなると、真っ直ぐに前を向く。


「コンラッド様、飛龍は大きな個体もいるのですね」

「ええ、飛龍の中でも戦闘用に使われる個体と、今回のように輸送に適した個体がいるんです」

「輸送……そうすると、ラステアから他の国へ荷物を運ぶのも早くなりますか?」

「それは難しいかもしれませんね」

「難しい?」

「相手の国でも飛龍を扱える者が必要になります。ですが龍たちは自分たちが認めた者以外に従おうとはしませんから……」

「……こんなに良い子なのに?」


 そういってカッツェをじっと見る。飛んでいなければ首元を撫でてあげるところだけど、今は飛行中。気を散らすようなことをされては嫌だろう。


「龍と共に暮らすラステアでは龍は仲間であると皆が思っています。ですが他の国では道具のように扱われたりもしますからね。姫君のように龍に理解のある者は少ないのですよ」

「そんなの酷い……道具のような扱いを受けたら、龍たちだって嫌がって当然だわ」

「かといってラステア国の人間をその国に常駐させるには、待遇の面で色々と話し合う必要がありますしね」

「関税だけの問題でもないのね」

「他の国で商売を始める、というのは意外と反発が多いものです。トラット帝国の商人たちはそれを承知で他国に行こうとしてるようですが」


 そういえばそんなことをシュルツ卿がいっていた。ではトラット帝国から勝手に出て行った商人たちと、その国の商人の間で諍いが起こる可能性もある。


 そこではたりと気がつく。その情報はとても大事なのでは!?


「あ……もしかして、商会の人たちが知ってなきゃいけない情報だった……?私、お父様への手紙に書いてない」

「そこはクリフィード侯爵が伝えてくれると思いますよ」

「そ、そうですよね!」


 内心でホッとしつつ、クリフィード侯爵に心の中で謝った。


 今度の砂糖の件はなるべくクリフィード侯爵領に迷惑がかからないように調整してもらおう。それぐらいしかできないけれど、きっと侯爵は笑いながら大丈夫ですよ、といってくれると思う。





 そう。また再会できると、信じていた————…

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