第114話 取引
取引————と言うものはお互いに利益がなければいけない。そして対等でなければ、足元を掬われる。そう、私は考える。
「……シュルツ卿、彼らをどう連れて行くつもりですか?」
私はシュルツ卿にそう尋ねた。
普通に考えて、はいどうぞ、と彼らを引き渡すわけにはいかない。となれば、それなりに危険な方法をとってもらわねばならないはず。
レナルド殿下のためとはいえ、そこまでの危険を犯すには現時点での利益が少ない。
将来的にトラット帝国が分裂して、レナルド殿下がお父様の支援を得たいと言うのであれば……まあ、危険を犯すだけの価値はあるのだろう。
だがそれは、トラット帝国が本当に分裂し、尚且つレナルド殿下が他の皇族よりも民のためになるとお父様が判断した場合だ。
私の一存だけでレナルド殿下をお父様が支持してくれるとは到底思えない。だからこそ、今の状態はお互いにリスクが高いように感じる。
それはきっと、シュルツ卿も理解しているはず。
ジッと彼の顔を見ていると、私に向かってにこりと笑った。人好きのする笑みではあるが、どことなく信用しきれない。
「まあ、流石にこのままください、と言って引き渡してもらえるわけはないので……夜の警備に少し穴をあけていただいて、いる場所を教えてもらえれば連れて行けますが?」
「クリフィード侯爵、可能ですか?」
「あまりやりたくありませんが……」
「そうは言いますが、早めに彼らを連れて行かないと口を封じられてしまいますよ?それはそれで問題でしょう?」
シュルツ卿の言葉にクリフィード侯爵は眉間に皺を寄せた。確かに私を殺すことに失敗した人たちを長々と生かしておくとは思えない。
私たちが王都に戻らないと判断したら、確実に殺しにくるだろう。シュルツ卿にはその前に脱出してもらい、どこかに隠れいているフィルタード派の刺客に交渉してもらわねば……
私はもう一度、クリフィード侯爵に頭を下げてお願いする。
「お願いします。クリフィード侯爵。彼らを死なせてしまうわけにはいかないのです。そして、自分たちが裏切られたと感じてもらわなければいけない」
「姫様……」
「時間が経てば経つほど、敵に有利になりますよ?」
「————わかりました。トラット帝国に頼るのは業腹ですが、致し方ありません。今後、フィルタード派を抑えることができるのであれば」
「別にトラット帝国に貸しを作ると考えて頂かなくて結構ですよ。我らの主人に貸しを作ったと思ってください」
「……それってあんまり変わらないじゃない」
カーバニル先生の言葉にシュルツ卿は苦笑いを浮かべながら、全然違いますよといった。
「殿下は確かに戦にはお強いですけどね。別に好んで戦いたいわけでもないので」
「戦に勝ち続けていたからこそ、皇太子になれたんでしょ?」
「まあ、そうなんですが……優秀な者ほど煙たがられるので、そのせいで戦場に追いやられたのですよ」
「レナルド殿下は……今後も戦は望まないといえますか?」
「ファティシアと戦をしたいとは思わないでしょうね。ここは豊かな国だ。もちろん膿も抱えていますが、それが無くなればもっと良い国になるでしょう」
「豊かな国だからしたくないの?」
豊かな国であるならば、奪い取りたいと思われる可能性もある。なんだか矛盾しているな、と感じた。
するとシュルツ卿は豊かだから、奪わないのだと答える。豊かな国とは交易をするか、援助してもらう方がよほど良いとも。
「トラットは今、疫病でかなり国力が低下しています。いつ皇族や貴族に対する不満で内乱が発生してもおかしくない。機転のきく商人たちは、他の国へと拠点を移し始めてますよ」
「それは……」
「なおさら、国内の物流は滞るでしょうね」
物流が滞れば、物価が上がる。物価が上がれば……死者は増え続けるだろう。疫病でバタバタと人が死んでいる中、皇族や貴族だけが贅沢な暮らしを続けていれば結果は目に見えている。
常に火種を抱え込んでいる国で内乱が起こればひとたまりもない。
「殿下がファティシアとの交易で食料を得られたのは、殿下の治める土地の者たちにとっては僥倖でした。他は……酷いものです」
「みんな……何もしないの?」
「心ある者は、排除されてますからね」
「魔窟ってこれだからイヤね」
「ええ。まさに魔窟。蠱毒の壺の中ですよ。なので……今回の殿下の誕生パーティーは別として、姫君にトラットまで来てほしいのは本心です」
「私の魔力があれば魔力過多の畑が作れるから?」
「ええ。それに、ポーションがあれば病の者たちも治せる」
そんな酷い惨状ならば、一度ぐらいはトラット帝国に行ってみるべきだろうか?とほんの少しだけ考えてしまう。今はもちろんラステアに行くことが最優先だけど……
「ダメよ。ダメ。ぜーったいにダ・メ!!同情を買って連れてこうったってそうはいかないわよ!!」
「おや、残念」
「え!嘘なの!?」
シュルツ卿のあまりにも軽い言葉に私は目を見張る。大変なのは本当ですよ、と言いつつも、シュルツ卿の目は笑っていない。
————試したのだ。
私がどの程度で動こうとするのか、試したのだ!!ぷくっと頬を膨らませて、地団駄を踏みたい衝動を堪える。
そんな私の鼻っ先をカーバニル先生がピシッと指で弾いた。
どうせ!どうせお人好しですよーだっっ!!
***
なんとか話をまとめ、彼らをトラット帝国へ連れて行ってもらう手筈を整える。クリフィード侯爵は信頼できる騎士に事情を話し、今夜の警備を緩めてもらっていた。
本当はこんなことをすれば、フィルタード派から嫌味をいわれたりとかするのだろうけど……怪我人を出さないように、それでいて彼らを逃すには仕方がない。
二人だけ部屋に残り、窓から街の状態を見下ろす。
夜でも明るくて、活気のある良い街だ。
「……本当に、ごめんなさい。侯爵」
「なんの。いずれ、この国を良くしてくだされば良いのです」
「だけど、フィルタード派の貴族たちに嫌味とかいわれちゃうでしょう?」
本当なら私が王都まで戻って、彼らを突き出せればよかった。
そして私を殺そうとしたのだと、その手引きをしたのはフィルタード派の貴族たちだと証拠を突き付けられれば良かったけど、今の私にそれだけの力がない。
証拠を集めて、彼らを断罪するには手札が足りなさすぎる。
「姫君」
「……はい」
「姫君は我がファティシア王国の第一王女です。次からは、臣下に頭を下げたりしてはいけませんよ?」
「でも……お願いするのだもの」
「アイザック陛下もあまり偉ぶらない方ではありますが……姫君もあまりそちら方面は得意ではないようですね」
「頭を下げて済むことなら下げるわ。私には力なんて何もないもの。ただ、王女というだけだわ」
「いいえ。王族であるのなら、軽々に頭を下げてはいけないのです。姫君が頭を下げる時は、この国の未来がかかったとき。そして姫君が頭を下げる価値があると思った時にこそ、お下げなさい」
この国の未来がかかったとき、といわれ私にはよくわからなかった。
私は、私が頭を下げることで丸く収まるのであればそれでいい。今回の事だって、それで収まって良かったと思っている。
でもそれじゃあいけないとクリフィード侯爵はいっているのだ。王族の価値を簡単に下げてはいけない、と。
「私に、そんな大そうなことが起こるかしら?」
「いずれ起こるやもしれませんよ?」
クリフィード侯爵は自信ありげに笑う。私はその笑みに首を傾げた。
そして次の瞬間—————
私たちがいる部屋の扉が勢いよく叩かれる。
「報告いたします!!侯爵様!大変なことが起こりました!!」
「入れ!一体何が起こった!?」
クリフィード侯爵の鋭い声に、バタンと扉が開き、若い騎士が息を切らせながら入ってくる。
「姫殿下を襲った者たちが何者かによって連れ去られました!!」
「なんだと!?」
「それで、どうなったのですか?」
「現在、騎士隊で捜索中です。ですが、街の至る所で小競り合いが起きておりまして……捜査は難航しております」
「そんな……」
私はフラリと倒れる演技をすると、すかさず隣にいたクリフィード侯爵が私の体を支えてくれた。
「賊をそのまま逃しては、クリフィード侯爵家の名折れ!!急いで探し出せ!!」
「ハッ!」
「姫君、ご安心を……ラステアまではラステアの龍騎士隊がついております。コンラッド殿下ならば姫君を必ず無事に、ラステアまでお連れくださるでしょう」
「ええ、ええ……ありがとうございます。侯爵」
なんとか棒読みにならないように、顔を伏せながらそんなセリフをいってみる。若い騎士は必ずや捕まえて見せます!!と叫ぶと、そのまま部屋から駆けて行ってしまった。
これで怖がっている風に見えただろうか?
「……大丈夫、でしょうか?」
「なかなか良い演技だったかと」
お互いに顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。すると、騒ぎを聞きつけて、という体でコンラッド様とカーバニル先生が部屋に入ってきた。
「一体、何人連れてきてたのかしら?」
「街の中で何ヵ所も小競り合いが起きてるんだよねえ。おかげで詰所の騎士たちが仲裁に駆り出されている」
「小競り合いが起きてるっていってたけど、そんなに起きているの?」
「お金で雇われた人たちもいるでしょうけど……それにしても根回しが良いわね。嫌なヤツに借りを作っちゃったわ!!」
鼻をフン、と鳴らすと先生は大きなため息を吐く。コンラッド様は苦笑いを浮かべながら肩をすくめる。
「今回は……仕方ない、と諦めるしかないでしょうね。確かに現時点でこちらの手札はあまりよくない」
「コンラッド殿下は兎も角、龍騎士隊が彼らに見られていないとも限りませんからね。他国への内政干渉と取られるでしょうな」
「非常事態だったのに……」
「隙を見せてはいけないのですよ。それだけ敵は老練で蛇のように執念深い」
「前に蛇を投げてしまった時はビックリしてたけどね」
「それはまた……!面白いことをしましたな」
「わざとじゃないのよ?たまたま蛇が足元にシュルッときて、思わず投げてしまったの」
その時の状況を話すと、クリフィード侯爵は豪快に笑いだした。私としては蛇が出てきて笑いごとではなかったし、未だにゾッとする出来事だけどさっきまでの空気が少しだけ和んだので良しとする。
「あのー少し良いですか?」
「シャンテ、どうしたの?」
部屋の外からシャンテがちょこんとこちらを見ているので、手招きして部屋の中に引き入れた。
「あのですね、シュルツ卿から姫様に……」
「私に?」
「ヤダ、もしかしていつ頃こっちに来いとかいう手紙じゃないでしょうね!?」
シャンテの手の中にある小さな紙にカーバニル先生が片眉を吊り上げる。そんな先生を横目に紙を受け取り、中を確認するとそこには一言。
『妹がカレッジに留学します。どうぞよしなに。これで今回の件は貸し借りなしです』
その内容に、私たちは目を丸くするしかなかった。
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