第113話 話し合い 2
「どうして————貴方が……」
一緒に帰ったはず、と呟けば一度戻って直ぐに来たのだと彼はいう。それならば、私が王都を出るまでに招待状は間に合ったはず。
なのにどうして彼は王城で私を引き留めず、今この場にいるのだろうか?
「そんなに警戒なさらなくてもいいんですよ?まあ、そうは言っても難しいでしょうけどね」
彼の言葉に部屋の中の温度が少し下がった気がする。コンラッド様も、カーバニル先生も、クリフィード侯爵もみんな彼を警戒しているのだ。
何故ならば、彼はトラット帝国皇太子レナルド・マッカファーティ・トラットの側近の一人。
ギルベルト・シュルツその人なのだから————
「……一体、何の用でここまでいらしたんですか?」
「お困りのようでしたので出てきました」
「出てきたってまた随分な言い方ね?」
「うーん……ルティア姫が本当に危なければ、手をお貸しするつもりだったんですけどね。ですがご自分で乗り切られてしまいましたので」
それにラステアの龍騎士隊まで出てきては、自分の出る幕がないと彼はいった。
確かに下手にあの場に出てきていたら……きっと混乱をきたしただろう。トラット帝国がフィルタード派貴族と手を組んで、私を殺害に見せかけて誘拐しようとしたとか。そんな話になっていたはずだ。
今だってその可能性を否定できない。でも彼は、その疑いを受けてまでも出てきた。その理由は何なのか?
「フィルタード派の貴族から依頼されたんですか?」
「いいえ。僕を動かせるのは、レナルド殿下ただお一人だけです。彼らのような愚鈍な連中の意見なんてわざわざ聞く価値もない」
「アナタ、随分な言い方ね」
「ですが事実でしょう?これほどまでに価値のある姫君を無価値だと決めつけているんですから……いや、そうでもしておかないと第二王子の優位を保てないからかな?」
「ライルは……」
「良い子、というだけでは王位には就けませんよ?」
私の声を遮るように、シュルツ卿はいう。
「それでも、ライルの優位は揺るがないわ。だって正妃であるリュージュ妃の子供だもの」
「確かにそうですね。でも、アイザック陛下はその程度の理由で王位を譲るとは思えません。陛下も、そして陛下の周りの方々もとても優秀ですからね。うちとは大違いです」
そう言って彼は大仰に肩をすくめて見せる。何だかとてもわざとらしい。自分の国を悪くいって、こちらを油断させるつもりだろうか?
とはいえ、表向きはライルが継承一位なだけで、お父様の中では誰を王位につけるかは決まっていない。シュルツ卿の言い分はある意味で正しいのだ。
「……そんなこと言っていいの?自分の国のことでしょう」
「ここにわざわざトラットまで行って告げ口する人はいませんからねえ。それにトラットの皇族や貴族が腐っているのは周知の事実です。でしょう?」
「そうは言っても、アナタがレナルド殿下の腹心であることには変わりないわね。今回の件だって、アナタたちが裏で糸を引いていないとも言い切れないもの」
「それもまあ、そうなんですが……」
困ったように笑うけれど、本当に困っているのかはわからない。レナルド殿下の側近ということは、彼は陰謀渦巻くトラット帝国の王宮内でかなり上手く立ち回ってきたはずだ。
私なんかが彼の心の内を読もうとしても、無理に決まっている。チラリと先生を見ると、先生も何とも言い難い表情でシュルツ卿を見ていた。
「それで、何故出てきたんです?今の状態で出てきたら疑われるのは分かりきってますよね?」
「ええ、もちろん!この状況で疑われないなんて有り得ませんからね」
「わかっているのに出てきたその理由を聞いている」
「簡単なことですよ」
そういってシュルツ卿は笑う。
「……ハッキリ言って……怪しさ満点ですよ?」
「でしょうね。ですが、僕の話を聞いて損はないはずです。捕まえた実行犯を貴方達ではどうにもできないんですから」
「どうにもできなくはない。正当な裁きを受けさせるまでだ」
「ラステアの龍騎士隊を動かしてなければそう言えたでしょうね。ですが、今の状況はルティア姫には不利です。フィルタード派の貴族たちはここぞとばかりにくだらないことを言い出すでしょう」
でも貴方にはどうにもできない。所詮は他国の人間ですからね、と。シュルツ卿はコンラッド様にいう。
「……他国の王族でも、世話になっている国の姫君を助けることはできる」
「婚約でもしていれば別ですが、現状、そんな話は出ていないのでしょう?何せ歳が離れていますしね。王弟殿下よりも歳の近い、我が国の殿下の方がいいのではないか?それにトラット帝国は強国。その国と懇意にしていた方がいいと言われているでしょう?」
「それは……」
「例え言われていても、トラット帝国で他国の姫がどんな扱いを受けるかわかっているのに嫁に出すわけないでしょう?」
「アイザック陛下なら、そうするでしょうね。ですが……今までのフィルタード派の動きから、アイザック陛下がいつまで陛下でいられるかはわからないじゃないですか」
その言葉にドキリとする。
五年前、アリシアのお陰で私はお父様を救うことができた。でもアリシアは油断できないと常々いっている。
『シナリオの補正』
それが起こり得るかもしれない。ロイ兄様も、同じように警戒していた。シュルツ卿の言葉は、それを示唆しているかのように聞こえる。
フィルタード派の貴族がどれだけいて、どのくらい周りに潜んでいるのかわからないのだ。お父様が危険な目に遭わないと、言い切ることはできない。五年前だって、きっと糸を引いていたのはフィルタード家。
「—————シュルツ卿、貴方が私に求めるものは何ですか?」
これは一種の駆け引きだ。
私を不安にさせて、何かを引き出そうとしている。それは私にしかできないことなのか、それとも私を通じでお父様に依頼したいことなのか。それを確認する必要があった。
シュルツ卿はニィッと笑う。
「姫、彼と交渉するのは……」
「そうよ。王都に戻るのは業腹だけど、それまでの間に手段を考えましょう?先に陛下に連絡を入れて、相談すればいいわ」
「いいえ。このままラステアへ向かいます」
ラステアへ向かう。それは決定事項だ。これを変える気はない。ならばシュルツ卿の話を聞く必要がある。それがどうしても受け入れられないことならば、断ればいい。
「英断ですね。今、王都に戻れば姫君に手紙を持ってきた使者と鉢合わせるでしょう。そして使者は、絶対に貴女をトラット帝国へ連れて行くはずです」
「……シュルツ卿はそもそも私への使者ではないんですね?」
「ええ。どちらかというと、姫君にどこかへ行ってもらいたいが為に来ています。今、帝国へ来られるのは具合が悪い」
「あんな手紙を置いていったのに?」
「殿下に帯同しているものが全員、殿下の味方ではありませんからね。パフォーマンスは必要でしょう?」
つまりはアレは、トラット帝国内向けのリップサービスだったのか。そのせいで頭を悩ませていたのに、何となく腹が立つ。
「それじゃあ、私に王都に戻られると具合が悪いのなら……シュルツ卿は何をしてくれるんですか?」
「何をして、ですか……そうですね。こっそりと実行犯を助け出してトラットへでも連れて行きましょうか?」
「連れていって、どうするんです?」
「姫君に恩を売りつつ、同時にフィルタード派の貴族たちにも恩が売れます。彼らにとって、実行犯が捕まりそのまま王都まで戻られては都合が悪いですから」
「道中で殺してしまう手もありますよね?本当に助けるつもりがありますか?」
もしもフィルタード派の貴族たちが口封じを依頼してきたらどうするつもりだ、と問いかける。するとシュルツ卿は、殺したフリをするだけですよと言った。
何だか話だけを聞いていると、こちらにとても都合が良いように聞こえる。でも絶対にそれだけじゃないはずだ。
訝しんだ視線を向けると、シュルツ卿はスッと真面目な顔になる。
「姫君、我が主は今の帝国を憂えています」
「トラット帝国の現状をよく知りませんが、噂で聞いたことが事実なら憂えてなければ皇族としてダメだと思いますけど?」
「ええ。そうですね。ですが、憂えている皇族はほぼいないと言っていい。そのうちトラット帝国は分裂して国内で争い合うでしょう」
「それは……」
「姫君だけでなく、フィルタード派の貴族にも、そして実行犯たちにも恩が売れる。今は姫君に力はないけれど、フィルタード派にはあり、将来的にはそれが逆転すると思っています。その時に実行犯たちの証言は必要でしょう?」
確かにその通りだ。今は無理でも、将来的にはフィルタード家がやってきた犯罪を明らかにしたい。その時に証人がいれば有利に働くだろう。
流石に口封じされかけてまでフィルタード家に義理立てする人はいない。自分たちが高位の官僚になりたいとか、いい暮らしをしたいとか、そんな薄っぺらな理由でついているだけだろうし。
どうするのが正解か?
頭の中でグルグルと考え続ける。
もしも、もしも……口封じしたつもりの人たちが生きていて、自分たちの罪を告白してきたらどうなるだろう?彼らは慌てふためくだろうか?それとも知らぬ存ぜぬと突き通す?
でも今のままでは、ラステアへ行くどころか王都に帰らなければいけないだろう。下手に私だけラステアへ行けば、フィルタード派の貴族たちは私がラステアへ攫われたとでも言い出すはずだ。ラステアに迷惑をかけるのは本意ではない。
「……わかりました。シュルツ卿、彼らをトラットへ連れていってください」
「ルティア姫!」
「コンラッド様、今のままではラステアへも迷惑がかかります。シュルツ卿は私に王都へ戻って欲しくないようですし……私も王都へ戻りたくありません」
「しかし……」
「フィルタード派の思惑通りになるのはとても癪です!できることならギャフンと言わせたい!!」
「はははは、ギャフン、ですか?」
「ええ。そうです。彼らをいつかギャフンと言わせて、その罪を白日に晒すまで実行犯を預かってください」
「承知致しました」
そういうとシュルツ卿は恭しく頭を下げる。
完全に信じたわけではない。もしかしたら、騙されている可能性も捨てきれないけど、それでも現状の一番良い一手を打ちたいのだ。殺されてしまった、護衛騎士のためにも……彼らの罪は裁かれなければいけない。
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