第112話 話し合い 1


 襲撃事件は、やはりと言うか……話し合いの場が荒れた。



 場所はレストアにあるクリフィード侯爵家の別邸。そこに私と、カーバニル先生、クリフィード侯爵、コンラッド様の五人が集まり話し合いをしている。


 ファティシアの第一王女が、王家と対立する派閥貴族の手によって害されようとしたのだから毅然とした態度を取るべきだ。と主張したのがコンラッド様。


 実行犯が生きているとはいえ、彼らの証言が採用されるか不透明として慎重に行動すべきだ。と主張したのがカーバニル先生とクリフィード侯爵。


 本来なら、コンラッド様の主張が正しい。正しいが、今回の件に関していうならば……コンラッド様、いやラステア国に不利に働く恐れがあるので、慎重に対応しなければいけないのだ。


「ルティア姫を害した者をそのままにしておくのですか?」

「生捕りにしたとはいえ、八人中、六人は死亡しています。王族を害したのですから、仕方がないこととは言え、彼らが自分たちは被害者だと言い出した場合が問題なのです」

「被害者だなんて!どの口が言うのですかっ!!」

「全くもってその通りだけど……自分たちが助かりたい為なら、それくらい平気で言うのがアイツらなのよ。それに追随して庇われるとまた面倒ね」


 事後承認とはいえ、ラステアの龍騎士隊が動いている。ルティア姫をラステアへ攫おうとして戦闘になった、と言われたら事だ、と先生は言った。


 私もそれが一番困ることだと思っている。善意の行動も、歪められて伝えられては意味がない。それに立ち向かうには、第一王女という存在の力が弱いのだ。


 噂を広げるには人海戦術が一番で、その人脈は絶対的にフィルタード派の方が強い。つまり、真実を多い隠せるほど大きい声が今は勝ってしまう。悲しいけれど、それがファティシアの現実なのだ。


「ラステアがルティア姫を攫う理由がない」

「そうね。ラステア国とファティシアは友好国だもの……でも、最近はトラット帝国がルティア姫を欲しいと言ってきている。それを聞いて取られては大変だと思ったのかもしれない、なんて言われたらどうなさるおつもり?」

「我々はそんなことはしない!」

「もちろん、ラステア国がそんなことをするわけないと、私どもはわかっておりますとも。ですが、トラット帝国とフィルタード派は手を組んだ状態です」

「……それも、知っております。だからこそ、我々龍騎士隊がルティア姫をお迎えに上がったのですから」


 道中で襲われては大変だから、と。


 自国の貴族には蔑ろにされて、他の国の人たちからは手厚く歓迎されるのってなんだか複雑な気分だ。でもコンラッド様がそこまで考えて迎えに来てくれたことを嬉しく思う。


 まあ、道中で襲われて私が死んだとかになると、ラステア国に責任をなすりつけてきそうな気がするからその対策もあるかもしれない。


 兎も角、お互いの思惑は別にしても私が襲われたのは事実。しかも襲ったのが身内となると、確固たる証拠が必要だ。フィルタード派が口出しできないだけの証拠が!!


「……もし、もしも……生き残った人を放したらどうなりますか?」

「放すって……そんなことしたら、多分アイツら口封じされるわよ?」

「口封じされると言うことは、相手と接触するってことですよね?そしたらその場を抑えられませんか?」

「それは……できなくはないでしょうけど」


 先生はそういうと、クリフィード侯爵をチラリと見る。侯爵は少し難しい顔をして、できなくはないと頷いた。ただ難しいとも。


「難しい、ですか?」

「ええ。あちらも始末をするのであれば、手練れを用意するはずです。そして口の堅い者を……で、あれば捕まえたとしても吐くかどうか……」

「そう簡単にはいかないんですね」

「残念ながら……」


 例え実行犯が裁かれたとしても、私や、みんなを殺そうと命じた人間はのうのうと生きている。そしてまた同じことを繰り返すだろう。自分たちに被害が及ばなければ、他者を切り捨てることを厭わない。まるでトカゲの尻尾きりだ。


 それに実行犯をそのまま連れて帰ったとして、本当に裁けるかも謎だし……このままでは護衛騎士の死が無駄になってしまう。もちろん騎士なのだから、負傷することも死ぬことも、きっと覚悟していただろうけど。


 それは、こんな騙し討ちのような、毒物で死ぬようなことはきっと想像していなかったはずだ。


「八方塞がりですな……実行犯を裁くのにも、現状は皆様の証言以外ないのですから。ここにいる方々は兎も角、同行している者が買収される可能性も考慮しなければいけない」

「買収だなんて……!!」

「可能性は全て考えておくものよ。陛下や騎士団長、宰相が厳選したにも関わらず、奴らは混ざっていたのだからね」


 確かにそうだ。今回の旅団に選ばれた人たちは選出期間が短かったとはいえ厳選された人たちのはず。それでも八人も混ざっていた。どれほどの貴族たちがフィルタード侯爵側についているのだろう?全く見当もつかない。


 ジワジワと、侵食されている気分だ。いや、実際に侵食されているんだろうけど。それでももっと良識のある貴族が多いと思いたかった。


「どうするのが正解なのかしら……」

「————法の裁きを、と言いたいんだけどね」

「……クリフィード領の近くで起きたことです。クリフィード侯爵の裁量で裁けないのですか?」

「これが、ただの賊が起こした事件であれば……そう問題ではないのですがね」

「旅団の内部の人間が起こしたことが足枷になりますか?」

「残念ながら……」


 この場合は、捕まえた実行犯を王都まで連れて行き裁く必要が出てくる。そして、その為には全員一度戻る必要があるのだ。彼らに襲われた、と証言する必要があるから……


 そこまで考えて、ふとあることに思い至る。


「……もしかして、それが目的だったのかしら?」

「目的って?」

「だから、ラステアに行くのを止めることはできないけど、途中で問題を起こして引き返させることはできるでしょう?」

「つまり、うまく殺せればよし。殺せなかったとしても、王都へ戻ってくるならそれでよし、ってこと?」

「お父様たちは私をトラットへ行かせないと言った。それは向こうから手紙がまだ届いていないから。私が今から王都に戻ったら、多分もう届いてるわよね」

「向こうからの日数を考えるとそうね」

「それにクリフィード領の手前で起きたのも変な気がするの」


 どうせならコンラッド様が言ったように、クリフィード領を出てラステアと合流する手前で襲った方がいい。そうすれば私を殺せた時はラステアに責任を被せて、決定的な亀裂を入れることができる。


 でもそうしなかった。

 クリフィード領の手前で、私たちは襲われた。それにはそうしなければいけない理由があるはずだ。ただ私にはその理由がわからない。


「————クリフィード家は、ファティシア王国ではどのような立ち位置なのです?」

「我が家は今のところ中立ですね」

「今のところ、ですか?」

「ええ。ですが息子へと代替わりした場合はわかりかねます」

「なるほど?」


 コンラッド様の質問に、クリフィード侯爵は私を見ながら小さく笑う。代替わりしたら何か変わるのだろうか?基本的に侯爵家はフィルタード家とカナン家を除いて中立を維持しているはず。


 今後もそのはずだと思っていた。何故なら、中立を保つことで王家を監視する役割を担えるから。王が常に良い王であるとは限らない。暗君も時には生まれるだろう。それを諌め、正す、それがファティシアの侯爵家の役割なのだ。


 だからこそフィルタード家が、王家に成り代わろうと画策していると言ってもいい。国ができるまでは五つの家は平等だった。それが国を造ったことにより、王と臣下に別れてしまった。



 王位に就いたのが自分たちだったら————と夢を見られる位置なのだ。



 それ自体はまあ、仕方ないとしよう。でもやり方ってものがある。関係のない者を巻き込んで、殺すなんてもってのほかだ!


「どうしたものかしらねえ……このまま戻るにしても、何の対策もなく戻れば向こうの思うままだし」

「そうですな。失敗したことは既に伝わっているはず。ならばきっと手ぐすね引いて待っているでしょう」

「このままラステアへ向かえて、尚且つ向こうに打撃を与えられる方法があればいいんだけど……」


 難しい問題に私は唸り声をあげてしまう。なんというか、彼らがしたことは物凄く効果的で、最低な方法なのかもしれない。


 自分達にとって不利益にならないのだから。


 でもこのままやられっぱなしは嫌だ。何とかフィルタード侯爵達をギャフンと言わせたい。効果的にギャフンと言わせる方法があればいいのだけど……そう考えていた時、扉の外で騎士たちの騒ぐ声が聞こえてきた。


「……どうしたのかしら?」

「さて、何でしょう?」


 クリフィード侯爵を見ると、侯爵も首を傾げる。コンラッド様は扉にぴたりと貼り付き、外の様子を伺う。それを先生が補佐するように魔術式を展開し始めた。


 暫く様子を見ていると、コンコンコン!と忙しないノック音。

 外からシャンテが慌てた声で扉を開けて欲しいと言ってきた。コンラッド様は私たちに小さく頷くと、扉をそっと開く。


「シャンテ、どうかしたの?」

「姫様、その……」


 シャンテが困ったように私たちを見る。一体どうしたのだろう、とシャンテを見ていると、シャンテの後ろにフードを被った人影が見えた。




「—————お久しぶりです。ルティア姫」




 スッと前に出てくると被っていたフードを外す。そこから現れたのは紺碧の髪と黒い瞳の持ち主。


 その姿に私たちは言葉を失った。


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