第111話 再会 2

 その場に集まったのは、リーナに案内されてきたクリフィード領レストアに詰めている騎士たち。そして、コンラッド様率いるラステア国の龍騎士隊だった。


 リーナに抱きついたまま、隣にいるコンラッド様の顔をじっと見る。タイミング的にはとても良いと思うけど……


「あのぉ……コンラッド様はどうしてここに?」

「うん?ああ……カステードの近くまで来ていてね。そしたらすごい救難信号が上がったから、もしかしてルティア姫じゃないかと思って見に来たんだ」


 見に来てよかった、とコンラッド様は笑う。カステードからここレストアまでは距離があると思うが、そんな離れていても救難信号が見えたとは……!!

 ライルは一体、どんな救難信号の魔術式を入れたのだろう?むしろ、そこまでしないと見つけられないような場所で迷子になるとでも思われていたのだろうか?


 ライルの心配は嬉しいけど、ちょっと複雑だ。


「確かにあの救難信号はすごかったですね。救難信号とわからない人には花火だと思われたでしょうねぇ。レストアでは、まるで昼間のように明るくなりましたから」

「一応、普通に上げたつもりなんだけど……」


 そう言いながら私はライルからもらったアジサイのブローチを見せた。レストアの騎士隊の一人がブローチを手に取り、中にはまっている魔石を見る。

 そしてしばらく見たのち、首を傾げた。それはもうとても不思議そうな顔で。


「……普通の、救難信号ですねえ」

「普通の救難信号?」

「ええ。魔力を注ぐ量でも、救難信号の上がり方は変わりますから……かなり大量に注がれたのでは?」

「そこまで大量に注いだつもりはないんだけど」

「ルティア姫は元々魔力量が多いから、普通に注いだつもりでもアレだけ派手な救難信号になってしまったんじゃないかい?」

「いやはや、最初はどこで上がったのかわかりませんでしたよ」

「そんなに派手に……!?」

「レストアでは昼のように明るくなり、さらに離れたカステードの外からでも見えたからねえ」


 レストアの騎士とコンラッド様がうんうんと頷きながら話す。それはなんだかとても恥ずかしい。

 いや、わかりやすく危険があったと知らせられたから良いのだろうか?そんなことを考えていると、ふと、カーバニル先生たちのことを思い出した。


「あ、あの!他の人たちは!?カーバニル先生やアリシア、それにシャンテも一緒だったの……」

「全員ご無事ですよ。我々が到着した時には、捕縛が完了しておりました。一応、付近を捜索し、他に賊がいないか確認はしておりますのでご安心を」

「そう……それならよかった」


 みんなが無事だったことに安堵する。犠牲になったのは、最初の護衛騎士だけだったようだ。できることなら犠牲者なんて出したくなかったけれど。


「それよりも、一体何が起こったのです?今日、レストアに到着予定でしたよね?」

「ええ。本当なら今日着く予定だったのだけど……馬車が故障して……」

「馬車が故障、ですか……それで賊に襲われたのですか?」


 賊に襲われたのか、と聞かれ私はなんと答えていいか迷ってしまう。

 裏切り者がいたのは確かだが、フィルタード侯爵が依頼した証拠は今はない。例え捕縛された人たちが証言したとしても、濡れ衣を着せるつもりか、と言われる可能性もある。


 それに、調べる騎士たちの中にフィルタード派の騎士がいないとも限らない。

 証拠を捏造されて、フィルタード派を陥れるための自作自演と言われたら……いや、自作自演ならまだいいけれど、クリフィード侯爵や、領の騎士たちに嫌疑を掛けられても困る。


 これ以上は一人では答えが出ない。私は曖昧な返事をするしかなかった。


 本当はあの人たちが悪い!と声を大にして言いたいけれど、何事にも確固たる証拠は必要だ。それがなければ、色々な場所に食い込んでいるフィルタード派にいいように証拠を捏造されてしまうだろう。


 それに今回捕縛した証人を殺されてしまう可能性もある。敵は老練なフィルタード元侯爵とフィルタード家、その派閥貴族たち。今の私にどうこうできる相手ではないのだ。悲しいけれど、これが現実。


「ひとまず、これ以上は森の中にいるのも危険です。レストアへ向かわせて頂いてもよろしいでしょうか?」


 ユリアナの言葉にレストアの騎士たちは勿論です、と頷く。私はユリアナのスカートをキュッと握り、その顔を見上げた。


「みんなと、合流しないとね」

「ええ。それは日が昇ってからに致しましょう。姫様」

「え?」

「コンラッド様、先に姫様をレストアまでお連れ頂いてもよろしいでしょうか?」

「勿論です」

「ユリアナ、私、大丈夫よ?」

「いいえ、大丈夫ではありませんよ。さ、コンラッド様、お連れください。リーナ、貴女も一緒に行ってちょうだい」

「わかりました」


 私も一緒にみんなの所へ行く、と言う前にふわりと体が浮く。そしてそのままカッツェの背に乗せられてしまった。リーナも別の龍騎士と一緒に龍の背に乗せてもらうと、そのまま龍たちは空へと飛び立つ。


 地上ではユリアナがこちらに向かって手を振っていた。まだ大丈夫なのに……後ろを振り向き、コンラッド様に視線を向ける。


「……コンラッド様」

「ルティア姫のお願いを聞いて差し上げたいのは山々なのですが……俺も彼女と一緒で先に休まれた方がいいと思いますよ」

「ポーションも飲んでるし、怪我もないから平気なのに……」

「今は色々なことがあって気分が高揚しているから大丈夫と思えるだけですよ。少し落ち着くと、疲れが一気にきます」

「でも、それはみんなも同じだわ」

「ルティア姫、貴女はファティシアの姫です。だから彼らを心配するのであれば、まずは御身を一番に考えないとダメですよ」


 他の人たちは皆、無事なのですから明日になれば会えます。とコンラッド様は私を諭す。確かにみんな無事なのかもしれない。

 だけどポーションが毒物に代わっているのだ。怪我をしていても治せない。私なら、怪我を治せる。だからこそみんなに合流したいのに……


「コンラッド様、やっぱり合流をしたいです」

「ダメです。俺の役目はルティア姫を無事にレストアへ連れて行くことです。そしてその後はラステアへ」

「それは、わかってます。でも……」

「怪我人はいるでしょうが、レストアの騎士たちがポーションを渡すでしょうし大丈夫ですよ」

「レストアの騎士たちが……?」

「そのために、ルティア姫はポーションを広げたのでしょう?」


 誰でも簡単に入手できて、怪我や病気を治せるようにする。確かにその通りだ。レストアの騎士たちは私が上げた救難信号を見て、何か危険なことが起きたと来てくれたのだからポーションを持っていてもおかしくはない。


「本当に、大丈夫でしょうか……?」

「大丈夫ですよ。レストアでみんなが来るのを待ちましょう」

「……はい」


 ポーションがあれば、後は私ができることはないだろう。先生や、他の護衛騎士もいる。それにユリアナも合流するのだから、私の状態も向こうにはちゃんと伝わるはずだし。


 ホッとすると、なんだか急に体が重くなってきた気がする。おかしいな?と感じた時には意識を手放していた。






 ***


 目が覚めると、ふかふかの布団の中にいた。


 慌てて飛び起きて周りを見る。すると、すぐ近くにいたユリアナと目があった。ユリアナはにこりと笑うと、私の額に手を当てる。


「姫様、熱は下がったようですね」

「熱……?」

「ええ、覚えてらっしゃいませんか?昔から熱が出ると、私のスカートをギュッと掴まれるんですよ」

「ええ!?」


 そんな癖は初耳だ。いや、確かにそんな記憶があるような……ないような??私は首を傾げる。


「……もしかして、それで先にレストアに行けって言ったの?」

「それだけではありませんが、熱が出てきたのだなとは思いましたね」

「じゃあ、私、途中で意識を失ってしまったのね」

「そうですね。急に静かになられたのでコンラッド様も驚かれたようです」

「……私そんなにうるさくないもん」


 ぷくっと頬を膨らませると、ユリアナはクスクスと笑った。そして私のポーチから取り出したポーションを私の手に持たせる。


「さ、どうぞ」

「うん。ありがとう」


 ポーションを飲み干すと、体がだいぶ軽くなった。


 やっぱり森の中を走り回るのは結構疲れるようだ。もう少し体力をつける必要があるかもしれない。畑仕事をする時は、鍬で耕す工程をもっと増やそうと心に決める。


「姫様、汗を拭いて着替えましょうか」

「うん……ねえ、それよりもみんなは?」

「皆様ご無事ですよ。今はカステードからクリフィード侯爵様がいらして、カーバニル様方と話し合いをされております」

「クリフィード侯爵が……?私、そんなに寝てたの?」

「いいえ。コンラッド様と一緒にカステードの側まで来ていた龍騎士の皆様がお連れしたのです」

「なんだかコンラッド様にはものすごーく、たくさんお世話になってしまったわね」


 普段からお世話になっているけれど、今回はお世話になる、の意味がいつもと全然違う。作物に関することならお返しができるけど、これは国の中での問題。

 よくよく考えれば、外交問題に発展してもおかしくないことなのだ。だってラステアの龍騎士隊を勝手に私の捜索に使ってしまったのだから。


 カステードの手前にいて、救難信号を見て来てくれたということは……つまり、龍騎士隊を勝手にファティシアに入れてしまったということ。コンラッド様はお父様から許可をもらって来ているけれど、龍騎士隊は違う。


 人助けとはいえ、龍騎士隊は騎士なのだ。不味いことにならないといいな。


「姫様、今は難しいことを考えているとまた熱が出てしまいますよ」

「知恵熱なんてでないもん」

「あら、そうでしたか?淑女教育が始まったばかりの頃は、よくお熱を出されていた気がしますが……」

「そんなに出してないもん!」


 ぷくーっと頬を膨らませると、ユリアナはロビンみたいに私の頬を指で突っついた。そんなに熱を出した覚えなんて……多分ない、はず。うん。

 笑うユリアナをジトッとした目で見ていると、部屋のドアがノックされる。ユリアナはすぐにドアへ向かい開けると、誰かと一言、二言話をしてまた扉を閉めた。


「誰?」

「リーナです。お湯を使うのに桶を持ってきてもらおうと思いまして」

「桶……私、お風呂でも平気よ?」

「いいえ。ポーションで体調は回復したとは思いますが、今日まではちゃんと休まれてください」

「……はーい」


 平気なのにな、と思いながらもユリアナを怒らせると怖いので黙っておく。それに、何かあれば教えてくれるだろう。


 私はユリアナとリーナに体を拭いてもらい、服を着替えるともう一度ベッドで眠ることにした。次に目覚めた時は、ちゃんとみんなに出会えるようにと願いながら……


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