第109話 その煌めきは 


 その日————夜の闇に救難信号が幾つも打ち上がった。


 それはそれは派手に上がったものだから、救難信号と知らない、ごく一般的な人たちには花火でも上がっているのかと間違われるほどに。


 作った本人と、打ち上げた本人の意思とは別に、力が大量に注がれた魔石は本来の役目以上にその存在をアピールしてくれたのだ。


 一番見つけて欲しかったクリフィード領への入り口となる街『レストア』の騎士詰所、そしてクリフィード領の端の街カウダートまで。幅広く、その光の球は救難を訴えた。


 そしてその光はカウダートの手前で野営をしていたある人物の目にも止まる。



「殿下!クリフィード領の方向に救難信号が……!」



 ファティシア国での輸出品目の諸々を決め、早々にラステア国に帰ったコンラッド・カステード・ラステア。彼は王都からカウダートまでの旅程を先読みし、ルティアを迎えに、龍騎士隊と共にカウダートの手前まで既に来ていたのだ。


 そんなコンラッド一行は、これから向かう予定のカウダートよりも、さらに遠くに見える救難信号に首を傾げた。


「……何が起こっているのでしょう?」

「救難信号を上げるとすれば、商人か、もしくは貴族以上の者だろうな」

「しかし光の位置からしてだいぶ……その、遠いのではないかと」

「殿下、ここまでの光の見え方は不自然では?」


 コンラッドは部下たちに不自然だ、と言われ考え込む。確かにただの救難信号にしてみれば光量がおかしい。ここまで見えるとなると、かなりの量の魔力を注がねばならないだろう。


 そしてその魔力量を注げるだけの相手にコンラッドは一人だけ心当たりがあった。


「……出立の準備をしよう」

「殿下?」

「ルティア姫に何かあったのかもしれない」

「ルティア姫様に、ですか?ですが……」

「彼女を快く思わない者もいるということだ」


 言葉少なにコンラッドが言えば、コンラッドの部下たちはそれならば我が国に嫁いできてもらえないだろうか、と内心で考える。


 未だに独身を貫いている王弟殿下の番候補。


 ルティアのラステア国での立ち位置はまさにそれなのだ。もちろんルティア本人は全く知らない。コンラッドもルティアへまだ告げるつもりもない。

 しかし周りからしてみれば、年齢差なんて気にしないから早く嫁いできて貰えばいいのに、と気を揉んでいるところだ。


「飛龍であれば、あそこまで行くのにそう時間はかからないだろう」

「しかし、勝手に向かうと問題にもなります」

「緊急事態だ。誰か一人、カウダートにある侯爵の館へ行って事情を説明してくれ。もしもルティア姫でなくとも、人助けなのだからそこまで悪くは言われないだろう」


 本来ならば他国でのことにそこまで首を突っ込む必要はない。それにコンラッドは兎も角、龍騎士隊を連れて、他国へ勝手に入ることはいささか問題があった。

 侵略行為、と捉えられる可能性がある。その点を踏まえて、クリフィード侯爵に事後承諾にはなるが、許可を取る必要があった。


「殿下、それでは私が先にクリフィード侯爵様の館へ向かいます」

「悪いな」


 先に飛び立った騎士を見届け、コンラッド一行は救難信号が上がった場所と地図を照らし合わせる。


「光の上がり方と見え方から……この辺ではないでしょうか?」


 部下の一人が指し示した場所はクリフィード領内のカウダートより先にある街。コンラッドはその場所を見て、少し考え込む。


「あの光は……ルティア姫が上げたのであれば、もっと遠くで上がっているはずだ。旅程から考えると、クリフィード領に差し掛かるかどうかだろう」

「そんな遠くから、救難信号が上がったと?」

「魔力量はとんでもなく多いからな。ラステアの貴族と遜色ない」

「ではもう少し手前、ですね……もしやこの森でしょうか?」


 そう言って指さされた場所は、ルティアたちが足止めされた森であった。旅程から考えればその森である可能性が高い。ただルティアでない場合は、それよりも手前になるだろう。


「どうされます?」

「少数で行こう。あまり大人数で行っては、違った場合に問題が起こる」

「人助けとはいえ、ファティシアの貴族は一枚岩ではありませんからね。クリフィード侯爵様は温厚な方ではありますが、その侯爵様へあらぬ疑いをかけられても困りますし」

「そうだな」


 誰しも自国へ友好的な者へ迷惑をかけたいわけではない。人助けだとしても慎重に動く必要があった。

 コンラッドは同行していた龍騎士の中でも精鋭を選りすぐり、救難信号の上がったであろうクリフィード領手前の森へと急いだ。








 ***



 クリフィード領への入り口となる街『レストア』では、森から上がった救難信号に騒然としていた。


 こちらでも救難信号が上がるのであれば、商人かもしくは貴族以上の者からの救難であることは直ぐに想像できたが……光量が普通ではなかったからだ。


「隊長、この光量は……普通の商人ではありませんよね?」

「だろうな。普通の貴族だってここまでの魔力量を保有しているかどうか……」


 何度も上がった救難信号は、レストアの街を昼間かと錯覚させるほどの光量だった。普通の救難信号ではこうはいかない。そもそもそんなに光量を上げる必要はないからだ。


「森に、夜盗が出るとは聞いていないな?」

「そうですね。最近はそんな話は聞きませんね」


 光の上がり方があまりにも異様であったために、レストアに詰めている騎士たちは本来なら今日中に着くはずであった、自国の第一王女の存在を脳裏に描く。


 ラステア国へ向かうためにレストアを何度も訪れていたルティアは、とても気さくにレストアの人々とふれ合い、騎士たちからも人気があった。


「旅程では、本日着く予定でしたか?」

「そうだ。まあ前後することもあるからそこまで気にはしていなかったが……」


 騎士たちの間にも何か大変なことが起きているのでは?と、不穏な空気が流れる。そして急ぎ、救助隊を結成すると救難信号の上がった森へと向かった。


 しかし不幸なことに、光量があまりにも大きかったためにルティアたちの居場所を特定するに至れなかったのである。一般的な光量であれば、方向と高さである程度絞れたのだが、あまりにも明るすぎたのだ。


 森へ辿り着いたはいいが、これでは探せない。騎士たちは困り、森の入り口で馬を一旦止める。


「もう一度光が上がればいいんだが……」

「だが上がったとして、先ほどと同じ光量だとわからないぞ?」

「……ひとまず、街道に沿って探すとしよう」


 野営するにしても、街道から離れた場所は選ばないだろう。そして夜盗が出るにしても街道沿いのはずだ。そう考えた騎士たちは慎重に森の中へ入る。


 暫く馬を進めていくと、頭上でガサリと何かが移動する音が聞こえた。


「何者だ!!」


 騎士の一人が頭上へと鋭い声をかける。すると、頭上から一人の少女が姿を現した。従者のようなお仕着せを着た少女————リーナ・ドットは騎士たちにクリフィード領の騎士かと尋ねる。


「その通りだ。我々はレストアに詰めている騎士だ」

「先ほど、すごい光の救難信号が上がったが……アレは君が上げたものか?」

「……いえ、私の主人です」

「君の、主人か……それならば何故君は一人で木の上に?」

「救援を呼ぶためにレストアへ向かう途中でした」


 小柄な少女が木の上を移動しながら救援を求める事態とは……レストアの騎士たちはお互いに顔を見合った。

 リーナは地上に降りるとポケットから何かを取り出し、騎士の一人にそれを見せる。それは王家の紋章が入った懐中時計。リーナが王家の、しかも王族に近しい人物に仕える証拠でもあった。


「これは……もしや、救難信号はルティア姫様が?」

「そうです」

「隊長、急いで姫君の元へ向かいましょう」

「そうだな」


 騎士たちはお互いに頷くと、リーナに案内するように頼む。


「できれば部隊を二つに分けていただきたいのです。襲われて、本隊と姫様とで別れてしまっているので……」

「なんと……!!」

「それでは隊の半分をそちらに割り当てましょう!それと、姫君は無事なのですか!?」

「姫様は、たぶん……ご無事です。侍女の一人が一緒にいます。ただ、ここから先の崖の下に落ちられたので、探索に人がいります」


 崖から落ちた、と聞き騎士たちは騒然とする。しかしその割に、リーナに焦りの表情が見えないため、実は彼女こそルティアを襲ったのではないか?と内心疑念を抱く者までいた。


「……本当に、崖から落ちたのか?」

「はい」

「崖から落ちて無事であるという確証は?」

「姫様はその、ファーマン侯爵様がお作りになられた魔術式の入ったバレッタを身に着けておりましたので……それと、姫様の位置はこちらのコンパスでわかります」

「ファーマン侯爵が作られた魔術式?」

「はい。すらいむの魔術式と言いまして、五年前に国王陛下と共に事故に遭われた際もそれで助かっております」


 水の塊のようなものが全身を包むので、崖から落ちてもクッションになって怪我をすることはないのだとリーナは説明する。もちろん、怪我をしないからといって完全に安全というわけでもない。


 騎士たちはリーナの言葉を完全に信じるわけにもいかないが、現状の手がかりがリーナだけであることも理解していた。


「……なるほど。誰か、もう一部隊呼んで来るんだ。崖の下に行くのに、馬では時間がかかる」

「では私が」


 そういうと騎士の一人がレストアへと引き返した。リーナは騎士たちを連れて、ひとまず野営地へと向かう。騎士たちは疑わしくともリーナの後ろを大人しくついて行くしかなかった。


 そして街道から少し離れた開けた場所。そこに数人の人影を見つけた。襲撃を受けたような跡も見受けられ、騎士たちは用心しながら近づいていく。


 そこには体調が回復した騎士たちとアリシア・ファーマン侯爵令嬢、シャンテ・ロックウェル、怪我をしたフォルテ・カーバニルが裏切り者を縄で縛り上げている最中であった。


「カーバニル先生、アリシア様、シャンテ様ご無事でしたか」

「リーナ……アンタ、姫様はどうしたのよ!?」

「姫様は崖の下に……」


 リーナの言葉にアリシアがヒッと小さな悲鳴をあげる。

 そしてフラリと体が傾ぐと、地面に倒れる寸前のところでシャンテと、近くにいた騎士に支えられた。ルティアの現状を聞き、ショックのあまり気を失ってしまったようだ。


 カーバニルはジッとリーナを見ると、居場所はわかるのか?と尋ねた。


「わかります。それとユリアナも一緒なので、無事かと」

「いや、まあ。ただで落ちるわけないと思うけどね……」

「姫様はすらいむの魔術式が入ったバレッタを着けておいででした。それにアジサイのブローチも」

「ああ、アレね。なら平気ね。でも敵は?そっちに四人行ったと思うけど」

「そちらも始末致しました」


 少女が発するにはあまりに物騒な言葉であったので、レストアの騎士たちは少々困惑してしまう。


「その、姫君は本当にご無事なんでしょうか?」

「怪我は、自前のポーションを持っているから大丈夫よ。それにあの方はとても機転がきくの。子供の割に度胸もあるしね」

「……そうですか。では我々は姫君の捜索をする方向でよろしいですか?」

「ええ、お願い。こちらに少し残して頂ければ、あとは姫君の探索に割いて頂いて大丈夫よ」


 カーバニルの言葉にレストアの騎士たちは小さく頷くと、数人だけを残しルティアを探索するためにリーナに案内を頼むのだった。

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