第108話 迷うなかれ(リーナ視点)


 ★文中に残酷な描写があります。ご注意ください。





 —————ルティア・レイル・ファティシア様はファティシア王国の第一王女である。



 私にとってみれば、本来の主であるレイドール伯爵様の二人目の孫になるお方。そしてカタージュの宝石と謳われていたカロティナ様の娘。


 歳の頃の近い従者を探しているといわれ、私は従者の仕事もよくわからぬままカタージュからルティア様の元へ遣わされた。その際に伯爵様は、ルティア様のご様子を良く見るように、とも。


 私に従者の仕事ができるわけないと伯爵様はお考えになったに違いない。だから様子だけ見ておいで、と言われたのだ。


 私は表情が乏しく、感情表現も苦手で、王家の方に仕えるには無愛想過ぎる。先に行っていたロビン・ユーカンテはその辺がとても上手く、彼のような人間をもう一人作るまでの繋ぎなのだと……そう勝手に思っていたのだ。


 しかし待てど暮らせど、本来仕えるであろう従者はやってこない。


 それどころか、ルティア様と共にラステアに向かうことになり、私は……どうすればいいのか正直よくわからなかった。


 このまま従者として、お側にいてもいいものなのか?それとも繋ぎであるとちゃんと告げるべきなのか?


 そんな時に、ロビンがロイ殿下と共にルティア様の宮に訪ねてきた。彼は飄々としているのに、隙がない。気配を極端に消し、常に周りに気を配っている。


 どれほどの修練を積めばあそこまでなれるのだろうか?そう思って眺めていると、ロビンが話しかけてきた。


「リーナ、どうよ?姫さんの様子は」

「どう、とは?」

「姫さんとの相性とかそういう感じのモンだよ」

「相性……」


 相性といわれても、私は繋ぎなのではないのか?ロビンのようなタイプの人間を作るのはそれなりの訓練期間がいる。


「姫さんは、結構自由に動き回ってるだろ?」

「そう、だね」

「歯切れが悪いなあ」

「だって、私は……繋ぎでしょう?」

「繋ぎ?」


 私の言葉にロビンは首を傾げた。


「そう、誰かに言われたのか?」

「いや。しかし……私では姫様の従者は無理だろう?」

「何が無理なんだ?」

「私は……無愛想だし、ロビンのように上手く立ち回れない」

「俺と同じことをする必要はないだろ?」

「なぜ?」

「なぜって……そりゃあ、お前と俺とじゃ役割が違う」

「従者は……従者だろ?」


 従者はそれ以上でもそれ以下でもない。主人に付き従う者。出過ぎることなく、それでいて支えることのできる者。


 自分にはそれは難しいように思えた。



「姫さんに必要なのは、ただの従者じゃないのさ。姫さんの側に必要なのは—————できる従者だ。お前には、それができるだろ?」



 ロビンから、そう言われたのは今から五年前の話。



 今までルティア様が直接害されることはなかったから、それを実行に移したことはない。それを幸運ととるべきか、それとも—————





 ***


 移動中、食事は常にみんなとは別のものを。

 どこに敵がいるのかわからない。そんな状態で、みんなと同じものを食べるのは非常に危険だ。


 本当はルティア様にもそうしてもらいたかったが、ルティア様がそれをすることはとても難しい。だからこそ、ロビンの提案でライル殿下がをルティア様に贈られた。


 魔術式の中には、持ち主の魔力を感知して常時発動するものもある。そのお陰で、どんな効果があるのか敵にもわからなかっただろう。


「—————しかし、ここまで直接的な手段に出るとはっ……!!」


 予定とは違う場所での野営。

 嫌な予感はしていたが、八人も刺客が混ざっているとは思わなかった。随行していた人数のほぼ三分の一。


 ルティア様の聖なる力が発動し、毒の入った食事をとった者たちが癒されていく。しかし彼らは直ぐに動くことはできないだろう。奴らが他の者を害する前に、倒さねばならない。


 私は同胞であるユリアナを呼ぶ。彼女も私と同じように食事は別にとっていたから、直ぐに動くことができるはずだ。


「ユリアナ!無事か!!」

「ええ、私は大丈夫。それよりもルティア様をっ……!!」


 剣が振り下ろされ、それをマジックボックスに入れていた武器で防ぐ。キンッと金属同士がぶつかりあう音。耳障りなそれに、私は眉を顰めた。


 ついさっきまで、共にルティア様を守るべく旅をしていた仲間。それが今では醜い本性を晒して、剣を振り回している。


「ハッ!そんな細い剣で何ができる!!」

「騎士の本分を忘れた者に私が殺せるわけないだろ!!」


 私の武器であるレイピアは騎士の心臓を貫いた。

 迷う必要はない。。屠るべき、敵なのだ。


 思い出せ。カタージュの森にはもっと凶暴な魔物がいた。それを屠るよりも、彼らを殺す方が余程楽ではないか!


「ユリアナ!先にルティア様を追え!!」

「わかったわ」

「行かせるか!!」

「邪魔よ!」


 言うが早いか、ユリアナが隠し持っていたナイフが男の目に刺さる。男はギャッと悲鳴を上げると、持っていた剣を振り回した。

 私はその腕を切り落とし、首元を切り裂く。血飛沫が上がり、男は地面にのたうち回った。


 すると直ぐ近くで魔術式が発動する。


 視線を向ければ、なんとか意識を保っているらしいフォルテ・カーバニルがこちらを見ていた。


「アンタも早く行って!!ルティア様を追って刺客がッ!!」

「————貴方一人で大丈夫ですか?」

「見くびらないでちょうだい。アタシはこれでも、魔術式研究機関の主席魔術師なのよ!!」


 言うが早いか、彼は残りの敵に対して攻撃に特化した魔術式を展開する。私はこの場を彼に任せ、森の中を駆け抜けた。


 ルティア様は普通の王女ではない。カロティナ様と同じく、森の中でも逃げられるだけの体力を保持している。加えて、先ほどの魔術式で毒からも回復しているはず。


 私はグッと脚に力を入れると、木の枝に飛び移り、そのまま木の上を移動をする。地面を移動するよりも、この方がルティア様を見つけられる確率が上がるからだ。


 それに、今夜は月が明るい。下手に地面を行くよりも木々が影になるだろう。


「それにしても気配がない……ユリアナが、先に追いついていると良いんだが」


 それほど時間をかけたつもりはないが、ルティア様はかなりの脚力の持ち主だったらしい。


 少し立ち止まると、マジックボックスから小さなコンパスを取り出す。出かけにロビンから渡されたコンパス。

 まさかこんなに早く使うことになるとは思わなかった。もしも彼らが仕掛けてくるとしたら、ラステア国に入ってからだと思っていたから。


 ラステア国で、ファティシアの王族が害されれば、それだけで両国間に亀裂が入る。それを狙っているのだと思っていた。


「ルティア様……」


 ライル殿下から渡されたブローチには場所を示す魔術式が入った魔石もある。ブローチに魔力を流せば、コンパスがその場所を指し示すというわけだ。


 お願いですから魔力を流してください。そう願いながら反応を待つ。

 するとぱあっと空に明かりが放たれた。


 幾つも上がる明かりは、救難信号。


「見つけた!」


 コンパスはルティア様の行方を指し示す。急いで向かうと、ユリアナとルティア様が崖から落ちるのが見えた。


 ————その側には刺客の男たち。


「ハッ!ここから落ちたら助かるまい」

「……助からないのは貴様らの方だ」


 ルティア様のことだから、例え崖から落ちても問題ないだろう。過去にも同じように助かっている。それにユリアナが側にいるのなら、一人よりもずっと安全だ。


「チッ!まだいたのか!!」

「何をしてる!相手は一人だぞ!!」

「コイツ、すばしっこいんだよ!!」


 キン、キンッと金属が交差する音。

 こいつらの腕は大したことはない。しかし、一人混じっている騎士の腕はそれなりのようだった。


「そんな体格じゃあ、俺の剣は受けきれまい!」

「……受ける必要なんてない」

「なんだと!!」


 大剣を私目がけて振り下ろされる。

 そう。受ける必要なんてない。避ければいいだけだ。大剣は威力こそあるが、懐に入られるのに弱い。鎧の隙間をレイピアで突き刺せば、男は悲鳴をあげた。


「ハッ!その程度か」

「なんっ、だとぉおお!!」


 鼻で笑えば、男は体当たりするかのように私に向かってくる。

 私はそれを避け、森の中に誘い込む。騎士と一緒に残りの男たちもついてきた。


「貴様逃げるかっっ!!」


 怒りは正常な判断を鈍らせる。

 自分よりも小さな者に鼻で笑われたことで、男たちは正常な判断を失った。


 私はある一点で、ピタリと歩みを止める。それを観念したと勘違いしたのか、男たちはニヤニヤと笑いながら私の前に立った。

 そして自らの勝ちを誇るかのように、大剣を振り上げる。


「逃げら…る、とお……も……」


 最後まで言葉を続けることもできず、ボトリ、と首が落ちた。


「ヒッ……!!」


 男たちから悲鳴が上がる。私が一歩も動いていないのに、首が落ちたことが恐ろしかったのだろう。


「王族の従者が扱う武器が一つなわけないだろ?」

「なに、を……」


 次は別の男の腕が落ちる。


「ヒギッ!!」

「ギャッ!!」


 恐怖に駆られ、逃げ出そうとした男たち。その体がバラリと地面に転がった。


「これで、全部か……」


 四人分の遺体を見て私はそっと息を吐く。

 あとは彼が残りの二人を捕まえるなり、始末するなりしてくれれば安全だろう。もう、刺客が残っていなければの話だが……


 私は手の内に隠していた丸い鈴に魔力を流すのを止めた。


「昔はこれで魔物を狩ったら怒られたが、人は平気かな」


 魔物の中には貴重な素材になるものもある。それを魔力でできた糸でバラバラにしてしまうと、とても怒られるのだ。


 糸の切れ味はある程度コントロールできるが、どうしてもバラバラになってしまう。それ故に、カタージュではあまり使われることはなかった。


「ロビンの言った通りになったな」


 私は一切の躊躇なく、敵と認識したものを殺せる。例えルティア様が止めたとしても、ルティア様を害すると判断すれば殺せるのだ。



『姫さんの側に必要なのは躊躇なく、敵を殺すことができる従者だ。お前には、それができるだろ?』



 ルティア様はお優しい。とても、とても優しく、敵にすら情けをかけるだろう。だが、それではルティア様の命を守れない。


 例えそれでルティア様に詰られることになっても、私は迷ってはいけないのだ。

 

それが私の


「ルティア様は……無事だな」


 コンパスがルティア様の魔力を感知する。


 崖の上に立ち、谷底を見下ろす。このまま下に行くのは容易い。

 だがユリアナが側にいるのであれば、ルティア様を探索する人間を連れてくる方がいいかもしれない。


 先ほどの救難信号はクリフィード侯爵領からも見えただろう。それならば先んじて彼らを迎えに行くべきか?


 私はコンパスをもう一度見てから、クリフィード侯爵領に向かって走ることにした。

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