第104話 旅立つ用意
最近のマジックボックスは種類が豊富になった。
元々私が持っていたのは、腰につけられるタイプの小さなポーチ。今は斜めがけの少し大きなカバンや、お洒落なポシェット。ハンドバッグ、旅行カバンタイプなんかもある。
なぜこんなにも種類が豊富になったのか————?
それは、サイズによって入れられる量を変えたからだ。今まではどのサイズでも同じ量が入るようにしていて、作るのがとても大変だった。
量が多く入るということは、それだけ使う魔力量が必要になる。つまり作れる人間が限られてしまうのだ。
これがマジックボックスが高額な理由でもある。
そうなってくると、とてもじゃないけど庶民の手には届かない。
でも一番必要なのは彼らなわけで……どうすれば、手頃な値段にできるのか悩みの種だった。
「マジックボックスがお手頃な値段になったのはアリシアのおかげね」
「そうですね。アリシア様がサイズによって入れられる量を変えられないのか?と提案してくださったおかげですね」
私の言葉に荷造りをしていたユリアナが頷く。
アリシアの発言を受けて、カーバニル先生が魔術式研究機関を巻き込み実験をし、入れられる量の違う魔術式を作ってくれた。
おかげでちょっと頑張れば、庶民の手にも届く値段まで下げられるようになったのだ。
ただ問題は、マジックボックスを作っていた職人さん。彼らは普通よりも魔力量が多いからこそ、マジックボックスを作り、それにより高額な報酬を得られていた。
でも新しい魔術式は、入れられる量で魔術式が変わる。つまり、他にも作れる人が増えてしまったのだ。
たくさん入れられるマジックボックスはとても貴重だし、商人からの需要もある。でもそこまで量はいらないけど、一種類しかないなら……と買ってくれていた層は買わなくなってしまうだろう。
売上が減るのは、商売上嬉しくはない。下手すれば職人同士で反発が起きてしまう。
そこで更にアリシアが提案したのが、中流から上流用にお洒落なデザインのマジックボックスを作ることだ。
一般庶民にとっては、荷物が入ればいいと思う人が多いだろうけど、中流から上流ならばデザイン性の良い物を持ちたいと思うはず。
特に今までのシンプルなデザインから、華やかなデザインに変われば新し物好きな人たちは食いつくだろう、と。
そうして差別化すれば、売上がそこまで減ることもない。そう思ってのことだったのだが……これがかなりの人気商品になったのだ。
「意外とみんな新し物好きよね」
「単純に物を入れるだけなら、以前のままでも良いのですけど……やはり、見た目は大事ですよ」
「確かに可愛いものとか、綺麗なものを持ってると嬉しくなるものね」
「それにちょっと値段が高くても、長く使えるのなら十分買う価値はありますし……マジックボックスなら、売ることもできますからね」
「そうね。別のが欲しいとか、量を増やしたい時は持ってるのを売って差額分出せば良いものね」
マジックボックスは余程のことがない限り劣化しない。それ故に、中古品でも買い手はそれなりにいる。デザインの幅が広がれば、中古品の需要もそれなりに広がるだろう。
そんな話をしながら、ラステアに行くための準備を整えていると、侍女の一人がお客様が来られました、と私の元へ知らせに来た。
「今日は、特に約束してないけれど……どなたかしら?」
「ライル様とご一緒にシャンテ様が、そしてアリシア様も到着されたのですが……」
「珍しい組み合わせね。いいわ。部屋に案内して、お茶の用意をしてくれる?」
そう告げると、彼女はスッと頭を下げてライルたちの元へ向かう。私はユリアナに荷造りの続きを頼むと、ライルたちが案内されている部屋に向かった。
***
部屋の中では、ちょっと緊張した面持ちのアリシア。いつもと変わらないライルとシャンテ、アッシュがいる。
最初に比べればだいぶマシになったけれど、未だにアリシアはライルに対する苦手意識が抜けないらしい。
それでもちゃんと話はするし、お互いにちょっとずつ歩み寄ってはいる。とはいえ、二人が結婚するかと言われると、多分無理だろう。
「四人ともどうしたの?」
そう声をかけると、四人の視線が私に集中する。
そしてライルが小さなため息を吐いた。
「え、何!?顔見た瞬間にため息なんて吐かないでよ!」
「いや、まあ……お前が悪いわけじゃないしな……」
「なあに?」
「シャンテは一応、俺の側近候補の一人なのにお前の側にいつもいるから、お前の側近候補みたいに思われてるって話!」
「……こ、今回のラステア行きの話は違うわよ!?お父様が決めたんだもの!!私だって一人で行くと思ってたんだから」
私は口を尖らせると、ライルは父上の決められたことなら仕方ないな、と言いながらソファーに背中を預ける。
その顔はちょっと不服そうだ。
「あ、あのぉ……もしかして、私も陛下が決められたのでしょうか?」
「そうなの。ラステア国との輸出品目の件でちょっとあって……私だけで行かせるより、他の人も行かせようってことになったのよ」
「ラステアの輸出品目に何か問題でも?」
「お砂糖が甘くなりすぎてるのですって」
「砂糖は元々甘いだろ?」
ライル、シャンテ、アリシア、アッシュはポカンとした表情を浮かべる。それはそうだ。一般常識として砂糖は甘いもの。
砂糖が甘すぎることが問題になるなんて普通はない。私だってコンラッド様にラステアの砂糖を味見させてもらわなければ、そう思っただろう。
「ラステアの土地は他の国に比べて魔力量が多いんだよ。そこを魔法石で慣らして、均一な魔力過多の土地にしたら砂糖が今までよりも上質なものになってしまったんだろうね」
急に後ろからロイ兄様の声が聞こえてきて、私は驚いて飛び上がってしまった。
「兄様……驚かさないでくれます?」
「いやあ、ごめんね?」
絶対に悪いと思っていない顔で笑いながら、私の頭を撫でてくる。兄様の後ろでは、ロビンが横を向いて肩を震わせていた。
「もう!絶対に悪いって思ってない!!」
「そんなことはないよ?」
「ロビンだって笑ってるし……」
「ロビンと僕とはまた別だからなあ」
「そうですよ。姫さん、俺とロイ様とは別です。俺は笑い上戸なんです」
「なお悪い!!」
ぷくっと頬を膨らませると、ロビンはまあまあといって私の肩を押しながらソファーに座るように促す。仕方なくそのままソファーに座ると、兄様も私の隣に座った。
「兄上、砂糖が上質になると何か困るんですか?」
「良い質問だね。じゃあ、一般的な上質なものの値段ってどうかな?」
「質の良いものは皆、高いですよね」
「うん。その通り」
「それに上質なものしか作れないと、値段だけ上がって買い手がつかなくなるわ」
「それもあるね」
「でもどうしてもそれしかなければ、その上質な砂糖を買うしかないんじゃないですか?」
「例えば、値段を今までと変えないとかすれば……売れると思うんですが」
確かにその通りだ。それしかないなら、その砂糖を買うしかない。今までよりはちょっと高いけど、本来の質に合わせて値段を上げなければ売れるはず。
「上質なものって、上質であることに意味があるんだよ。同じものでも質が違えば値段が変わる。それはどこの国でも同じだよね?」
「上質な砂糖が本来の値段よりも安く出回ると……他の国の砂糖が売れなくなる、ですか?」
「もちろん全く売れなくなることはないと思うよ?でも質の劣る物を同じ値段で買いたいと思うかい?」
私たちは皆、首を振った。
上質なもので慣れてしまえば、質の悪いものをわざわざ買おうなんて思わない。特に質の悪いものと、良いものの値段に差がなければ尚更だ。
「例えば、ラステアで砂糖が取れなくなったとしよう。その時に質の悪い砂糖は市場に残っているかな?」
「誰も買わなければ……作らなくなってしまうと思います」
「その通りだね」
「だから、わざわざ質を落とすんですか?」
「というよりは、混ぜて元に戻すと言った方が良いかもね」
「あ、そうか。ラステアは元々魔力が豊富な土地だけど、場所によって違うから砂糖の質も本当は場所によって違ってた……とか?」
私がそういうと、兄様はにこりと笑った。どうやら正解だったようだ。
増やしたり、減らしたり、はできてもラステアのように魔力が豊富な土地だと完全に枯らすことは難しい。
土地の魔力は自然発生しているから、人工的に魔力過多にした以外は、土地の魔力が自然に抜けるのを待つしかないのだ。それはきっと何十年もかかる。
「上質な砂糖が安く手に入るのは嬉しいけど、それだけじゃダメってことですね」
「そうだね。誰だって上等なものが安く手に入れば嬉しいだろうけど、その質に見合う対価は必要だよ」
「でもそれでなぜアリシア嬢やシャンテが一緒に行くことになったんです?」
「それはねえ……男親ならではの複雑な心境なんだと思うよ」
「男親ならでは……?」
ロイ兄様の言葉にアリシアとシャンテは私を見た。見られた私は首を傾げる。
一体どうしたというのだろう?
「な、に?どうしたの?」
「ほらね、こんな感じだから……ライルだって双子にそんな話が来たら嫌だろ?」
「ロイ兄様?双子がどうしたの?」
「あー……あーなるほど。確かに」
「ライル?」
「問題は姫さんが理解してないってことっすね」
「ロビン?」
「姫様らしくて良いかと」
「そ、そうですよ!きっと、そのうち……はい」
「シャンテ?アリシア?」
何がいいたいのかよくわからず、何もいってこなかったアッシュに視線を向ける。するとアッシュはニコッと笑うと、サッと顔を背けてしまった。
なぜだ!!
「……そういえば、ルティアの結婚観を聞いたことがなかったなあ」
急に話題を変えられて、私は胡乱げな目で兄様を見てしまう。何かを誤魔化そうとしてないだろうか?
「私の結婚観?」
「結婚願望的な?」
「結婚願望って……王族の一人だもの。お父様が決められた相手と結婚するんじゃない?」
「え、姫さん意外とドライな……」
「だって普通に考えてもそうでしょう?姫、だもの。何かあれば他国に嫁ぐだろうし、そうでなければお父様が誰か適当に見繕ってくれるものじゃない?」
「そ、そんな!!恋愛結婚とか!!ないんですかルティア様!!」
アリシアがひえっと悲鳴をあげる。私はそんなのないわよ、というとライルとシャンテも驚いた顔をして見せた。
「いや、でも……父上とカロティナ様は恋愛結婚だろ?」
「そうですよ。それにうちだってそうですよ?」
「私のうちもです」
「それってたぶん……ものすごく稀な例が揃っているだけだと思うわ」
普通の王侯貴族は家の結びつきだとか、諸々の事情で結婚をする。恋愛結婚なんて、本当に稀なことなのだ。
でもお父様だけでなく、シャンテとアリシアの家もそうだったとは……
「ルティアは普段あれだけ自由にしてるから、そんな風に考えてるなんて思いもしなかったよ」
「私だって一応、王族の一員だって自覚ぐらいあるわよ?」
「良いと思うけどね。恋愛結婚でも」
苦笑いを浮かべる兄様に、私はなぜそこまで恋愛結婚推しなのかと疑問だけが残った。
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