第103話 閑話 親達の密談 4


「————それでは、はじめるとしよう」


 ファティシア王国、国王アイザック・ロベルト・ファティシアの一言で執務室に集まっていたメンバーは小さく頷いた。


 執務室内には、宰相カルバ・ハウンド、正妃リュージュ、そして司法長官のピコット・ロックウェルと騎士団長のリカルド・ヒュースが集まっている。


 魔術師団長のアマンダ・ロックウェルは育休中のため、本日は不在だ。とはいえ、本人は大人しく家にいるわけではないが……


「それで、まだトラット帝国から招待状は来ていないんだな?」

「まだだ」

「そろそろではあるでしょうが……」

「そうですね。移動する期間を考慮しても、そろそろでしょう」

「来たらどうするんだ?」

「下手に断ると、角が立つところが困るんですよね」


 カルバの言葉にアイザックは頷く。かといって向こうの希望通りにルティアを送り出すわけにもいかない。


「一応、食糧支援をしているのですから……あまり強く言ってこれないのではないでしょうか?」


 ピコットはもしもの時は、支援を引き上げればよろしいのでは?とアイザックに提案する。


 前回、レナルド皇太子が滞在中に決まった食糧支援。

 もしもファティシアに無茶な要望をするのであれば、これを停止すると通告すれば帝国側も強く出られないと思ったのだ。


「それは最終手段だな。食糧支援は、彼の国に従属化された国への支援でもある。疫病が流行っている状況で支援を引き上げれば、事情を知らない民から恨まれかねん」

「逆にファティシアを攻める口実ができると思うかもしれませんね」

「なるほど。一筋縄ではいかないのですね」


 最初から食糧支援を断ればよかったのだろうが、難民が大量に周辺諸国に押しかけても困る。その中には病に感染している者もいるだろう。

 ファティシアではポーションで抑えることができるかもしれないが、他の国はそうもいかない。


 難民から病が広がれば、難民は虐げられるだろう。更には、病で国力の下がったところをトラット帝国に狙われるかもしれない。

 そんな思いもあり、アイザックは食糧支援を決めた。


「フィルタード派はルティア姫をトラット帝国に行かせたがるだろうし、下手に断ることもできないと難しいな」

「ルティア姫がいることで、ライルの地位が脅かされるとでも思っているのでしょうか?」

「表向きは継承一位のままなのに、ですか?」


 継承一位のライルは当然ながら、フィルタード派から支持を受けている。

 フィルタード派は王宮内でもかなりの派閥力を持っているのだから、そこまでルティアを邪魔者扱いする必要もない。


 それこそ三番目、と呼ばれていたルティアを脅威に感じるとは思えないのだ。

 むしろ長兄であるロイの方がライルのライバルとなり得よう。


「ルティアは気にしていないけど、ルティアの功績をライルのものとして喧伝しているのも気になるな」

「しかもそれを聞いたライル殿下が訂正して回ってるらしい」

「本人としては嫌でしょうけど、今は大人しくしていた方がいいのではないでしょうか?」

「今のライルにそれは難しいな。あの子は本当に変わったから」

「そうですね……あの子は変わりました」


 良き方へ変わった。それはとても嬉しいこと。しかし、真っ直ぐなだけではダメな時もある。多少なりともはぐらかすことは必要なのだ。例え、自分の意思とは違うことを言われていても。


 ライルの真っ直ぐな気性を逆手にとって、罠にかけられたら……と思うと気が気ではない。それぐらいにリュージュは自らの実家であるフィルタード家を警戒していた。


「—————そういえば、息子から姫様に無礼な態度をとった伯爵令嬢がいたと聞いているのですが」


 そう言ってピコットはシャンテから聞いた話を語って聞かせる。あまりにもふざけた内容に、皆、眉を顰めた。


「その、伯爵令嬢は何を勘違いしているんだ?」

「王族よりも偉い伯爵令嬢とはな……」

「そういえばルティア宛にクレモンテ伯爵から手紙が来ていたけれど、あれは謝罪の手紙だったのか」


 アレはそういう意味だったのか、とアイザックはため息を吐く。ルティアは終わったことだと何もいってはこなかったが、情報共有してくれなければ何も対処できない。


「姫様は何も言わなかったんだ?」

「もう少し、頼ってくれても良いのだが……自分でなんとかできると思うと頼ってくれないのは、彼女に似てしまったな」

「……申し訳ございません、陛下」

「リュージュ、君が悪いわけではない。フィルタード派の行動を完全に制御するのは君にだって難しいことだ」


 そういってアイザックは苦笑いを浮かべる。

 リュージュはその言葉に俯いた。実家の不徳は自らの不徳でもある。そう考えているリュージュは、今の状態がとてももどかしい。


「いっそのこと、正妃を辞められればいいのですが……」

「そんなことをされては、王宮内が混乱しますよ」

「ええ、わかっています。無理なことは……それにマリアベル様のお命まで狙われてしまうでしょう。父や兄はそういう人間です」


 リュージュは自らが王太子妃に決まるまでのことを思い出していた。あの時も、不慮の事故や病で辞退する令嬢が何人かいたはず。


 フィルタード家はなんとも業の深い一族だ。


「フィルタード家を追い詰めるにはまだ材料が足りませんね。それに向こうについている貴族も多い」

「確かカナン侯爵家もフィルタード派でしたね」

「あー新しくなったところか……」


 海沿いの領地を持つカナン侯爵家は海運業で栄えてきた。商人から貴族になり、更には侯爵へと上り詰めた一族だ。誰に付くかは損得勘定で決めてしまう。

 実に商人らしい、考え方である。


「ファーマン、ローズベルタ、クリフィードは単独で派閥らしい派閥をつくらないが、カナンは違うようだな」

「元が商人ですしね」

「利益があると思えば同じ侯爵家でも派閥に入る、か……なかなか困りましたね。新興の侯爵家というのもあるのでしょうが」


 フィルタードとカナンという二大侯爵家に手を組まれると、それに擦り寄る貴族もさらに増える。悲しいかな、権力が集まる場所にはおこぼれに預かろうとする者が多くなるのだ。


 特に、アイザックが兄であるフィラスタから受け継いだ政策は、やましいことのある貴族たちにとってみれば迷惑極まりないものであった。

 大きな派閥が相手になると、法案を通すのも難しい。例え残りの侯爵家が組んだとしても、相手側から引き抜くのは容易ではないのだ。


「彼らが一斉に声を上げると、ルティア姫の立場は悪くなりますね」

「そうだな。トラット帝国と組んで損はないと考えているだろうし」

「実際には損の方が多いですけどね。搾取するのが得意ですし」


 アイザックとしてはルティアをトラット帝国に送り出し、人質に取られてしまうことが一番恐ろしい。


「何か、いい方法はないかな。効率よく断れる理由が……」

「疫病を理由にあげるにも、こちらにはポーションがありますし、それがあれば大丈夫だろうと言われると断りづらいですね」

「それだと、帝国にポーションを融通しろといわれないでしょうか?」

「同時にいわれそうですね」


 頭が痛い問題ばかりだ、とハウンドは眉間に皺を寄せる。

 ルティアがファティシアにもたらした成果は、国を豊かにもしたが、それ故にルティア本人に付加価値が付いてしまった。


 お人好しの姫であるなら、帝国に連れてくれさえすれば、なんでもするだろうと思われている可能性が高い。

 実際、ルティアが貧困に喘ぐ人たちを見捨てられるかといえば難しいだろう。


 何かいいアイデアはないかと悩んでいると、控えめなノックが部屋に響いた。

 顔を覗かせたのは侍従長だ。


「侍従長、余程の急用でない限りは人払いを頼んだはずだが?」

「申し訳ございません。ラステア国のコンラッド王弟殿下がお見えなのです」

「コンラッド殿が?」

「はい。お話ししたいことがあると……」


 部屋の中にいたメンバーはそれぞれ顔を見合わせ、今日のところは解散にしようとアイザックに提案した。


 どのみち今のままでは断るための理由も思い浮かばない。ルティアの体が多少でも弱ければ、体調を理由に断れるだろうが……如何せん彼女は健康優良児。ポーションと相まって、体調不良を口実にすることはできないのだ。


「わかった。コンラッド殿を案内してくれ」

「承知いたしました」

「では陛下、我々はここで」

「そうだな」


 そう話していると、侍従長が直ぐにコンラッドを連れてきた。


「お久しぶりです陛下、皆様も」

「ああ、久しぶりだね」


 コンラッドはにこりと人好きのする笑みを浮かべると、相談したいことがあると言いながらラステア国、女王ランカナの印が入った手紙をアイザックに手渡す。


 アイザックはその手紙にザッと目を通すと、驚いて目を瞬かせた。


「砂糖は……ラステア国の輸出品目の中でも上位のものだったと思うが?」

「ええそうです」

「それなのにうちにサトウキビの苗を提供して、共同で管理したいというのか?」

「はい」


 アイザックはマジマジとコンラッドの顔を見る。カルバは、失礼、と声をかけアイザックが持っている親書をのぞき見ると、驚いた表情を浮かべた。


「本当に、よろしいんですか?」

「ええ。そこに書かれている通りです」

「しかし、それではそちらに旨みがないと思うのですが……魔力過多の畑は魔力量を調整できるはずですし」

「どうやら、元々の土地が原因らしいので」


 そういってコンラッドは、魔法石でも元々の土地にある魔力量は減らしきれないのだという。


「我が国としてはもちろん、願ってもいない申し出だが……」

「それならよかった。これでルティア姫を我が国へ留学に出していただけるでしょうか?」

「え?」

「姉の親書にそう書かれていませんか?」


 コンラッドに問われ、アイザックはもう一度、手紙の内容を確認する。

 確かに最後の方に、ルティア姫をラステアへよこして欲しいと書かれていた。アイザックはしまった、と内心で舌打ちをしたが、それでも帝国へルティアを行かせるよりは余程いい。


「————ラステアでは、トラット帝国の動きを把握しているのかな?」

「さて、どうでしょう?」


 コンラッドは軽く肩を竦める。

 しかしそうでなければ、こんなタイミング良く、ルティアをラステアへ留学させたいと言ってこないはずだ。もしくはこの状況を伝えた誰かが、ファティシアの側にいるか……


 アイザックは一人だけ思い当たる人物の顔を思い浮かべる。


「ルティアを……ラステアへ送るのは問題ない」

「ありがとうございます」

「だが、ルティアだけを送るわけにはいかない」

「それはもちろん、他の方も来て頂いて構いませんよ?」


 コンラッドの表情は崩れない。想定済み、とでもいうように頷くだけだ。


「ロックウェル司法長官、シャンテを借りても良いかな?」

「息子を、ですか?」

「あとファーマン侯爵にも使いを。アリシア嬢も一緒に向かわせる。それとクリフィード家にも。砂糖を共同管理するなら、あそこが一番適しているだろう」

「こちらとしても問題ありません」

「そう言ってもらえると助かるよ」


 苦笑いを浮かべながらアイザックはペンを走らせる。

 ラステアのランカナ女王が、ルティアを気に入って側に置きたがっているのは知っているが、まさかここまで直接的な手を打ってくるとは思わなかった。


 それほどまでに弟の妻に欲しいのか……父親としては複雑な気持ちが湧き上がってくる。

 しかしそれでも帝国へ送るよりも、ラステアの方が断然良い。

 それに留学ならば、先に出発した方が勝ちになる。帝国から使者が来るよりも早く送り出さねば。すでに出発した後であれば、帝国も文句はいえまい。


「侍従長、ルティアを呼んできてくれ」

「承りました」


 内心でため息を吐きながら、アイザックはルティアが執務室にやってくるのを待った。

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