第102話 苗を植える、そして旅立ちの日を決める


 サトウキビとは砂糖の原料となる植物である。

 そしてファティシアでは育てるのが少し難しい植物だ。


 ラステア国は南の温暖な国で、冬場でも暖かい。だからこそサトウキビを上手く育てることができる。でも今は魔力過多の土地を人為的に作り出せるので、多少気温が低くても、ファティシアで育てられるはず!


 私はコンラッド様が持ってきた苗をベルと一緒に畑を均し、魔力の濃度を変えつつ植えていく。魔力の濃度を変えるのは、砂糖の糖度を見るためだ。


 ラステアでの濃度を参考に徐々に減らして4パターンの畑を作ってみた。苗の本数がそんなにないので畑の規模は小さめ。だからこそできることでもある。


「これでちゃんと育てば、お砂糖になるんですね」

「一応、日照と水やりに気を付けてもらえば、魔力過多の畑なら大丈夫だと思うよ」

「天候はしばらく大丈夫かと。それと、水は豊富な方が良いのでしょうか?」

「うん。たくさん太陽を浴びて、水も豊富にある方がいいね」

「なるほど……王都周辺とラステア国での気温差、日照条件が気になりますね」

「うちは気温が常に高いからなあ。雨季は結構雨が降るし」


 コンラッド様とベルの会話を聞きながら、そういえばラステアの人々はファティシアやトラット帝国のようにドレスではなく、独特の衣装を着ていたな、と思い出す。


 何度か着せてもらったことがあるが、アレは着やすくて暑さもしのぎやすい。慣れてしまうと、コルセットを身に着けたくなくなるほどに。

 ただ、ランカナ様ぐらいになると、豪華に着込むことも多いそうで……その分、衣装が重いそうだ。


「お砂糖、いっぱいできるといいなあ」

「うーん……これだけだと、たぶんそんなに量は取れないかも……」

「そうなんですか?」

「3mぐらいにはなるんだけどねえ。茎の中にずいって呼ばれる部分があってね、それから水分を搾り取るんだ。で、煮詰めて砂糖にする」

「つまり、煮詰めていく過程で少なくなると……」

「そう」


 こくり、と頷かれ、私は目の前の小さな苗が3mものサイズになったところを想像する。自分の身長よりもはるかに高くなったサトウキビ。そんなに大きくなるのに、取れる量は少ないのか……


「茎がね、竹みたいになるんだよ」

「タケ……?」

「うちに来るとすっごい背の高い植物あるの覚えてる?葉っぱで遊んだことがあったよね」

「あ、あの細い葉っぱのいっぱいついてる木ですか?」

「そう、それ」


 タケは確か中が空洞だった気が……というと、コンラッド様はその中に髄と呼ばれる部分があるのだと教えてくれた。タケと似てるけど、ちょっと違うらしい。

 どう育つのか今から楽しみだ。


「さて、あとはベルに任せるとして……俺も陛下に謁見をお願いしにいかないといけないから、先に王城に行ってるね」

「あ、そうですね!たぶん今の時間なら、執務中かと思うので。コンラッド様なら平気かと」

「大丈夫。急に来たわけだし、待たされたとしても平気」

「お砂糖のことですし、喜んで時間を取ってくれると思いますよ?」

「そうだといいなあ」


 コンラッド様はそういうとカッツェに乗って先に王城に行ってしまった。


「いいなあ……私も龍に乗りたい」

「ルティア様は馬だけでなく龍にも乗りたいのですか?」

「うん。龍に乗れたら格好いいじゃない?」

「うーん……荷物はたくさん運べそうですよね」

「大き目のカバンをマジックボックスに加工して、両脇に下げればかなりの量が運べるわね」

「でもまあ、その為には調教師も必要ですよね」

「そうね。いるわね……」


 ファティシアには残念ながら龍騎士隊はない。近隣の国で龍騎士隊を持っているのはラステアと、レイラン王国のみ。龍を調教するのが大変なのと、そもそも龍の生息域が近くにはないのだ。


 レイラン王国だってそこまで規模が大きいわけでもない。龍に守られた国といわれるラステアだからこそ、普段から龍が見られるのだ。


「ルティア様、まだサンドイッチとリンゴのケーキがありますけど、どうされますか?」


 リーナの声に私は食べてから戻ると伝える。

 どのみち日程を決めるのは、お父様とコンラッド様の話し合いが終わってから。直ぐに王城に戻ったところで手持ち無沙汰になるだけだ。


「魔力も使ったし、お腹ペコペコ」

「お茶も入れなおしますね」

「ベルも一緒に食べましょう?」

「それじゃあ、その、少しだけ」


 さっきとは違い、今度は誘っても断られなかった。






 ***



 結論から言えば、私のラステア行きは即採用された。


 お父様たちも、レナルド殿下から招待状が来た時に断る理由を考えていたらしい。

 外交的に皇太子であるレナルド殿下の誘いを断るのはちょっと角が立つ。

 でも下手にファティシアの人間をトラット帝国に送り、道中誘拐でもされたら困る。


 特に私が誘拐されたら————確実に戦争問題に発展するだろう。


 レナルド殿下は皇太子の地位にいるけれど、トラット帝国は一枚岩ではない。

 彼を引きずり降ろそうと、手ぐすね引いている人間だって大勢いるのだ。そんな人たちにとって、ファティシアから来る『姫』は格好の餌になる。


 行きも帰りも不安しかない道中を考えれば、ラステアと共同事業をする関係で短期留学中とした方が余程いい。

 その為には早々にラステアに行く必要がある。なぜならまだ招待状は届いていないからだ!!


 王城に戻って早々、執務室に呼び出された私は、お父様とハウンド宰相様、そしてコンラッド様との会話に耳を傾ける。


「招待状が届いてから行きました、よりも届く前からいなかった、の方が使者に対しても失礼がないと思うのですが」

「経験上、向こうの使者は皆、高圧的ですから……いるのに出せないというよりは、最初からいないといった方がよいかと。いない者は出せませんしね」

「そうだな。いない者はどうしようもない」


 そういいつつ、それぞれに頷く。そう。いない者はしょうがないのだ。いないんだから。


「……そうなると、私はすぐに荷造りした方が良いのかしら?」

「そうですね。できるだけ早く、出立された方がよろしいかと」

「となると、一度、国に帰って用意をしてから迎えに来ればいいかな?」


 コンラッド様の言葉にお父様とハウンド宰相様が顔を見合わせた。そして小さくお父様が咳をする。


「いや、馬車で移動させた方がいい」

「龍の方が早いですよ?」

「それだと行って直ぐ帰ってこれると証明してしまうだろう?」

「ああ、そうですね。ラステアにいるなら手紙でも送って直ぐに帰ってくるように呼び寄せろ、と言われかねないか」

「行きも帰りも馬車であれば、往復の時間がかかりますから。その間にパーティーは終わってますね」

「それでも来いといい出しかねないが、その時はその時で考えよう」


 他国の使者がそんな高圧的な態度をとるのは物凄い問題だと思うけど、トラット帝国の傍若無人ぶりを考えると絶対にないとは言い切れない。

 トラット帝国は小さな切っ掛けを大きな事態に変えてしまうのだ。できるのならやれ、やらないのはトラットに対する反逆か、と。そんな気がなくてもいいだす。


 現状、トラット帝国がファティシアに喧嘩を吹っ掛けることはないだろう。ファティシアの友好国である、ラステアも引っ張り出しかねないからだ。

 でもこれも絶対じゃない。


「トラット帝国は従属化した国で疫病が流行ってるからね。ファティシアやラステア、それにレイランも彼らにとっては欲しい国だ。豊かな国から、食料を奪い取りたい」

「でも……レナルド殿下がうちから食料を買い取っているのでしょう?」

「レナルド殿下の治めてる領地だけに行き渡ってるらしい」

「レナルド殿下の治めている領地だけ?」

「他の兄弟たちは施しは受けないと突っぱねたらしいのです」


 それって自分の治める領地の人間のことを何も考えていないんじゃ……例え嫌いな相手でも、同じ国の人間同士ある程度の妥協は必要なはず。

 そうしなければ民にどんどん死者が出るだろう。


「無駄にプライドが高いと、国民は苦労しますね」

「それだけで食事はできないんだけどね」


 お父様とコンラッド様はお互いに頷きあった。


「ひとまず、コンラッド様には先に戻っていただいて……直ぐに姫殿下に後を追ってもらいましょう」

「それじゃあ明日にも発つの?」

「流石にそこまでは難しいですね。信頼のおける者を選抜しなければいけませんし」

「準備してる間にレナルド殿下からの使者が来ないといいわね……」

「まだ誕生日まで間がありますから……あと、姫殿下だけに行ってもらうのも色々と障りがあるので、アリシア嬢とシャンテも同行させましょう」

「え?」


 私は意外な言葉に首を傾げる。

 今までも一人で行ったことはあるし、今回も一人で行くと思っていたからだ。それに障りがあるってどういう意味だろう?

 お父様に視線を向けると、サッと逸らされてしまった。コンラッド様を見ると苦笑いを浮かべている。


「直ぐに二人に使者を出します。あと、途中にあるクリフィード侯爵にも連絡を入れましょう。誰か信頼のおける者を選出してもらわねば」

「クリフィード侯爵にも?」

「ファティシアで砂糖を作るならクリフィード侯爵領が一番条件に適してますからね。場所も近いので共同作業する場所も作れますし」

「そっか……あんまり遠いと運ぶのも大変だものね」


 今回に限ってはどこでもいい、というわけにはいかないようだ。確かに共同で作業をする場所から離れていたら、輸送コストがかかってしまう。


 あと道中で中身を抜かれてしまうことだって考えられる。

 ないとは思いたいけど、作る人、仲介する人、それを運ぶ人、道中の関所にいる人、と関わる人が増えれば増えるほど、不正をしやすい環境ができてしまうのだ。


 どれだけ法を整備しようとも、国民全員が善良な人間ばかりはない。


「幸い、クリフィード侯爵は姫殿下やラステア国に好意的です。快く頷いてくれるでしょう」

「それはありがたいな」

「ライラさんたちに会えるのが楽しみだわ」

「確か……双子と同じ歳の子供がいるんだったね」

「ええそうよ。向こうの方がちょっと先に生まれてるの」

「そのうち、双子の遊び相手に呼んでみようか?」


 お父様の提案をまだ小さいし、もう少し大きくなってからで良いんじゃない?といって止める。

 クリフィード侯爵が健在だからか、ファスタさんもライラさんも社交シーズンに王都へ来ていなかった。きっと領地でのびのび子育てをしているのだろう。


 それなのに小さい子を親元から引き離すのは可哀想だ。貴族社会的には名誉なことかもしれないけど……


「そうしたら来年の社交シーズンかな。連れてきていたら話をしてみよう」

「それがいいと思う。今はライルお兄ちゃんにたくさん遊んでもらえばいいのよ」

「ライルも来年はカレッジにはいるしね」


 きっと今までのように遊んであげられなくなるだろう、とお父様はいう。私としてはそれでも遊びに行くんじゃないかな?と思っているけど。

 本当に双子にメロメロなのだ。


「それでは話がまとまったところで、俺は直ぐにラステアに戻ります」

「申し訳ない。こちらの事情で……」

「いえ、問題ありませんよ。それに砂糖の件はこちらも助かりますしね」

「そういってもらえると、助かるよ」

「ではルティア姫、ラステアでお待ちしてます」

「はい。直ぐに追いかけますね」


 いつもよりも大所帯になりそうだけど、それもまた楽しい。

 とんぼ返りしてしまったコンラッド様を見送り、私は自分の宮へと急いで戻った。









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