第101話 来訪の理由 


 四阿あずまやではリーナが手際よく、お茶の準備をしていた。


「ベル!一緒にお茶にしましょう!!」


 大きく手を振って声をかけると、ベルからは終わらせておきたい仕事がある、と断られてしまう。

 ベルは私からコンラッド様に視線をうつすと、ちょこんと頭を下げた。心なしか……肩が震えている気がする。


 ベルがいてくれたらさっきのことを話さなくてすむと思っていたが、どうやら私は見捨てられてしまったようだ。いや、さっき叫んでいたのをベルも聞いていたはず。

 きっと、また私が何かやらかしたと思ったに違いない。


 ぐぬぬ、と内心で思いつつ、私は小さなため息を吐く。


「さ、ルティア様、お茶が入りましたよ」

「……ありがとう、リーナ」


 先に座っているコンラッド様の正面に、私のお茶が用意されている。丸テーブルだから当然なのだが……うん。これはもう、あきらめよう。あきらめて、笑われよう。


 重い足取りで椅子に座る。

 正面ではニコニコと笑っているコンラッド様。思わず視線をそらすと、小さな笑い声が聞こえてきた。


「それで、どうして穴に叫んでたの?」

「そ、それはですね……」

「それは?」


 問いかけてくる顔がわずかに笑っている。


 言いたくない。確実に笑われてしまう。それはなんだか恥ずかしい!しかし隠し通せるほど、私は上手くはぐらかすことはできないのだ!!

 ————ここは正直に話すべきなのだろう。だけど!笑われるとわかっていて、話したいわけではないのだ!!


「……笑いません?」


 チロリと上目遣いにコンラッド様の顔を見上げる。コンラッド様は「もちろん」と請け合ってくれた。笑われないのなら、話してもいいかも……


 そう深く考えず、私はカレッジで起こったことと、それが原因で穴を掘って叫んだのだとコンラッド様に伝える。

 でも伝え終わった後の、コンラッド様の少しだけ渋い表情を見て、私は伝えるのではなかったな、と……後悔したのだった。


「あの、その……ファティシアの貴族たちが、そんな風にラステアのことを思っているわけではないのです。その令嬢はちょっと、その、特殊なタイプであったので」

「まあ、龍と一緒に生活している国と、魔物におびえて暮らしている国とでは捉え方は違うからね」


 そんなことを考える人がいるのも珍しくはないよ、とコンラッド様はいう。つまり今までも同じようなことがあったのだ。やっぱり伝えるのではなかった。


「でも、私は許せません。あんなに……あんなにっっ!!恰好良いのにっっ!!」

「ルティア姫は……ものすごく、龍が好きだね」

「はい!大好きです!!」


 あのツヤツヤとした触り心地も、大空高く飛べるところも、ちゃんと私の話を理解してくれるところも、全部全部、すごいし素敵だ!

 その良さがわからないのは残念としかいいようがない。しかしこればかりは個人の好みの問題。無理に好きになってということはできないのだ。残念ながら。


「……カッツェがうらやましいなあ」

「どうしてですか?」

「ルティア姫にものすごく好かれているからね」

「コンラッド様も好きですよ?」


 そういうと、カシャンと何かが落ちる音がする。音のした方を見れば、珍しくリーナがティーポットの蓋を落としていた。


「リーナ、大丈夫?」

「は、はい。大丈夫です……」


 なんとも歯切れの悪い言い方に、私は首をかしげる。コンラッド様に視線をうつすと、コンラッド様は何ともいえない表情を浮かべていた。


「————ルティア姫、ちなみに何番目かな?」

「えっとぉ……」


 指を折りながら数える。

 家族が一番、二番目はアリシア、三番目はユリアナやロビン、リーナ、私の宮で働いている人たち……どんどんと指が折られると、コンラッド様はしょんぼりし始める。


「……ルティア姫には大事な人がたくさんいるんだね」

「はい!みんな大事です!!」

「そっかあ……ええっと、カッツェと俺とだと、どっちが上かな?」

「カッツェとですか?」

「そう」


 なぜカッツェと比べるのか?コンラッド様はコンラッド様だし、カッツェはカッツェだ。人と龍は比べられない。


「どっちも、好きですよ……?」


 そう答えると、そっかあと呟いてからコンラッド様は少しだけ項垂れた。どうして項垂れてしまったのか?理由がわからなくてリーナに視線を向ける。


 するとサッと視線を逸らされてしまった。なぜだ!


「まあ、うん。その話は置いておいて……ルティア姫が穴に叫んでいた件だけど」

「あ、はい。まずいですよね。やっぱり」

「まずいというか、招待状が来た時に困るんじゃないかな?」

「————招待状?」

「そんな話があったよね?」


 コンラッド様にいわれ、そういえば誕生日パーティーの招待状を送るとか何とかいっていたな、と思い出す。できればずっと忘れていたかったが。


「ありましたね。そんな話が」

「カレッジで彼の名前を出してしまったから、行かないとなるとそれなりの理由が必要になるんじゃないかな?」

「そう。そうですよね……」


 名前を出す、ということは、レナルド殿下と私との間に、親密な関係があると思われるだろう。

 それなのに誕生日パーティーに招待されて行かないのは如何なものか?とフィルタード派の貴族にいわれる。絶対に!


フィルタード派の貴族たちは私をどうしてもトラット帝国にやりたいのだ。それはもうネチネチと!私がトラット帝国に行くというまで言い続けるだろう。


「あああああ……私のバカああああっっ」


 どうしてもうちょっと考えてからいわなかったのか!!自分で自分の首を絞めてどうするのだ!!情けなくてため息が出る。


「ルティア姫、物は相談なんだけど……」

「……はい?」

「ラステアに短期留学をする気はないかな?」

「短期、留学……ですか?」

「そう。短期留学。彼の誕生日はわかっているから、それより前からラステアに短期留学していれば、断るなり、代理人を向かわせるなりすればいいと思うんだ」

「でも、それはラステアに迷惑が掛かりませんか?」


 トラット帝国との仲が悪くならないだろうか?と考えてしまう。

 今のラステアとトラットは程々の距離感で付き合っている。そこにわざわざ火種を持ち込む必要はない。


「そこでサトウキビだよ」

「へ?」

「サトウキビの精製方法を学んでもらおうと思ってね」

「それはもちろん、うちとしてはありがたい話ですけど……まだサトウキビを育ててもいないですし」

「だからだよ。畑の面倒はベルが見てくれるだろ?で、戻ってきた時にはサトウキビは収穫できる段階だと思うんだ」

「えっと、収穫したサトウキビはラステアに持ち帰らないんですか?」

「ここでちゃんと育つならそのまま、苗を輸出品目にすればいいだけだからね」


 そうか。サトウキビの苗を輸出品目に入れれば、砂糖に代わる輸出品になるだろう。


「でも砂糖が甘いんですよね?」

「そう。砂糖が甘い。甘すぎるのは困るから、こっちで育てる時はあまり魔力過多になりすぎない畑で育てたらいいんじゃないかな。それでうちの砂糖とファティシアの砂糖を混ぜればちょうどよくなると思うんだ」

「その勉強をしに私がラステアに行けば、トラットに行く必要はない……ってことですね?」

「ファティシアに新しい作物を広めるには、まず初めにで栽培してから広めているだろ?」


 確かにその通りだ。私が試しに作ってみて、その後は特産品がまだない土地に持って行き育ててもらう、を繰り返している。

 そうすれば働き手も必要になるし、特産品もどんどん増えていくし、良いことずくめなのだ。


「今の時期にサトウキビを持ってきたのはだし。砂糖や塩、それに香辛料を嫌がる国はないからね」

「苗の方が同じ値段でも多く仕入れられますもんね」

「それに、あとで混ぜるなら二国間で協議して苗の値段を更に下げることも可能だよ。砂糖を共同管理することになるだろうし」

「なるほど……」


 甘すぎる砂糖は今までと勝手が変わってしまい、困ることも出てくるだろう。でも混ぜることで、今までと同じ品質に保てるならその方がいいはずだ。

 ファティシアにとってみれば願ってもいない申し出になる。


「でも本当にうちで大丈夫ですか?」

「むしろファティシアじゃないと難しいんじゃないかなあ」

「どうしてですか?」

「安定して同じ魔力過多の畑を作れるから。国によって土地に残る魔力量は違うからね。それを均一にできるのはファティシアの魔術式が優秀だからだよ」


 ラステアはそもそも土地に魔力が多すぎるのだ。

 それをうまい具合に減らして調節するのは難しいらしい。魔力過多の土地を作る方が、はるかに楽なのだと教えてもらったことがある。


「それではお父様に相談してみます!」

「俺の方も姉上から書状をもらってきてるから、あとで一緒に行こうか」

「はい!」


 コンラッド様の言葉に頷くと、コンラッド様はにこりと笑う。

 私もつられるように笑うと、サトウキビの苗を植えるべく行動を開始するのだった。







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