第100話 モブ王女、反省する


 例の一件から数日経った。


 カレッジでの出来事が父親であるクレモンテ伯爵に伝わり、リリア嬢は即日領地へ戻されたようだ。

 最後まで文句を言っていて、本人は反省の色を見せなかったようだけど……クレモンテ伯爵自身はそこまで愚かではなかったらしく、お父様経由で謝罪の手紙をよこしてきた。


 私は手紙の中身をチラ見しただけで、机の奥にしまい込む。

 彼女がああなった原因は、彼女の家族にある。どうしても上辺だけの謝罪にしか思えなかったのだ。


「……はあ」


 自室のベッドの上に寝っ転がり、小さなため息を吐く。


 彼女がカレッジを辞める原因は彼女の責任だし、私には関わり合いのないことだけど、それでもあの時、頬を叩き返さなかった自分に少しだけがっかりした。


「……やっぱり叩き返せば良かったかしら?」


 向こうが先に叩いてきたのだから、正当防衛だ。身分だってこちらが上だったのだし、やり返したところで文句は言われなかっただろう。


「でもダメよね。同じ土俵に上がってたら意味ないわ」


 枕を抱き抱えながらゴロン、ゴロン、とベッドの上を転がりながら考える。


 彼らが私を馬鹿にするのは継承順位の低さだけなのか?それともお母様の実家であるレイドール伯爵家が権力に興味がないから?

 なんだかどれも王族を馬鹿にするには決定的なモノにかける。


 そこまで馬鹿にされるようなことはしていないのにも関わらず、だ。権力に興味がなく、後ろ盾がなくても良いじゃないか。

 フィルタード派が権力に執着しているのなら、その方がずっとやりやすいはず。それなのに彼らの行動はどうもチグハグしている。


 まるでライルが悪く言われることを望んでいるかのよう。


 今の状態では、ライルを支える貴族たちは選民思想の持ち主で、王族を軽んじていると思われても仕方ない。

 お父様が健在な今、ライルを王位につけるのに不利になると思う。


 そして何より、一番腹が立ったのはラステアを馬鹿にされたこと。


「……やっぱり叩き返せば良かったわ」


 ラステアはとても素敵な国なのに!!龍だってすごく格好いいのに!!空だって飛べるし、炎や水、土を扱う龍もいる。

 とても利口で良い子たちなのだ。あとやっぱり格好いい!!


 新しい作物も、ポーションもラステアからきているのに、どうして野蛮な国だなんて言えるのか!


 思い出すとぽこぽこと怒りが湧いてくる。枕をバフンバフンと叩いて、更にゴロゴロとベッドの上を転がっていくと、そのまま床に転げ落ちた。


「うぅぅっ〜〜〜もうっ!ダメだわ!!」


 痛む体を無理やり起こし、畑で作業する服に着替える。こんな時は部屋に引きこもるより、体を動かした方がずっといい。

 ベッドルームから飛び出してきた私に、隣の部屋にいたユリアナが苦笑いを浮かべた。


「————元気は出ましたか?」

「元気は元気だけど……でもまだ腹が立ってるのよね!」

「そうですか」

「だから体を動かしてくるわ!」


 今にも飛び出しそうな私を椅子に座らせて、ユリアナは手早く私の髪をまとめてくれる。畑で作業をするからか、今日はハーフアップではなくポニーテールだ。


「ルティア様、畑に行かれる前にキッチンに寄られてはいかがです?」

「キッチン?」

「りんごのケーキとサンドイッチをご用意しておきました」

「りんごのケーキ!」


 ユリアナの言葉に私はリーナを連れてキッチンに向かう。キッチンの中はふんわりと甘い香りが漂っていた。


「コック長!りんごのケーキあるって聞いたんだけど!!」

「お待ちしてました、ルティア様。ちゃんとバスケットに詰めておきましたよ」

「ありがとう!」


 リーナがコック長からバスケットを受け取り、私はそっと蓋を開け覗き込む。

 中には美味しそうに並んだサンドイッチと、りんごが上にのったバターケーキが入っていた。


 昔から落ち込んでいる時や、元気のない時にユリアナが私に作ってくれたケーキなのだ。そして私が唯一作れるケーキでもある。とはいえ、殆ど作ることはないのだけど。


 私はバスケットの蓋を閉じて、もう一度コック長にお礼を言うと畑へと向かった。







 ***


 畑ではベルがいつものように作業をしている。

 馬に乗った私たちに気がついたベルが、ちょこんと頭を下げてきた。


「ベル、いつもご苦労様!」

「いいえ、今日はお二人だけですか?」

「そうなの。今日はリーナと二人だけ。ちょっと体を動かしたくて……」

「そうですか。鍬を使って畑を耕すと、無心になれますよね」


 ベルの言葉に頷く。

 畝を作るのに魔法石を使った方が楽なのだけど、小さい頃と違って今は体も大きくなったから鍬を使うのもそんなに危なくない。

 だか最近は鍬を使って耕したりもする。体力もつくのでちょうど良いのだ。


 暫くの間、空いている畑を無心で耕し続ける。


 ザク、ザクッと土を耕していると、さっきまで腹を立てていたことがどうでも良くなってきた。


「ルティア様、水分を取られてはいかがですか?」

「ありがとう、リーナ」


 リーナから水筒を受け取り、水を飲む。冷たい水は喉を通り抜け、胃のなかにスッと入っていった。


「やっぱり体を動かすのって良いわね。なんとなく冷静になってきた」

「……私が、カレッジでもお供をできれば良かったのですが」

「カレッジは従者を連れて歩いてはいけないもの。それにリーナは私より、四つ上だからアカデミーに行かないとダメだわ」

「アカデミーに入るほどの頭はないので……」

「それだけ腕が立つなら入れると思うわよ?」


 アカデミーは一芸に秀でていても入れる。リーナはとても強いし、今からでも騎士になれるのではなかろうか?魔物だって討伐できるわけだし。

 前にも何度かすすめたけれど、リーナはアカデミーに行かず、私がいない時はユリアナたちを手伝っているようだ。


「私はそこまで腕が立つわけではありません。ロビンやアッシュの方がもっと強いですよ」

「そうなの?アッシュはともかく……ロビンはそんな風に見えないわね」

「ロビンはなんでもできますよ。頭も良いですし」


 普段のロビンを見ていると、そんな風には全く見えないが、リーナが言うならそうなのだろう。全く見えないが。


「ところでね……」

「はい」

「冷静になって思い出すと、私、余計なことを言ってしまった気がするの」

「余計なこと、ですか?」

「そうよ。そうなのよ!レナルド殿下と連絡が取れるとか言っちゃったのよ!!」

「それは、その……仲が良いと、勘違いされるのでは?」

「そうなのよ!!私が仲良いのはラステアなのに!!」


 あ、ダメだ。また腹が立ってきた!今度は自分にだけど。

 水筒をリーナに渡し、もう一度鍬を振り上げる。そしてそこに穴を掘った。


「———穴、ですね」

「穴よ」

「畝にするのでは?」

「畝にするけど、叫びたくて」

「さけぶ……??」


 リーナは不思議そうな顔で私を見る。私は鍬もリーナに預けると、その場にしゃがみ込んだ。そして穴に向かって叫ぶ。



「私の————おバカぁぁぁぁああああ!!!」




 次の瞬間、背後から聞き覚えのある笑い声が聞こえた。


 いやいや、まさかね、と恐る恐る後ろを振り向く。だってほら、ついこの間までファティシアに二週間近くいたわけだし。そんなに早く来るなんて、多分ない、はず。


「ルティア姫、今日はどうしたんだい?」


 笑いを堪えながら、いないはずのコンラッド様は私に話しかけてきた。


「み、み、見て……」

「一生懸命穴を掘っているからどうしたのかなあって」

「見てたんですか!?」

「うん」


 ブワッと顔中に熱が集まる。

 見られた!ものすごく恥ずかしい!!


「あ、穴があったら入りたい……」

「流石にその穴じゃ小さいんじゃないかなあ?」

「そういう意味じゃありませんよ!!」

「はははは」


 ううう……本当に恥ずかしい。

 どうしてこんな時に限って見られてしまうのだろう?しゃがんだまま、小さくなっていると、目線を合わせるようにコンラッド様が膝をつく。

 そしてポンポンとあやすように頭を撫でられた。


「まあまあ、そんなルティア姫も可愛いよ?」

「そういう問題では……」

「それに今日は、いい物を持ってきたんだ」

「いいもの……?」


 いいもの、といわれ首を傾げる。コンラッド様のいいもの、は本当にいいものが多いのだ。こっちが心配になるほど。


「サトウキビの苗」

「サトウキビって……お砂糖の元になる植物ですか?」

「そうそれ」

「でもそれって、ラステアの輸出品目の一つですよね?」

「そうなんだけど、どうも魔力過多の畑でサトウキビを作ると砂糖が更に甘くなっちゃうんだよね」


 砂糖が更に甘くなるとは??と更に首を傾げると、二倍くらい糖度が増すのだといわれた。流石にそこまで通常栽培の砂糖と差が出ると輸出できないらしい。

 通常栽培の砂糖に混ぜるにしても、味が変わってしまうのだとか。


「他のところでもそうなるのか知りたくて。だから育てさせてくれると嬉しいんだ」

「それは構いませんけど」

「それならよかった」


 コンラッド様に手を引かれ、私は立ち上がる。なんだかコンラッド様には恥ずかしいところを見られてばかりだ。


「ところで、なんで穴に向かって叫ぶ事態になったんだい?」

「……そ、それを聞きます?」

「人に話すことでスッキリすることもあるだろう?」

「それは、そうですけど」


 どうしようかと考えていると、リーナが持っていた鍬で穴を埋めてしまう。ああ、穴が……と見ていると、リーナはお茶にしましょうと言った。


 これはもう、話す流れになっている!?


 リーナはそのまま鍬を持って四阿に行ってしまった。

 残された私は、コンラッド様の顔を見上げて心の中で小さなため息を吐く。


「さ、行こうか?」

「……はい」


 差し出された手に自分の手をのせて、私はコンラッド様と一緒に四阿に向かった。

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