第98話 嫌な噂の広がり
「ロイ兄様とアリシアのお陰でなんとか小テストは切り抜けたわー!」
久しぶりの学舎。久しぶりの授業。そして久しぶりの小テスト……
今までの緊張が途切れた私は、のんびりとまではいかないけど、それでも校舎内の空気を満喫していた。
しかしそんなカレッジ内に、またしても噂が広がっていたのだ。
ヒソリ、ヒソリと悪意をもって。その噂は広がっていた。
いつもなら事実無根な噂は無視するに限るのだけど、今回は度が過ぎている。
仕方なく私たちはわざとらしい芝居をすることにした。
「……本当に良いんですか?」
シャンテは眉間に皺を寄せながら私を見る。私は軽く肩をすくめながら仕方ないといった。このお芝居は人目を集める場所でなければ意味がないのだから。
私たちが移動した場所は、カレッジの食堂。
同じテーブルに座っているのはシャンテとアリシア。
そして周りのテーブルは昼時だというのに空いていた。そんなに気になるなら直接聞きに来れば良いのに、みんなチラチラと視線をよこすだけ。
私たちは食事をとりながらお芝居を開始する。
「例の噂がだいぶ広がってますね。まったく……一体どこの誰が無責任に噂を流したんだか」
「噂なんてそのうち消えるわ。それに聞きに来たら教えてあげれば良いのよ」
「しかし、フィルタード派の貴族たちがここぞとばかりに噂を広めてるんですよ?」
「事実と異なることを広めるなんて、ほーんと馬鹿みたいよね!」
「ルティア様……」
わざと周りに聞こえるように言い放つ。それをアリシアが嗜めた。
「愚かな振る舞いをする貴族を馬鹿にしたところで誰にも咎められないわよ。非は向こうにあるのだし」
「それはそうですけど……」
「でしょう?」
「ですが、同じ土俵に上がる必要もないかと」
「それもそうね。ものすごく馬鹿馬鹿しいもの」
そういうとシャンテに笑いかける。シャンテはそんな私に苦笑いを浮かべた。
フィルタード派の貴族を馬鹿だといっているようなものだけど、それで腹を立てて文句を言ってくるならばちょうど良い。
貴方たちが広めている噂こそ、偽りなのだからといえる。
というか、本当にフィルタード派の貴族たちは、フィルタード家のいうことを盲目的に信じすぎでは?
その情報が間違っていた時のことをまるっきり考えていない。王族を軽視するフィルタード家に付いていることで、自分たちも王族より上だとでも思っているのだろうか?
「そんなことよりも新しい作物の方はどうなんですか?」
「ああ、エダマメ?」
「そうです。新しい調味料を作るんでしょう?」
「そうなんです!まだ青いので、もう少し置く必要はあるんですけど……でも実入りも良いので、美味しいのができそうです」
「作物一つとってもいろんな使い方ができるんですね」
「そうね。アリシアのワショク?への情熱はすごいわ」
ころころと笑いながら話を続けていると、制服を派手に改造した女生徒たちが近づいてきた。フィルタード派の貴族令嬢たちだ。
リーダー格っぽい女生徒は立派な縦ロールに、大きなリボンを頭につけている。ほかの子たちも似たりよったりな髪型だ。
制服もフリルやレースで派手に着飾っているけれど、動き回るのにひっかけそうだし……一応、校則で禁止されているわけではないが、程度というものがある。
価値観は人それぞれというけれど、重くないのかな?と、チラチラと髪型と服装に視線を向けてしまった。
「お久しぶりですわ、姫殿下」
いかにも私のことはご存じでしょう?という体で私に話しかけてくる。しかし私はそれをまるっと無視した。
貴族社会では身分が下の者から上の者に話しかけることはない。最初に上の者から下の者に話しかける。もしくは知り合いから紹介、という形でお知り合いになる。
面倒くさいが、それが貴族社会のマナーというものなのだ。
一般庶民の子たちが相手ならそこまで細かいことはいわないけれど、貴族相手ならマナーとして当然知っていることだし。
無視したところで問題にはならない。普段はしないけどね。普段は!
チラリとシャンテに視線を向ける。シャンテは心得たように頷くと、私に新しい話題をふった。
「そういえば、ライル殿下の調子はどうですか?」
「ああ、シャンテは最近ライルと会っていないのよね」
「ええ。やはりカレッジに通い始めると、時間がなかなか合わなくて」
「そうよね。私も昨日、久しぶりに会ったわ。双子たちのところにはしょっちゅう行っているみたいだけど」
「デレデレですよね」
「そうなのよ」
縦ロールの女生徒は、私が無視するものだからワナワナと震えだす。そうはいっても、貴族のマナーというものがあるのだ。今だけ厳格に守っているだけだけど。
これで彼女たちが更に怒って騒ぎだしてくれると助かる。
騒ぎになれば、ここに注目が集まるからだ。現状、かなりの視線がここに集まっているし。みんな噂の真相に興味津々なのだ。
「それでね、双子が真っ先に自分のことを『にーに』って呼んだものだから未だに自慢するのよ?」
「でも気持ちはわかります。うちも妹が生まれましたから」
「いいなあ。私も弟か妹が欲しいです」
「アリシアはひとりっこだもんね」
そんな会話を続けていると、縦ロールの女生徒が急に怒鳴りだした。
「
————それがどうした!
私たち三人は同時にそんな表情を浮かべる。私は王女だし、アリシアは侯爵令嬢だし、シャンテだって伯爵家の嫡男だ。
誰一人として彼女より下の身分はいない。
流石に彼女の後ろにいた他の女生徒たちもそれがわかっているのか、気まずそうな表情を浮かべている。
これはあれかな?鼻で笑うべき?それとも呆れた視線を向けるべき?
まさかこんな馬鹿なことをいわれるとは思わなかった。
「貴方たち
失礼なのはそっちでしょう?と言いたいのをグッとこらえる。
周りから冷たい視線が注がれているのに、縦ロールの女生徒は全く気にしていない。それぐらい無視されたことを憤慨しているのだ。
「リリア様、そろそろ……」
「そ、そうですわ」
「まあ皆さん!なにをおっしゃってるの!?この無礼な人たちにわからせてやらなければ!!」
どこの世界に伯爵令嬢よりも身分が下な王女や侯爵令嬢がいるのだろう?シャンテの家だって伯爵家の中では、家格は上の方だ。
彼女の家が伯爵家の中でどの程度の家格かは知らないが、現状、私に文句をいえる立場ではない。ここがカレッジの中だとしても、だ。
それにしてもここまで自分の方が上だと自信満々にいっている姿を見ると、滑稽を通り越して賞賛に値する。
きっと世界は自分中心に回っていると信じているのだろう。盲目的なまでに。
「貴方たち聞いていますの!?
キャンキャンと耳障りなほどに騒ぎ立てていると、周りに人垣ができてきた。
そろそろ何かいった方がいいかな、と考えていると人垣をかきわけてエスト・フィルタードが歩いてくる。
「姫殿下、お久しぶりです」
「……お久しぶりです。フィルタード卿」
「まあエスト様!聞いてくださいまし!!この方々が
そりゃあ、知り合いじゃないからね。そう心の中で毒づく。
「リリア嬢、君は伯爵家の令嬢だね?」
「ええ、そうですわ」
「君は一体いつから王族や侯爵家よりも偉くなったんだい?」
「え……?」
「知り合いでもないのに話しかければ、無視されるのは当然だよね?それが貴族社会のマナーだ」
エストは至極まっとうなことを口にした。こちらが拍子抜けするほどに。
そしてエストに当然のことをいわれた縦ロールの女生徒は、擁護してくれると思った相手から切り捨てられてうろたえ始める。
「え、エスト様……」
「もう一度聞くよ?君はいつから王族よりも偉くなったんだい?」
冷たい視線にさらされて、彼女は今にも泣きだしそうだ。
だからといって庇う気はさらさらない。
私は冷めてしまった紅茶を飲み干すと、教室へ移動するために席をたった。するとエストが慌てて私に話しかけてくる。
「姫殿下、そういえば……皇太子殿下とのお話はどうなりましたか?」
「食料を援助する、というお話でしたらお父様が許可されたようですよ?」
「いえ、そうではなく」
「何がいいたいのかしら?それ以外の話なんて何もないけれど?」
「本当にそうなんですか?」
「あら、嘘なんてついてなんになるのかしら?」
こっちは迷惑してるんだぞ、という意味を込めてにっこりと笑いながら告げると、そうですか、とエストはあっさりと引き下がった。
もう少し食い下がってくるかと思ったが、これだけ人の目を集めてしまうと分が悪いと感じたのかもしれない。
私たちは彼らをそのまま置いて食堂を後にする。
「これで噂が多少マシになるといいわね」
「そうですね。ついでにフィルタード派の貴族たちの印象も悪くなりましたし」
「フィルタード派の貴族の振る舞いは、最終的にその長であるフィルタード家への評価につながるものね」
これで多少噂も落ち着くだろう。そう思っていた。
しかし、事はそれだけでは終わらなかったのだ。残念ながら……
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