第97話 王子と王女と悪役令嬢の密談 3

 お父様とハウンド宰相様と別れ、私はまたロイ兄様の宮に向かう。

 ようやく帰った相手のことなんて今はまだ考えたくない。いずれ考える日が来ようとも!


 ふんふんと鼻歌を歌いつつ、兄様の宮に向かっているとライルとアッシュに出くわした。


「ライル、どこに行くの?」

「俺はこれから宮に戻るんだ」

「ふーん……来年はカレッジでしょう?勉強は進んでる?」

「そこそこな。それよりも大丈夫なのか二週間近くもカレッジを休んで」

「……コンラッド様に勉強を教わっていたから平気よ。それにアリシアに頼んで進んだところを見せてもらっていたし」

「そっか……なんか、大変だな」


 ライルは哀れみを含んだ視線を私によこす。

 レナルド殿下からの縁談を断ったことで、色々あったことを知っているのだろう。

 そうなのよ。本当に大変だったのよ。と内心で思いつつ、私が逃げ回っている間にライルがレナルド殿下とお茶してたことを思い出す。


「ライルはレナルド殿下と話をしたんでしょう?」

「あーなんか、向こうからお茶をしようとか言われたから少しな」

「どんな話をしたの?」

「どんなって……当たり障りのない話?」


 そういいながらライルはちょこんと首を傾げる。私もつられるようにして首を傾げた。

 当たり障りのない話って、どんな話だろう?


「まあ、ポーションのことは専門家のカーバニル先生に投げたけど、あとは兄弟仲はどうなのか、とか、勉強のこととか?そんなもんだよ」

「ふーん。ライルから見てレナルド殿下はどう見えたの?」

「どうって、隙のない人だなって」

「やっぱりそうよね」

「ああ。なんか探るような目をしてる。言葉尻から何かを引き出そうとしてるような感じかな」


 レナルド殿下の側近たちにも同じ印象を持ったとライルは言う。

 それと、かなりの手練れだとも。

 彼らに話の流れで一度だけ剣術の稽古をつけてもらったのだそうだ。ライルは手も足もでなかったと少し悔しそうな表情を浮かべる。


「俺がレナルド殿下と稽古をする羽目になったのは、兄上が逃げ回ったからだぞ……」

「そうなの!?」

「アカデミーがあるからって、全部俺に押し付けたんだからな。あの人」


 少しだけ口を尖らせて、不服そうな顔をして見せた。でも本心では任せてもらえて嬉しいのだ。だって目が笑っている。


「まあ兄様は剣術苦手だものね」

「そうだな。俺は体を動かす方が好きだし」

「適材適所よ。適材適所」


 そう告げるとライルは苦笑いをした。この間、飛龍に会った時は年相応にはしゃいでいたけれど、普段はかなり落ち着いている。

 目線だって私が顔を上げないと合わなくなってしまった。


 アリシアの話の『ライル』と似てきているのかもしれない。

 そして兄様がレナルド殿下の前に出なかったのは、話の通りであれば疫病にかかるから。

 疫病の広がっている国から来ているのだ。念のため、と思ったのだろう。


「そういや、どこかに行く途中じゃないのか?」

「あ、そうよ。兄様の宮に行くの」


 うっかりアリシアが待ってるの、と言いそうになったが慌てて口を噤む。

 アリシアは一応、ライルの婚約者————ということになっている。

 ライルの宮に行ったことはないのに、兄様の宮によく行っているとなると流石にちょっと問題だろう。


「それじゃ、私行くわね」

「ああ。頑張れよ」

「ええ、明日からカレッジに行くから……まずは小テストの対策しなきゃ」


 頑張れ、といわれ、兄様に勉強を教わりに行くと思ったのだろう。私は素直に頷くと、ひらりと手を振って兄様の宮へ向かった。








 ***


 兄様の宮ではアリシアが今日の分のノートを兄様に見せつつ、何か話をしている。その様子を部屋の入り口からジッと見つめた。


「……姫さん、どうしたんです?」

「ううん。なんでもないわ」


 訝しげな表情のロビンが私を見ている。私は口元に手を当てて、にやけないように我慢した。

 だって、兄様のアリシアを見る目が……お父様がお母様を見る目によく似ている。つまりはだろう。


 実際にはライルと婚約しているわけじゃないし、アリシアは誰とだって結婚できる。その相手が兄様でも良いじゃないか!

 もっともアリシアは気が付いていないようだけど。こういう時ってアレよね。下手に周りが手を出しちゃダメなのよね?


 にやけたいのを我慢しつつ、私は二人に声をかける。


「兄様、アリシア、私、ようやく解放されたわ!!」

「残念ながら勉強からの解放はまだ先だけどね」

「それはまあ、仕方ないわ。でも勉強は嫌いじゃないもの。努力するのみよ!」

「その心意気ですよルティア様!!」


 アリシアに応援されつつ、私もテーブルにつく。

 テーブルの上には明日の小テストの範囲が書かれたノートが広げられていた。


「うっ……流通経済は範囲が細かいのね」

「流通経済は必須だからねぇ。ルティアのしたいことをするには、そこの見極めも大事なんだから頑張らないと」

「……はい」


 頑張るといった手前、やっぱりちょっと無理とはいえない。

 もうちょっと勉強したところが、するすると頭の中に入る頭の持ち主でありたかった。流石にそんな芸当は持ち合わせていないので、頑張って頭の中に叩き込む。


 コンラッド様の教え方がとても上手かったのと、兄様とアリシアのお陰でなんとかなりそうな気がしてきた。


「ところで、父上はどうしたの?」

「レナルド殿下が……私に誕生パーティーの招待状を送るから、来て欲しいって手紙を置いていったの」


 そういってため息を吐く。


「……ルティアはあまり接触しなかったんだよね?」

「そうよ。ほとんど話してない。話してたのはコンラッド様の方が多いんじゃないかしら?」

「それなのに手紙を置いていったの?」

「しかも私と仲良くなったとか書いたらしいのよ!!」


 カケラも仲良くなった覚えはない!と吠えると、ロビンがどうどうといってくる。別に暴れ馬じゃないんだけど……


「父上はさぞ怒っただろうねえ」

「そうよ。なんだかすごく怒ってた」

「ルティア様、トラット帝国に行かれるんですか?」

「行く気はさらさらないわね」

「でも国賓として招待されると断るのに理由がいるんですよ……ね?」


 アリシアのいう通り、国賓として招待されると断る口実がいる。でもそれは後でハウンド宰相様と相談して決めれば良いことだ。

 今から悩んだところで疲れるだけ。むしろ目下の心配事は小テストの方だ。


 コンラッド様がわざわざ残って教えてくださったのに、テストの点数が悪かったら申し訳ない。


「そうねえ。でもまだ来たわけじゃないし」

「トラット帝国は、ルティア様を欲しがっているのでしょうか?」

「招きたいというならそうだろうね」

「もう!来てから考えたって遅くないわ。それよりも明日の小テストの方が問題よ!!」


 ぷくっと頬を膨らませると、二人は顔を見合わせて笑いだす。


「ルティア様らしいですね」

「そうだね」

「だってまだ起こってないことだもの。確かに私がトラット帝国に行くことで、よくないことが起こる可能性もあるけどね」

「というか、確実に起こるんじゃないっすかね?」


 拉致監禁されたらどうするんです?とロビンが問いかけてきた。それも込みで、後で考えるというとロビンはわざとらしいため息を吐く。


「先に対策立てた方が良くないですか?」

「一番はコンラッド様と一緒に行くことなんだろうけど、流石にそんなことお願いできないし……うっかり戦争なんてことになっても困るものね」

「あー確かにコンラッド様ならうってつけでしょうねえ」

「そこまで迷惑はかけられないから、いっそ飛龍でも借りられたらなあって」

「飛龍を、ですか?」

「飛龍ならビュンッと行ってビュンッと帰ってこれるもの」


 往復一日もかからない。

 向こうに行って、ちょっと顔を出してそのまま飛龍に乗って帰って来れば良いのだ。陸路を行く方が道中襲われでもしたら大変だし。


「確かに陸路で行くとどこで襲われるかわからないからね」

「空路で行くなら直ぐでしょう?トラット帝国には龍騎士隊はないもの」


 そういうと、兄様は確かに、と頷いた。


「それ、結構安全な方法かもね」

「でも私だけ、というわけにはいかないから……うちの騎士団でも誰か騎乗できる人がいないとダメでしょう?」


 流石に一人で行って、一人で帰ってくるなんて無謀なことは言わない。

 そうなるとラステア国から飛龍を何頭も借りなくてはいけないし、その訓練もきっと大変だ。


「あーふと思ったんですけど、ラステア国の龍騎士隊に、ファティシアの騎士服を着て貰えば誤魔化せるんじゃないんすか?」

「やあね、ロビン。私のためにそんなことお願いできるわけないでしょう?」


 とてもじゃないが現実的な解決方法ではない。

 そう言うと兄様は少し考え込む仕草をした。そして少しして、この問題は今は棚上げにしようという。


「……うん。まあ、まだ招待状は来てないしね」

「そうよ」

「ちゃんと来てから

「そうそう。来てからよ。本当に送ってくるかもわからないんだし」

「でも……本当に大丈夫でしょうか?」

「その時に考えるわ。今は明日の小テストの方が大事!」


 心配そうな顔で見てくるアリシアに笑いかけると、私は目の前の問題に集中することにした。

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