第96話 いらない置き土産
ロビンと別れ、侍従についてお父様の元へ向かう。
侍従の顔色を見るとまだ青褪めたままだ。
「ねえ、何があったの?」
「ええとですね、レナルド皇太子殿下が手紙を置いていかれたのです」
「手紙?」
「はい」
「その手紙が問題なの?」
そう問いかけると、侍従は小さく頷いた。
「その、陛下が大変お怒りなんです」
「お父様が?そんなに失礼な内容なの?」
「そういうわけではないのですが……」
侍従は汗をふきふき答える。
つまりは、失礼な内容ではないけれど、お父様的にはとても腹の立つことが書いてあったということかな?
一体何を書いたのだろうか……お父様の執務室の前に着くと、侍従が近衛騎士に扉を急いで開けるように言う。
「お父様、お呼びにより参上いたしました」
「ああ、ルティア……」
「レナルド皇太子殿下が何か置いていかれたと伺いましたけど?」
「そう。そうなんだ……まったく!なんてものを置いていったんだ!!」
お父様は手に持っていた紙をグシャッと握りつぶす。その手に持っているものがレナルド殿下からの手紙ではないのだろうか?
握りつぶしてしまったら、読めなくなるではないかと思わなくもないが……今のお父様にそれをいっても意味はなさそうだ。
「ええっとーそれで、なんて書いてあったんです?」
「……ルティア、レナルド殿下をどう思う?」
「どう、とは?」
「人間見た目ではない、と私は思っている。もちろん見目も中身も良い者もいるが……ルティア的には、レナルド殿下をどう見る?」
質問の意図がよくわからない。レナルド殿下は王城の侍女たちが騒ぐぐらいには、見目は良いのだろう。でもそれは彼の側近たちも同じだ。
皆、見目の良い人たちだった。
でもだからといって、特別なにかを感じることはない。
コンラッド様やウィズ殿下も素敵な方たちだし、ラステア国の城仕えの人たちも見目の良い人は多かったからだ。
「お父様、確かにレナルド殿下は見目は良いのでしょうが、側近の方々も同じく良かったかと」
「……うん」
「城の侍女たちも騒いでましたし」
「そうだな」
「ですがラステア国の方々も皆さん見目の良い方が多いですよ?」
「そうなんだが、いや、そうではなくて……ルティア的に好ましく思うかどうかの話をしているんだ」
「私がですか?」
好ましいとは、どの程度のことをいうのだろう?
国同士の付き合いとして、友人として、家族のような関係として、色々あると思うがお父様はどれを指していっているのだろう。
その時にふと、先ほどロビンと話していたことが頭に思い浮かんだ。
『じゃあ、コンラッド様と皇太子様はどちらが好きですか?』
私は迷わずコンラッド様をあげた。
つまりは、お父様の話もそういった話なのだろうか?
「お父様、レナルド殿下よりはコンラッド様の方が好ましく思います」
そう素直に告げると、お父様の顔色が真っ青になる。
「る、ルティア……コンラッド殿とは歳が離れてやしないか!?」
「そうですね」
「……つまり、年上がいいということか?いや、それにしても歳が……」
お父様がブツブツとなにごとか呟きだす。私は側にいたハウンド宰相様の顔を見た。
宰相様は私に「好ましい」とはどの程度の意味かと聞いてくる。
「そうですね。家族のような?そんな好ましさです」
「つまり、恋愛的な意味ではないと?」
「恋愛っっ!?る、ルティア!?!?」
「陛下は黙っていてください」
「そもそも王族の結婚に特別恋愛感情なんて必要ないのでは……?」
宰相様にそう告げると、そんなところだけちゃんと王族なんですね……とため息を吐かれてしまった。
ちゃんと王族とは失礼な!いつだって政略結婚の話が出てもいいように、心の準備ぐらいはしているのに!
「……ルティア、お父様は恋愛結婚だぞ?」
「それはお父様とお母様が珍しい例というだけで、普通は違いますよね?伯父様とリュージュ妃様は政略結婚するはずでしたし、お祖父様とお祖母様もそうでしたよね?」
「そうですね。基本的に王侯貴族は、幼い頃から家同士の付き合いを考慮しつつ決めています。陛下は逃げ回っていましたけど」
逃げ回っていたのか……それなら私もそうしようかな?今のところ、アリシアの話のようにトラット帝国に嫁ぐ気はサラサラないわけだし。
結婚適齢期まであと五年。つまりアカデミーを卒業するまで婚約者を作らない、というのもありかもしれない。
「それで、レナルド殿下の手紙には何が書かれていたのですか?」
「————ルティアと、友好的な関係になったから……二ヶ月後の誕生パーティーにルティアを招待したいと」
「私を誕生パーティーに?」
「そうです。正式な招待状は後ほど送ると」
宰相様は困った顔をして、お父様がグシャグシャにしている手紙に視線を向ける。
そうか。そんなことが書かれていたから、私がレナルド殿下の見た目に騙されたとでも思ったのかもしれない。
というか、友好的な関係を築いた覚えはカケラもないが!?
「私、特別友好的な関係を築いた覚えはありません。それに、トラット帝国にも興味はないです」
「トラット帝国では、今、疫病が流行っているようですよ?」
「知っています。コンラッド様から伺いました。レナルド殿下はご自分で魔力過多の畑を作って、ポーションを作ろうとしていましたのでそれで対処されるかと」
「……彼らだけで、領民を救えると思いますか?」
「全く思いません。ですが、私はファティシア王国の王女です。ちょっと隙を見せたら攻め込んでくるかもしれない、危うい国に手を貸すほどお人好しではありません」
本当は助けてあげたいと思う。でもそれは傲慢というものだ。
全ての人を救えるなんて、そんなの思い上がりもいいところ。根本を変えることをしなければ結局元に戻るだけなのだから。
もしも、トラット帝国が今までとは違い領民を慮り、ちゃんと助けたいと思うのであれば……多少手を貸すことも吝かではないが、今の状態では絶対に無理だ。
「トラット帝国との国境沿いにある、ファーマン侯爵領でも疫病の報告が来ています。あちらはポーションがあるので大事に至っていませんが」
「もしかしたら、国境を超えて来るかもしれないってことですか?」
「その可能性は大いにありえます」
同じ病が流行っているのに、トラット帝国では死者が増え、ファーマン侯爵領では治っている。それが知られたら、どんどん国境を越えてくるかもしれない。
そうなってしまったら、大変なことになる。疫病が流行り国力が下がれば、トラット帝国はポーション欲しさに攻めてくるかもしれない。
そこまで考えて、むしろそれを狙っているのでは?と思い至ってしまった。
「……ハウンド宰相様、もしかしてトラット帝国はそれを狙っているのでしょうか?疫病をファティシアに広めようとしている?」
「街を……滅ぼすのに一番簡単な手段です。流行り病を患った者をわざと送り込み、そのまま放置しておけば街中に広がるでしょう」
「病人……しかも、トラット帝国から逃げてきた人たちですものね。侯爵領の人たちだって無下にはできないでしょうし」
「人の善良さに付け込んだ、なんともいやらしい手段です」
わざわざ私を誕生パーティーに呼ぶ理由はそれだろうか?
魔力を大量に保有している人間が一人でも少なくなれば、ポーションが足りなくなると思っているのかもしれない。ポーションが足りなくなったら、疫病は広がるだろう。
トラット帝国に行くのに最低でも二週間はかかる。
疫病が流行り始めた侯爵領を避けるのならもっと、だ。
「ま、そうはいってもポーションが足りなくなることはないんですけどね」
「そうですね。侯爵領によっては、最低限しか作っていないところもありますけど!ファーマン侯爵領なら在庫たくさんありますし!!」
「ただファーマン侯爵には、トラット帝国から来た者を直ぐに神殿の隔離部屋に入れるように伝える必要がありますね」
宰相様の言葉に頷く。感染る病気は早々に隔離してしまうに限る。
アリシアの話からポーションは腐るものでもないし、と在庫をたくさん用意しておくように国中に伝達しておいて正解だった。
それに足りなければ、王城でも作っているので直ぐに届けることもできるだろう。向こうの思惑通りに事が運ぶと思ったら大間違いなのだ!!
「ひとまず、念には念を入れて私もポーションを作りますね!」
「そうですね。他の領で足りなくなる可能性もありますし……どことは言いませんけど」
「そうね。どことは言わないけど」
もしかしたら、これも計画のうちの一つなのかもしれない。
まず一番目障りなファーマン侯爵領の力を削る。そして徐々に国力を低下させて、トラット帝国を引き入れ、ヒロインを使ってアリシアとライルの婚約を破棄させるのだ。
その後はライルを王位につけて、自分が主導権を握る。
なんせ大勢の前で侯爵令嬢と婚約破棄をするのだ。そんな王に忠誠を誓う貴族たちがいるだろうか?
普通はいない。
例えどんなに王が優秀でも。
だって、ファティシア王国は一夫多妻が認められているのだから。侯爵令嬢を正妃に、ヒロインを側妃にすれば解決する。でもそれをしなかった。
しない、ということはそれなりに理由があるということ。自分が権力を掌握するのに必要な手順だったのだろう。
それがアリシアの話の裏で起きていたことなのだ。たぶん。
ただ現実はポーションが潤沢にあるから向こうの思惑通りにはいかない。
五年の間にフィルタード派以外の貴族たちは、ポーション作りに手を貸してくれているからだ。
「王族が率先してやっているのに、自分たちはやらないとか怠慢よね」
「そうですね。そのくせ困ったら我先にと奪うのでしょうし」
「いっそのこと飛龍があれば良いのに。そうすれば、トラット帝国までビュンッと行って、ビュンッと帰ってこれるのになあ」
「その場合はコンラッド様にお願いするしかありませんが、トラット帝国ですからね」
「そうね。ちょっと難しいわよね」
何度も戦をしている国に、送ってくださいなんて口が裂けても言えない。だってレナルド殿下たちと会うと、必ずといって良いほど舌戦が始まるのだ。
ピリピリした空気は胃にも悪い。
「招待状が送られてきたら、どうするか考えましょうか」
「そうね。疫病が流行ってるのを理由に断ってもいいし」
「それもありですね」
私と宰相様がそんな会話をしている間中、なぜかお父様はブツブツと何ごとかを呟き続けているのだった。
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