第94話 それは何のための争いか? 2
レナルド皇太子殿下たちは、私の畑の一部を使わせて欲しいと言うのだ。
たち、と複数形なのはレナルド殿下の側近の人も一緒だから。
もちろん畑を使うのは構わない。構わないが、どうもこう嫌な感じがする。
どうしようか悩んでいると、レナルド殿下たちから見えない位置でカーバニル先生が口をパクパク動かす。
『こ・と・わ・れ』
そう動いた。
つまりは先生からしても、なんかあるぞ!と言うわけだ。しかし帝国の皇太子からの要請を先生が断るには無理がある。
身分的には向こうが上なわけだし。だから私に直接断れと言いたいのだ。
「ルティア姫、やはり難しいでしょうか?」
「え、ええっとー……」
ニコニコ笑っているのに、圧がある。
側近の三人も同じようにニコニコ笑っているのに、目が笑っていない。何だか値踏みされている気分だ。
正直言えば、自国でやる前に一度試してみたいということに偽りはないと思う。
でも、それを理由に何かしそうで怖いのだ。
「鉢植えで、試されたんですよね?」
「ええ、ですが広い場所でも試してみたくて」
「鉢植えで出来たなら、自国で何度か同じように試してから広い場所でやってみてはいかがでしょう?」
「そうなると先生がいませんからね。できるならこちらにいるうちに出来るようになっておきたいのです」
「な、なるほど……」
他の三人も同じように頷いた。そんな彼らの目をジッと見る。
嘘は、ついてない。ついてない、と思う。
「帝国では、疫病が流行っています。それもかなりのスピードで。せめて下級ポーションでも作れれば、民の助けになると思うんです。それに魔力過多の畑は作物も早く育つのですよね?」
「そうです。魔力の量にもよりますが、普通の畑よりも早く育ちます」
「収穫量も上がるとか?」
「ええ」
すでに聞いているであろうことを更に私に問いかけてくる。
まるで真綿で首を絞められているかのようだ。
『お前が断れば、帝国の民に死者が増えるぞ』と————
正直に言えば、帝国のことなんて私には関係ない。ラステア国のような友好国でもないし、どちらかといえば付き合いを遠慮したい国。
アリシアの『ゲーム』の話からすれば、絶対に行きたくない国でもある。
でも、でもだ。
トラット帝国の皇帝は……民を慮ることはない、と思う。
このまま放置していたらどんどん死者は増えるはず。帝国は従属化した国から搾取はしても、助けることはしない。
レナルド殿下はその中で民を助けたいと言った。
このまま疫病を放置すれば、帝国の力を削ぐことにはなるだろう。
そしたら帝国に攻められ、従属化した国がもしかしたら帝国に牙を剥くかもしれない。
叛逆の狼煙が一つ上がれば、他も続く可能性がある。
帝国が滅びるのであれば自業自得かもしれない。だが、その戦火が他国に飛び火しないとも限らないのだ。
ファティシアや、ラステアに。
それならば、これは投資と考えればいい。トラット帝国に恩を売る。
疫病が流行れば、そのうち首都まで侵されていくだろう。その時に下級ポーションだけでもあれば……一気に国が崩れることはないはずだ。
それが良いか、悪いかは別にして。
「……わかりました。私の畑の一部をお貸しします」
「ありがとうございます、姫君」
「ただし、貸すのは殿下がこの国にいる間だけです。魔力過多の畑は魔力を抜くこともできるので!お戻りの際には抜いていってください」
「……抜くことが、できるんですか?」
「ええ、もちろん。そうでないと本来の作物を育てる時に困りますから」
「なるほど」
レナルド殿下はにこりと笑う。
その後ろで先生が手で顔を覆っていた。
だって仕方がないじゃないか。
お人好しと呼ばれても、私は————助けられるなら、助けたいのだ。
いくら他国のことでも、人がたくさん死ぬのがわかっていて放置するのは目覚めが悪い。
***
レナルド殿下は側近の三人を紹介してくれた。
赤茶色の髪に茶色い瞳のマルクス・アーベル卿
アッシュグレーの髪色に琥珀の瞳のハンス・クリューガー卿
紺碧色の髪に黒い瞳のギルベルト・シュルツ卿
三人とも長くレナルド殿下に仕えている騎士なのだと言う。腰に剣を佩いているのだから、確かに騎士なのだろうけど……
クリューガー卿はともかく、他の二人から受ける印象はちょっと違う気がした。
アーベル卿からはハウンド宰相様と同じような感じがするし、シュルツ卿に至っては何だか物凄く観察されているように思える。
そんな三人はコンラッド様に絡んでいた。
「……それで、王弟殿下も一緒に畑仕事をなさるおつもりですか?」
「ああ、普段から手伝っているしね」
「それはそれは……ラステアは暇なんだな」
「女王陛下も王太子殿下もとても優秀だからね。私の出る幕はあまりないのですよ。おかげでファティシア王国の外交窓口担当になれましたが」
「国を開けて入り浸れるとは羨ましい限りだ」
「友好国同士、普段から密な行き来が大事だからね」
はははは、と背の高い男の人たちが集まって笑っている。
笑っているけど、目は全く笑っていない。首筋はピリピリするし、思いっきりため息を吐きたいところだけどグッと我慢する。
私はパン!と手を叩くと、ギスギスした言い合いを止めた。
「さ、カーバニル先生。殿下方に教えて差し上げてください。魔力の抜き方も一緒に!」
そういって笑うと、先生に全部押し付ける。だって私が教えるよりも本職なのだから。教わるなら本職からの方がいいはずだ。
先生はちょっと前までニヨニヨッとした顔をしていたけど、途端に嫌そうな顔になる。まあ、付き合いが長い私だからわかる程度だけど。
「せ・ん・せ?」
「わかってるわよ……さ、殿下方こちらにどうぞ」
「おや、姫君は教えてくれないのですか?」
「私よりも本職の先生に教わった方がいいですよ。私の場合、もう完全に自己流なので。人に教えられるようなものではないのです」
教わるなら基礎からしっかりと教わった方がいい。そう告げると、レナルド殿下は仕方ないと言うように肩をすくめた。
そして三人を従えると先生の後ろに付いて行く。
「さ、コンラッド様はあちらに一緒に行きましょう?」
「ええ、そうですね」
コンラッド様は私の肩に手を置くと、そのまま押すように収穫場所へ向かう。
そんなに押さなくても良いのに、と思って顔を見上げるとコンラッド様と目があった。
「良かったんですか?」
ひそりとコンラッド様が耳に囁く。
「魔力過多の畑を作るのに、ルティア姫の畑を提供して」
「ああ、そのことですか。どうせ魔力は抜けますし!実際に作物を植えたりもしないから、問題はないです」
「なるほど」
コンラッド様の瞳に映る私は少し困った顔をしている。それに気がついて聞いてきたのだろう。
心のうちを見透かされているようで少し困ってしまった。
「……本当は下級ポーションでも作れるようになると、帝国の力をつけることになるのでは?と思わなくもないんです」
「その意見には賛成です。帝国は確実に使うでしょうね」
「ええ、でも……」
「でも?」
「レナルド殿下は民を助けたいと言いました。私はその言葉を信じてみようと思います」
ロビンがいたら、姫さんのお人好し!と怒っただろう。帝国の、しかも皇太子の言う言葉を鵜呑みにするなんて、と。
それぐらいに楽観的な主張なのだ。
本当に、彼らは民を救うのか?
それとも皇帝や貴族たちだけがその恩恵を受けるのか?
全くもってわからない。
もしかしたら、私のこの選択は間違いかもしれないけれど。
「姫君は優しいですね」
「そうでしょうか?私、投資と思うことにしたんです」
「投資?」
「そうです。自分が罪悪感を抱かないための、投資、です」
「なるほど。他国に干渉することは、いくら困っていても向こうからの要請がなければできないからだね?」
「ええ。そして要請を受けても助ける確率はとても低いんです」
相手がトラット帝国だから。
ちょっとでも隙を見せれば、攻めいってくる可能性のある国。とてもじゃないが、そう簡単に手助けなんてできない。
「どの国も……帝国の国力が削がれれば、と心の内では思っている」
「ええ、わかります」
「でもそれと、民を救いたいと思う気持ちは別だからね」
「はい」
「あの皇太子が、本当に民を助けるのかは……彼の今後の動きを見ればわかるだろう。今はそれで良いんじゃないかな?」
コンラッド様の言葉に私は頷く。
助けられるなら、助けたい。でも、助けられない。だから希望を託す。
今はそれしかできないから。
「この投資が、吉と出ればいいね」
「そうですね」
先生に魔力過多の畑の作り方を教わっているレナルド殿下に視線を送る。
視線を感じたのか、レナルド殿下が振り返り目があう。そして、その口元がニッと弓を引くように笑った。
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