第93話 それは何のための争いか? 1
コンラッド様から勉強を教わるようになって五日ほど経った。
経済、薬学、ついでに剣術、体術、弓を使った騎乗諸々を教わっている。
後半は必要ないんじゃない?と言われたけれど、何かあった時に咄嗟に身を守る行動ができるようになりたいのだ。
今は二人とも馬に乗って畑へ移動中。
ほどよく勉強、ほどよく体を動かす、そんな日々を過ごしている。ちなみにまだトラット帝国の皇太子一行は帰っていない。
「ルティア姫は魔術も使えるのだから、武術は使えなくても良いんじゃないかい?」
「咄嗟に魔術を使えるほど器用ではないので……それよりは体の方が先に動きそうですし」
「あー……」
なんとなく納得、という表情を浮かべられた。解せない!!
それに剣術や騎乗した状態で弓を引けるとか、そういうのはとても大事なのだ。外に出た時に襲われたら困るじゃないか。
継承権を抜きにしても絶対安全、ということはないのだ。
リーナや、騎士たちが私を守ってくれるだろうけど、足手まといになりたくない。
私が動くことで何とかなることもあるかもしれないし。
それに何でもできるようになりたいのだ!
「昔は……その、お城から出るなんて絶対に無理だって思ってたんです」
「うん?」
「自分の宮とお城の一部分がいける場所だったんです」
たぶん、それが普通。それが一般的なお姫様。
私の世界はそれだけのはずだった。
「本の中では色々な場所に行けるけど、実際の自分の世界はここだけで……どこにも行くことはできないと思ってたんです」
アリシアのいう『ゲーム』の私はそんな世界で生きてきたはず。
でも私はその世界の枠からはみだした。アリシアのおかげで。私はたくさんのことができるようになったのだ。
だからもっともっと増やしたい。
行ける場所も、できることも、何でも!!
「普通のお姫様は、そんなに出歩かないものかな?」
「普通のお姫様はそうじゃないんですか?」
思いもよらない言葉に、私がそう聞き返す。普通とはそうではなかろうか?
コンラッド様はうーんと首を傾げた。
「姉上は……王位に就く前も、就いてからも自由に出歩いたからね。国を見て回るのも王の役目だって」
「王様なのにですか!?」
お父様がそんなことをしたら、ハウンド宰相様がものすっごく怒ると思う。
怒った宰相様はとても怖いのだ。
「王様だけど、うちの国は女性も家を継ぐ権利が平等にあるから。戦場に女性がいることも普通だしね。戦争になったら、たぶん、姉上が先頭に立って指揮をすると思うよ」
「それは……なんかすごいですね?」
戦場にまで駆けつける女性とは!騎士と変わらないということだろうか?
そこまでしたいわけではないけど、それはそれでちょっと憧れる。
「うちは国民皆戦士と言われるぐらい、戦闘力は高めだからね。だからあとは本人の努力とか、才能とかになるかな」
「ファティシアは余程のことがないと、女性が継ぐことはないですね。それだけ優秀だと周りに示す必要があります」
「と言うことは、王位も?」
「そうですね。継承権がある、というだけで、もしも継ぐならば他の継承者を押し退ける程、自分が優秀だと示さないといけません」
例えば第一継承者があまりにも暗愚であるならば、女性であっても王位に就くことはできるだろうが……
今のファティシアのように、ロイ兄様はすごーく優秀だし、ライルも今はとても頑張っている。私が王位に就くような隙はどこにもない、と思う。
————聖属性のことを考えると、可能性はゼロではないけど。
と言っても私は王位に就く気はさっぱりない。でも色々な場所を見てまわるには、危険も伴う。魔物に遭遇しないとも限らないし!
私はそのためにも自分の身を守る術を学んでいるのだ。そのせいかフィルタード派の貴族たちからは変わり者扱いだけどね。
「ルティア姫は、王位に就きたい?」
「いいえ全く!」
即答するとコンラッド様に笑われてしまった。
「そんなに興味ないの?」
「ありませんよ。兄様がなってくれればいいなーって思ってますけど、今のライルなら……たぶん王位についても大丈夫かなって思うし」
「この間会った第二王子だね?」
そう言われて私は頷く。
コンラッド様的にはライルはどう見えたのだろう?私的にはちゃんとしてきてると思うけど、他国の王族から見てはわからない。
「コンラッド様から見て、ライルはどう見えました?」
「まだ一回しか会ってないからなんとも。デビュタントの時もルティア姫としか会わなかったし」
「そういえば、そうですね」
五年もファティシアに通ってきてくれてるのに、全然会っていないのも不思議な話だ。
「どうして今までライルと出会わなかったのかしら……?」
「うーん……大体、ファティシアに来ると畑に直行してたし、お世話になるのもロイ王子の宮だしね」
「ライルの宮は隣だけど……ああ、そうか。ライルってば双子のところに入り浸ってたからかも」
「そう言えば双子の王子と姫とも会っていないね」
そう言われて納得する。ライルは王族として必要な勉強や畑仕事が終わってからは、双子たちの元に入り浸っていたと言ってもいい。
そりゃあ、コンラッド様に会うこともなかっただろう。
「今度双子とも会ってください。とっても可愛いです。ほっぺがぷにぷになんですよ?」
「いいね、うちはウィズが大きくなってしまったからなあ。小さい頃は、にいたま、にいたま、って後をついて歩いてたのに」
「そうなんですか?」
「ウィズが小さい頃は俺が面倒を見ていたからね。姉上と
普通は侍女と侍従が見るものではなかろうか?それともラステア国ではそれが普通なのか?違う国のことだから、色々と疑問は尽きない。
それにウィズ殿下とコンラッド様は二歳差だった気がする。
コンラッド様が面倒を見ていた、というよりは一緒に育ったの方が近いんじゃ……と思っていると、畑が見えてきた。
畑には、とーっても見覚えのある長い髪の人と、今はとっても会いたくない人が立っているではないか!
「……今から馬を引き返したい」
「そうは言っても、気づかれちゃったしねえ」
コンラッド様の声がスッと低くなる。
見上げると、目を細めて少しだけ眉間に皺が寄っていた。やっぱり友好的な国ではないし、会うのは嫌なのだろう。
「えっと、大丈夫です?」
「大丈夫だよ。いきなり殴り合いの喧嘩になることはないから」
「そ、それは大事な気がするんですが!!」
はははと笑うコンラッド様と一緒に、馬を所定の場所に繋ぐと畑に向かった。
***
畑につくと、ちょっと顔色の悪いカーバニル先生が真っ直ぐに私に向かって歩いてきた。
いや、歩いているように見えるけど物凄く早い。
そして私の目の前に来るとガシッと肩を掴まれた。正直、少し痛い。
「せ、先生!?」
「……ごめん」
「は?」
「ごめんなさい!流石にしがない雇われ魔術師だから!!他国とはいえ、皇族の頼みをバッサリ断れなかったのよっっ!!」
ヒソヒソヒソっと早口で私の耳元に話続ける。あんまり耳元で話されるとくすぐったいのでやめて欲しい。そう思っていると、グッと体が後ろに引かれた。
背中がポスッとコンラッド様の胸にぶつかる。
「あまり放置しても問題があるのでは?」
「あら、ごめんなさいねぇ」
さっきまでのちょっと顔色の悪い先生から、いつもの先生に戻った。それどころかニヤニヤ笑っている。
「先生?」
「あ、そう。そうよね。ええっとねぇ……あちら様が、どーしても実地訓練したいって言うのよ」
「実地訓練?」
「魔力過多の畑を作りたいからって、魔法石の扱い方とか色々教えて欲しいと打診があったの」
「それはいいことです、ね?」
自分たちで魔力過多の畑を作るのなら、ポーションもすぐに作れるようになるだろう。いや、作れるようになると良いのか?それとも悪いのか……?
判断に困っていると、先生も苦笑いを浮かべている。
「良いこと、ということにしましょう。まあ、とりあえず、畑を作りたいわけ。で、アタシに白羽の矢が立ったのよ」
こんな可憐なアタシにこんな仕事回すなんて酷くない!?と言うけれど、私は先生が騎士団の騎士とも平気で渡り合えることを知っている。
全くもって弱くはない。むしろ魔術を使える分、とても強い。
魔術耐性はあるし、下手な騎士よりも強いと言う部分で白羽の矢が立ったのだな、と推察する。
「で、教えてたんだけどーどうしても実地で練習したいと言うわけ」
「最初は鉢植えからとかでしょう?」
「そうね。最初は慣れないからそこからね」
私やライル、リーン、アリシアのように魔力が豊富であれば多少失敗しても、直接畑を作る方が早いのだが、普通の人はそこまで魔力はない。
なので失敗しても何度も練習できるように、今は鉢植えから始めることになっている。
「鉢植えは大丈夫だったの?」
「鉢植えは大丈夫だったの。だから、実地訓練をしたいんですって」
そんな話をしていると、トラット帝国の皇太子————レナルド殿下がこちらに歩いてきた。
「こんにちは、ルティア姫」
「ごきげんよう、レナルド皇太子殿下」
そう返すと、レナルド殿下はチラリとコンラッド様を見る。
「まだ、居られたんですね?」
「王家公認なのでね」
「そんな話は聞いていないが……?」
「おや、そうですか?」
何となく首筋がピリッとした。困って先生を見ると、先生は口元を隠してはいるけれども、何となく目が笑っている。
こんな時に!とジトッとした目で見ると、先生はコホンとわざとらしく咳払いをした。
「レナルド殿下、畑の件ですが……今、ルティア姫に相談していたところなのです」
「そうなのですね。ルティア姫、是非とも魔力過多の畑を作らせてもらいたいのですが、よろしいですか?」
「畑を作る、ですか?」
「ええ、国に帰る前に試しておきたいんです」
もう一度、先生を見る。先生は少し困ったような表情を浮かべた。
ここで良いですよ、と言っていいものだろうか?魔力過多の畑を作れるようになることは悪いことではない。
悪いことではないのだが……何となく、嫌な予感がするのだ。
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