第92話 生ける龍の国(コンラッド視点)

 ラステア国は、龍が守護すると言われている国だ。

 正しくは龍と共に生きる国。


 ラステアの民は龍と共にあると言っても過言ではない。

 大昔には龍とつがいになったラステアの民がいたとも聞く。

 今よりももっと、魔力濃度の濃い時代の話。もしかしたら龍は人の姿をとることができたのかもしれない。


 今となっては、確かめる術はないが……


 その血のせいか————ラステアの民は戦闘力が高く、体が頑丈にできている。

 一般的な人間なら死ぬような大怪我も、ラステアの民であればそこまで酷いことにはならないのだ。


 とはいえ、病や呪いは別の話。


 病にかかれば伏せるし、呪いを受ければ簡単に命を落とす。

 そうならない為に作られたのがポーションだ。


 ポーションの発見はラステア国にとっても画期的なものだったが、他の国にとっても大変な特効薬でもあった。

 すぐに使えば、大怪我をした瀕死の人間も治すことができるのだ。我先にと手に入れたがる国が増えた。


 しかし、ポーションの濫用は戦争を長期化させる。

 ラステア国はポーションのレシピだけを公開し、薬草の持ち出し禁止とポーションの持ち出しにも厳しい制限を設けることになった。


 それがここ二〜三百年の話。


 今はある程度、落ち着いているが、未だ諦めていない国があるのも知っている。

 そんな中、甥であり、次期ラステアの王となるウィズ・カステード・ラステアに呪いがかけられた。


 かけた者はその後すぐに死んでしまった為、呪いを解くこともできない。

 いや、命を使ってかけた、と言った方が正解なのかもしれないが……


「姉上、ウィズの様子はどうですか?」

「あまり良くはないな」

「呪いは上級ポーションでも打ち消せないのでしょうか?」

「昔々ならいざ知らず、今の我らにポーションだけで呪いに打ち勝つのは難しかろうな」


 たった一人の後継者。

 もしもあの真面目な甥に何かあれば、担ぎ出されるのは俺になる。それは正直避けたかった。



 まだ、番う相手すら見つけられていないのに————




 甥は可愛い。小さい頃から稽古をつけたり、勉強を教えたり、姉や義兄の代わりに面倒を見てきたのだから。


 しかし、これと、それとは違うのだ。


 もしも彼に何かあったら……姉は確実に俺を後継者に指名するだろう。

 もう一人子供を産む、という選択は姉にはない。心の底から愛した番である義兄を亡くしてしまったから。

 新しい相手と一緒になるなんて考えは微塵もないだろう。


 普通の王家としては有り得ないことなのだろうが、ラステアではそれが罷り通る。それぐらい番は重要なのだ。


「ま、番って言い方からして違うか……」


 普通は結婚相手、というらしい。

 ラステアではもっとも結び付きの強い相手を選ぶ為、『番』と呼ぶが。


「何かいい方法はないものかな。上級ポーションでずっと抑えられるものでもないだろうしなあ」


 呪いは体を蝕んでいく。

 怪我は癒せても、奥深くに根を張り、ジワジワと命を脅かしていくのだ。


 龍舎に向かい、カッツェと皇龍デュシスの様子を見る。

 カッツェは俺の気持ちを察しているのか、少し落ち着かない様子だ。デュシスに至っては全く龍舎から出てこない。


「デュシス、お前にもウィズの呪いがよくない状況だってわかるのか?」


 そう話しかければデュシスはチラリとだけ俺に視線をよこした。

 早くなんとかしろ、と言われているようで何とも言えない気分になる。


「俺もできることならやってるし、代われるものなら代わりたいよ」


 そう呟くと、カッツェが俺の頭にカプリと噛み付いてきた。

 そしてグルルルルと低い唸り声をあげる。きっと冗談でもそんなことは言うな、と言っているのだろう。


 彼の首元をポンポンと撫でてやる。そうすると、カッツェも少し落ち着いたのかベロンと俺の顔を舐めた。


「何か、方法があればいいんだけどな……」


 呪いをかけた者は死んだが、どこの国の者かわかっている。

 わかっているが、証拠がないので下手に相手を突くわけにもいかない。なんせ死人に口無しだ。


 それを理由に戦争でも仕掛けるつもりか、と難癖をつけられても困る。

 あの国と違って、うちの国は戦争がしたいわけじゃない。


 きっとラステアの弱体化を狙っているのだろう。それほどまでにポーションが欲しいのだ。

 別に永遠の命が手に入るわけでもないのに……


 それにもしもウィズや姉、俺が死んだとしても代わりはいる。

 王族がいなくなれば、皇龍デュシスが王を新たに選定するのだ。それがラステアの決まり。その隙を狙って戦争を仕掛けるのも、まあ難しいだろう。


 その時は、嬉々として潰すに違いない。

 もう遠慮する必要はないと。そうなったら簡単には止まらない。

 普段陽気な人たちが怒ると、それはそれは恐ろしいのだから。







 ***



 ウィズの呪いは長期に及ぶと思われた。

 しかし、一人の少女の出現によって、それはあっさりと終わりを迎える。


 少女の名前はルティア・レイル・ファティシア

 ファティシア王国の第一王女。


 ガラス細工のように、そっと触らなければ壊してしまいそうなほど華奢な少女は、一体どんな手を使って治したのだろう?

 その場にいた全員が口を噤んだため、未だに聞けていない。


 一応、彼女が国に帰った後も聞いてはみたが、姉は笑うだけで答えてはくれなかった。


「それよりも……あの娘が?」

「……どうしてそう思うんです?」

「お前の態度はわかりやすい」


 キッパリと言い切られ、俺は口をつぐむ。

 本来、ラステアの民の番はラステアの民から現れる。それなのに、俺の番相手は全く現れることがなかった。

 だからこそ、自分の直感に確信が持てないでいるのだ。


「良いではないか。歳の差ぐらいよくある話であろう?」

の話ですよね?」

「普通でなくとも、番相手が歳の差がある時もある」

「それは、まあ……あるでしょうけど」


 姉の番相手。義兄は姉よりもだいぶ歳が離れていた。

 老齢な騎士は俺の師であり、父のような存在でもあったが……姉といる時は、穏やかな表情をしていたことも知っている。


 あれが番なのか、と心の奥底があたたかな気持ちになったものだ。


「姫君はラステアの民ではない。番と言ってもピンとこんだろうなあ」

「そうでしょうね」

「つまりはお前が頑張らねば、姫君はどこの誰とも知らぬ者と婚約して結婚してしまうと言うことだ」

「……そう、ですね」

「お前はそれで良いのかえ?」


 よくはない。よくはないが、彼女はまだ八歳の少女で……俺は成人も済んだ二十歳の男だ。


「コンラッド、其方をファティシア王国との外交窓口にしてやろう」

「は?」

「そうすれば自由に行き来できるであろう?向こうとて、何の思惑もなく魔力過多の畑の作り方や、ポーションを持ってきたわけではあるまい?」

「それは、そうでしょうけど……」

「王族同士、仲良く交流を深めるが良い」


 そう言うと朱い紅を指した唇をニィッとひく。


「妾はなあ、可愛い娘が無事にできるようだし、今度は可愛い妹も欲しいのよ」

「そんな勝手な……」

「今のところ、妾の願いは順調に叶っておる。あとは其方だけよ。のう、コンラッド?」


 一度言い出したらきかないことを嫌と言うほど知っている。

 義兄も姉とは歳が離れ過ぎていると、一度は婚姻を断ったがそれでも食い下がり成し遂げた人だ。


 龍を恐れず、姉に気に入られ、この国で暮らすには問題ないはず。

 もしも彼女を国から出したくないのであれば、俺を向こうにやればいいと思っているに違いない。


 それにカッツェがいればラステアとファティシア間の往復は、そう難しい問題ではないからだ。


?」

「……善処します」


 それだけ言うと、俺は小さなため息と共に姉の前を後にした。





 正直なところ、姉にファティシアとの外交窓口に任じられたのは良かったかもしれない。

 ファティシアとも話し合って、好きに行き来できるようにしてもらえたし。


 おかげで暇を見つけては頻繁に会いに来ている。


 集めた情報では、国の中での彼女の立ち位置はあまりいいものではない。それなら尚のことラステアに連れて行くのもいいだろう。


 慎重に、状況を見極めながら彼女の成長を待つ。


「コンラッド様、本当に今日も大丈夫ですか?」

「うん、問題ないよ」

「本当に、本当です?」

「本当に、本当」

「……ランカナ様にお尋ねにしても?」

「もちろん大丈夫だよ」


 五年の歳月は彼女を少しだけ大人にした。

 前はもっと、会いにきただけで喜んでくれたのに……今は長期滞在すると、国での仕事は大丈夫なのかと心配される始末。


「私としては、その……コンラッド様の教え方はわかりやすいので、とても助かるんですけど……」

「ならいいと思うんだけどなあ」

「お仕事を放り出してまで滞在されたら、ラステアの官僚たちに悪いですし」

「俺の部下はみんな優秀だから大丈夫。俺が一人いなくても問題なく処理してくれるよ」


 正確にはウィズが肩代わりしているのだが。叔父思いの甥をもって俺は大変助かっている。


「それに、トラット帝国の皇太子もまだ帰っていないだろ?」

「本当に彼らが帰るまでいるつもりですか?」

「もちろん」


 にこりと笑いかけると、彼女はちょっと困った顔をして、その後自分の頬をつねると俯いてしまう。


「どうしたの?」

「……いえ、その、コンラッド様に迷惑をかけているな、と」

「俺が好きでやってるんだから、気にしなくていいんだよ?」

「でも、ですね……でも、その、コンラッド様と長く一緒にいられるのも嬉しいなって思うので、私は悪い子なのかもしれない、デス」

「悪い子かあ」


 良い子にしか見えないが……本人は俺を困らせていると本気で心配しているのだろう。


「コンラッド様、本当にホントーに!大事な用ができたらちゃんと帰ってくださいね?」

「うんうん」

「約束ですよ?」

「大丈夫だよ」


 君より大事な用なんてないのだから。

 言葉には出せないが、それでもこの時間がもっとずっと続けば良いなと思う。




 まずは外堀から、しっかり、確実に埋めないとね!!

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