第91話 ポンコツ王子、未知との遭遇



「————本当に大丈夫ですか?」


 朝食が終わり、朝のお茶をする席でもう一度コンラッド様に確認する。

 コンラッド様はにこりと笑い、大丈夫だと私に告げた。


 本当に大丈夫なのだろうか?やっぱりクアドに頼んでランカナ様に確認を取るべきか?


 うーんと悩んでいると、アリシアの顔が頭に浮かぶ。

 朝食を食べてから、彼女はそのままカレッジへ行ってしまった。


 本当は一緒に行きたかったけど、レナルド皇太子殿下がカレッジに来たらとても困る。

 それに、フィルタード侯爵家のエスト・フィルタードが余計なことを言わないとも限らない。


 ロイ兄様ぐらい落ち着いて対応ができれば良いけど、突発的なことに弱い私には難しいだろう。

 いや、対応策があっても学長が忖度したらお終いだ。


「ルティア姫、どうかしましたか?」

「え、ああ、いえ。アリシアが……昨日の夜、変なことを聞いてきたので」

「変なこと?」


 下手にレナルド皇太子殿下の話題を出すのも悪いような気がして、昨日の夜の話をコンラッド様にする。


 恋バナというものについては、アリシアが泣いてしまったこともあり黙っておく。それ以外の話しても障りのない内容を伝えてみた。


「アリシア曰く、女子会とパジャマパーティーは仲の良い友人との必須科目のようなものなのですって」

「もしかして一緒に眠ったんですか?」

「ええ、パジャマパーティーはベッドの上でおしゃべりしながらするものですから……」

「うーん……あんまり想像がつかないなあ。行軍訓練や魔物討伐なんかで、部下たちと雑魚寝することはあるけど」


 普通の王族なら友達と一緒に寝るなんてあまりないだろう。

 ちゃんと客間があるわけだし。もちろん、私の宮にだってある。


「あ、でも別に誰とでもするわけじゃないんですよ?そういうことをするのはアリシアとだけです」

「ずっと思っていたんだけど、アリシア嬢とはとても仲が良いんだね?」

「ええ。とても!一番の友達ですもの」

「そうかあ……」

「はい!」


 返事をして笑うとコンラッド様はフイッと顔を逸らした。首を傾げつつ、コンラッド様の顔を覗き込むと、口元に手を当てて笑っている。


「あのぉ……?」

「いや、うん。ルティア姫は大人びているところもあるけど、やっぱり十三歳の女の子なんだな、って」

「私、そんなに大人びているところなんてありますか?」

「あるよ。考え方とか、たまにこちらが驚くぐらいだ」


 驚かせるようなことなんてそんなにしていないのだけど……でも詳しく聞くのもなんだか恥ずかしいのでやめておく。

 褒めてもらえるような内容なら良いけど、お世辞だとコンラッド様が困るだろう。



 お茶を飲み終わり、兄様の宮の一室に移動することになった。

 流石に私の宮にコンラッド様を招いて勉強するのは色々と問題があるからだ。


「そういえば……コンラッド様はライルに会ったことはなかったんですね」

「ああ、そういえばそうだなあ」


 タイミングが悪かったのかも、とコンラッド様は言った。

 一番最初にラステア国の大使としてコンラッド様が来た時は、私もライルもまだデビュタントが終わっていなかったから夜会には出られない。


 その後のお茶会もライルは来ていなかった。あのとき参加していたのはリュージュ妃とお母様と兄様、ライルは双子の面倒を見るからと断ったのだ。乳母と侍女もいるのに……


「……会ってみます?」

「え?」

「ライルです。私の一つ下で、髪色はリュージュ妃様似です」

「じゃあ金色?」

「はい」


 兄様の宮の隣の宮がライルの宮だというと、コンラッド様も挨拶ぐらいはしてみようかなと言ってくれた。

 私は兄様の宮に行くのをやめて、ライルの宮に向かう。


 入り口を守っている衛兵にライルがいるか聞くと、今日はすでに訓練所に向かっていると言われた。


「訓練所?」

「今日は乗馬訓練みたいです」

「乗馬……あ……!」

「どうしました?」

「カッツェを馬小屋の近くの小屋に預けてるんだ」

「カッツェは大人しいから馬も驚かないと思いますけど?」

「いや、人の方が驚くと思うよ」

「あ」


 お互いに顔を見合わせ、私は慌てて乗馬訓練用の訓練所に向かう。

 本当はバタバタ走ってはダメだけど、ライルがカッツェに驚いて怪我をしたら大変だ。カッツェは大人しくて良い子だけど、ライルはそれを知らないわけだし。



「————ひょわああああああ!!!!」



 聞き覚えのある悲鳴に私は頭を抑える。

 確実にライルだ。きっとカッツェに驚いたのだろう。


 馬小屋の側まで来る。

 もしや泣いてはいないだろうかとドキドキしていたが、小屋の前で腰を抜かしていたライルはカッツェにベロンベロン顔を舐められていた……


「ライル、大丈夫?」

「る、ルティア!これ、これ、龍!?」

「そうよ。ラステア国のコンラッド様の飛龍でカッツェというの」

「飛龍……すごい!かっこいい!!」


 そう言うとライルはぴょこんと立ち上がり、私の隣にいたコンラッド様に頭を下げた。


「お初にお目にかかります、ファティシア王国第二王子、ライル・フィル・ファティシアです。勝手に飛龍に触ってごめんなさい」


 急に謝ってきたライルにコンラッド様は少し驚いた顔をする。

 勝手に触った、と言うよりはカッツェがベロンベロン舐めてた、の方が正しそうだが……きっとライルなりの気遣いなのかもしれない。


「ああ、いや。驚いただろ?」

「ええっと……はい。でも全然怖くなかったです!俺が転んだの心配してくれたみたいだし」

「カッツェは優しい子だもの」

「そうだね。カッツェは比較的温厚な性格の子だから平気だけど、全部の龍がそうではないから触る時は気をつけた方がいい」

「はい!……えっと、もう少し触っても良いですか?」


 ライルは恐る恐るコンラッド様に尋ねる。コンラッド様は訓練の時間に間に合うなら良いよ、と許可してくれた。

 ライルはちょこんとまた頭を下げると、そっとカッツェに手を差しだす。


「カッツェ……?」


 小さな声で呼ぶと、カッツェがクルクルと喉を鳴らした。


「わあ……」


 ベロンとまた顔を舐められたが、ライルは嬉しそうだ。

 そしてひとしきりカッツェを撫でると、時間だ!と言って慌てて訓練に行ってしまった。


「……想像とは違ったかな」

「そうですか?」

「うん。君たちはとても仲が良いんだね」

「お客様の前だからあんな感じなだけですよ?」


 少しすました感じのライルを思い出し、普段はもう少し砕けた口調だし私と口喧嘩もよくすると伝える。

 一つ違いだから姉上とも呼んでくれないし、と呟けばコンラッド様はおかしそうに笑った。


「歳が近いとそうかもね」

「コンラッド様とランカナ様は違いましたか?」

「うちは姉上がアレだからねえ……覚えてないけど、姉と呼べと圧が強かったって乳母が言ってた」

「兄弟が増えるって嬉しいものですからね」

「たまに大変な時もあるけどね」


 ちょっと遠い目をしたコンラッド様。ランカナ様が何か無茶なことでもしたのだろうかと考えて、ちょっとだけ思考を停止した。


 多分聞いたらダメなやつだ。うん。


「さ、俺たちも勉強しに行こうか?」

「そうですね。近いうちにまたテストがあるのでお願いします」


 休んでいる間のノートはアリシアが持ってきてくれるのでなんとかなる。だけどテスト対策は持ってきてもらったノートだけでは難しい。


 兄様の宮に行き、勉強用に開けてもらった部屋に案内してもらう。


「さて、じゃあ始めようか」

「はい、よろしくお願いします!」


 そう言って頭を下げれば、コンラッド様も笑顔で頷いてくれた。










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