第90話 王女と悪役令嬢のパジャマパーティー(アリシア視点)



 ロイ様たちとの話し合いが終わり、みんなで食事をしてからルティア様の宮に戻る。


 その帰る途中で、ラステア国の王弟殿下コンラッド様から声をかけられた。

 どうしたのかと首を傾げると、先に歩いているルティア様を見る。つられてルティア様を見たあと、コンラッド様に視線を戻すと人差し指を口元に当てられた。


『な・い・しょ』


 と口がパクパク動き、何が内緒なのかと少しだけ考えてハッとする。


「アリシア様、どうなさったのですか?」


 ルティア様の従者であるリーナちゃんに声をかけられビクリと肩が震えた。コンラッド様はにこりと笑い私に手を振る。


「し、失礼いたします」


 カーテシーをしてから、リーナちゃんの後に付いていく。チラリと後ろを振り向くと、ニコニコと笑ったまま手を振っていた。

 私はそれに軽く頭を下げてどうしようかと考える。


 アレはきっと、ルティア様にって意思表示だ。


 それからルティア様の宮に戻って、もう一回お風呂に入って、ため息ばかり付いているルティア様と一緒にルティア様が七〜八人は眠れそうなベッドに上がった。


「ねえ、アリシア……どう思う?」

「ど、どうとは……?」


 フカフカの枕をぎゅっと抱きしめたルティア様はとても可愛い……ではなく、私はどうすれば良いのだろう?


 さっきコンラッド様には余計なことを言っちゃいけないよ、と言われたけれど……実際にどこら辺までがダメなのかがわからない。

 それに私はこれでもルティア様の一番の友人を自負している!友達の悩みにアドバイスするのは普通の行為では!?


 さらに言うなら、ラステア国の王弟殿下とファティシア王国の第一王女殿下。

 王国民なら自国の王女殿下を優先するだろう!!


「アリシア?どうしたの、アリシア?」

「えっ!?なんでしょう!!」

「だから、どう思うって聞いてるのよ」

「えっと、明日から休む話ですか?」

「そう。コンラッド様は本当にトラット帝国の皇太子が帰るまで、兄様の宮にいるつもりかしら?」


 いるだろう。確実に。


 あの過保護気味なコンラッド様が、今の状態で国に帰るわけがない。ルティア様は歳が離れていることと、幼い頃からの知り合いということで自分が恋愛対象にならないと思っているようだが!!


 最初のうちこそ親戚の子みたいな対応だったけど、だんだんこう……外堀を埋め始めたんだよね……

 ロイ様もロビンさんも気がついているのに止める気配がない。ルティア様を任せるに値する方だと思っているのかな?


「ええっと……コンラッド様の今までの対応を見る限り、確実に残られるかと」

「それって本当に大丈夫なのかしら?クアドに手紙を持たせてランカナ様に確認する必要があるわよね!?」

「ご本人が大丈夫だと言っているのなら、大丈夫なのでは?」

「そうはいっても……うちの国のことで、他国の方の手を煩わせるわけにはいかないわ」


 普通はそう考えるよね。

 うん。この世界の王女様としては普通よりもズレてるところがあるけれど、ちゃんと常識的な考えも持ち合わせている。


「ルティア様……ルティア様はコンラッド様とずっと一緒にいるのは嫌ですか?」

「そんなことないわ!だって、その……コンラッド様は私の趣味を知っても笑わないし、お姫様らしくないなんて言わないもの」


 そりゃあ、それ込みでルティア様のことが気に入っているのだ。

 言うわけがない。


 コンラッド様の良いところは、外堀を埋めつつもルティア様が負担に感じないように振る舞えるだけの心の余裕があることだろうか?

 できるなら私もルティア様にはそんな人と一緒になって欲しい。トラット帝国の皇太子よりもずっと、コンラッド様はルティア様を大事にしてくれるだろう。


「それなら、今回はコンラッド様に甘えられては?」

「でも……」

「コンラッド様も本当にどうしても国に帰らねばならない時はちゃんと言ってくれますよ」

「そうかしら?なんだかニコニコ笑って、大丈夫とか言い出しそう……」


 その可能性も否定はできない。が、最優先事項はルティア様の気持ち。


 ルティア様がコンラッド様に気を許しているのは見ていればわかる。

 ただそれが恋なのかと言われるとちょっと判断がつかない。


「ルティア様……もしも、もしもですよ?好きな人ができたらどうします?」

「好きな人って……家族以外でってことよね?」

「そうです。吟遊詩人とか小説の中で語られるアレです」


 もしも好きな人ができたら、一緒にいたいと思うのであれば……


「遠ざけると思うわ」


 その一言にサッと血の気が引いた。


 ————私のせいだ。


 私が、この世界の未来に起こる出来事を話したから。

 悪役令嬢として死にたくなくて、自分が助かりたくて、ルティア様を巻き込んだ。


「ど、どうしてですか!?」

「だって、危ないでしょう?」

「ルティア様を守れるぐらい強かったらどうですか!?」

「うーん……それでも遠ざけると思うわ。だって、絶対はないもの」


 絶対はない。

 それはわかっている。でも自分の幸せをどうして遠ざけねばならないのか。


「ルティア様、ルティア様は……もしや一生独身でいるとか言いませんよね!?」

「まさかそんなこと言うわけないでしょう?いずれは何処かの誰かと婚約して結婚するんじゃない?」

「投げやりすぎですよ!!」


 王侯貴族の娘に生まれたのなら政略結婚は当たり前のこと。

 もしもファティシア王国がトラット帝国よりも弱っていたら、ルティア様は言われるままに嫁いだだろう。


 でも今は違うのだ。違う。違うのに、どうしてなのだろう?


「……アリシア、どうして泣くの?」

「わ、私……悔しいんです。ルティア様の役に立てなくて」

「十分助けてもらっているけど……?」


 ちょこん、と首を傾げながら私の顔を覗き込んでくる。

 いいや。助けられているのは私の方だ。私の荒唐無稽な話を信じてくれて、そのための対策を立ててくれた。


 アカデミーの卒業パーティーは不安だけど、それでもルティア様が側にいてくれるなら大丈夫だと思える。

 こんなに良くしてもらっているのに、私はルティア様に何をしてあげられるだろう?私は何もできない自分を恨めしく思いながら、ルティア様の小さな手を握る。


「ルティア様、私はルティア様の幸せを願っています」

「そ、そう?」

「絶対に、絶対に幸せになって欲しいんです!」

「アリシアったら急にどうしたの?」

「好きな人と結婚して、子供を作って畑を耕して、花をいじって、シワシワのおばあちゃんになるまで長生きして欲しいです」

「そうね。そうなれれば幸せね」


 幸せになって欲しい。こんなに素敵な方なのだもの。


「ルティア様は誰かを好きになろうとは思わないんですか?」

「うーん……あと五年経ったら考えようかしら?」

「その間に何処かの誰かと婚約させられたらどうするんです!」

「そしたら、その人を好きになれるように努力してみるわ」

「それじゃ、ダメですよー!!」

「え、そうなの!?」


 私がまた泣きだすと、ルティア様は慌てだす。

 それではダメなのだ。ルティア様にはちゃんと愛する人と結ばれて欲しい。難しいことはわかっているけれど。


 いや、難しくはない。


 あと五年、コンラッド様なら待つのでは!?

 この話をコンラッド様に伝えて、あんまりグイグイとルティア様に迫らないようにしてもらいつつ、要所、要所でアピールして貰えば良いのでは!?


 その可能性に気がつき、私はガシッとルティア様の肩を掴む。


「ルティア様……歳の差って気にされます?」

「歳の差って……もしかしてアリシアまでコンラッド様の話を間に受けているの!?」

「いえ、ルティア様的に気にされるのかされないのかを確認したくて!あとどんなタイプが好みですか!!」


 そういうとルティア様はちょっと考え込む仕草をした。


「……好みの、タイプ?」

「そうです。背の高い人とか、話が上手とか、体がガッシリしてる、逆にぽっちゃりめとか……色々あるじゃないですか」


 これぞ恋バナ!とばかりにルティア様に聞いてみる。

 きっとコンラッド様ならそれらも全てへし折って、自分を見てもらうように仕向けるのだろうけど。

 好みぐらいは把握しておきたいはずだ。


 ドキドキしながらルティア様の答えを待つ。


「そう、ね……たぶん……」

「たぶん……?」

「好きになった人がタイプなのではないかしら?」

「え?」

「だってどう言っても理想は理想でしょう?現実はきっと違うと思うのよね」

「理想でも良いんですよ?」

「理想を語るほど、男の人を知らないもの」


 そう言われると言葉に詰まる。

 カレッジでは他の貴族たちの手本になるべく振る舞い、きっと誰が良いとか悪いとか認識する暇もないのだろう。


 それ以外の男の人は血縁者かライル殿下の側近候補三人だ。

 コンラッド様や……一応、トラット帝国の皇太子もいるけれど。あそこら辺は特殊枠になってしまうはず。好みの対象からは外れているのかもしれない。


「……誰かを見て、ドキドキしたりとかないです?」

「うーん……ハラハラならいくらでもあるけど」

「誰でも良いんですよ?」


 コンラッド様の名前が出れば万々歳だが、そうしたらルティア様はコンラッド様を遠ざけてしまうかもしれない。

 それは困る。


 いや、大人しく遠ざけられる人ではないか……


「あ、一人いる!」

「ドキドキした人がいるんですか!?」

「ええ、一人だけいるわ」


 にこりと笑うルティア様に私の期待も高まる。


「カーバニル先生」

「え?」

「カーバニル先生と会った時、とてもドキドキしたわ!」


 それは、たぶん、私が求めている意味ではない気がするけど、だけど……ルティア様が嬉しそうに笑ったから、私も一緒に笑うことにした。



 コンラッド様にはご自分で頑張ってもらおう。

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