第89話 王子と王女と悪役令嬢と王弟の緊急会議 2


「そりゃあ、ポーション作るためじゃないです?」


 ロビンの言葉に私は首を振る。


「もしそうなら、宮廷魔術師がいるはずだもの。私を嫁がせる必要はないと思うの。魔術式もポーションのレシピも公表されているのだし」

「貴族全員分となると量がいるからでは……?」

「自分が一番だと思ってる人が、わざわざそこまでするかしら?」


 トラット帝国の皇帝は従属化した国に対してとても冷たいように思う。

 領土を広げるだけ広げて後は税を搾り取るだけなんて、そんなの数年後には人が全くいない不毛な土地になるだけだ。


 それなら国内の貴族たちに対しても同じなのではなかろうか?

 皇帝でも無視できない人もいるかもしれない。でも、全部の貴族の面倒を見るような人ではないと思う。


 それとも自国の貴族は別だと言うだろうか?

 例えば自分ならどうするだろうかと考える。


「私が皇帝なら……宮廷魔術師たちに自分たちの分と予備のポーションだけを作らせて、貴族と取引の材料に使うと思うわ」

「ああ、確かに。その方が言うことを聞かせやすいよね」


 ロイ兄様が頷き、でもそれだけではダメだよね、と言われ私は頷く。


「そう。これには欠点もあって……貴族たちが自分たちでレシピを入手して、魔力過多の畑を自分で作ればクリアできてしまうのよ」


 そこまで帝国の貴族たちがやるかはわからないが、帝国ほど大きな国なら必ず貴族の派閥も複数あるはず。

 その人たちが協力し合えばできなくはない。


 疫病は致死率が高いのだ。

 自分の魔力を魔力過多の畑に使いたくないなんてワガママは言ってられないだろう。


「そうなると……どうしても私が必要な理由ってないわよね?帝国側にどんな風に私のことが伝わっているかはわからないけど」

「そう言えば、宮に戻る途中に話していたが……どうしてルティア姫が積み上げた功績が別の者の功績になっているんだい?」


 コンラッド様の言葉に私と兄様は顔を見合わせる。

 私としては別に不服はない。広めたと思しき相手もわかっているし。


「簡単に言うと、我が国の派閥の問題です」


 兄様の言葉にコンラッド様は話を促す。


「うちは第二王子が王位継承一位になってます。それはご存知ですよね?」

「ああ、確か正妃が産んだ王子なのだろ?」

「昔はまあ、色々問題があったけど……今はとても真面目な良い子です。私が使ってる畑の一部に彼の畑もあるんですよ」

「……もしかして兄弟仲は良好?」

「ええ、今は。双子が生まれてからは特に双子に夢中です」


 双子たちの宮にアッシュと一緒に足繁く通っていて、お母様もライルの変わりように驚いていた。


 それに……双子を初めて抱っこした時、ライルがポロポロと涙をこぼしたと聞いている。新しい弟妹たちはライルにいい影響を与えているのだろう。

 とは言っても、たまにドヤ顔で自分の方が懐かれてるんだぞ!って顔されると、ほっぺたをつねりたくなるが!!


 昔よりは確かに良好な関係だけど、家族だからちょっとくらいは喧嘩もするのだ。


「兄弟仲は良好だけど、それとは別に思惑がある?」

「そうですね。正妃であるリュージュ様のご実家が問題なのです」

「……聞いておいて何だけど、それは俺が聞いてしまっても大丈夫なのかな?」

「コンラッド殿は悪用しないでしょう?」


 そう言って兄様はチラリと私を見た。それに釣られるようにコンラッド様も私を見る。


「え、なに?」

「いや、うん。そうだね」

「なので大丈夫ですよ」


 二人は少しの沈黙の後、顔を見合わせにこりと笑った。一体何が大丈夫だったのだろうか?

 アリシアを見るとちょっと目をキラキラさせている。


 私が首を傾げると、兄様は気にしなくて良いよと言った。そんなこと言われたら気になるじゃないか!!


 ————後でアリシアに聞くことにしよう。


「……話を戻します。えーっと正妃であるリュージュ様のご実家、フィルタード家は我が国ができた時からある家なんです」

「始まりの家の一つなの」

「始まりの家……?」

「ファティシア王国ができる時に、五つの家と聖なる乙女が協力しあって国になったの。そんな家だから正妃の実家としての家格はピカイチなのよね」

「ああ、だから第二王子が継承一位なんだ?」


 コンラッド様は納得したように頷いた。


 私たちの本当のお母様は伯爵家。しかもあまり権力に興味のない家柄だとも教える。

 双子たちはまだ幼いので除外するが、第二王子の派閥は野心家で、第一王子、第一王女の派閥はないに等しい。


「うーん……つまりは第二王子の障害になるような邪魔者は排除したい、といったところかな?」

「正直、王家に対する忠誠心もあまりない家ですからね。それでいて発言力だけは大きい。そのせいか派閥の貴族たちの態度も悪いんです。陛下も、その側近たちもなかなか心労が絶えないのですよ」

「その派閥が……同じように畑仕事をしている第二王子を見て、ルティア姫の功績を第二王子の功績だと広めたと言うことか……」


 兄様はコンラッド様の答えに頷く。そして第二王子であるライルがそれを望んでいるわけではないことも。


「ならば噂を消す努力はすべきだ」

「そうもいかないんです。僕らは彼らにとってあまり邪魔にならない存在でないといけない。王子や王女の住む宮は比較的安全ですが、それ以外の場所はそうとは限らないでしょう?」

「それは……王族を害する者がいると?」

「正直、本来王位に就くはずだった伯父の死から怪しいんです」

「そんなに前からなのか……」


 唸るような声に私たちは苦笑いを浮かべた。


「仕方ない、とは言いたくないけれど……今はまだ、彼らが何かをしたとしてもトカゲの尻尾切りをされるだけなんです。もっと確たる証拠がないといけない」

「そのために噂をそのままにしているんだね?」

「そうです。でも本当のことを知っている人にとってみれば、私は国内にいて欲しくない存在。だからトラット帝国に嫁がせようとしているんだと思います」


 そこでラステアが出てこないのは、ラステアとファティシアの仲が良好だからだろう。

 私がラステアに嫁ぐよりも……例えばだけど、コンラッド様がこちらに婿入りする可能性だって十分にある。


 それではきっと困るのだ。


「そうなると、帝国側がその話に乗るだけの理由があるはずだな」

「そうなの。私を魔力過多の畑を作らせるためだけに閉じ込めておく可能性があるって言われたけど、王族用のポーションだけなら私じゃなくても十分できるはずだし」


 色々考え出すと矛盾している箇所も出てくる。

 ただ、こちらが深読みしているだけとも考えられるから、この問題はとてつもなく難しいのだ。


 本当に魔力過多の畑を作らせるためだけに欲しいのか?

 それとも全く別の思惑があるのか?


「私がトラット帝国に行って喜ぶのは、行かせたい人と魔力過多の畑が欲しい人だけだけど……流石に皇太子の伴侶になる人に貴族たちが魔力過多の畑を作れとは言えないでしょう?」

「あそこは……捕虜として捕まっても態度がでかい人が多いからなあ。言い出しかねないとは思うけど、そんなこと言ったら首を刎ねられるだろうねえ」


 例え第三皇子が伴侶となる人にあまり興味がなくとも、皇室の権威に傷をつけるような真似はさせないはずだとコンラッド様は言う。


 従属化した国の姫とは扱いが違うはずだから、と。


「だんだんわからなくなってきたわ」

「情報量が少ないからね。でも気をつけた方が良い。あの皇子はだいぶ食わせ者だ。なんだかんだと理由をつけてルティア姫に会いにくると思うよ」

「一応対等な関係ではあるから、無茶な要求はしてこないはずだけど……」

「そう言うこっちゃないですよ、姫さん……」


 ロビンの言葉に私は首を傾げた。


「姫さんは女の子なんですよ?例えばどうしても帝国に連れ帰りたい皇太子が、姫さんを手込めにしたらどうするんです?」

「そうね————ひとまず、急所を蹴り上げるわ!!」


 グッと握り拳を突き上げると、リーナがうんうんと頷く。


「そうそう。良いですよ……じゃなくて、二人きりになるとかそう言うのを避けてくださいよ!」

「あのぉ……カレッジでは私とシャンテくんが一緒にいるので大丈夫かと」

「それだけじゃ不十分ですね」


 アリシアの申し出にロビンがキッパリと言い捨てる。

 確かにアリシアとシャンテだけでは不十分だ。だって向こうは皇太子、こちらは貴族令嬢と貴族子息。他国とはいえ身分的にはあちらが上になる。


 他国だから自重してくれれば良いけど、そうでないからあの帝国はどんどん領土を広げているのだろうし。

 そう考えていると、兄様がポンと手を叩いた。


「ルティア、明日から皇太子が帰るまでカレッジを休もうか!」

「え!どうしてです!?」

「だってカレッジに押しかけてきたら、彼らを案内するのはルティアの役目になるだろ?」

「それは……そうです、ね?」


 カレッジの学長が案内しても良さそうだが、学長が噂を信じて忖度してきたら困る。婚約する予定があるなら、尚更私が案内した方が良いだろうと。


「コンラッド殿は学業も大変優秀だとか?」

「まあ、ある程度は……」

「もちろん彼らが帰るまでは僕の宮に滞在されますよね?」

「兄様……コンラッド様だって予定が……」

「いや、大丈夫だよ」

「だって、ルティア」

「え、えっと……本当に大丈夫です!?兄様に合わせていません!?」


 私は慌ててコンラッド様の顔を覗き込む。

 トラット帝国の人たちがどのくらいいるかは聞いていないが、婚約云々の使者ならば一週間ぐらいはいそうだ。


 そうなると、コンラッド様もそのぐらいいることになる。

 それは本当に大丈夫なのだろうか?


「王弟の仕事はそんなにないからね。姉上は優秀な方だし、ウィズも後継者として頑張ってるから。それにこんな時にラステアに戻ったら、姉上に怒られるだろうしね」


 なぜ怒られるのだろう……?


「と言うわけで、明日からルティアの勉強を見てあげてください」

「兄様!?」

「承知した」

「コンラッド様!!」


 私がカレッジを休むだけでなぜそうなるのだ!!

 叫びたい気持ちを抑えながら、私は……私は……項垂れるしかなかった。

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