第88話 王子と王女と悪役令嬢と王弟の緊急会議 1
ロイ兄様の宮に行く前に、一旦自分の宮に戻る。
流石に畑仕事した後の格好で行くのはちょっと……とアリシアに言われてしまったのだ。私も兄様も気にしないけれど、やはりちゃんとした令嬢は意識が違う!
仕方ないので、エダマメとライチをコンラッド様に預けて兄様の宮に先に行ってもらうことにした。
「ユリアナ、着替えの用意をしてもらえる?」
「その前にお風呂です。姫様」
「でもお風呂に入ってたら時間が……」
「お・風・呂・で・す!!」
ユリアナの剣幕に押され、私とアリシアは浴場に放り込まれる。
浴場は広いし、お母様と一緒に入ったりもしてたから私は平気だけど……アリシアは極々普通の令嬢だ。大丈夫だろうか?とチラリと見ると、浴場の広さに目を丸くしている。
「わあ……銭湯みたい……」
「戦闘?戦うの?」
「あ、違います!違います!私が前生きていた世界では、銭湯と言って大衆が入る公衆浴場?えっと入浴施設があったんです」
「みんなで入るの?」
「もちろん各家庭にもあるんですけど、バスタブが狭いのでたまに広いところに入りに行ったりするんですよ」
何だかとても面白い。それに、各家庭に浴場があるなんて凄いことだ。
この国の一般庶民は体を清潔に保つ術式があるから、それを使って体を清潔に保っている……表向きは。
体を清潔に保つのは生活する上で絶対的に必要なものではないから優先順位は低い。その術式を入れてもらうくらいなら、夜遅くまで内職できるように灯りの魔術式を石に入れてもらうだろう。
逆に王侯貴族はわざわざ魔術式を使わない。魔物討伐の遠征に出ていれば別だけど、そうでない限りは邸宅に浴場が設置されている。
もちろんサイズはまちまちだが、水の魔法石と火の魔法石があれば簡単にお湯が作り出せるからだ。
「大衆浴場……それがあったらみんな入りにくるかしら?」
「どうでしょう?元々湯船に浸かる習慣がないですし」
「そうね。ないわね……」
そんな話をしていると、わらわらと侍女たちが浴場に入ってくる。私たちは侍女たちに体から髪からゴシゴシと洗われ、ようやっと湯船に浸かった。
お湯に浸かるのはこんなに気持ちいいことなのに、知らないのは何だか勿体無い気がする。
だからと言って強制できるものでもない。
「……ねえ、毎日とはいかなくても気軽にお風呂に入れたら嬉しい?」
体を洗ってくれた侍女たちに問いかける。すると侍女たちはうーんと悩んでしまった。
「王城に仕えている侍女や侍従は高貴な方に使える上でお風呂は絶対ですけど、一般的にはあまり入りません」
「そうね」
「たまにしか入らない場合……お風呂の垢が酷そうで……」
「あか?」
「長期体を洗わないと体の汚れがお湯に浮くんですよ。良い石鹸を使っても普段から入っていないと汚れは落ちづらいんです」
「そ、それは……」
「源泉掛け流しとかでもないとお湯一面に垢が浮くわけですね?」
アリシアがそう言うと、侍女たちもコクリと頷く。
お城の共同浴場はその辺も考慮していて、それに対応した魔法石でお湯が作られているらしい。
「お城と同じ魔術式を入れた魔法石はきっと高くなるわよね……」
「そうですね。もしも一般に広く普及を目指すなら、安くで入れるようにしないといけませんし」
「いっそのことアミューズメントパークみたいにすれば良いのかなあ」
「あみゅ……?なあに?」
「え、あーえーっとお風呂と食事処を一緒にするんですよ。お風呂の代金は安くして、食事の代金を少し高めにするんです」
それなら例えお風呂しか入らない人がいても、食事を食べていく人がいれば補填できるのでは?とアリシアは言った。
「……それなら新しい作物をそこで調理して出せば広まりやすいかしら?」
「あ、それいいですね。お風呂入った後は麦酒と枝豆ですよ!」
公共事業はまだやったことがないけど、兄様に相談して計画を詰めてもいいかもしれない。
「さあさあ姫様、アリシア様、ロイ殿下の宮に行かれるならそろそろ支度をなさってください」
お風呂に入る手伝いをしてくれていた侍女たちと話し込んでいたら、侍女長が浴場に顔をのぞかせる。
そうだ。兄様の宮に行くのだった……!!
浴場から出ると、ユリアナと侍女長がテキパキと私たちの用意を整えていく。
リーナもいつもの制服に着替え終わっていて、準備は万端だ。
そうして着替え終わると、私とアリシア、リーナは兄様の宮へと向かった。
***
宮に着いて兄様の元へ案内される。
部屋の中でソファーに座り寛いでいた兄様を見つけると、私は無言で兄様の元へ行き両手を伸ばして兄様の頬を左右に引っ張った。
「……痛いよルティア」
「痛いことをされて当然のことをしたのですよ?」
ぷくっと頬を膨らませると、ロビンが後ろからまあまあと私を止めに入る。
「だって!」
「そうはいっても、コンラット殿に行ってもらうのが一番早かったんだよね」
「そういう問題じゃないと思うのですが!」
「ほら、僕が行っても面倒ごとが増えるだけだし?」
ほら、ではないのだ!私の心臓がギュッとなった分だけ大人しく頬をつねらせて欲しい。
ロビンに引き離され、口を尖らせているとコンラッド様の笑い声が聞こえてきた。
「本当に仲良しだね」
「兄様は呑気すぎるのです!」
「まあ、俺が行くって言ったのもあるから……そんなに怒らないであげて欲しいな」
流石にコンラッド様に言われてしまうと、それ以上怒ることは難しい。
「ルティア、機嫌を直して。ルティアが収穫してきたエダマメとライチがあるよ?」
食べ物で釣れば機嫌を直すとでも思っているのだろうか?そう思いつつ器に盛られた茹で上がったエダマメと冷えたライチを見る。
……やっぱり美味しそうだわ。
そんな私の心の中を読んだかのように、コンラッド様はライチの表皮を半分剥くと私の口に押し当ててきた。
「ほら、美味しくできてるよ?」
あーんと言われて、渋々口を開けて受け取る。
小さい頃なら良いけれど、流石にこの歳になってくると誰にされても恥ずかしい。
そんな私の様子をロビンがニヤニヤっと笑いながら見ている。
「美味しい?」
「……美味しいです」
コンラッド様にそう答えると、嬉しそうに笑う。この笑顔に誤魔化されてはいけないと思いつつも、これ以上は怒ることの方が労力を使いそうなので諦めた。
「————それで、トラット帝国はラステアから見ても不穏ですか?」
兄様の言葉に少しだけコンラッド様は考えこむ。
それから小さく頷いた。
「トラット帝国では疫病が流行っているんだ。と言っても、従属化した国の方だけどね」
「疫病……?」
「話は聞いていましたけど、疫病……ですか」
もしかしてファティシアで流行る予定だった疫病のことだろうか?
今のところファティシアではその兆候はないけれど、トラット帝国では流行っているのか、と考え込む。
コンラッド様はどんな病気なのか丁寧に教えてくれた。
「そう。最初は数日熱が出るんだけど一度下がるんだ。その後、顔を中心に
コンラッド様の言葉に、隣に座ったアリシアが小さな声でポツリと呟く。
———天然痘、と。
もしやアリシアが前に生きていた世界では同じ病があったのだろうか?
すぐに聞きたいけれど、アリシアのその知識は多分まだ誰も知らない知識だ。その話をしても誰から聞いた、とか、本を読んだ、では誤魔化せない。
病気の対応を知っているのなら誰だって知りたいからだ。
「それにしても……うちでは流行ってないわよね?」
「ラステアでも流行ってはいないよ。具合が悪くなったらまず初級ポーションを飲むようにしてるからね」
「つまり具合が悪くなった人たちがみんなポーションを飲んでくれているってことかしら?」
「食生活の向上もあるかもね」
食事が食べられること、初級ポーションが買えるだけの生活がおくれること。それが疫病が流行らない一番の原因であるなら、こんなに嬉しいことはない。
「逆に、帝国の従属化した国で流行っているということは、かなり国が疲弊しているってことになるかな」
「従属化した国の面倒をトラット帝国は見ないのかしら?」
「奴隷とほぼ変わらないからね。搾取はしても面倒を見るような者はいないと思うよ」
「一番の問題は、その国からの難民がきた場合だね」
難民、と言われ着の身着のままで逃げてくる人たちを想像する。
きっと命懸けで逃げてくるはずだ。でもファティシアやラステア国で彼らの面倒を見るには予算と、ポーションの確保が必要になる。
「表立って助けるのも色々と問題が起こりそうですね」
「従属化した国の人間は帝国の所有物。勝手に手を貸すとは何事だ!と言い出しかねないね」
疫病に感染している可能性もあるし、何とも悩ましい話だ。
助けられるのなら助けてあげたいが、食生活や文化の違う国にすぐ馴染むのは難しい。しかし行き場所がなければ、各々の国のスラムに住み着き悪さをする可能性もある。
それにしても、トラット帝国はあまり従属化した国を顧みることはないようだ。
それならばどうして魔力過多の畑を作りたいのだろう?
自分たちの分のポーションだけなら、宮廷魔術師にでも作らせればいい。魔術式もポーションのレシピも公開されているのだから。
「トラット帝国は……どうして魔力過多の畑を作りたいのかしら?」
私の問いに、みんなが顔を見合わせた。
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