第85話 皇太子と王弟 

 どうしよう。どうしよう。どうしよう!!


 コンラッド様とレナルド皇太子殿下が鉢合わせる状況は避けた方が良いのではなかろうか?

 なんせ何度も戦をしている間柄。


 友好的なわけがない!!


 内心で冷や汗をダラダラとかきながら、クアドに返事を持たせる。

 ロイ兄様!絶対に!絶対に!!コンラッド様を宮から出さないでください!!

 ファティシアで戦争勃発したら大変なんだからー!!


「姫君、どうかしたのか?」

「え、いえ!なんでもありません!!」


 後ろから声がかかり、ビクリと肩が跳ねる。私はもう暫くしたら迎えが来ると誤魔化して、収穫できそうな果物を教えた。


「これは?」

「これはラステアでよく食べられている果物です。ライチと言います」

「らいちー?」

「ラ・イ・チです」

「ライチ、な」


 ライチをザルに収穫して、水で周りを洗い、ヘタの部分から周りの果皮を剥くように教えると皇太子殿下は器用に果皮を剥く。


「周りは鱗のようなのに中身は白いんだな」

「真ん中にタネがあるので気をつけてくださいね」

「ふーん……」


 気をつけろと言ったのにそのままパクリと口の中に放り込む。

 そしてモゴモゴと口の中を動かすと、自分の手の中にタネを吐きだした。

 私は手拭きを皇太子殿下に差し出す。


「瑞々しくて甘いな」

「ラステアは他の場所よりも温暖な土地ですから。水分を多く含んだ果実が好まれるんです」


 夏場は凍らせて半解凍状態で食べるらしいですよ、と言えば暑い日にそんな食べ方ができるのはラステアだからだな、と言われる。


「トラットの夏は短い。それにそこまで暑くもならないから、凍らせて食べるという発想もないだろうな」

「冬が、長いと聞いています」

「そうだ。北の土地になるほどに秋でも寒さで凍死する者がいる。土地も痩せているから毎年冬を越すのが大変なんだ」

「なら尚更、ご自分たちで魔力過多の畑を作れば良いではないですか」


 そもそも私一人が嫁いだところで魔力過多の畑を大量に作れるわけではない。

 使われた土地はまた魔力が減れば元の土地に戻るだけ。定期的に魔力を注ぎ続けなければいけないのだから。


「食べるものが豊かなのはいい国の証拠です。自分たちの権威を誇示するなら、魔力過多の畑を百でも二百でも作ればいいんですよ。そうすればいい君主と誉めてもらえます」

「それは良いな!」


 はははははと皇太子殿下は笑いだした。何がおかしいのだろう?

 民がいなければ、税収が下がる。下がったからと言って更に税を増やせば、民は暮らしていけない。

 税収が下がり、食料もなくなり、最後に残るのは何もできない王侯貴族のみ。


 自分たちがいかに無力か知るだろう。


 畑一つ作れないと言うことは、食料を入手する手段がないと言うことだ。

 戦をするにしたって食料は絶対必要である。現地調達できるほど、豊かな国に戦を仕掛けると言うことは、裏返せば負ける可能性が高いと言うこと。


 トラット帝国は周りの国々を併合して大きくなった国。

 最後まで帝国に付き従う者がどれほどいるだろう?


「……姫君、魔力過多の畑を作るには魔力以外に何が必要だ?」

「魔術式の入った宝石……魔法石があれば十分です。魔術式は公開してますよ」

「秘匿しないのか?」

「なぜ?」

「それがあれば無限に様々な食料を作れるだろ?」

「そうですけど、でもみんなお腹いっぱい食べられた方が幸せじゃないですか」

「幸せ?」

「お腹が空いてると、嫌なことばかり考えてしまうでしょう?それに美味しいものはみんなで食べた方が良いじゃないですか」


 そう言うと、皇太子殿下は私の頭に手を置いてクシャクシャっと頭を撫でた。


「姫君は愛されているのだな」

「愛されていないから、傷つけていいわけではありません」

「それは建前というものだ」

「そうでしょうか?私は未だに三番目と誹りを受けますが、別に気にしてませんよ?……昔は、多少、気にしてましたけど」


 別に順風満帆な人生を送ってきたわけではない。

 死にそうになったこともあった。行き違いになったことも。それら全てを笑顔で許しているわけではない。


 腹が立つこともあるし、怒りをぶつけたい時もある。

 いや、正直やられたらやり返すぐらいの気持ちはいつだってあるのだ。でもその前に少しだけ立ち止まる。


 何かを口に出して言うことはとても簡単だ。

 でも私は王女で、同じ年頃の子たちとは責任のあり方が違う。些細な一言が、大きな出来事になったりもするのだ。


 昔の、ライルのように……


 三番目でありながら、皇太子の地位に上り詰めた人。

 彼はどちらだろう?


 責任を取ることをせず口に出すだけなのか、それとも—————




「ルティア姫」



 良く響く、優しいテノールの声。

 でも今は、今だけは……ちょっと聞きたくなかった声が後ろから聞こえた。


 周りの温度がスッと下がった気がしたのは気のせいではないはず……まるで油の切れたオモチャのように、私はギギギギギと音を立てながら後ろを振り返る。


「こ、コンラッド様……」


 いつもの優しい笑みを浮かべているけれど、瞳の奥が少し冷たく感じた。

 コンラッド様の後ろには皇太子殿下を迎えにきたお付きの人と、うちの侍従が立っている。


 正直に言おう。侍従たちの顔色はあまり良くない。


 兄様!!どうして宮から出したの!!と内心で兄様に怒りながら、コンラッド様に略式の挨拶をする。

コンラッド様はそのままスタスタといつも通り近づいてきて、私に話しかけてきた。


「こんにちは、ルティア姫。そろそろ枝豆が収穫の時期だと思ってきてみたんだ」

「そ、ソウダッタンデスネー」


 そう言ってから、コンラッド様は次に皇太子殿下に視線を向ける。


「お初にお目にかかります。トラット帝国の若き皇太子殿下」

「……そちらはラステアの王弟殿かな?」

「ええ、コンラッド・カステード・ラステアと申します」

「私はトラット帝国第三皇子のレナルド・マッカファーティ・トラットだ」


 お互いに笑っているけれど、目が笑っていない。怖い。怖すぎる!!

 コンラッド様の後方にいるうちの侍従たちはみんな顔を青くして、どうにかしてくれと私に訴えかけてくるが私にどうにかできるわけないじゃない!!


「こ、皇太子殿下……城から迎えがきたようですし、どうぞお戻りください」


 皇太子殿下にそう声をかけると、彼は小さく息を吐く。

 いやいや、早く戻ろうよ!コンラッド様は色々と良くしてくださるから兄様の宮と畑に関しては自由に出入りしているけれど、皇太子殿下はそうじゃないでしょう!!


 しかし皇太子殿下は私の心の中の訴えなんてまるっと無視すると、私の手を取り指先に口付けた。


「ルティア姫、次にお会いする時はレナルド、と呼んでいただけますか?」

「へ?」

「ぜひ、呼んでください」


 呼んでください、とお願いしている風だが視線は呼べ、と言っているようにしか見えない。

 私は呼びたくないけど、呼びたくないけど、ここで断って色々と揉めると困るよね。困るんだよね?後ろから哀願するような視線がビシビシと刺さる。


「わ、わかり……ました……」


 そう言うとようやく皇太子殿下は私の手を離し、侍従たちの元へ向かった。

 大人しく城に向かう様子を見送り、ホッと一息つくとコンラッド様が私の手を取る。


「コンラッド様?」

「……存外、心が狭いなと」

「はい?」


 心が狭いとは何だろうか?私が首を傾げていると、ポケットからハンカチを取り出し指先を拭う。


「あ、その……収穫作業していたので、汚れちゃいますよ?」

「うん。それは平気」


 平気、と言われてもこちらが平気ではないのだが……どうしようか考えても特にアイデアも浮かばない。ひとまずさせたいようにするのが良いのだろうか?


 コンラッド様の様子を眺めていると、私の指先をゴシゴシと拭いたあと、そのまま自らの口元に持っていきチュッと軽い音をさせてキスをする。


「うん、これで良し」


 何が良しなのかわからないが、何だかものすごく恥ずかしいことをされたのだけは……理解、した。

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