第86話 邂逅、そしてーーーー(レナルド視点)


「殿下、いかがでしたか?」


 城の貴賓室に戻ると、三人の側近の一人マルクス・アーベルが問いかけてきた。

 俺はその問いに頭を左右に振り、ラステアの王弟の話をする。


「あの調子ではラステアの王弟の方が優位だろうな」

「ラステア国ですか……」


 あからさまに肩を落としたマルクスに苦笑いを浮かべた。


 ラステアとは過去に幾度か戦争をした間柄。はっきり言えば父である皇帝はラステアを嫌っている。自分の威光が陰る原因だと。


 そのラステアとファティシアがここ数年、かなり親密にしている。

 それを確かめる目的もあって、この間行われた第二王子と第一王女のデビュタントに参加した。


 デビュタントにはラステアの上位貴族も数名参加しており、確かにファティシアとの交流は深いのだと見てとれたが……覚えている限り、王族の参加はなかったはず。

 しかし、今日の様子を見るとラステアの王弟は頻繁にファティシアに訪れているように見える。


「そちらもダメ、と言うことは完全に手詰まりですね」


 マルクスは深いため息を吐く。その様子に話し合いは不調に終わったことを理解した。あの男は帝国が強気に出れば頷くはず、と言っていたがそんなことはなかったわけだ。


 俺はマルクスにファティシアが彼女を嫁がせることはないだろうと告げる。

 ギルベルト・シュルツは俺の言葉に首を傾げた。


「確か、の話では……こちらに嫁がせる予定だったのでは?」

「前提条件が変わっているだろ?」

「前提条件……ああ、疫病、でしたか」

「そうだ。帝国でも流行っている疫病だ」


 昨年末頃からある疫病が流行っている。

 疱瘡を発症し、死亡率も高い。死ななくとも顔や体に痘痕が残る、何とも厄介な病だ。

 どんな種類の疫病が流行るとは言っていなかったが、あの男の言う通りに疫病は流行った。それによりファティシアも国力が下がると言っていたが……


 数年前からのポーションの成功と、国内生産自給率の向上でファティシアは今、どこの国よりも非常に安定している。

 逆に帝国の方が従属国に病が広がって死者が増えている状態だ。


「部分的にはあってるんですけどね」

「そうだな」

「予言の娘、だったか?」


 ハンス・クリューガーが軽く首を傾げ、それにマルクスが頷いた。


 予言の娘—————


 未来を予知できる、との触れ込みだったが全てを見通せる訳ではないらしい。

 そして未来は変わる可能性もある、とわかった。


 もちろん予言を絶対的に信用しているわけではない。しかし、ある程度の精度で当たるならば可哀想だが、あの少女はこれから搾取される運命にあるだろう。


「ファティシアの国力が下がっていれば、戦争回避のために姫君を帝国へ差し出す可能性はありますが、今の状態ではラステアと手を組まれてしまうでしょうね」

「その通りだ。下手に藪を突っついて蛇を出す必要はない。父上がどんなに望もうとも、ファティシアを属国にするのは不可能だ」

「しかし……どうするよ?」

「どうもしない。何もできないさ」


 今の状態で無理矢理王女と婚姻を成すことはできない。

 本人が断固拒否するだろうし、ラステアと手を組まれては帝国の方が分が悪いからだ。


「……そうだ。マルクス、魔法石を手に入れてくれ」

「魔法石、ですか?」


 マルクスは不思議そうな顔をする。それはそうだろう。帝国では魔術を使うのは王侯貴族だけ。しかもアカデミーで習う時に使うぐらい。

 普段から使うようなことはほぼないと言っていいだろう。


 唯一使う場所があるとすれば、戦場ぐらいだ。


「ここの王女は自分で畑の世話をしているんだ」

「……王族が?」

「まあ、三番目と蔑まれていたと聞いていたが……その分自由に過ごしているようだな」

「いや、だからって畑仕事はないだろ?」

「なかなか美味かったぞ」


 食べたんですか!とマルクスが悲鳴のような声をあげる。帝国では毒を盛られることが日常茶飯事だからだ。


「問題ないだろ。本人も食べていたし」

「そうは言ってもですね……」

「流石に土産はもらってないぞ?」

「当たり前だろ!皇太子になってから何度殺されかかったと思ってるんだ」


 呆れたようにハンスがため息を吐く。

 だからこそ断った、と言えばマルクスとギルベルトがため息を吐いた。


「持って帰って、毒が入っていたと言えば脅す材料になったのでは?」

「もしくはファティシア内で襲われるとか?」

「それって殿下が危険な目に遭うの前提だろ?俺は反対」


 マルクスとギルベルトの言葉にハンスが反対する。

 確かにそれは悪手だろう。それであの王女が手に入るとは思えない。逆に徹底的に調べて、その結果帝国に不利な情報が出て来た時の方が困る。


「どちらにしろ、彼女を連れて行くのは諦めた方がいい。それよりも魔法石を手に入れて、この間もらった領地で試したいことがある」

「試したいことですか?」

「魔力過多の畑を作る」

「魔力過多の畑って……でもそしたらオレたちが作るってことか?」

「そうなるな」


 魔力過多の畑を作れればポーションが作れる。そして、皇族自ら作れば他の貴族も追随する可能性があるからだ。

 どこまでできるかはわからないが、ファティシアの王女を無理に連れて帰るよりはその方が建設的だろう。


 それに————


「魔力過多の畑を理由に王女をこちらに招くこともできる」


 ソファーに腰を下ろし、ゆっくりと背もたれに背中を預ける。


「……来ますかね?」

「ラステアに自ら行ったのだろ?ならば、協力して欲しいと頼めば来る可能性が高い。まあ、その前に親しくなる必要はあるがな」

「親しくなった程度で来てくれればいいけどなぁ」

「彼女は……見た限り、かなりのお人好しだ。どうしてもと教えを乞われて断ったりはしないだろ」


 もっとも、魔術式研究機関の魔術師たちだけが来る可能性も否定できないが。


「食料自給率とポーションの作成。これは急務だ。今のままでは死者が増える一方だからな」

「例の予言の娘は借りられないんです?確か聖属性の魔術が使えたでしょう」

「王侯貴族なら兎も角、庶民まで治させるのは不可能だろ。どれだけの人数がいると思ってるんだ?」


 ギルベルトは皇族自ら魔力過多の畑を作ることに難色を示している。

 しかしハンスに言われ、確かにと肩をすくめた。


「戦争をするにもある程度の備えが必要だ。今、我が国にもっとも欠けているものがそれだろ?」

「そうですね。私も殿下の言葉には賛成です……ただ」

「陛下が難色を示す、か?」

「ええ」

「構わないさ。自分の領地をどうしようと俺の勝手だろう?兄上や姉上たちも同じように勝手にしているのだから、俺だけダメだと言うことはない」


 ただし、彼らがやっていることは搾取することだけだが……

 国がどうやってできているのか理解できていない者に、領地を任せるとはその土地の者に死ねと言っているようなもの。


 従属国ではあるが、それでもある程度は目をかけてやらねば反乱を起こされてしまう。

 残念ながらが理解できないようだ。


「じゃあ、新しい土地で試して……そこに王女を招くって算段でいいのか?」

「戻るまでにある程度、親しくなる必要があるけどな」

「簡単に親しくなれますかね?」

「ここにいる間は畑に通ってみるさ」


 あの調子だと頻繁に畑に出向いてそうだと言えば、十三歳ならばカレッジに通っているのではないかとマルクスに言われる。


「カレッジか……」

「皇族の案内をするなら王族では?」

「その時にいつぐらいに畑にいるのか聞けば良いんじゃないか?いない時に行っても仕方ないだろ」

「一人、畑を管理している風な男がいた。それに話を聞きたいから問題ない」


 どのみち毎日カレッジに通うわけにはいかないのだから、畑に通って外堀から埋めるのも手だろう。


 クルクルと表情のよく変わる王女を思いだす。

 茶色い髪に蒼い瞳が印象的な少女は、どうして畑仕事をしようなどと思ったのだろうか?



 自分と同じ、必要ないと蔑まれた三番目。



「手に入れると決めたからには、ラステアの王弟に負けるわけにはいかないな」


 慈悲深い王女が王妃になれば、皇族の求心力も上がるだろう。その前に片付けなければならないことも多いが……皇太子と言えども、絶対的に安定した立場ではない。


 足元を固めるためにも、あの少女を手に入れなければいけないのだ。



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