第84話 モブ王女、皇太子と対峙する
一体全体なんだってこんなところにいるのだろうか————!?
ライルやリュージュ妃の髪色が黄色味の強いバターブロンドと呼ばれるものなら、彼の髪色はプラチナブロンドになるだろうか?
淡い、透けるような金髪は瞳の色がとても目立つ。
とても冷たい、アイスグレーの瞳。
その瞳が私を見ていた。
「……レナルド・マッカファーティ・トラット皇太子殿下とお見受けします。一体この場に何用でしょうか?」
アリシアたちを隠すように前に立って私は彼に問いかけた。残念なことにこの場で彼と対等に話せるのは私ぐらいなのだ。
正直言って相手なんてしたくない。だって婚約を断った相手なのだから。
そんな私の心境なんてお構いなしに彼は興味深そうに畑を見回し、そのまま四阿に近づいてくる。
おかしい。
どうやってたった一人でここまで来たのか?
本来ならいるであろう侍従も侍女も誰一人として伴っていない。自分の国ならいざ知らず、他国でこの振る舞いは失礼に当たる。
私ですらラステア国を自由に歩き回ったりしないのに!!
「皇太子殿下?」
なにも答えない彼にもう一度呼びかける。しかし、彼は答えることなく私の側まで来ると、テーブルの上のエダマメを手に取った。
「これはどうやって食べるんだ?」
「中の実を取り出して実だけ食べます」
そう教えると彼は躊躇することなく中身を取り出して口に放り込んだ。
「……ふーん面白い味だな」
「皇太子殿下、質問に答えていただいていないのですが?」
「ああ、うちの連中が色々と話をしている間、暇だったからな」
「なるほど。トラット帝国では客人は勝手に出歩いてよろしいんですね?」
暇だからなんだというのだ!
何か用があって来ているのなら、大人しく貴賓室で待っていれば良いのに!!
私が言い返したのが珍しかったのか、彼はキョトンとした顔をする。そして少ししてから笑いだした。
「ははははは!!確かに!これは俺が悪かった。今まで滅した国にしか行っていなかったからな。特に考えもせず出歩いていたが、ファティシアでは失礼に当たるな」
「お客様を一人で出歩かせたとあっては、侍従たちが今頃城で青ざめているに違いありません。どうぞお戻りください」
「……一人で戻れと?」
アイスグレーの瞳が面白そうに私を見ている。
「すぐに迎えを呼びます」
内心でチッと舌打ちをしながら、そう告げると私はポケットに入れておいた笛を吹く。
すると直ぐにクアドがやってきた。
私はクアドに手紙を持たせると、お父様のところへ向かうように伝える。
「それは魔鳥か?」
「ええ、でも大人しいですよ。慣らしてますので」
「普通の姫君は畑仕事もしないし、魔鳥なんて見たこともないだろうな」
自分のことを棚に上げて普通を語らないでほしい。
「……普通とは、なんでしょう?」
「ん?」
「普通とは大多数の人がそうである、というだけのことですよ」
「なるほど。そう言った考え方もあるな」
自分だってフラフラ出歩いてるじゃないか。人のことを言えないだろ!と思いつつも、迎えが来るまでは彼をそのまま放置することもできない。
仕方なくベルを小屋に戻らせ、リーナにお茶を出すように言う。
彼は特に気にすることもなく、四阿に備え付けの椅子に座った。彼の言う普通、からすれば王侯貴族が畑の中にある四阿で寛ぐことなんてないだろう。
特に、彼の国では皇族の権威が強い。
軍事国家であるから仕方がないのかもしれないが、皇帝の言葉が全て。皇帝がカラスを白と言えば白くなる。
そのぐらいに、独裁的な国家なのだ。
なのでその地位に就く者は血生臭い噂が絶えない。彼もまたその一人だった。
第三皇子でありながら、皇太子になった人。
有能ではあるのだろうが、その分、命も狙われやすかろう。
だからこそ一人で出歩くなんて無謀なことはしないで欲しい。何かあったらうちの国の責任になってしまうじゃないか!
「ところで、そちらは第二王子の婚約者殿かな?」
「は、はい……アリシア・ファーマンと申します」
アリシアは若干言葉を詰まらせたが、彼に向かって頭を下げた。
「侯爵家の令嬢まで畑仕事か」
「我が国では王侯貴族は民の模範となるように教育を受けます。我々が率先して新しい作物を育て、民に伝えれば、彼らも安心して育てられます」
「なるほど?」
まあ、これは建前というものではあるが!それを彼に言う必要はない。
例え趣味八割であったとしても!!
アリシアは流石に席に座るのに躊躇しているが、私が構わないから座るように言った。彼が勝手にここまで来たのであって、招いたわけではない。
ここは私の畑で、招かれざるは彼の方なのだから。
「それにしても、こんなに広い畑を作ってどうするのだ?」
「他国から種や苗を取り寄せ実験的に色々なものを育ててます」
「ふーん……これは?」
エダマメを手に取り尋ねてきたので、私はラステアのエダマメという食べ物だと教える。
「ラステア、ね……随分と仲が良いようだな」
「ええ、大変良くしていただいております」
「ラステアの、ポーションの安定的な供給に一役買ったのは姫君か?」
「あれは我が国の魔術式研究機関が考えたことです」
どこまで知っているのだろう?
仲がいい、とは友好国としての意味なのか、それともコンラッド様が頻繁に訪ねてくることを言っているのか……なんとも考えが読めない。
この場にロイ兄様がいたら対抗できたかもしれないけど、流石に私では彼の手の内を読むことは難しかった。
「魔力過多の畑とはそれほどまでに食料や薬草を安定的に供給できるのか?」
「そうですね。天候や気温に左右されることもありません。よほど天災でも起これば別でしょうが……」
「それは便利だな」
エダマメが気に入ったのか、ひょいひょいと口の中に放り込んでいる。
チラリとアリシアを見ると、自分の食べる分が減っているせいか悲しそうな目をしていた。
「……気に入られたのでしたら、少しお分けしましょうか?」
「いや、いい。下手に持ち帰って毒でも入れられたら戦争の口実になるからな」
「そんな……!」
「それぐらいは平気でやるぞ?そちらが俺と姫君との婚約を断ったからな」
いやいや、婚約の話を断ったぐらいで戦争するとかどれだけ好戦的なのだ。そんなことしていたらどの国とも戦争することになるだろう。
「姫君の国にはうちと仲良くしたい者もいるようだ。それがペラペラと喋っていたからな。本当は、誰が魔力過多の畑を作り、ポーションを広めたのかと」
そのせいで皇帝が姫君に興味を持った、と笑いながら言った。
民のために自分の魔力を使うのであれば、嫁に来させれば帝国でも同じように使うだろうと。
「つまり、自分たちがやりたくないことを私に押し付けるために嫁いでこいと?」
「その通りだ。我が国では皇帝の権威が最も強い。だが貴族たちもかなりプライドが高い。そのせいで民のために魔力を使うなんて発想は全くないんだ」
なんとも酷い言い草だ。
国は民がいなくては成り立たない。王様だけいたってなんの意味もないのに。
「ま、普通に考えたら嫁いで来ない方がいいだろうな。皇帝の妃は一人ではない。姫君が嫁いできたら、離宮にでも閉じ込めて必要な時にだけ力を使わせ、酷使し続けるだろう」
「……そんな話を私にして良いのですか?」
「俺個人としては姫君を気に入っているが、だからと言って我が国の奴隷にしたいわけじゃない」
とはいえ、皇帝陛下の考えはわからないがと彼は言う。
自分が一番だと思っている人なら、例え友好国の姫であっても奴隷みたいなモノだと思っているのだろうか?
それはなんともいただけない。
「それにしても美味いな」
「……収穫したばかりですから」
「他にはないのか?」
「は?」
「他に収穫できそうなものはないのか?」
「ありますけど……?」
そう言うと、どれが食べられる?と聞いてきた。
さっきまで王侯貴族が畑仕事なんて、と言っていなかったか?いや、馬鹿にした言い方ではなかったけど。
どうしようか考えていると、頭上でクアッとクアドの鳴き声がする。
四阿から出るとクアドがひらりと私の肩に降りてきた。
「おかえり、クアド」
足首に付けてある筒をツンツンとクアドがつっつく。
どうやらまた手紙を持ってきたらしい。中の手紙を見て、私は目眩を起こしそうになった。
タイミングが悪い。悪すぎる。
いつもなら嬉しいはずの訪問も、今は素直に喜べなかった。
手紙にはコンラッド様が兄様の宮に来ていると書かれていたのだ。
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