第69話 王女、旅に出る

 アリシアとロイ兄様とのお茶会から、あっという間にラステア国へ旅立つ日が来てしまった。


 毎日のようにリュージュ妃のレッスンを受け、これでもかとマナーを叩き込まれ夢の中にまで出てくるほどだ。

 それをお母様に言ったらおかしそうに笑っていた。私としては笑いごとではないのだけど……




「良いですか?ラステア国に着くまではシャンテと一緒におさらいをするんですよ?例え幼くとも、王族なのですからきちんとしなければいけません」

「はい。頑張ります」

「シャンテも、一緒に頑張ってくださいね」

「はい!」


 見送りに来てくれたリュージュ妃に口を酸っぱくして言われ、私はそんなにダメだったろうかと心配になる。

 今更だけど、私が一緒に行って大丈夫だったのだろうか?チラリとカーバニル先生を見ると横を向いて肩を震わせていた。なぜ笑う!


 内心で腹を立てつつも、それを今言うわけにはいかない。きっとリュージュ妃のお小言が増えてしまう。

 心配事を増やしたいわけではないし、今はまだ大人しくしているべきだ。


「それでは行ってきます!」

「気をつけていってらっしゃい」

「いってらっしゃいルティア」

「頑張れよ」


 リュージュ妃と兄様、ライル、他にもいっぱいの人に見送られて私とシャンテは馬車に乗り込む。

 ゆっくりと馬車が動き出し、私は窓から顔を出してみんなに小さく手を振った。


 不意にクア!と鳥の鳴き声が聞こえる。

 上を見るとクアドが旋回していた。その旋回している場所から近いバルコニーにお母様とお父様が並んで立っているのが見える。


 私は二人にも小さく手を振ると二人は気がついてくれて、手を振りかえしてくれた。

 お母様はお腹が大きいから大事をとって外までは来られなかったのだ。お父様は仕事が溜まっててハウンド宰相様から許可が降りなかったらしい。


 シャンテの見送りに来ていたのは、ロックウェル司法長官とジルとリーンだけだった。

 残念ながらロックウェル魔術師団長は、昨日からヒュース騎士団長と一緒に魔物討伐に出かけていて王城にいないのだ


「一日違いだったのね」


 窓を閉めてから、向かい合わせで座るシャンテにそう話しかける。シャンテはああ、と小さく声を上げて隣に座っている先生を見た。


「わざと、ですよね?」

「あら、わかっちゃう〜?」


 先生はおほほほほほと頬に手を添えながら笑う。わざと、とは?と首を傾げると、シャンテが深いため息を吐いた。


「付いて来させないためですよ」

「付いてって……そもそも師団長クラスの人が国を空けてはダメでしょう?」

「基本的にはね」

「基本的にはってことは理由があればいいの?」


 そう尋ねると、先生は頷く。


「でもそれをアマンダに許しちゃうと、ラステアに入り浸ってしまうでしょう?」

「流石にそんなことは……しないんじゃない?」


 確証はないがそう言うと、シャンテは頭を左右に振った。


「姫様、甘いですよ。あの人は、研究のためなら入り浸ります」

「そうなの?」

「はい」


 絶対です!とシャンテが言い切るので、多分そうなのだろう。


「ちなみにアマンダには今日の予定を伝えてないの」

「え!?」

「だって絶対に付いて行くって言うでしょう?」

「いいますね。絶対ですよ」

「じゃあ、何も言わないで来ちゃったの?それは本当に大丈夫なのかしら?」

「父が知っているので平気です」


 シャンテはあっさりと言ってのける。司法長官が知ってるのなら平気なのかしら?でも後から知ったら怒りそうな気もするけど……家庭不和の元にならなければ良いな、と思ってしまう。


「大丈夫よ、今頃、上級ポーションを試せる〜ってウッキウキで魔物討伐してる頃だろうし」

「魔物討伐ってウキウキしながらするのもなの……?」

「母はウキウキしながらするでしょうね」

「……そう」


 世の中にはいろんな人がいるんですよ、とユリアナが言っていた。意外と私の周りにはそんないろんな人が多かったようだ。

 本人が幸せならそれで良いのだけど。


「まあ、アマンダのことは置いておいて、ラステアに着くまで色々お勉強しましょうね?マナーも大事だけど、勉強も大事よ?」

「はあい」


 まだまだ頭の中に詰め込むものは増えそうだ。私はちょっとだけ魔術師団長と交代したいなと思ってしまった。








 ***


 ラステア国に行くには最短でも二週間ほど馬車に揺られなければならない。


 しかし私たちはその途中、途中で各領地を治める貴族達に挨拶をしている。

 早く行きたくとも、その面倒な挨拶を抜かすわけにはいかない。軽んじてると思わせてもいけないし、相手に軽んじられてもいけないのだ。


 王族とはとても面倒な立場だと思う。


 各領地の貴族達と挨拶を交わし、ニコニコと笑いながら先生の隣に立っている。それだけでもかなり神経を使うのだが、貴族達の家に私と歳の近い子供がいると絶対に私に会わせてくるし!


 三番目、と呼ばれる私でも利用価値はあると言うことだろう。正直、シャンテが一緒にいなかったらもっとしつこかったと思う。


「まだラステアにはつかないのね……」


 ガラガラと馬車に揺られながら窓の外を眺める。ラステア国へ行く過程の半分以上は過ぎたはずだが、まだラステア国のラの字も見えない。


「後二日〜三日といったところかしらね。次で最後だから頑張りなさい」

「もう顔の筋肉がおかしくなりそう」

「ラステアに行ったらそれ以上にニコニコしてなきゃいけないんだから、練習だと思ってなさいな」


 先生はそう言って笑うけど、ラステア国に着く前からすでに疲れ切っている。


「……なんでそんなに私に会わせたがるのかしら?」

「そりゃあ、お姫様は一人だけじゃない?降嫁してくれたら箔が付くでしょう?」

「そんなもの付かないわよ」

「そう思うのはアナタだけよ」


 どうせなら、好きになった人と一緒になりたいなと思うけど……それが難しいことは百も承知だ。

 お父様と私を産んでくれたお母様は大恋愛の末に一緒になったようだけど、それはとても珍しいこと。普通は親が婚約者を見つけてきて、そのまま結婚することになる。


 私の場合はお父様が見つけるのだろう。このまま何もなければ、だけど。

 もしもアリシアの言うシナリオの強制力のせいでお父様が命を落として、シナリオ通りに未来が決まっているのなら私はトラット帝国に嫁ぐことになる。


 人質、として————


 疫病で国力が低下したところを突かれれば、そうなるだろう。

 そうならないためのポーションだし、ラステア国と話し合いの場を設けるのだけど……不安がないと言えば嘘になる。


 今は順調に進んでいるように見えるけど、実は裏でもっと大変なことが進んでいたりしないだろうか?

 アリシアと同じようにヒロインが元の世界の記憶を使って何かしないだろうか?と考えれば考えるほど、不安は募る。


 私が、王女ではなくもっとすごい力を持った人だったら……一瞬で未来を変えることができたりしたのだろうか?


「……様、姫様……どうかしましたか?」

「……え?」

「なんだか変な顔してますよ?」

「変な顔?」


 シャンテに言われて私は思わず自分の顔を触る。ムニムニと揉みながら、変な顔……ともう一度繰り返すと、シャンテが吹き出した。


「……シャンテ?」

「い、いえ……ロビンさんが言ってた通りだな、と」

「ロビン?」

「姫様が大人しいと大体なにか変なことを考えているから、止めてくれって言ってました」


 ロビンの私対策と言うのは本当にシャンテに伝授されているのだろうか?思わずジッとシャンテの顔を見てしまう。

 シャンテはキョトンとした顔で私を見返してきた。


「ロビンは……もしかして、なにか変なことを吹き込んでない?」

「特に変なことは……あ、でも……」

「でも?」

「いえ、多分、なんでもないです」

「そこで止められると、とても気になるのだけど?」

「いえ、気にしないでください!」


 シャンテが思いっきり頭を左右に振るので、無理に聞き出すのはやめにする。王城に帰ったら直接ロビンを問いただせばいい。教えてくれるかはわからないけど!


「ああ、ほら最後の街が見えてきたわよ」

「え?」


 最後の街、と聞いて私は窓を開けて顔を外に出す。

 今まで見てきた街に比べると少し感じの違う街がそこにはあった。


「クリフィード侯爵領、カウダートよ。ラステア国との境を護る街」


 先生の言葉になるほど、と街を見る。

 馬車が街の中を進むと、外観だけでなく街の中の様子も他と違うのだ。

 異国情緒あふれる、とはこのことを言うのだろう。


「なんだかシャンテの着てる服と似てるわ」

「ええ、私の服はここの服を似せて作られてるんです。正確にはラステア国の服をファティシア風にアレンジした服、ですけど」

「そうなのね」


 街の中は活気にあふれていて、よく治められていることが窺い知れた。

 ちょうど、クリフィード侯爵がカウダートに滞在しているとのことで私達は宿ではなく侯爵の屋敷に滞在することになる。


 侯爵の屋敷もまた、異国情緒あふれた建物であった。

 ぽかんと口を開けて見ていると、横からトントンと肩をつつかれる。そして先生が口元に手を持っていき隠す仕草をした。

 私は慌てて口を閉じると、ちょうどのタイミングで侯爵一家が現れる。


「お初にお目にかかります、姫殿下。私はルカン・クリフィード こちらは息子のファスタとその妻のライラ、そして次女のリューネです」

「お初にお目にかかります、侯爵。ルティア・レイル・ファティシアです。こちらは魔術式研究機関のフォルテ・カーバニル先生とロックウェル魔術師団長の御子息でシャンテ・ロックウェルです」

「ああ、お噂はかねがね……大変優秀な方だそうですね」

「あら、ありがとうございます」


 私が紹介すると先生はいつも通りの口調で挨拶をし、シャンテはスッと頭を下げた。私は笑顔を顔に貼り付けたまま、侯爵一家に家の中を案内してもらう。


 屋敷の中も外観と同じく、異国の物であふれていた。

 うっかりキョロキョロと見回さないように気をつけながら、侯爵と先生の会話に耳を傾ける。

 残念ながら大人の会話に混ざれるほど私は聡明な子供ではないのだ。


 ふと、先ほど紹介されたライラさんのお腹に目がいく。ふっくらと膨らんでいて、そのお腹の中に子供がいることがわかる。


「あの……」

「はい、なんでしょうか?」

「あの、不躾にごめんなさい。お腹が大きいから……もしかしてもうすぐ生まれるのかしら?」

「ええ、そうなんですよ!」


 ライラさんが答えるより先にファスタさんが嬉しそうに頷いた。


「私も今度、弟か妹が生まれるんです。だから気になってしまって……」

「そうなんですね!家族が増えるのは良いことですよ」

「ええ、私もそう思います。今からなにをして一緒に遊ぼうか考えているの」

「男の子と女の子では遊びも違いますからね」


 ファスタさんはうちもどっちが生まれても良いように両方用意してあるんですよ、と話だす。その様子を少し困ったようにライラさんが見ている。

 どうしてだろうな?と思っていると、止まらないのだ。


 止まらない。本当に止まらない。

 それはもう本当に嬉しくて嬉しくて仕方がない、という風に話しているので遮るのも気の毒になり私とシャンテは大人しくファスタさんの話を聞く。


 流石にずーっと話してる姿に気がついたのか、途中でファスタさんの妹のリューネさんが止めに入ってくれた。


「兄さん!姫様に子供の話を延々としないでちょうだい!」

「あ、あの……私が、私にも弟か妹が生まれると言ったからなの」

「いいえ、良いんです。兄さんたら止めないとずーっと話してるので」

「みんな聞いてくれないから、その……申し訳ありません」


 ファスタさんに頭を下げられて、私は慌てて手を左右に振る。


「いえ!あの……参考になりましたので!!大丈夫です!!」


 まさかあとでなにかされたりはしないだろうが、念のため大丈夫だと告げておく。嬉しいことは話したくなるものだし。


 ただ……私も同じようにならないように気をつけようとは思った。



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