第68話 王子と王女と悪役令嬢の密談 2

 上級ポーションが作れるようになったので、ラステア国へ行く日が確定した。

 ラステア国からは是非ともいらしてください、と連絡が来たらしくこちらが想定していたよりも早い日付を指定されたと言う。


 とは言っても、私自身はくっついて行くだけで特別向こうで何かをすることはない。魔力過多の畑の説明や、魔術式に関してはカーバニル先生を始め魔術式研究機関の人達が説明するからだ。


 きっと成人していれば晩餐会に呼ばれたりと色々あるのだろうけど、私の場合は未成年なのでお茶会に呼ばれるのが精々だろう。

 ただ……そのお茶会も他国主催のお茶会なので失敗は許されない。


 ラステア国に行くまでの間は、リュージュ妃が直接お茶会のレッスンをしてくれることになっていて、私とシャンテ、そしてライルがそれを受けていた。


 ライルは別に行くわけではないのだが、リュージュ妃にお願いして一緒に受けさせて欲しいと言ったそうだ。最初はリュージュ妃も難色を示したが、それも数少ない親子の交流なのだから、とお父様に言われて頷いてくれた。


 今では嬉しそうにお茶会を開いている。見た目にはいつものリュージュ妃なのだが、ライルと話している時は少しだけ目が柔らかくなるのだ。

 それだけはお茶会をして良かったな、と思うところである。もちろんとても厳しいのだけど……


 そんなお茶会を終えて、私はリーナと一緒に自分の部屋に戻ってきた。


「あああ……つ、疲れた……」

「お姫様がそんな声をあげるのはどうかと思うなあ」


 疲れてソファーに倒れ込んだ私にロイ兄様の声が聞こえてくる。幻聴にしてはずいぶんハッキリしているなあ、と思っているとリーナが小声で「姫殿下……」と声をかけてきた。


 顔を上げると兄様がアリシアと一緒にテラスにある椅子に座っているではないか!

 私は慌ててパパパッと身なりを整えてから、カーテシーをして見せた。


「ロイ兄様がいらっしゃってるとは存じませんでしたわ。ごきげんよう、お兄様、アリシア」

「ごきげんよう、ルティア」

「ご、ごきげんよう、ルティア様」


 兄様はにこにこと笑っているだけだが、アリシアは半笑いだし、ロビンに至ってはテラスの隅でお腹を抱えて笑っている。


「〜〜〜〜もう!来るなら先に言っておいてくださらない!!」

「いやあ、姫さんがリュージュ妃様の特訓を頑張ってると聞いてサプライズしてみたんですけどね!あーいいもんが見れましたわ」

「ロビンそれは全然サプライズじゃないわ……」


 私が頬を膨らませると、ユリアナが「実は知っていました」と言う。もしや知らないのは私だけか!?とリーナを見るとスッと視線を逸らされた。


「先に教えておくと、リュージュ妃のお茶会に出るのに気もそぞろになると困るからね。余計に時間が延びるだろ?」

「そ、それはそうかもしれないけど……」


 だからと言ってそこまで笑う必要はないと思う。主にロビンだが!


「さ、姫さんも席についたついた。リュージュ妃様のお茶会の成果見せてくださいよ」

「ロビンには見せてあげない!」


 プリプリと怒りながら、ロビンが引いてくれた椅子に腰掛ける。アリシアも来ていたなら教えて欲しかった。多分、ラステア国に行く前の最後のお茶会になるのだから。

 ジトッとした目でアリシアを見ると、すみませんと謝られてしまう。


「いいわ……どうせロビンが口止めしたんでしょう?」


 ユリアナが運んできたお茶とケーキを前に私はため息をつく。

 兄様とアリシアのカップに追加のお茶を注いでもらい、その後は人払いをした。




 ラステア国に旅立つのは一週間後————


 それまでに覚えなければいけないことも、できるようにならなければいけないこともそれなりにある。


「向こうに行ってやることはないけど、できなければいけないことはたくさんあって疲れたわ」

「淑女教育の遅れがここにきて影響してますねえ」

「ルティア様の所作はそこまで問題ないように思えますが……?」


 正統派お嬢様のアリシアからそう言われると、私としても少し照れるところだ。ちなみに私の動きはアリシアをお手本にしている。

 彼女の所作はとても綺麗で、私よりも王女様に向いているかもしれない。


「王族の淑女教育は多少できる、と言う程度じゃダメだってことだね」

「そうね。言葉遣いもだけど……話す内容を考えるのが大変なの。普通に話してはダメなんですって」

「あーまあ、姫さんの言葉遣いが悪いわけじゃないんですけど、王族としてと言うともっとこう自信満々に話したりとかが必要ですよね」

「そんなに自信満々に話す必要ってある?」

「見栄って大事ですからね」


 そんなものか、と私は首を傾げる。

 見栄なんて張っても中身が伴わなければ意味がない。居丈高に話したり、傲慢な態度は印象が悪いと思う。


「ルティア様は王女様ですけど、どちらかと言うと腰が低いですよね」

「そうかしら?」

「アリシア様も人のこと言えないでしょう?侯爵家の令嬢の割に大人しすぎますよ」

「記憶を取り戻す前はすごい高飛車な子供でしたよ。ワガママ放題で。両親も遅くに生まれた子供なので甘やかしてましたし」


 今のアリシアからはとても想像できない。記憶を取り戻してからは、元が平民だったせいでかなり大人しくなったそうだ。


「周りの人たちは驚かなかったの?」

「父にはすぐにおかしいとバレました。なので、信じてもらえないのはわかってるけどと言って全てを打ち明けたんです」

「そうなのね。でも、信じてもらえて良かったわね」

「最初は半信半疑でしたけど……五歳の子供にこんな理路整然と話はできないと母に諭されて信じてくれました」


 確かに五歳児が話す空想の話としてはしっかりしすぎている。

 私たちはお父様のことがあったから、アリシアの話をなんとなく信じてはいるけれど……彼女の話は彼女がアカデミーに入ってからの話が殆どだ。

 明日なにが起こる?と聞いても答えることはできない。その上で信じるのはきっと勇気のいることだろう。


「でもアリシアと友達になれて良かったわ。ラステアのポーションを作ることもできたし、私自身もラステアに行けることになったもの」

「それはルティア様が努力したからですよ」

「そうかしら?話を知らなかったら、きっと貴女の言う通りアカデミーの卒業式ではモブ王女だったはずよ?」


 今のまま、お父様が無事で疫病が流行るのであればポーションで何とかなる。

 ポーションは絶対ではないけれど、それでも疫病が広まる前にポーションを国中で使えるようにすれば酷くなる前に治すことは可能なはず。


 未来は、変えられると信じたい。

 シナリオの強制力とやらがどんなものかはわからないけれど、それでもアリシアの知る話と今では大分違うのだから。


「そう言えば、シャンテはどうしたんだい?」

「シャンテならライルの宮に一緒に行ったわ。でもライルったら自分の宮ができたのにあまり嬉しそうではないの」

「そうかな?僕にはいつも通りだったよ?」

「きっと兄様には正直に言いづらいのよ」

「ああ、男の子ですからねえ。きっと正直に言うのが恥ずかしいんですよ」

「男同士なんだからそんなことないと思うんだけどな」


 兄様はそう言って笑う。

 きっとライルは初めて兄と言う存在に触れて嬉しかったのだろう。私には兄様とロビンの二人は身近だが、ライルにとっては兄弟自体が身近ではなかった。

 その違いかもしれない。そしてもうすぐ新しい弟妹が増える。残念なことに私がラステア国に行っている間に生まれてしまうかもしれないが……


「そう言えば……アリシアはラステア国について何か知っている?」

「ええと……それは、ゲームの話の中でですか?」

「そう。何かあるかしら?」


 私が尋ねるとアリシアは腕を組んでうーんと考えだす。アリシアの話の中ではトラット帝国は出てきたけど、ラステア国の名前は出てこなかった。

 話に全く関係ないのだろうか?


「あ、続編」


 アリシアがポツリとこぼす。


「続編?」

「ええ、続編が出るって話で……そこにチラッと名前があったような?」

「それは詳しく思い出せないのかな?」

「あ、えっと……その、続編が出る前に私は死んでるので……」


 兄様の言葉に若干身を引きながらアリシアは答える。私は兄様にアリシアをいじめないで、と言った。


「いじめてるわけじゃないんだけどね」

「アリシアがいじめられてるように見えるんだもの」

「そ、そんなことは……」

「本当に……?」


 そう言って聞き返すとアリシアはチラリと兄様を見る。とそっと視線を外す。

 流石に本人の前では言いづらいか、とあまり追求しないことにした。


「でもラステア国もそのうち出てくるのね」

「ファティシア国が終わってからの話ですから、きっとファティシア国を救った後、誰ともくっつかなかった前提で話が進むんじゃないでしょうか?」

「つまり……兄様たちを含めた六人?のうち誰とも一緒にならない未来もあると言うこと?」

「続編って大体そうですね」

「と言うことはヒロインは続編でラステア国を引っ掻き回す、と?」

「引っ掻き回すと言うよりは救うの方かと……」


 苦笑いしながらアリシアは言うが、元々婚約者が決まってる人たちの間を引き裂くことになるなら引っ掻き回すであっていると思う。


「ラステア国も何かを抱えてる可能性が高いのね……」

「でもなにが問題なのかは私にはわかりません」

「と言うことは、私は何か問題がないか見てこないといけないわね」

「……姫さん、そこでなんで自分が問題を見てくる前提になるんです?」


 ロビンが呆れたように言ってくるが、ファティシアでの問題が片付く可能性がある以上、ラステア国だって問題を無くせる可能性があるのだ。

 それなら最初から対策を考えておいた方が無難ではなかろうか?


「だって何ごともなければ、ヒロインだって何もしようがないでしょう?」

「それはそうだ。何もなければ、ヒロインはただ聖属性を持ってる一人の令嬢にすぎないからね」

「聖属性は貴重だけど、ポーションが広まってしまえば余程のことがない限り絶対的に必要にはならないと思うの」

「確かに……そうですよね」


 その場合のヒロインは一体どうなるのだろうか?お父様が亡くなってなければ国政は順調に回っていく。疫病が流行らなければ国力だって低下しない。

 国力が低下しなければ、トラット帝国がちょっかいをかけてくることもないだろう。いや寧ろ……ラステア国とファティシアの結びつきが強くなるのだ。

 下手に手を出せなくなる。


 でも逆にラステア国の問題が表面化して、トラット帝国がラステア国にちょっかいをかけた場合は?ファティシアはラステア国に手を貸すだろう。

 そうなると二国でトラット帝国と対立することになる。


「やっぱりラステア国の問題も探るべきかも……」

「姫さん……一応、他国の問題ですからね?」

「だってポーションでうちとラステア国の結びつきが強くなれば、どちらかが弱った時には手を貸すわよね?」

「そうですねえ」

「うちが弱った時だけ手を貸してくださいなんて言えないし、ならやっぱりラステア国の問題も今のうちに解決してしまえばいいのよ。長期的になったとしても、まだヒロインと出会うには時間があるのだし」


 十年だ。まだ、と捉えるべきか、それとも十年しかないと思うべきか……それでも十年後にヒロインと呼ばれる少女に何もすることがなければ、大変な事態にはならない気がする。


「ルティア、言いたいことはわかるし……確かに必要かもしれないけど、あまり無茶はしないように」

「わかってるわ。私にできることはとても少ないもの」


 少ない中から、できることをやりたい。ただニコニコと笑って座ってるだけの王女様なんて意味がないと思うのだ。

 私は私ができることをする。それが、私が王女である意味だと思う。

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