第70話 命の選択
クリフィード侯爵領では二日泊まり、食料などを仕入れてからラステア国へと向かう。その間、私はライラさんとお話をしたり、リューネさんに街を案内してもらっていた。
もちろんシャンテとリーナも一緒だ。
残念ながらカーバニル先生はこの旅の責任者なので自由時間はない。朝から侯爵と一緒に必要な物の買い出しに行っている。
なにごともなければ、必要以上に食料や生活必需品を入手する必要はないのだけど……旅というのは何が起こるかわからない。
それは前回の視察で嫌と言うほど知っている。
なので今回も私は自前のマジックボックスに日持ちするお菓子を買って、持って行くつもりだ。
「日持ちするお菓子、ですか?」
「はい。マジックボックスに入れて持って行くから問題はないのだけど……できれば日持ちして、腹持ちするお菓子があると助かるわ」
私の要望にリューネさんは直ぐに調べて案内してくれた。
「姫様、日持ちするお菓子はお土産にでもするんですか?」
「違うわ。途中で何かあった時のために買っておくの」
「途中で……あ、ああ……そう言えば、そうですね」
シャンテは私の言葉に思い当たったのか、小さく頷く。
「それに余ったら帰りに私たちで食べ切ってしまっても良いじゃない?」
「それ太りますよ」
「大丈夫よ!その分動くから!!」
後ろでリーナが女性に太るは禁句ですよとシャンテに呟いた。それを言われたシャンテは私を見る。
「ふ、ふくよかになる場所によると思います……」
「……0点ですよ。シャンテ様」
残念そうに言われてシャンテは困った顔をした。それを見ていたリューネさんはクスクスと笑いだす。
「まだ子供のうちはよろしいんですよ。大きくなってから、考えましょう?」
「私もそのうちスラッとした大人になれるかしら?」
「それは難しいかと」
スパッとリーナが私の夢を切り捨てる。
「え!?どうして!!」
「カロティナ様はあまり背が高くなかったと伺ってます。それに、姫様は平均的な年頃の子供よりも少しお小さいかと」
確かに一つ下のライルと私の背はほとんど変わらない。いや嘘だ。今やライルの方が高い。
でもあまり大きくなれないなんて……!!そんなのあんまりよ!!
「で、でも!お父様は背が高いわよ?お母様とお父様の血が半分ずつだもの。私も背が高くなる可能性はあるんじゃない?」
しかし誰もが皆、私から目を逸らした。こんな時だけ息ぴったりね!!
「いいわ……いっそ横に増えてやるんだから!」
「それはそれで困りますよ?」
「そうですよ。ドレスに使う布が増えます」
「靴のサイズも困りますし……」
みんなに止められて、私は横に増えるのは諦めることにした。
税金だものね。私のドレスやら靴やらのお金の出所は……身長は別として、横幅は増やすと確かにダメかもしれない。
そんな話をしながら私はお菓子を購入し、少しだけ街の中を散策してから屋敷に戻った。
屋敷に戻ると、何やら二階のライラさんの部屋が慌ただしい。
リューネさんがどうしたのかと使用人に聞くと、どうやらライラさんが産気づいたそうだ。
邪魔にならないように部屋をそっと覗くと、ファスタさんがライラさんに付き添い、産婆さんが来るのを待っている。
「ああ、ライラ。ライラ……代われるものなら僕が代わるのに!!」
「ファスタ様……私にもしものことがあれば、お腹の子をよろしくお願いします」
「そんなことを言わないでくれ!君は無事に赤ちゃんを産むし、僕と君とで赤ちゃんを育てていくんだ!」
何だか大変そうだが、出産は命懸け、と言うには少し様子が違う。
私の後ろにいたリューネさんの顔を見ると、少し暗い顔をしていた。
「赤ちゃんを産むのは命懸けだと聞いているけれど……やっぱりすごく大変なのね」
「いいえ……それだけではないのです」
「それだけじゃない?」
「義姉は体があまり丈夫でなく、今までも二回、流れているんです」
流れている、と言われて最初ピンとこなかったがリューネさんがそっとお腹をさすった仕草で合点がいった。
生まれてくる前に、亡くなっているのだ。
だからこそファスタさんは、生まれてくる子供のことをそれはそれは嬉しそうに語っていたのか。
私はライラさんの体が心配になり、先生の元へ向かう。
先生はちょうど侯爵と話をしている最中で、私が来たことに少し驚いていた。
「あら、もう帰ってきたの?」
「もうと言うけど、それなりに見て回ってきたわ。ああ、ええっと違うの、先生に用があってきたのよ」
そう言うと私は先生を手招きして耳を貸してくれるように頼む。
背の高い先生はそのまましゃがみ込み、私に耳を貸してくれた。
「あのね、先生。ライラさんが産気づいたんだけど……体が弱くて、出産に危険が伴うみたいなの」
「アレの出番ね、と言いたいのだけど……今手持ちは初級しかないの」
「どうして?」
城を出てくる時にあんなにいっぱい作ったのに!と言えば、大半は騎士団へ。
そして今手持ちの分の殆どは、ラステア国へ渡すために納品用の箱に収められていると言われた。
自由になる分は初級の数本のみ。
これも旅の過程で怪我をした時ように取っておいたと言われてしまうと、私は何も言えなくなってしまう。
ラステア国に行くまでに何もなければいい。
でも何かあった時は?
私の聖属性の力は基本的には人前で使ってはいけないことになっている。
そう、お父様と約束しているのだ。
「でも、でもね……お母様がいないのは、やっぱり悲しいわ」
「……そうね」
困ってしまった私の頭を先生が優しく撫でてくれる。
「まだ生まれてはいないのでしょう?」
「ええ、でも……すごく苦しそう」
「苦しそう?姫殿下、何かあったのですか?」
私の呟きに侯爵が反応した。
「あ、あの……御子息の奥方が産気づかれたの」
「ライラが!?」
こうしてはいられない!と侯爵は私たちへの挨拶もそこそこに、神殿に行ってしまう。
どうやら先生の相手をしていたことで、情報がまだ伝わっていなかったようだ。
「この街の神殿にはちゃんと聖属性を使える神官がいるのかしら?」
「さあ、流石にそこまではわからないわ。でも私たちが勝手にやるよりは、この家の人たちに任せられることは任せましょう?」
きっと先生の言っていることは正しい。
まだ何も起こっていないのに手助けします!と勝手なことをしてはいけない。善意の押し付けは迷惑にもなる。
私は先生に背中を押され、二階のライラさんたちの部屋へ向かう。
部屋の前ではシャンテとリューネさんが中を心配そうに覗き込んでいた。
「シャンテ、大丈夫そう?」
「……わからない」
「腕の良い産婆を頼んでいるのですが、それでも大変そうで……」
二人は青ざめた顔でそう呟く。
私は先生と一緒に部屋の中を覗き込んだ。
中では、ファスタさんがライラさんの手を握り懸命に名前を呼んでいる。
「……若様、逆子かもしれませぬ」
出産の手伝いをしていた産婆さんがファスタさんにそう告げる。
「逆子……?」
「本来、赤子は頭から出てくるのです。しかし今見えているのは足……大変申し上げにくいのですが……」
「どちらかを諦めろと?」
ファスタさんの言葉に産婆さんは首を左右に振った。
「————っ!!金ならいくらでもだす!二人を助けてくれ!!」
「残念ながら、母体を切り開けばお子は助かるやもしれませんが……」
「そんなっっ!!」
二人のやりとりを聞いて、私は先生を見上げる。
「先生、逆子って……?」
「あ、ああ……普通の赤ちゃんはね、お母さんのお腹の中で頭を下に向いて入っているのよ。そうすると生まれる時に引っかからずにスルンと出てこられるの」
「それが、逆だと……どうなるの?」
私の問いに先生は口をつぐむ。
「逆子だと……産むリスクがとても高いのです」
リューネさんが今にも倒れそうな顔色で教えてくれた。産婆さんの言う通り、お腹を切り開いて赤ちゃんだけを助ける方法はある。
でもそれは母体の命が失われる危険な方法だと。
私は自分の手をジッと見つめた。
「先生、今って緊急事態よね?」
「そ、そうね?」
「先生は……実験で解体をしたりする?」
「そりゃもちろん……って人と魔物は違うわよ?」
「でも必要な場所を傷つけないように大切にするわよね?」
そう言うと先生はそりゃ、そうだけどねえと答える。それだけで十分だった。
私は先生の手を引っ張ると、部屋の中に入る。
驚いている産婆さんにお腹を開いて赤ちゃんを取り出したことがあるか聞いた。
「え、ええ……母親の命が儚くなって、それでも子供が生きているならと」
「私の先生も刃物を使うのは得意なの。手伝わせてもらうわ」
「姫殿下……しかし、それではライラが……」
「いいえ、ファスタ様……後継となる子の方が、私よりも、だい…じ、ですわ」
息も絶え絶えに話すライラさんの命の灯火は今にも消えてしまいそうだ。
私は側にいた侍女に髪を結んでくれるように頼むと服の袖を捲る。
「いいえ、両方助けるわ!」
先生、お願いします。そう言うと、先生はファスタさんに空の宝石を持って来るように言う。
「空の宝石、ですか?」
「お腹を切り開くのよ。普通の人は痛みで死んでしまう。それをさせないために痛み止めの魔術式を入れる石が欲しいのよ」
「わ、わかりました!!」
ファスタさんは慌てて部屋から飛び出す。
その間に、先生は腰につけているマジックボックスの中から細かなナイフのセットを取り出した。
どうやら解体に使うのに使用するものらしい。
それを鉄の桶の中に入れると火の魔法石を入れて熱し、水の魔法石で一気に冷やす。
「それは、何をしたの?」
「ああ、消毒よ。消毒」
流石に火で熱くなったナイフで人を切るわけにいかないから冷やしたらしい。
「カーバニルさん!持ってきました!!」
ファスタさんが宝石の入った箱を持って先生のところに戻ってくる。先生はその中から適度なサイズの石を見繕うと、その中に魔術式を入れていく。
その間にもライラさんの意識は朦朧とし、今にも死んでしまいそうだ。
早く、早く、と急かしたいのをグッと我慢しながら、魔術式を入れている様を見ていると、入れ終わった魔法石を手渡された。
「これを持って奥さんの手を握ってなさい。その間に子供を取り出すから」
「わかりました」
私は魔法石とライラさんの手を両手で包み、魔力を石に流していく。
「あ、ああ……痛みが、消えてくわ……」
「ファスタさん、奥さんの顔をこちらに向けないで。抱きしめてあげていて」
「は、はい!」
ファスタさんはベッドに身を乗り上げ、ライラさんの上半身を抱きしめ下が見えないようにする。
それから先生は産婆さんが見守る中、お腹にナイフを当てた。
スッとお腹の上をナイフが滑る。
「いいナイフだね」
「ありがとう。まさかこんなことに使うとは思わなかったけど……」
「もう少し奥を」
「ええ……」
握っているライラさんの手から体温が少しずつ抜けていくような気がする。
私は祈るような気持ちで彼女の手を握り続けた。
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