第65話 王女と従者

 ラステア国へ行く準備は着々と進んでいるらしい。

 シャンテもロックウェル司法長官にラステア国へ行きたいと相談したところ、行っても良いと了承を得られたと喜んでいた。


 そして今のところ、初級と中級ポーションは問題なく作れている。

 問題の上級ポーションは明日辺りには薬草が収穫できそうなので、カーバニル先生と一緒に作る予定だ。


「また初級ポーションと中級ぽーしょ……ポーション!用の薬草を注文しないといけないわよね。だいぶなくなってきたもの」


 今日も今日とて畑に繰り出し薬草を収穫している。

 流石に毎回はジル・シャンテ・リーン・アリシアは来られないので、今日はライルとアッシュ、ロイ兄様、ロビン、ベル、ユリアナと私だけだ。


 あ、でもちゃんと午前中にランドール先生の授業は受けている。

 畑仕事だけをしている訳ではない。


「……姫さんが鍋でポーション作るからですよ」


 私の目の前で一緒に収穫作業をしているロビンが呆れたように言った。


「だって分量を計って入れるなら同じじゃない」

「まあ、姫さんだからできるんですけどね……」


 ビーカーに入れてちまちま作るより、よほどたくさんのポーションができる。

 鍋で作りたいと言ったら最初は小鍋からにしなさいとカーバニル先生に怒られたけど、小鍋で成功すると、徐々に鍋のサイズが大きくなっていった。


 最終的にどのサイズまでできるかしら?と先生が真剣な顔して言い出したところでロビンからストップが入ってやめたのだけど……

 一応、スープなんかを作る寸胴サイズまでは成功している。


「いっぱいできれば、騎士団の人達も助かると思うのよね」

「城の中じゃ一番怪我の多い職業でしょうからね」

「だからもっといっぱい作りたいのよ!」

「広げたばかりの畑の面倒もあるんですし、もうちょいスピード落としません?あんまり急いでも顔面から転ぶだけですよ?」


 そうかしら?と首を傾げると、そうですよ、と返ってきた。ロビンは兄様の従者ではあるけど、私より私のことを知っているかもしれない。

 大体ロビンの言うことは当たるのだ。


「……じゃあ、もう少し作る量は減らすわ」

「そうですよ。まだまだやることはいっぱいあるんです。勉強もその一つ。コツコツと積み重ねていきましょう?」

「そうね……ポーションが作れるようになったから、なんだかすごく前に進んだ気分だったの」


 でも実際にはまだまだやることはたくさんある。その大半は自分のためのことだし、ポーションを国中に広げるにしてもお父様達の力が必要だ。

 今は畑に数種類の野菜や果物、ポーションでは使わないがそれ以外の薬草も育てている。


 加工できる食材を探すためだったり、ラステア国で新しいレシピをもらった時のために増やしたのだ。

 見た目は完全にただの畑だけど。そう————見渡す限りの畑だ。


「そう言えば……畑がだいぶ広くなったけど、もしかしてベル一人じゃ畑の手入れは手が足りないんじゃないかしら?」

「いくら俺達が手伝ってるとはいえ、メインで仕事してるのはベルさんですし……本人に確認してみたらどうです?」


 いくらベルが腕のいい花師でも一人で面倒を見るには限界もある。

 本来の彼の仕事は私の畑の世話だけだったのに、魔術師団と魔術式研究機関が共同で作った……と言っても畑にしたのは私だが……畑の面倒を見ているのだ。


 私はロビンと一緒に収穫した薬草のカゴを持ってベルの元へ行く。


「ねえ、ベル、ちょっと聞きたいのだけどいいかしら?」

「はい、なんでしょう?」

「畑の面積が予定よりかなり広くなったでしょう?貴方一人では大変じゃない?」


 そう言うとベルは少しだけ首を傾げ、そうでもないと答えた。


「え、いやいや。結構な広さっすよ?休みちゃんと取れてます?」

「ええ、休みはちゃんと頂いてます。と言っても休みの日はすることがなくて出てきちゃうんですけどね」


 ははははは、と笑うベルにロビンが怒る。と言うか、それは笑い事ではない。


「いやいやいや!ダメでしょう!!休みの日は休む日ですよ!!何でてきちゃってるんですか!!」

「そう言われましても、王都に知り合いがいるわけでもないですし……何かやると言っても、趣味と仕事が一緒だとそれ以外やることないんですよね」

「ベル、そうは言っても体を壊したら意味がないわ!いくらポーションがあると言っても休む時は何もしないでダラーッとしていいのよ!?」


 私もまさか休みの日まで出てきているとは知らず、ベルに注意する。もしやポーションで体の調子を直してやしないだろうか!?と心配になるじゃないか!!


「いえ、流石に休みの日は朝だけ、とか昼だけ、とか出てくる時間は調整してます」

「姫さん……ダメです。こう言う人は強制的に休ませないと。人増やしましょう。人。そんで三日に一回は休ませましょう!」

「そうね。カーバニル先生にすぐ相談するわ!」

「そんな大袈裟な……」

「職業病かもしれないですけどね、うちはちゃんと休みは取らせる職場なんですよ!」


 ロビンは俺だって休みの日はちゃんとだらけてるのに!と言うが、私はロビンがだらけている姿を見たことがない。大体なんでもそつなくこなしている。

 ちょっとだらけたロビンを見てみたいな、と思った瞬間だ。


 それとは別として、やはり人手は増やそう。そもそも畑の面積の大半は魔術師団と魔術式研究機関の持ち物となっている。

 いくら花師でも全部をベルが見る必要は全くないのだ。


 そうだ。人を増やそう!と考えていると、馬車がこちらに来るのが見えた。


「もしかしてカーバニル先生かしら?」

「なら丁度良かったっすね」

「そうね。先生に言って人を増やしてもらわなきゃ!」


 馬車が止まり、先生が降りてくるのを待つ。すると降りてきたのは侍女長と黒い髪を首の後ろで結んだ男の子だった。


「侍女長だわ」

「珍しいっすね。あの人が直接来るなんて……」

「そうね。侍女長はミミー苦手だもの」


 平気な女の人はそういないっすよとロビンに言われたが、私は聞こえないフリをする。ミミーは畑を豊かにしてくれるのだから、いたって良いじゃないか。


 私はベルにカゴを預けて侍女長の元へ行く。何かあったのかもしれない。


「侍女長、どうかしたの?今日の予定は特になかったはずだけど……」

「姫殿下、実はようやく殿下の従者が決まりましたので連れて参りました」

「私の従者?」

「ええ、彼女です。名前はリーナ・ドット これから殿下をお守りする者です」


 そう言って侍女長はリーナ・ドットと呼ばれた子の背中を押す。


「お初にお目にかかります。リーナ・ドットと申します」

「初めまして、ルティア・レイル・ファティシアよ。今日からお願いね」

「はい」


 スッと頭を下げた彼女……はあまり表情が動かない。ロビンやアッシュがとても表情豊かなだけに、内心ではとても驚いた。

 それに服装も、ロビン達と同じ衣装だ。従者用の服なのだろうけど、女の子なのに男の子の格好をしている。


「侍女長、その……リーナは女の子、で良いのよね?」

「ええ。もしもの時は姫様の代わりをするのですから女の子でなくてはいけません」

「そう……」


 自分の身代わり、と言われて嬉しいはずがない。もしも私が誰かに誘拐されそうになったら、リーナが私の代わりに捕まると言うことだ。


「身代わり、と言うわりに表情筋が動かないっすね」


 後ろから急に声をかけられてドキリとする。


「ロビン……」

「まあ、後ろから見て似た背格好ならわからないでしょうけど……」

「そう言う問題かしら?」

「俺達は身代わりになれるように魔法石持ち歩いてますからねえ」

「そうなの!?」

「そうですよ?」


 衝撃の事実に私は驚いてしまう。

 ロビンはポケットから懐中時計を取り出して、それに魔力を流した。すると、ロビンの姿が兄様に似た姿へと変わる。

 完全にそっくり、と言うわけではない。なんとなく似ている、だ。


「それって見た目を変える魔法石なの?」

「まあそうですね。よほど親しくしてない限りは王族の顔なんてマジマジと見る機会はそうないですからこれぐらいで十分なんすよ」

「じゃあ、リーナも持ってるの?」

「はい。同じものを頂いております」


 そう言うとリーナもポケットから懐中時計を取り出して、それに魔力を流した。

 すると黒髪、黒目の彼女の見た目が私と同じ明るい茶色の髪に蒼い瞳になる。


「すごい……姉妹みたいね」

「流石に瞳の色までは再現できませんけどね。蒼っぽく見えるだけで」


 そうロビンは言うが、そこまで違いがあるようには見えなかった。

 こんな魔法石があったとは驚きだ。と言うことはアッシュも同じように変わるのだろう。

 ちょっと見てみたい気もする。でも流石に侍女長の前でお願いするのは気が引けたので、今度いない時に頼んでみようと思う。


「それでは姫殿下、今日からリーナは常にお側に控えております。くれぐれも!リーナに自分の身代わりをさせないようにしてください」

「もちろんよ!そんなことしないわ」


 私がそう返事をすると、侍女長は絶対ですよ?と念を押してから馬車に乗って帰ってしまった。

 残されたリーナは私が何か言うのを待っている。


「ねえリーナ、貴女は土いじり好きかしら?」

「土いじり、ですか?」

「畑の収穫作業をしているの。手伝ってもらえる?」

「ご命令頂ければ何なりと」

「違うわ。命令したいわけじゃないの。ああ、そうね。こう言うと変な言い方なんだけど……ほら、虫が苦手な子もいるでしょう?苦手なのに無理に付き合わせるのは悪いもの」


 そう言うとリーナはほんの少しだけ困惑した表情を見せた。本当に少しだけ眉を顰めた感じなのできっと良く見ていないと見落としてしまうだろう。


「リーナ、お前のご主人様は少し普通とは違う。よーく考えてから返事をしないと後で大変なことになるぞ?」

「私、無理強いしたりなんてしないわよ?」

「私は従者です。姫殿下の命令に従うのが普通では?」

「それじゃあダメなんだよ。従者ってのはな」


 ロビンはそう言うと兄様達のところへ行こうと私の背中を押す。

 リーナにもついて来るように言うと、私達は兄様の元へ向かった。


「ルティア、その子が新しい従者かな?」

「ああ、決まったのか?」


 兄様とライルがこちらを見る。私はリーナを二人に紹介した。

 そして本人の自己紹介が終わると、二人とも同じように首を傾げたのだ。


「何というか……ルティアが動ならリーナは静って感じだね」

「大丈夫か?今からそんなだと、後で大変だぞ?」

「ライル、どういう意味よ」


 ぷくっと頬を膨らませると、普通のお姫様ではない自覚を持てと言われてしまう。そんなことは百も承知だ。普通のお姫様は畑仕事なんてしないもの。


「私は、何か問題があるでしょうか?」

「そうだねえ……普通のお姫様の従者なら、問題ないとは思う」

「まるで私が普通じゃないみたい」

「普通じゃないだろ?」

「普通じゃないっすねえ」

「姫様……もしかして普通だと思っておられたのですか?」


 みんなして全否定しなくて良いじゃないか!ユリアナに視線を向けると、彼女はにっこりと微笑み左右に首を振った。

 つまり諦めろ、と言うことだ。


「良いもん。普通じゃなくたって。その方がきっと楽しいわ」

「王家の子供達がみんなで畑仕事ってのも普通じゃないですからね。みんな一緒で良いじゃないですか」


 そう言うとロビンはライルがザルに収穫していたベリーを摘む。


「お、美味い」

「ロビン……母上にあげる分なんだぞ?」

「まだたくさんあるんですから大丈夫ですよ」

「あ、俺も欲しいです!」


 そう言うとアッシュもライルが収穫したベリーを食べる。私も美味しそうだなーと見ていると、ライルは諦めたように私にもザルを差し出した。


「リーナ、うちの従者はこんな感じなんだよ」

「はあ」


 兄様の言葉にリーナはやはり困ったように頷く。

 普通の従者は多分こんなことはしない。しかし普通ではない私達の従者なのだ。

 きっとこれでバランスが取れている。


 つまり、私とリーナもこれでバランスが取れるようになるのだろう。

 まだ初日なのだし、と私はベリーを食べながら思うのだった。










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