第64話 一緒に行こう!

 ラステア国とは龍が守護すると言われている、魔力が豊富な土地である。

 そのため、スタンピードと言われる魔物が大量発生する事態が他の国よりも多いのだ。


 スタンピードは魔力溜まりと言われる場所から魔物が生まれてしまう現象。

 その前に魔力溜まりを加工して畑に変えて、薬草を育て、ポーションを作っている。


 国民性としてはとても陽気で、人当たりもいい、懐っこい人が多いと言う。

 ただ一度戦になれば国民皆戦士、と言われるほどみんなとても強い。

 なんせ軍事国家のトラット帝国がポーション欲しさに何度か戦を仕掛けているけれど、一度も勝てた試しがないのだ。


 ファティシア国からは南側に位置していて、一番近い領地はクリフィード侯爵領になる。クリフィード侯爵領はラステア国との交易も盛んなので、異国情緒あふれた街並みらしい。


「私が知ってるラステア国は……このぐらいかしら?」

「あら、それだけ知ってれば上等ね」


 中級ポーションから初級ポーション作りに戻り、その合間のおしゃべりとしてカーバニル先生にラステア国について質問されたのだ。


 自分の持ってる知識を伝えると先生は満足そうに頷く。


「カーバニル先生はラステア国に行ったことがあるんですか?」

「あるわよーあそこはみんな陽気で、人が良くてね。でもしっかりしてるから、誤魔化しもきかないの……」

「先生……何したの?」


 誤魔化しもきかない、とは不穏な言葉すぎる。私が先生に尋ねると、ちょーっと中級ポーションを持って帰りたいなーって頼んだだけよ、と言われた。

 ちょーっと頼んだくらいでそんな不穏な言葉は出てこないと思うが……


「ポーションは持ち出しの制限がかかっているのよね?中級は持って帰れないの?」

「ええ、持ち出せるのは初級まで。手に入れることはできるんだけどね。マジックボックスの中身までチェックを受けるから簡単には持ち出せないのよ」


 どうやらポーションやポーションに付随する物のチェックは相当厳しいらしい。

 レシピぐらいは、と公開しているけれどそれだって作れないとわかっているからだろうと先生は言う。


「作れないのに公開する意味はあるのかしら?」

「意味はあったでしょう?」


 そう言って手元の千切られた薬草の入ったビーカーを指さす。


「そっか。運良くできた時のため?」

「そうね。レシピを公開することで、もしかしたら自分の国で作るよりも良いものができるかもしれないと思った可能性はあるわ」


「あのー……姫殿下はもしかして、ラステア国に行かれるんですか?」


 ことの経緯を知らないアリシアがおずおずと尋ねてきた。

 私は先生をチラリと見上げ、そうみたい、と答える。


「だって、先生が私も連れて行くと言ったんだもの」

「あら、この国でポーションを作ったのはアナタでしょう?それならラステア国でどんな風にしているか興味なあい?」

「そりゃあ……ものすごっくあるわ!」


 正直に言うと、先生はケラケラと笑いだす。


「素直でよろしい。それに、お姫様が外の国を見て回るなんてそう経験できないでしょう?アタシはアナタにはもっと色々なものを見てもらいたいの」


 先生の言葉に、私は首を傾げる。確かに私が外の国を見ることは、普通に過ごしていたらないだろう。でもそれはロイ兄様やライルだって同じだ。


「兄様やライルは行かないのでしょう?それなのに私なの?」

「そりゃあ、ロイ殿下とライル殿下は継承順位が高いもの」

「私が、三番目……だから?」


 三番目、という言い方はあまり好きではない。しかし先生の私に対する「継承順位」は意味がちょっと違う気がした。


「そう、三番目だから。アナタは他の二人よりも自由がきく。それって強みよ?彼らの代わりにアナタが見てくるの」

「そんなすごいことできるかしら?」

「別にすごいことをしようと考えなくても良いのよ。だって貧民街があると知って、薬草畑で働かせられないかって考えついたんでしょう?だったら他の国を見てアナタがどう感じたかを伝えれば良いのよ」


 男の視点で見る世界と、女の視点で見る世界は違うのだと先生は言う。

 そして子供の視点で見る世界も。


「それなら……私だけじゃなくて、まだ子供が必要よね?」


 ランドール先生に教わったり、ベルに教わったりして多少は世間のことを知っているつもりだけど、それは「多少」だし「つもり」なのだ。

 一人だけの視点より、より複数の目があった方が偏らなくて良い気がする。


 ふと、シャンテと目があった。


 シャンテは将来外交に携わりたいと言っていたし、ロックウェル魔術師団長からきっとラステア国のことも聞いているはず。

 ならば一緒に行ったら別の視点になるのではなかろうか?


「ねえ、シャンテ。貴方も一緒に行かない?」

「え、わ、私……ですか?」

「ねえ、先生!シャンテも一緒はダメなのかしら?」

「確認してみないとわからないけど、アマンダは一緒に行けないだろうし……シャンテが行くなら喜ぶかもしれないわねえ」


 先生はいいんじゃない?言ったが、シャンテは困った顔でライルを見る。

 外の国に行ってみたいのならチャンスではなかろうか?


「ルティア、シャンテは俺の友人だぞ?」


 呆れた声でライルに言われ、そんなのわかってるわよと返す。確かにライルの友達だが、私だって彼らを友達だと思っている。

 だから友達にチャンスがあるのなら応援してあげたい。


「ライルは友達のことを応援してあげないの?」

「本人が望むのなら応援するさ。シャンテ、悩むのには理由があるんだろ?」


 そう言ってシャンテに問いかける。シャンテはその、と小さく前置きをしてから魔力の低い自分が行っても邪魔にならないだろうか?と呟いた。

 それを聞いたライルはキョトンとした顔をする。


「シャンテ、が行くんだぞ?」


 ライルはそう言うとこれ、と私を指さす。


「そりゃ、姫様ですし……」

「いや、だからだぞ?ミミズを手掴みして、喜んで見せてくるような姫がその辺にたくさんいると思うのか?」

「私、貶されてるのかしら……?」


 ボソリと呟くと、ロビンが「いやぁ、事実しか言ってませんねぇ」と言う。ぷくっと頬を膨らませると、まあまあと言いながらまた頬を潰されてしまった。


「シャンテ、一緒に行くのは見た目は姫に見えるかもしれないが、中身は全く姫らしくない姫が行くんだ。邪魔にならないかって?ルティアの方が邪魔するに決まってるだろ?」

「そんなことしないわよ!」


 流石に腹がたって抗議すると、急にシャンテが笑いだす。


「はははは、そ、……そう、ですね。確かに姫殿下はではありませんね」

「逆にシャンテが一緒に行ってくれた方が安心できると思う。兄上だってそうでしょう?」


 ライルの言葉に兄様までもが苦笑いしつつも頷いた。私はそんなに見境なくチョロチョロと動き回っているつもりはない。

 心外だ!と言うと、馬でも宥めるみたいにロビンが「どうどう」と言ってきた。みんなして酷い!


「まあ確かにシャンテがいた方が安心は安心よねえ」

「先生まで!」

「だって子供って意外とパッていなくなるんですもの」

「そ、そんなチョロチョロしてないもん!」

「いや、結構してましたよね?一年前までもの凄くしてましたよね?」

「それは一年前の話だもん!!」


 先生とロビンに抗議すると、ほらな、とライルがシャンテに言う。


「シャンテ、俺は友人として外の国を見るチャンスがあるなら行くべきだ、と助言する。そして家族的には一緒に行ってくれると安心感もある。もちろん、ルティアの面倒なんて見てられないと言うのであれば仕方ないが」

「前の殿下に比べたら、姫殿下の行動力ぐらいはなんとかなりそうな気がします」

「なら後は……司法長官に頼んでみたらどうだ?」

「父に、ですか?」

「司法長官は知っているんだろ?」


 そう言うとシャンテは頷く。なら、ロックウェル司法長官の方がいいだろう、と相談するようにシャンテを促した。

 もしそれでダメだったら、次はその時に考えればいいと。言ってみなければ何も始まらないと言われシャンテはそうですね、と嬉しそうに笑った。


 私はライルがちゃんと私のことを家族の一員として見てくれていたことに驚く。

 ダシにされた感じはあるけれど、心配してくれてるのであれば多少は……溜飲も下がると言うものだ。


「シャンテ坊ちゃん、ラステアに行くことになったら行く前に俺に声をかけてくださいね。姫さんの扱い方を伝授しますんで」


 扱い方って、私は珍獣じゃないぞ!とロビンを睨む。しかしシャンテは真面目に受け取り、決まったら離宮にお邪魔しますと律儀に返していた。


「うーん……そうなると、ルティアの従者も早く決めないとねえ」

「従者?ユリアナがいるわ」

「ユリアナは侍女だろう?従者はロビンやアッシュみたいに常に側に控えてくれて、危険な時は守ってくれる存在だ。流石に普通の侍女のユリアナには荷が重いよ」


 ユリアナならそれぐらい平気でやってしまいそうだけど……と今は離宮にいるであろう彼女を脳裏に思い浮かべる。


「姫殿下に従者がつくなら、やはり男性になるのでしょうか?」


 アリシアの言葉に兄様は首を左右に振った。


「たぶん女の子になるはずだよ」

「女の子?兄様は私の従者になる子を知っているの?」

「顔はまだ見てないけどね。そう言う話が出てるのは知ってるよ」


 ライルは兄様に女の子で大丈夫なのかと尋ねる。兄様は女の子同士の方が良いんだよ、と答えた。


「何故です?」

「一番は……身代わりになれるからかな」

「身代わりって……でも、俺達は……」

「うん。特徴のある瞳の色をしてるよね。でもそれを隠せる魔術式がある。ルティアは知ってるよね?」


 そう言われて私は頷く。なんせ一年前までは頻繁にお世話になっていたものだ。

 お母様から頂いた、瞳の色を変える魔法石。その存在を教えると、先生以外はみんな驚いた顔をした。


「そうか、それがあったから……王城内の色んな所に出没できたのかあ。俺なんてすぐ見つかって、後宮に戻されたんだぞ」

「ライルはリュージュ様に似てるもの……魔法石で隠しても直ぐにバレちゃうわよ」


 リュージュ妃似の綺麗な金髪は城の中ではあまり見かけない。例え瞳の色を変えてもわかってしまうだろう。

 私は三歳の時に離宮に行ってからは、未成年ということもあり公式な行事にも出ていない。それに髪色も平凡な茶色。だから誰も気が付かなかったのだ。


「もうイタズラに出没を繰り返してはダメだよ?流石にそろそろ父上に怒られてしまうからね」

「はあい」


 大人しく返事をする。流石に今の侍女長になってからは簡単に抜け出せないのでやっていないけど、ラステア国でならどうだろうか?

 瞳の色を変えてしまえば、市井に出て様子を見るぐらいはできないかな?と考えてしまう。


 しかしそれを見透かしたかのように、ポンと肩を叩かれる。私の肩を叩いたのはもちろんロビンだ。


「なあに?ロビン」

「……姫さん、ラステアに行く時には魔法石、俺が預かりますからね?」

「いやあね、そんなことしないわよ?」

「いや、危ない。シャンテ坊ちゃん、姫さんから目を離さないでくださいね?もー今からそんなことばっかり考えてるんですから!これだから従者が必要なんですよ!危ないでしょう!!」


 ロビンに言われたシャンテは真面目な顔をして頷くのだった……



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