第62話 間話・親達の密談 2
子供達が帰った後、残された親達は一様にため息を吐いた。
そしてアイザックは手の中にある小瓶を見つめる。
「まさか、これ程までに早く作れるようになるとはな……」
「品質的にも問題ないように思えます」
そう答えたのはピコット・ロックウェル司法長官だった。彼自身はラステア国のポーションに何度か世話になったことがあるようで、今回のポーションを高く評価しているうちの一人だ。
「フォルテ・カーバニル研究員によれば、魔力過多の畑を人工的に作ったからではないかと言っていたな?」
アイザックの問いに、自らの妻の代わりとしてピコットが頷く。
「そうです。花師と一緒に土地をならす目的でやったそうですが、思いがけず魔力を入れすぎてしまったとか。魔力過多の畑自体は花師達の間ではそう珍しいことではないようです」
「それならば、今後作るとしても品質は一定のものを作れるな」
「ラステアでは魔力溜まりを使って作るんでしたか?」
カルバ・ハウンド宰相がピコットに問いかける。するとそうです、と彼は頷いた。
「いや、本当に……この場に妻がいなかったことが悔やまれますね」
「アマンダはどうしたんだ?」
その言葉に皆が苦笑いする中、何も知らされていなかったリカルド・ヒュース騎士団長が首を傾げた。
彼女なら一番に報告に来るからだ。それもかなりの興奮状態で。
「ああ、彼女は今……自業自得の最中です」
「自業自得……あ、ああ……なるほどな」
リカルドは原因に思い至ったのか、少々引き攣った顔で頷く。
これは今頃さぞ悔しがっているだろう、と。
「そう言うわけなので、皆様……今日飲んだことは妻には内密にお願い致します。いえ、もし言ったとしても被害を被るのはご自身だけでお願いします。我が家に飛び火しないように、くれぐれも!くれぐれも!!お願いしますね?」
ピコットの熱のこもった言葉に誰しもが頷いた。誰だって八つ当たりされたくはない。
なんせアマンダ・ロックウェルが暴走したならば被害は甚大だからだ。何が、と言うとアカデミーの頃は実験棟の教室一つが丸々大破したぐらいである。
やった本人はケロリとしていたが周りはいい迷惑だ。
そしてそれを彼らが面白がる節があったため、アカデミーの教師陣には魔の学年と言われて久しい……
流石に大人になってからはそこまでの事はなくなったが、それでも暴走した彼女を止めるのはなかなか難しいのだ。
研究こそ我が人生、研究こそ生き甲斐と言って憚らない彼女だが、ことポーションになるとそれが顕著に現れる。
「アマンダさんが……彼女がそこまでポーションに拘るのは、きっとカロティナ妃のことがあるからね」
リュージュは手の中の小瓶を見ながらポツリと呟く。
彼女は二人の仲がたいそう良かったことを知っている。そして具合が悪くなったカロティナに何度か下級ポーションを飲ませていたことも。
それでもカロティナは助からなかった。
まるで死神がすぐ側で鎌をもたげ、見張っていたかのようにその命を落としたのだ。
実の所、ラステア国から持ち出せるポーションは余程のことがない限り、下級ポーションのみ。
下級であっても一人の持ち出しに本数制限がかかり、そう何度も買いに行くなんてことはできない。
そして現在に至るまで、聖属性の神官は不足している。
王族の要請だと言って、順番待ちをしている平民を押し退けてまで神官を連れて来ることには議会の者達が難色を示したのだ。
もっとも、難色を示した大半がフィルタード派の貴族達であったが。
しかし王と言えども、全てを押し退け、たった一人の妃のために神官を連れてくることはできない。
将来的にそれを知った子供達に見捨てたのか、と詰られることも覚悟でアイザックは神官の招集を諦めたのだ。
王であるからこそ出来ることもあれば、王であるからこそ出来ないこともある。
それを酷く痛感した出来事であった。
「姫様は、お前に似てると思っていたんだけどなあ」
「そうですね。自由に王城内を出歩いていた所なんて特に」
リカルドとカルバは頷き合いながらアイザックを見た。アイザックは苦笑いを浮かべ、そう思っていたんだけどなあとぼやく。
「お二人のお子様ですもの。どちらにも似ていて当然でしょう?」
リュージュの言葉に、アイザックの昔をよく知るリカルドは肩をすくめた。
「最初はそうは見えなかったんだよ。自由に出歩いてはいたが、至って普通の大人しい姫様だった」
「そうだね。なんだかルティアは変わったみたいだ。視察に付いて行くと言ったり、薬草を作りたいと言ったり……」
アイザックはあそこまで彼女は行動的な女の子だったかな?と首を傾げる。
彼女の世界は悪く言えば狭い。城の中だけ。これから先も、そのことに違和感を覚えることもなく過ごしていくはずだった。
それは王族に生まれたものなら極々当たり前のこと。
淑女教育に関しては、アイザックやリュージュがよく見ていなかったことによりフィルタード派が好き勝手してしまった結果ではあるが……
それにしたって行動的すぎやしないだろうかとアイザックは考えてしまう。
まるで出会った頃のカロティナを見ているようだ、と。
「子供は好奇心旺盛なものですよ。陛下も身に覚えがあるでしょう?」
ピコットの言葉にアイザックは苦笑いする。
自分も確かに好奇心旺盛な子供であった。優秀な兄がいるから、自分に王位は回ってこない。そんな考えもあってかなり自由に生きてきた。
護衛を撒いて勝手に城下に出かけたり、魔物を狩りに行ったり。もちろん、王族として恥ずかしくない程度にだが。
「私は意外と子供達のことを何も知らないのだなあ……いつの間にか成長して、いつの間にか手を離れていきそうだ」
「それは私も同じです。まさか、ライルも一緒に手伝っていたなんて驚きました」
しかも嫌々手伝っていたわけではない。自分から進んで手伝っているのだ。ついこの間まではルティアのことを三番目、と呼び下に見ていたのに今ではかなり打ち解けているように見える。
ルティアがライルを許しているのかはわからないが、それでも以前に比べれば良好な関係を築けているだろう。
「そうだね。ライルにも良い影響があったみたいだ」
「お恥ずかしながら、あの子が私の体の心配をしてくれていたなんて……今まで考えもしませんでした」
「親の心配をしない子供はいないさ」
リカルドの言葉にリュージュは首を振った。
「親子、と言えるほどの交流を持っていなかったの。私は、どうライルに接すれば良いのかわからなかった。私自身も、両親と交流した記憶がほとんどないから……いつも人に任せてばかり」
「これからどんどん交流すればいい。きっとライル殿下も喜ぶ。それに俺も少し考えを改めないといかんようだ」
リカルドはそう言って小瓶を手に取り、ジッと見つめる。彼もまた、息子であるリーンが畑を手伝っているとは思っていなかった一人だ。
シャンテは母親であるアマンダの影響で手伝う事はあっても、リーンには関係ない。そう考えていたのだ。
「リカルド、リーンは魔術に興味があるようだね?」
ピコットから言われリカルドは頷く。
しかしリカルド自身はリーンに騎士になって欲しかった。自分がそうであるように、息子にも王を支え守る者になって欲しかったのだ。
本人の意思を確認もせず————
これから毎日、自分にポーションを届けてくれると言った息子ともう少し会話を増やさなければいけないとリカルドは考える。
せっかくルティアが作ってくれた機会を逃す手はない。
もしもあの時、ルティアがスライムの魔術式を髪留めに入れていなかったら親子としての会話もままならぬまま自分は命を落としていただろう。
きちんと話ができるのに、しないのは勿体ないことだ。
「リーンは……魔術を学びたいのかなあ。本当は騎士になってもらいたかったが」
「それこそ本人に聞いてみなければわかりませんよ。うちはもう少し、積極的になってくれると良いんですけどねえ」
「うちも、会話らしい会話をしていないからな……姫殿下には感謝しなければいけない」
ハウンドも同じように小瓶を手の中でもてあそんでいる。
宰相になってからは忙しい日々を送り、なかなか家で会話することもままならなかった。ジルのことは妻に任せきり、日々報告を受けているだけで直接話すことも最近はなかったのだ。
全てはあの小さな王女が起こした小さな奇跡。
例えどんなに小さくとも、その小さいものがたくさん集まれば大きなものとなる。
ポーションはその最たるものだろう。
「あ、そうだ。陛下にお願いが」
「どうした?」
ピコットのお願い、と言う言葉にアイザックは首を傾げる。彼がそんなことを言うのは珍しいからだ。
法の番人らしく、常に公平であれ、が彼の信条でもある。
「うちのシャンテも、姫殿下がラステアに行かれるのでしたらお供させて頂きたいのです」
「シャンテを?」
「あの子は私の性質を受け継いだのか、貴族の割にあまり魔力量が多い方ではありません。妻のことは尊敬しているでしょうけど、それと同時に自分の魔力量の少なさを恥じている」
「魔力量は遺伝によるものが大きいが、そこまで気にするほどのものではないだろ?」
リカルドの言葉にピコットは首を左右に振った。
「それは周りの意見です。本人がそう感じるかは別問題ですよ」
「シャンテは、自分も行きたいと?」
「いいえ。ですが、行ってみたいと言ってくるでしょう。それぐらいの気概は持っていると信じてます」
「なるほど。ならばシャンテが行きたい、と言うのであれば……許可しよう」
アイザックはピコットにそう告げる。子供であるルティア一人を行かせるよりも、同じ年頃の子供がもう一人ぐらいいれば大人しくしているのではなかろうか?と言う思惑もあったが、わざわざそれを告げる必要はない。
大事なのは、一人じゃないと言うこと。
アイザックは自身もそうだが、カロティナも単独行動が好きだった。下手に子供一人で行かせて、単独で動かれては困る。
子供と言うのはなぜか大人の目を盗むのが得意なのだ。
「陛下、ライルも言ってくるでしょうか……?」
「どうかな、ライルは今魔力制御の特訓中らしいから」
「魔力制御……?それは、なぜ?」
「今までライルが動く前に侍女や侍従達がやってしまっていたんだろう。離宮は必要最低限の人間しかいない。自分のことは、自分でできるようにとね」
「まあ、そうだったのですね……」
普通ならそれを教えるのもリュージュの役割のはず。アイザックが国王に即位してから、目の回るような忙しさの中でカロティナの好意に甘えきっていた。
そしてカロティナがいなくなってからは、周りの侍女や侍従達に任せきりだったのだ。
きっとやってくれているだろう、そう思ってライルに尋ねもしなかったリュージュは自分を恥じる。
「私がカロティナ妃に甘え、彼女が亡くなってからは周りの者に任せきりにして、向き合ってこなかったせいでライルに迷惑をかけてしまったのね」
「そういえば君は元々、カロティナが苦手だったね。それも足が遠のいた原因だったんじゃないかい?」
「苦手、と言うか……自分にないものを持っている彼女が眩しかったのです。あの、嫌いだったわけではありませんよ?」
「うん。今思えばそうだな、とわかるよ。マリアベルのこともそうだね?」
「ええ。彼女は……カロティナ妃に似ている部分があります。でもカロティナ妃よりはかなり大人しいですが」
マリアベルのことを淑女らしい淑女です。そう言ってリュージュは苦笑いした。
それから真っ直ぐにアイザックを見ると、ある言葉を告げる。
「私は、無理に陛下の妻であろうと努力しました。今思えばそれがいけなかったのですね」
だからこそリュージュがお飾りの正妃にならないように、と勝手に動く者まで出てきてしまったのだ。
「私にとって君はずっと義姉だったよ。兄上が一番愛した方だ」
「そう、そうね……私も陛下を夫として見ることは難しいわ。だって、今でも私の一番はあの方だもの」
それでいい、とアイザックは笑う。無理に好きになる必要はない。お互いに大事なものがあるのだから、それで構わないのだ。
リュージュもそれに頷き、正妃としてできることをしていくとアイザックに誓う。
「さて、当面はポーションだな」
ひと時の団欒を終えて、アイザックは全員に告げる。
これからはさらに忙しくなるぞ、と。
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