第61話 大人ができること、子供ができること

 私達はぽーしょんを飲み干したお父様の反応を待つ。

 この結果によって、魔術師団がまた薬草に使える畑を広げることができるかもしれないし、そしてぽーしょん自体を国中に広めることができるかもしれないのだ。


「ルティア」

「は、はい!」

「よく、ここまで頑張ったね」

「お父様……その、それじゃあ……」

「だが、今のままでは国中に広めることはできない。広めるためにはラステア国にもこの製法を伝える必要がある」


 ラステア国は元々ぽーしょんを作っている国。そこに伝えるのは、もしかしてトラット帝国が何かをしてきた時のためだろうか?


「まあ、それは大人がやることですけどね」


 宰相様がまた忙しくなるなあ、と呟く。お父様も同じように頷き、これからはぽーしょんがあるから多少、マシになるよと笑った。


「子供達がここまで頑張ってくれたのだから、ラステア国に働きかけて、向こうと同じ法整備を整えないといけないな」

「ラステア国と同じ、ですか?」

「そう。ラステア国でも安定して作れる製法はきっと欲しいはずだからね。向こうの国は魔力溜まりを加工して作っているけど、そう頻繁にできるわけではないだろうからきっと喜ばれるよ。それと引き換えにどんな法律で守り、そして違反したものに罰を与えているのかを教えてもらうんだ」


 つまりは、元々あるラステア国の法律を参考にファティシア国用の法律としてしまうと言うことだろうか?

 でも国が違うのにそれは良いのかな、と考えてしまう。


「お父様、同じ法律をこの国にも適用してしまって大丈夫なのですか?」

「内容を確認してみないとなんとも言えないが、大まかな決まりは適用できるよ。魔力過多の畑で取れた薬草を持ち出さない、ポーションの国外持ち出し本数の制限、レシピは元々ラステア国のものだしね」

「先人の知恵はいくらでも借りて良いんですよ。それで国が良くなるなら、万々歳です」


 国としてのプライドとか色々ありそうな気がするけど、それよりもぽーしょんの方が大事だと言われた気分だ。

 認めてもらえた気がして、ちょっと嬉しい。でも、薬は作るだけではダメなことも同時にわかった。


 この薬はこれから起こり得る疫病に対抗するための手段。

 できる限り早く国中に広めたい。

 そのためには法律がなければならないのだ。安易に広めると価格とか偽物とか色々おかしなものが出回る可能性もある。


 広める手段もそうだけど、そんなことまでは考えていなかった。

 言われると、そうだなと思うけど……まだまだ私は未熟者だ。


「陛下、それではポーションは今後も作成してよろしいですね?」

「ああ、もちろん。これがあれば徹夜での仕事もなんとかなりそうだ」

「そうならないようにしてください。私も一緒に付き合うことになるじゃないですか」


 宰相様の言葉にお父様は苦笑いを浮かべる。


「それができたらなあ……苦労はしないんだよ。本当に、兄上は凄い方だった。私は兄上が残した草案を元に仕事を進めるので精一杯だ」

「陛下……」


 お父様の自虐的な言葉にリュージュ妃が少し咎めるような声を上げた。

 でも私達は知っている。お父様が私達に会いに来れないくらい、昼夜問わず一生懸命に国王として仕事をこなしているのを……


「お父様!私、いっぱいぽーしょんを作ります!そしてお父様に毎日差し入れに来ます!!」

「俺も、母上に持ってきます。それにルティアの畑で取れた果物はみんな美味しいんですよ。きっと母上も気に入ってくれます」


 私とライルの言葉にジルもリーンもシャンテも頷く。

 大人にしかできないことがあるように、子供だからできることもある。補合える部分は補っていけば良いのだ。


「あ、そうですわ、陛下。魔術式研究機関として奏上申し上げます。薬草用の畑をもっと広げたいのです。今のままなら確実に中級も上級も作れます!」

「あー言うと思ったんだよねえ……まあ今の場所は特に何か建てる予定もないしなあ……目一杯広げてもいいかなあ」

「あら、早々にご納得頂けて嬉しい限りですわぁ」


 うふふとカーバニル先生が笑う。

 テーブルの下でツンツンと手をつっつかれ、私はお父様に両手を組んでお願いのポーズをとる。


「あのね、お父様……魔力過多の畑で果物とお野菜をもっと育ててみたいの!今日食べてもらったパイみたいに、食べると良い効果が出るんですって!それを調べてみたいの!!」

「このパイはリンゴの味が濃いよね。オレンジも酸味と甘味のバランスが良いし、チェリーも……でも魔力過多の畑だと収穫時期がずれるんだろ?」


 収穫時期がずれると市場が混乱したりしないかな?とお父様は私に聞いてきた。

 確かに大量に出回れば混乱するかもしれない。でも少量だったらそこまでの混乱はない気がする。


 ただ、その見極めは私にはできない。


「一応、加工食品にできないかなって……ジャムとかお酒とか蜜漬けとか、シーズンになると作るでしょう?でもそれってすぐになくなってしまうもの。せっかくの加工食品ならいつでも食べたいわ」

「うーん……確かに加工食品に限定するなら市場の混乱は避けられるかな。生が良いと言う人の方がやはり多いからね」

「加工食品でしたら料理人達の料理の幅が広がるでしょうから喜ばれるかと」


 先生が私の話に付け足す。そうか。そう言う風に言えば良かったのか……と思って先生を見ると、先生は私にパチンとウインクした。


 このままで良いと言うことか?

 私はフル回転で頭を動かす。


「えっと……それに、加工食品限定なら冬の仕事の少なくなる時も農業をしてる人たちは助かるんじゃないかしら?あ、でも冬のお仕事ができなくなるのかな?」

「冬場は畑作業がないからね。別の仕事に出かける人も多い。そうだな。それに比べれば良いかもしれない。元々が自分達の仕事だし……そうなると別に雇用も生まれる」


 雇用が生まれるとは、きっと冬場に農業をしてる人たちがしていた仕事をする人がいなくなるから、そうじゃない人達に生まれると言うことだろう。

 それに加工食品を作るのに人手がいるならそこでも生まれるかもしれない。


 それはつまり、私自身が働き場所を用意しなくても仕事が自然と生まれてくると言うことだ。

 私が働き場所を提供できるのはごく僅かな人だけだけど、新しい仕事が増えればその分、働き手は自然と募集される。

 それが国中に広がればきっともっと、働ける人は増えるはずだ。


「魔力過多の術式は花師達が使用していた術式を更に使いやすいようにしております。その術式を広め、冬場の農業従事者の仕事を増やせれば食も豊かになりますし、仕事も増えると思われます」

「準備万端だなあ」

「褒め言葉と受け取らせて頂きますわ」


 ほほほほほ、と笑う先生は何となく、まだ企んでいるような気がしてならない。

 だって順調すぎるもの。


「カーバニル、君は畑以外にも何か欲しいものがあるね?」

「あら、おわかりになりまして?」

「魔術式研究機関の若手の中でアマンダと張り合える子だと聞いている。その君が、畑だけで済ますわけがない」

「うふふふ。そんなに大変なことではないんですよ。ええ。これは私の希望ですの」

「希望、ね……言ってごらん?」


 お父様は先生にどんな願いがあるのかと問いかける。先生は光り輝かんばかりのとても良い笑顔でこう答えた。


「姫殿下と一緒にラステア国へ行かせてください」


 ラステア国、龍が守護すると言われている国。どうしてそこに私も行くことになっているのだろう?

 ライル達の視線が私に集まる。私は小さく首を振った。知らない、と。


「……ラステア国へは、使者を行かせなければいけないと思っているが、それに君を同行させるのは良いとしても、ルティアを一緒に?」

「ええ。姫殿下なら必ずや、ラステア国から色良い返事をもらってついでにポーション以外にも何か薬があるならぶん取ってきてくださいますわ!!」


 待って欲しい。私はロックウェル魔術師団長ではないので、ぶん取ったりはしない!今までだってしてきていない!!

 先生に私は一体どんな風に写っているのだろうか!?そんな暴れ牛みたいなことはしていないぞ!!


「ルティアをねぇ……」


 チラリとお父様が私を見る。と言うか、部屋中の視線が私に集まっている。

 え、やだ。なんか怖いじゃないか!


「聞けば姫殿下は視察にもついて行かれたとか。旅は初めてではありませんし、姫殿下の魔力量は多いのですから向こうで学ぶこともあると思います」

「ルティアは確かに魔力量が多いよね……報告を受けてる限り、凄い勢いで伸びている。きっとカロティナに似たんだね。彼女もそうだったから」

「あら、そうだったんですか?」


 先生の問いかけにお父様は深いため息を吐いた。


「見た目も中身もそっくりだよ。ロイに淑女たるもの、木に登ったり、ニワトリを追いかけたり、ミミズを笑顔で手掴みしたり、ヘビが現れた時には長い挟む棒で掴んで、振りかぶって遠くに投げたりはしない、と聞いて彼女の幼少期の話を思い出したからねえ」


 お父様はまだカロティナに比べれば可愛いものなんだけどね、と呟く。お母様はそんなに凄かったのか……

 優しい手しか覚えていないが、私の行動が可愛く見えてしまうとは一体何をしていたのだろう?


「ちなみに、どんなことかお伺いしても?」


 好奇心に負けた先生がお父様に話を促す。するとなぜか騎士団長と宰相様が話し出した。


「学園にいた時も木に登ってそのまま寝てることがありましたね」

「陛下が下で慌てていたのを思いだす」

「確か演習で森に行った時も、単独行動をして一人で何匹も魔物を狩って……」

「ああ、あの時は彼女がいないと言ってちょっとした騒ぎになったんだけど、本人はケロッとした顔で集合場所に戻ってきたよな。魔石を幾つも持って」

「大人になっても行動パターンはあまり変わらなかったよ。カタージュにいた時も気がつくと森に行って魔物を狩ってたからね。ロイとルティアを産んで多少落ち着いたけど、本当に多少、って感じだったから……」


 魔力量が多いせいか、時折魔力を発散させたくなるのだと言っていた、とお父様は言うがそれは違うんじゃないかなあと私は思う。


 私がお母様にそっくりなら……きっと考えていることも似ているはず。

 私は土いじりが好きだ。一番最初に興味を持ったことなのと、手を加えれば応えてくれるところが気に入っている。綺麗な花は心が和む。もちろん手のかけ過ぎは良くないけどね。

 それが縁で薬草を育て、ぽーしょんができた。これは結果論ではあるが。


 お母様も何かしらの理由があって魔物を狩に行っていたに違いない。

 楽しいから、ではないだろう。きっとそれがカタージュを守ることになると知っていたからだ。

 あとは……もしかしたら、探していのかもしれない。


 魔力溜まりを————


 ラステア国のぽーしょんが魔力溜まりを加工して作られているのは、知ってる人なら知っている話だ。


 カタージュの国境沿いの森は魔物がよく出る。ならば同じようにぽーしょんを作れないかと考えていてもおかしくはない。

 もしくは魔力溜まりを見つけて、聖属性が使える神官に消してもらうかのどっちかだろう。


 有効利用できればそれに越したことはないが、無理なら消してしまった方がいい。その方が魔物の発生率もグッと下がるはず。


「あらまあ、それなら尚更外に出してあげませんと」

「普通は逆じゃないかな?」

「そうですね。逆かと……」


 先生の言葉にお父様とリュージュ妃が眉を顰める。


「いえいえ。逆にいろんな場所を見せた方がいいんですよ。閉じ込めておいて、後で爆発した方が余程大変です」

「私……爆発なんてしないわよ?」

「本当に爆発するって意味じゃないわよ」


 ケタケタと先生は笑い、私の肩に手を置くと少しだけ前に押し出した。


「変化の時ですわ。きっとカロティナ様が成し遂げられなかったことを姫殿下がやってくださいます」

「カロティナができなかったこと……?」


 お父様は不思議そうな顔をする。私も何だろうと考えてしまう。

 お母様が成し遂げられなかったこと、とは?



「今の王城に巣食う色々なものをぶち壊す一手、ですわ」



 誇らしげに先生は言ったが、言われた私は意味がわからなくて、ただ先生の顔を見上げることしかできなかった。

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